161 / 299
ディノル
9
しおりを挟む
――彼の拳が動いた先の、あの超高層ビル群が、瞬きをしている間に砂へと変わる。もう砂へと変わっているのに、ビルが砕けた音が後からやってきて、思わず耳を塞いだ。炸裂音と崩壊していく音と砂粒の音が歪に混ざり合って建物の叫び声のようなモノを奏でている。
楽ドの脳内には、茶飯の言わなかった音の光景が浮かんだ。きっと、内臓の、肉体の、魂の叫び声が。茶飯には聞こえていただろう。
「――――楽ドおおおおおッ!!」
「茶飯!?」
子供の後方から茶飯が現れて、走り去る際に楽ドの腰を右腕で掴み、肩に抱える。
「お、おい、茶飯離せ!」
「あ……」
子供が控えめな声を上げて、楽ドに手を伸ばす。茶飯は足を止めず、子供を振り切るつもりでいるらしい。
「ま、待て茶飯」
子供は伸ばしていた手を下ろして、遠慮するように口を動かした。楽ドは口の動きで理解する。
「あ、ありがとうって……俺は何も……。茶飯!! こんなこと頼んでないだろ! それにあいつは俺と同い年くらいの子供なんだぞ! 危ない場所に置いていく訳にはいかないだろ!」
「見てわかっただろう! あの子供は二千人殺した犯人、いやそれ以上殺しているかもしれない殺人鬼だぞ!」
「でもあいつは――うっかりって……」
「うっかりだと!? それで大勢殺したのか!? 君もあの無に帰る瞬間を見ただろう、あれは化け物だ! 普通の人の子と思ってはいけない!!」
「でも……! 離せって、離せって!!」
「離すわけにはいかない!! 私は君だけは見殺しに出来ない!! 君の両親の引き継ぎなんてモノをしたのは、仇討ちの為と武軍から離れる為の口実に過ぎなかった。だが君が現れてしまった。君は戦場にいてはいけない、君たちが年齢に達するまでに私たち大人が戦争を終わらせてみせるから大人しく基地に戻りたまえ!」
「そんなこと出来るわけないだろ!」
人の生きられる環境を整えられない限り……争いは終らない。
いや、整ったって、きっと争いは終わらないんだ。
夜になるまで楽ドはずっと暴れていたが、やがて体力が尽きたのか、茶飯の腕に抱えられたまま眠ってしまった。
茶飯はL字に残った壁に身を隠して、楽ドの背を壁に預けるようにして下ろす。鹿児島市の夜は明るく、東からひかりが差し込んでくる為、茶飯は自分の荷物を確認していた。
「楽ド、君は私が君の両親を見殺しにしたと思っているのか。その場にいれたなら、彼らと一緒に戦ったさ。例え共に死んだとしてもだ。しかし、もしそれが現実になっていたとしても、私は君の言った《見殺し》ばかりしているのだ。言い訳でしかないのだ。君の両親についても、ただの言い訳だよ。私は見殺しにしたんだ。……子供も大人も、大切な人たちも。数えきれないほど、いっぱい。見殺しにしてきている」
「…………あんた誰?」
「ここでそれなのか!? ――って、起きてたのか!?」
「…………誰かがぺちゃくちゃしゃべるもんだから目が覚めたんだよ」
茶飯が気まずそうにしていると、楽ドは体育座りをして顔を俯けて膝の中に隠した。
「……あいつ、俺に離せって言ったんだ。もし今までずっと、うっかりで殺してたとしたならさ。あいつは俺を、人を殺したくなくて距離を取ってたんだと思うんだ。南栄軍のことだって、殺されそうになったから防衛しようとしただけだろ。一人殴ったって言ってたし。他の人は殺す気なかったんじゃないかな。いや、残ってたら殺すって言ってたから殺す気だったのかな。あいつ自暴自棄になってたんだよ、きっと。だって抵抗しただけでうっかり殺しちゃうんだぞ? もしたった一人を殺したとしてもさ、パニックになって、皆に囲まれて撃たれてたと思うんだよ。自分を守ろうとしただけなんだよ。他の場所に行けないって言ってたし、人気のない場所でひっそり暮らしてたんだ、きっと。ずっとひとりぼっちで」
