リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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ディーヴァ

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 奏は司令官室に来ていた、譜王と先程別れた場所は操縦室だったが、ここに入れば彼に会えるだろうと待っていたのだ。
 奏が壁に背を預けて譜王を待っていると、廊下の奥から話し声が聞こえてくる。
『――、――――』
 あ、譜王様の声だ。
 存在感のある声が聞こえてきて、そう思う。そして。
〘――――、――〙
 別の美しい響きの女性の声が聞こえてくる。
 まるで川のせせらぎの音を聞いているかのように心が穏やかになり、天から降りる雨の雫のように心を洗い流してくれる声だった。
 奏は譜王と女性が一緒にいることに無意識にショックを受けながらも、彼の登場を待つことにした。
『奏?』
 彼が登場したその隣には、血のような真っ赤な髪と睫毛、真紅の瞳の少女が立っていた。
〘初めまして奏様。私の名前は梨華子りかこと言います。よろしくね〙
「あ、あの、あなたは」
『彼女はディーヴァの姫の一人、吹姫すいきだ』
「す、すいき?」
 って言うか、姫って私一人じゃなかったの!? ど、どういうこと、譜王様と結婚できるのはこの人も同じってこと!? なんてこと!
 ま、まあいいわ、私は結婚なんてまだ早いと思ってたんだし。
「譜王様、お願いがあってきました」
『なんだ?』
 譜王はこて、と首を傾げて問いかける。
「譜王様」
 奏はゴクリと喉を鳴らして、胸に手を当てず、床に両手を当てて気迫たっぷりに言った。

