リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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バシリアス ※BL

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 こ、ここって……。
 見た目はいたって普通のコンクリートだが、空に消えていくほど高く、美しく、少々恐ろしささえ感じる――両親を奪った、国と称する壁。
 独立国ラウグストゥスの王宮……と言われている壁。
「な、なんで……こんなに近くに来たら焼き殺されてしまいます! 早く避難を……」
「大丈夫。俺がいるし、お前には多分効かないさ。離れてみるか?」
「け、結構です!」
 本当にこの人がいるから攻撃されないんだとしたら、壁の中にこもっている王と言うのは――……。
「ここが門だ。俺から離れないで」
 横抱きされていたのを突然下ろされて、急いで彼の背に回り、すぐ傍にあったシャツを掴む。
 何か合言葉でも呪文でも唱えるものだと思っていたが、彼は、スッと壁の中に吸い込まれるように壁をすり抜けていく。
 そして彼の背中の後ろについて回り、彼に触れていた茄遊矢も壁の中の緑色に輝く不思議な空間を通って、その場所へ辿り着いた。
 壁の内側には、確かに、宝の山が存在していた。誰もが想像するような金銀財宝などではなくて、今まさに失われつつある自然と言う名の宝石が、凄まじい速さで、凄まじい勢いで風のように茄遊矢の心を奪っていった。
「庭……ってこれですか!?」
 感動はその一瞬で吹き飛んで、山一つ分の広さはあるその自然を今から自分が手入れするのかと考えると頭を掻きむしって倒れてしまいたくなるくらい精神的な攻撃をくらった。
「うん。たまに俺が植物の世話をしていたんだが、これからはお前に頼むよ。全てじゃないから安心して。屋敷の周りだけでいい」
「は、はい……」
 まさかバイト募集が、壁の中の王様の庭の手入れだったなんて……。
「施設内の掃除とも書いてあったんですけど」
「今から案内する。別に一日で全て済ませろと言うわけではない。俺が組んだシフトをこなしていれば何の問題もない。ここ数日君を観察したから間違いはないさ。これがそのシフトだ」
 どこから出したのか分からないその紙は、たぶん彼がバシリアスと呼んでいるモノで出来たものだ。どんな仕組みなのかは分からないけど便利だな……。
「あの……この実験って言うのは?」
「もちろんお前の実験だ」
「意味が分かりません! そんな事書いてなかったじゃないですか!」
「当たり前だ。だって実験体にするなんて書いてたら電話してこないだろ」
「…………って事はやっぱり俺にだけこのチラシを配っていたんですね」
「そうだ。わざわざ持ってきてたのか? 真面目だな」
 そうじゃない!! と思いっきり言いたい気持ちを抑え込んで涙する。ああ、なんてバカだったんだゴリラのダミ声の言う通りじゃないか。
「あの……辞退する事は……」
「してもいい。けどここからは俺がいないと出られない。そして俺はお前を実験する事を諦めていない」
 警察……なんて今ではちっぽけな組織に頼れるわけないよな。世界規模の包囲網が敷かれた戦争でも勝てなかった相手……て言うか無傷な相手を敵に回してくれて、助けてくれと言って来てくれる組織なんかいるもんか。
「いったいどんな実験をするんですか?」
βασιλιάςバシリアスが効かない理由を調べる」
「あの……さっき味がないとか言ってましたけど、そのバシリアスには本当にあるんですか? 味」
 あの時甘かったのはもしかしてそれなんだろうかと考えて、普通に疑問をぶつけていたら、クルッと急に振り返ってきて冷静そうな顔なのにキラキラした目で迫ってくる。
βασιλιάςバシリアスの味が知りたいのか? なら俺の汗か唾液を飲めばいい」
「え。いや、それは……」
 後ずさって逃げようとするが、相手の動き出しの方が早かった、腰を捕えられて逃げられなくなってしまった。
「俺は汗を掛けないからな。唾液でいいだろ」
「は!? え、いえ、いいです! 遠慮します!!」
 何の躊躇もなく、唇を重ねられる。そして何の遠慮もなく、唇の隙間に舌が入ってくる。ドロッと口の中に生暖かい甘ったるい唾液が入ってきて、むあっと甘い香りが鼻孔を通り抜けていく。
「んん、んっ……」
 にしてもながいいいいいいい…………!!
