リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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バシリアス ※BL

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「羅聖」
 胸に置いていた手の上に、咲路が自らの手を重ねてくる。
「羅聖……。──お前、ここで暮らせよ。な?」
 何故カレが急にそんな事を言い出したのか、検討も付かない。
「それは無理だな。ボクは医学に興味がある。父の技術、知識の全部を手に入れたいんだ。その為には屋敷あっちで暮らすしかない」
 本当は今興味を持ったばかりなのだが……。
 ──咲路は露骨に肩を萎めてみせる。うるうるした瞳で見つめられて、ぐっと胸が締め付けられた。──……何故だろう、無視出来ない、この瞳を放って置けない。
「時間がある時に来てやるよ。個人授業が終われば毎日暇だし」
「本当かっ!」
 何て嬉しそうな表情なんだろう。カレはコロコロと表情が変わって面白い。父はもちろん、使用人達や客人は皆、ここまで顔に変化を起こさない。表情筋が衰えているんだろうか。いや、表情だけじゃない。声も行動も、微量の変化しか見られない。だから、誰と話してもつまらなかった。
 自分ジブン以外の生き物が、まるで生きていないように見えてしまうのだ。マネキンか、ロボットか、置物か……兎に角、脳が自分ジブンと同じ人間として認識しない。父も、塀も、屋敷も、庭も、周囲に存在する全てが、ただのモノに思えてしまう。
 でも、咲路──ニーさんは違う。大袈裟過ぎるくらいのカレの感情表現にドキドキするのだ。カレを見ているだけで全身が奮い立つ。この人の中には未知が詰まっている。知りたい。この人の事をもっと知りたい。外見、性格、癖、そして身体の内部まで何もかも。知り尽くして、そして――……
「──羅聖?」
 突然呼び掛けられ、顔を覗き込まれる。カレの空色の瞳が視界に入ったとたん、ハッと我に返る。意識が正常に活動し始めると同時に、何処からともなく現れた羞恥で頬が熱くなった。
「……何でもない」
 俯いていると、手を引かれ、ぎゅっと抱き締められた。
「……咲路?」
「…………」
「おい……?」
 カレの抱き締める力が、強く強くなっていく。まるで縋り付くように必死な抱擁だ。
「咲路……苦しい」
 抱き締められる事なんて、今までで一度もなかった。無意識に口元が緩む。恐る恐る背中に手を回すと────ガリッ──と歯軋りの音が鼓膜に響いた。首根に鋭い痛みが走り、「うっ!」と喘ぐ。痛みで反射的に目が細められ、カレの肩に爪を喰い込ませる。
「咲路……咲路……」
 肉を噛み切られるんじゃないかと思う位、思い切り噛まれている。感じた事のない激痛だった。
「もっと……」
 自分ジブンのモノとは思えない甘い声で、カレの耳に囁いた。
 瞬間、バッと距離を取られてしまった。咲路はまるでお化けでも見るように、こちらを凝視しながら硬直した。
 カレの震えている拳に視線が集中する。
 怖がっているのか、怒っているのか、分からないが……安心させたかった。
 自分ジブンが原因であったとしても、何故か、もっと抱き締めて欲しいと思った。
 例え憎悪でも熱愛でも構わない。
 ボクにもっと、色んな感情を芽生えさせて欲しい。
 もっとたくさん教えて欲しい。
 この身体で、脳で、声で……他にどんな事が出来るのか知りたい。
 咲路に熱視線を向けながら頬を紅潮させていると、カレは訝しげに眉をへしゃげてじろじろと眺めて様子を窺ってくる。
「咲路……眠い。一緒に寝よう?」
「……うん」
 互いに自分ジブンの服装を整える。シャツのボタンに手を掛けている時、咲路がくしゅん、と小さくくしゃみをした。こんな寒空の下で、隙間風の吹く屋外気温とほぼ等しいボロ屋の中、胸を開けっ広げにしたままでいればそりゃ風邪くらい引くだろう。
 今のくしゃみが予兆だとするなら、栄養摂取の不十分な食生活を営んできたカレには〝風邪〟だけでもかなりの負担になるだろう。その上小屋(ここ)には薬がないし、多分薬草なんかもそうそう見つかりっこない。体力が低下した状態で狩りなど上手くいく筈がないし、上手くいったとしたらカレはハンターの素質があるんじゃないか? ──どちらにせよ、もし食料を手に入れたとしても、調理するのも、身体を拭くのも、明日洗濯をするも畑仕事をするのも、カレが全部一人でやるしかない。カレにとっての体調不良は所謂天敵みたいなモノだ。そう簡単に体調が良くなるとは考えられないし、体力も徐々に消耗していって、思考があやふやになり、生活が狂って食事すら取れなくなってしまえば──最終的には餓死なんて事も……。
「──あっためてやる」
 毛布を捲り上げ、ベッドの上に膝を乗っけた体勢で、カレの動きがピタリと止まる。そんな咲路へ手を広げると、カレの頬にほんのりと赤みが現れた。
 咲路はベッドに入ると、戸惑いながらもボクの胸に身体をぴったりとくっ付けてくる。
「あったかい……。誰かと一緒に寝るなんて初めてだ。あったかいな、羅聖」
 頬を擦り付けてきて腰の後ろに腕を回される。まるで母に甘える子供のように擦(す)り寄ってくる。──この人も〝初めて〟だったのか。
 これから初めて誰かと共に一夜を明けるのも、こうして誰かの温もりを感じる事も。
 咲路の額にそっと口付ける。すると、カレの肩がピクリと揺れて、羅聖の脇下から手を抜き、首の後ろへ腕を回し、足を交わせ、頭を横に並べ──完全に密着してきた。
「羅聖、あったかい。心地良い。幸せだ」
「そうか、そうだな。確かに心地良い気もする。でも、咲路、オマエ暑苦しい」
 そう言うと、カレはむすっと頬を膨らませて、「あっためてくれるんだろ?」と不愉快そうにめ付けてくる。拗ねた幼稚な兄の反応を見て、溜め息が口から零れた。こちらからもぎゅっと抱き締めてやれば、カレの口元が嬉しそうに緩んで、頬がほんのりと赤く染まる。
 きっと、ボク達にとって、忘れられない夜になる。
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