ほとんど希望でしかない。考えれば考えるほど、あの子供のことが分からなくなって言い切れなくなってしまった。
「すまないが……危険だとしか思えない。あの子供にどんな事情があろうと、人を大勢殺したことで自暴自棄になり殺すことを躊躇わないなど……」
「で、でも俺の時は殺すことを嫌がってたんだ!」
「君を殺したくなくてもうっかり殺すかもしれないのだろう? その子供が自分の力をコントロールできるようになってからならば、私も彼を受け入れるとも」
「殺人鬼なのに?」
「私も殺しているからな。数えきれないほどに。あの子供は危険だが、我々も危険だ。私達人間も化け物だ。あの子供が殺した人間の身体が消えてしまったことと、その時間が速かったことを除いてしまえば、私達軍隊も同じようなことをしている」
茶飯は疲れた顔でそう呟くと、唐突にうとうとし始める。
「茶飯。俺の言った《見殺し》を、茶飯はしてないと思う。だって俺だって、自分や家族を守る為に人から大切なモノを盗んでその人を死に追いやっていたのかもしれないし、死にかけている人を、助けなかったことだってある。て言うか、死ぬのを待ってから漁るからな。茶飯より最低だよ。俺は。茶飯は助けたがってたんだもんな」
「だが助けられなかった。……私は弱い」
「もう気にするなよ。お父さんもお母さんも、茶飯なんか責めてないって。アンタが一緒に戦ってたら足手まといだったって」
「不本意だが……ありがとう。感謝するよ。君に言われると本当にそんな気がしてきた。しかし……君の両親だけではなく、軍の仲間達のこともあるからな……。私は彼らを助けられなかった。むしろ私の判断が命を捨てさせた。……君の両親が責めていなくても……彼らが私を責めるさ」
「責めないよ」
「……そんなことはないだろう」
「だって死んでるじゃん。死に際に責めてたかもしれないけど死んだ後に責められるか?」
「……幽霊と言う者がいると君の父親に聞かされたが。……君は知らないのか?」
「え。信じたの? いたとしても見えないならいないのと同じじゃない? 俺たちは気にしなくてもよくない?」
「そう言うものか……?」
「どうしてそう世間に疎いんだアンタは……」
「私はよく知っている方だと思うのだが……?」
「アンタがよく知ってるならこの辺の皆底辺だよ」
「それは言い過ぎだろう……?」
茶飯はそれを言ったきり眠りについてしまい、楽ドは茶飯の財布からローストたちを抜き取って、彼の持っていた携帯用ロースト食糧を懐にしまってから新しく出来た隠れ家へと帰っていった。
目を覚ました茶飯が、楽ドの仕業ではなく、ちょうどその辺にいたチンピラの仕業だと勘違いして報復したことと、連れ戻すことを諦めたつもりはないと楽ド達の捜索を続けていることも、楽ドにはしばらく知る由もなかった。
楽ドの脳内には、茶飯の言わなかった音の光景が浮かんだ。きっと、内臓の、肉体の、魂の叫び声が。茶飯には聞こえていただろう。
「――――楽ドおおおおおッ!!」
「茶飯!?」
子供の後方から茶飯が現れて、走り去る際に楽ドの腰を右腕で掴み、肩に抱える。
「お、おい、茶飯離せ!」
「あ……」
子供が控えめな声を上げて、楽ドに手を伸ばす。茶飯は足を止めず、子供を振り切るつもりでいるらしい。
「ま、待て茶飯」
子供は伸ばしていた手を下ろして、遠慮するように口を動かした。楽ドは口の動きで理解する。