 口内から舌が出て行き、唇が離されると、相手と自分の唇が銀の糸で繋がっているのが見えて、全身が火に炙られ陶器のように硬直した。
「本当に全くβασιλιάςバシリアスがないんだな。何の味もしない。興味深い……」
 早く実験したいと言いたげに、身体を軽々と持ち上げられて俵のように肩に担がれる。
「うわっ! え。あ、ちょっ……」
 この人は本当に研究の事しか頭にないんだ。
 なら、どうして研究してるんだろう。
 何の為の研究なんだ。
 この人にバシリアスについて解らない事なんてない筈だ。
 とにかく暴れないと実験されてしまう……。でも力が強くて敵わない。誰か助けてくれ。
 茄遊矢は担がれていてどこに運ばれているのか分からなかったが、連れていかれている最中に大きな湖を発見し、そこへ映り込む立派な屋敷を見て今から行く場所の見当がついた。
 立派な庭と屋敷を見て茄遊矢は感嘆する。あまりの美しさに抵抗を忘れてしまった。
 楽しみといった様子で鼻歌を歌う彼の背を叩く。普通に無視された。屋敷の中に運び込まれ、エレベーターに乗り込む。エレベーターは地下へと進み、さすがにもう逃げないだろうと下ろされた。ちゃんと「逃げられないからな」と忠告してくるあたりがまた恐ろしい。
 地下の廊下にはどこかの基地と間違えそうなくらい複数の部屋と扉があった。その一つに入れられて、台に寝かされる。茄遊矢はベルトで拘束される。彼はエタノールで自分を消毒しているようだった。
「こんくらいでいっか」
 テキトー……!! まあバシリアスが感染症なども直してくれるからいいんだろうけど。
「…………お前は特例中の特例だから、やっぱりきちんと準備するか……」
 彼は部屋を出て行き、もう一つの入り口であるエアシャワー室に入ってやってくる。エアが出た後、アルコールも出るらしい。彼は特に服装は変わらず、白衣を羽織っているだけだ。
「手術みたいな事はしないからこれでいいだろ」
 結局テキトーかよ!!
「さあ、それじゃあじゃあ。拝見しま~す」
「え……」
 ワクワクしながら彼は鋏を入れて服を脱がせてくる。上半身、下半身、両方だ。しまいには下半身の方のある一点に触れてきて、なんかいろいろとし出した。
「な、ななな、どこを触ってるんですか!! ひえ」
「こっちも汗と同じでβασιλιάςバシリアスの浸透がいいんだ」
「え。まさか飲……」
「飲むに決まってるだろ」
「ぎゃああああああ変態野郎!!」
「変人と言ってほしいな。お前の事を知る為なら俺は何でもする」
 茄遊矢はその後、散々な目にあい、彼の実験とやらは終了した。
 今から彼の食事の準備に入るところだ。
 あんな出来事の後に食欲なんてわくんですか? と聞いてみたい……。
 屋敷の一階、ダイニングキッチンで調理をする。逃がさないつもりらしいから家に帰る事はできないのだ。給料は日払いで、現金をたくさんのアタッシュケースに入れられ渡された。これから茄遊矢が暮らす部屋も用意されていて、アタッシュケースはそこに置いてきた。食事の準備分の仕事も込みの給料である。いつか部屋はアタッシュケースに埋め尽くされるだろう。
「そういえば……名前は教えてくれないんですか?」
「ご主人様とでも呼んでおけ」
「なっ……!!」
 茄遊矢がカッと顔を赤くして眉を吊り上げると、彼はフッと嘲笑するように鼻で笑う。
「冗談だ。羅聖らせい。お前の名前は?」
「茄遊矢ですけど……」
 今更聞くのか。
「これからよろく。茄遊矢」