 ――「おいらを弟子にしてくだせぇッ!!」

『で、弟子?』
「おいら、友達を止めるために歌の力を使えるようになりたいんでやんす!!」
『それなら吹姫の方が適任だ。男と女では歌の歌い方が違うからな』
「どうしてつっこんでくれないんでやんすか!」
 つまらん! と奏は立ち上がり、吹姫と呼ばれたリカコに向き直った。
「どうかよろしくお願いします師匠!」
〘え、わ、私が師匠!? いきなりそんな……〙
「お、お願いします! ミドノを止めたいんでやんす!」
 奏が必死に頭を下げれば、リカコはその様子を眺めてからゆっくりと頷いた。
〘学園都市でも後輩たちに指導みたいなことをしているの、それで良かったら貴女様を手伝うね〙
「あ、ありがとうございます!」
 奏が顔を上げて胸に手を当てて言うと、奏の両頬を暖かい手が包み込んで、リカコはにっこりと笑う。
〘かわいい~譜王様には勿体ない~〙
「わ、わわ、私の方が譜王様には勿体ないですよ!?」
『行くぞ吹姫』
〘はいはい〙
『じゃあな奏』
「は、はい」
 譜王はリカコと二人で話があると司令室へと入っていき、奏は自分の部屋へと戻ろうとしていた。
 その時、譜王とリカコが現れた廊下の向こうの角から、まるでGのように俊敏にササッササッと黒い影が奏の前までやって来るのが見える。
 その目はまるで猛獣のようにギラりと光っていた。
「そ、奏殿! 聞きましたよ! 譜王様に弟子入りをしていましたね!」
「ビ、ビトスさん」
「さん付けなんて必要ないです! 同い年なんですから!」
「う、うん」
 ビトスはにこにこと笑って奏の手を取り、反対側の手で元気よく拳を突き上げた。
「さあ! 行きましょう!」
「え、どこへ?」
「決まっているじゃないですか! 私の部屋へです!」
 理由を聞く間もなく奏はぴゅ~っとビトスに引っ張られて連れていかれ、ビトスの部屋で服を着せ替えられる。
「うん! 奏殿にはこのメイド服が1番似合います!」
「いや待って、どうしてメイド服ばっかり着せられてたの私。な、何が起きてるの」
「奏殿は召使いの弟子入りをしていたのでしょう! 大丈夫、長年譜王様の召使いをしてきた私がばっちり指導しますから!」
「い、いや、違うの」
「照れなくてもいいんですよ! 譜王様はかっこいいですからぁ……!」
 ほわほわ~んと目をハートにして両手を組み、譜王を想うビトスを見て、奏は呆れ返る。
 どうしたら信じてもらえるの……。
「奏殿! さあ、参りましょう!」
「え、どこに!?」
 またどこかへ連れていかれるの!?
 ビトスが次に連れてきたのは、司令室の前。自分の部屋へ帰るつもりが、またふりだしに戻ってしまった。
「さあ、働きましょう!」
「ええええ!?」
 バーンッと司令室を開け放つビトス。中には誰もおらず、譜王とリカコは別の場所へ移動しているようだった。
「さあさあ! キビキビ働きますよ!」
 奏は資料の整理や掃除など、散々働かされた挙句の果てに床へ倒れ伏した。
 そこへ譜王とラドがやって来て、驚きつつも駆け寄った。
「そ、奏、どうしたその格好! 大丈夫か!?」
「お、お兄ちゃん……お願い誤解を解いて」
「ん?」
 奏が事情を説明すると、ラドは懸命にビトスの誤解を解き、奏を解放することが出来た。
『大丈夫か奏』
「は、はい」
「それですそれ! 以前も驚きましたが、譜王様が女性の名前を呼ぶだなんて! 私はいつも〝女〟なのにいいいい!」
 悔しがるビトスを見て、奏は優越感を覚える。
私って譜王様に特別扱いされてたんだぁ~!
「司令官~!!」
 ラドで隠れていたらしい、彼の後ろからお兄ちゃんと同い年くらいの青年が譜王の背中におんぶされるように抱きついた。
『なんだ犬』
「いい加減機嫌を治してください、お姫様をお迎えに行けなかったことは反省してますから!」
「え?」
 奏が首を傾げると、青年の瞳がこちらに向いて、ぽかんと口が開かれる。
「か、かわいい……」
 青年の顔が赤くなる。
「え、ええ!? そんなぁ……そうかもしれないけどぉ」
「お嬢さん! 是非これを貰ってください!」
 犬と呼ばれた彼が取り出したのは、蛇の丸焼きだ。
「いやああああああああああ!? 美味しそうううううう!」
「ええええ!? 奏殿!?」
 奏はそれを受け取って、じゅるりと涎を垂らした。
「こんな美味しそうなもの見たことがないわ!」
「お嬢さんが初めてです、僕のペットを美味しそうと言ってくれたのは!」
「ペット?」
「あ、元、ペットでした」
 え、ペットを丸焼きにしたの……。
「か、可哀想……」
「そうですか? 共に生きたいと思うのは普通では?」
 奏はそれを聞いて、一瞬呆け、あ~と頷いた。
「私もミドノとカナタが死んじゃったら丸焼きにして食べちゃうかもな~……」
 ラドがそれを聞いて驚いたように言う。
「シチューだろそこは!」
「どこもそこもないですよ! ラド殿まで! しっかりしてくださいよ!」
 ビトスは譜王に振り向いて言った。
「譜王様も何か言ってください!」
『楽しそうで何よりだ』
「何故に!」
 わいわい騒いでいると、奏の心の傷はだんだんと癒えていく気がしていた。
 奏は決心して、譜王に向き直る。
「私、用があるので先に失礼します」
『ああ』
 ラドが首を傾げて言う。
「用?」
「カナタに会いに行くの」
「そうか」
 ラドの返事に、奏は驚きを隠せなかった。
「と、止めないの?」
「ああ。俺もあれからよく考えた。もしも、仲間が、友達が、敵になっても、やっぱり好きなんだよな」
「……お兄ちゃん」
 ラドに微笑みかけられ、奏は落ち着きを取り戻す。
 カナタに会いにいく、そう言っただけで動悸が乱れていた。
 きっと大丈夫。仲間だもの。
 友達だもの。
 親友なんだもの。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
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