 羅聖の声で名前を呼ばれる事に心地よさを感じてしまう。茄遊矢はかぶりを振って、今日の食事を出した。
「なんだこれは」
「卵焼きです」
 食卓の上には白ご飯と卵焼きだけが乗っている。
「これだけか?」
「冗談ですよ」
 冷蔵庫に牛肉のミンチがあったので手作りハンバーグと、お刺身パックを皿に乗せただけのご馳走が出てきて、羅聖は「お前を雇って良かった」とニコニコ笑う。
 茄遊矢は羅聖が自分の前で様々な笑顔を見せてくれるものだから内心驚いていた。
 食卓にはそれぞれの料理が3つずつ並べられている。おそらく彼の言っていた《兄さん》と言う人物がいる筈だ。羅聖は茄遊矢に座るように言い、隣の席に座らせた。
「明日の朝食はニーさんが作る。昼は俺が作る。お前は夜を担当しろ」
「は、はい」
 ご馳走してくれるって話だったけど、俺が自分で作ったもんな……。まあ食料は羅聖さんのものなんだからご馳走されているようなものか。
「ただいま~……」
 そう言って部屋の扉を開けた人物は、どこか暗い雰囲気を放つ羅聖を、ぱあっと明るく変身させたような青年だった。
「おかえりニーさん」
 青白い髪の羅聖と比べて、羅聖の兄は真っ白な髪をしている。瞳の色は澄んだ空のように美しかった。
「今日はウサギ一匹しか取れな……………………うわああああッ!? だ、誰だ、羅聖、人を連れてくるなら前もって言っておけよ! 俺は一人で食べるからな、じゃあな!」
 料理を持って行こうとする兄を見かねて羅聖が言う。
「料理を作ってくれた相手に挨拶もなしか。それにここで食べないのも充分に失礼だな」
「うっ……」
 羅聖の兄は、ちら、と茄遊矢の事を見る。茄遊矢は頭を下げた。相手は眉間に皺を寄せて茄遊矢を訝しげに睨みつけている。
「彼は俺が雇った使用人だ。ずっとここに住む」
「ずっと!?」
ニーさんの人嫌いも治るだろ」
 羅聖の兄はううううと犬のように唸ってから茄遊矢に向き直った。
咲路さいろ……だ」
「茄遊矢です。よろしくお願いします」
「…………よろしく」
「挨拶できたね、えらいえらい」
 わざわざ箸をおいてパチパチと拍手をする羅聖に、咲路はキイイイッと地団駄を踏んで彼を睨みつける。
「とにかく座って食べろよ。おいしいから」
 茄遊矢は、おいしい、と言われてまんざらでもなくなる。咲路は警戒心を解かずとも茄遊矢の向かいの席に座り、黙って食べ始めた。羅聖が「いただきますは?」と問えば、「いただきます……」と手を合わせる。
 ぱくっと一口食べてから、「おいしい……」と呟く。警戒心は相変わらず解かなかったが、咲路は料理を全部たいらげた。
「じゃあ俺はこれで……」
「待ってくれ。ニーさんにも茄遊矢の実験を手伝ってほしいんだ」
「実験?」
「ああ。茄遊矢の唾液を飲んでくれ。今」
「ワッツ!?」
 茄遊矢も、ワイッ!? と叫びそうになり、この人はいつも突然だなと押し黙る。
「だ、唾液って、なんで。まさかお前飲ん――」
「飲んだに決まってるだろ。もしかしたら俺の味覚が悪いかもしれないだろ、飲んでみてくれ」
「嫌に決まってるだろ! 今日会ったばかりだぞ!」
 今日会ったばかりじゃなくても嫌でしょう。
「それは茄遊矢だって同じだろ」
「あの……俺も嫌なんですけど」
「実験体に意見は聞いていない」
 この野郎……。
 咲路が「とにかく嫌なものは嫌だ」と逃げ去っていき、「仕様がない奴だ」と羅聖は諦めたようだった。
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