「あ、ありがとうって……俺は何も……。茶飯!! こんなこと頼んでないだろ! それにあいつは俺と同い年くらいの子供なんだぞ! 危ない場所に置いていく訳にはいかないだろ!」
「見てわかっただろう! あの子供は二千人殺した犯人、いやそれ以上殺しているかもしれない殺人鬼だぞ!」
「でもあいつは――うっかりって……」
「うっかりだと!? それで大勢殺したのか!? 君もあの無に帰る瞬間を見ただろう、あれは化け物だ! 普通の人の子と思ってはいけない!!」
「でも……! 離せって、離せって!!」
「離すわけにはいかない!! 私は君だけは見殺しに出来ない!! 君の両親の引き継ぎなんてモノをしたのは、仇討ちの為と武軍から離れる為の口実に過ぎなかった。だが君が現れてしまった。君は戦場にいてはいけない、君たちが年齢に達するまでに私たち大人が戦争を終わらせてみせるから大人しく基地に戻りたまえ!」
「そんなこと出来るわけないだろ!」
人の生きられる環境を整えられない限り……争いは終らない。
いや、整ったって、きっと争いは終わらないんだ。
夜になるまで楽ドはずっと暴れていたが、やがて体力が尽きたのか、茶飯の腕に抱えられたまま眠ってしまった。
茶飯はL字に残った壁に身を隠して、楽ドの背を壁に預けるようにして下ろす。鹿児島市の夜は明るく、東からひかりが差し込んでくる為、茶飯は自分の荷物を確認していた。
「楽ド、君は私が君の両親を見殺しにしたと思っているのか。その場にいれたなら、彼らと一緒に戦ったさ。例え共に死んだとしてもだ。しかし、もしそれが現実になっていたとしても、私は君の言った《見殺し》ばかりしているのだ。言い訳でしかないのだ。君の両親についても、ただの言い訳だよ。私は見殺しにしたんだ。……子供も大人も、大切な人たちも。数えきれないほど、いっぱい。見殺しにしてきている」
「…………あんた誰?」
「ここでそれなのか!? ――って、起きてたのか!?」
「…………誰かがぺちゃくちゃしゃべるもんだから目が覚めたんだよ」
茶飯が気まずそうにしていると、楽ドは体育座りをして顔を俯けて膝の中に隠した。
「……あいつ、俺に離せって言ったんだ。もし今までずっと、うっかりで殺してたとしたならさ。あいつは俺を、人を殺したくなくて距離を取ってたんだと思うんだ。南栄軍のことだって、殺されそうになったから防衛しようとしただけだろ。一人殴ったって言ってたし。他の人は殺す気なかったんじゃないかな。いや、残ってたら殺すって言ってたから殺す気だったのかな。あいつ自暴自棄になってたんだよ、きっと。だって抵抗しただけでうっかり殺しちゃうんだぞ? もしたった一人を殺したとしてもさ、パニックになって、皆に囲まれて撃たれてたと思うんだよ。自分を守ろうとしただけなんだよ。他の場所に行けないって言ってたし、人気のない場所でひっそり暮らしてたんだ、きっと。ずっとひとりぼっちで」
ほとんど希望でしかない。考えれば考えるほど、あの子供のことが分からなくなって言い切れなくなってしまった。
「すまないが……危険だとしか思えない。あの子供にどんな事情があろうと、人を大勢殺したことで自暴自棄になり殺すことを躊躇わないなど……」
「で、でも俺の時は殺すことを嫌がってたんだ!」
「君を殺したくなくてもうっかり殺すかもしれないのだろう? その子供が自分の力をコントロールできるようになってからならば、私も彼を受け入れるとも」
「殺人鬼なのに?」
「私も殺しているからな。数えきれないほどに。あの子供は危険だが、我々も危険だ。私達人間も化け物だ。あの子供が殺した人間の身体が消えてしまったことと、その時間が速かったことを除いてしまえば、私達軍隊も同じようなことをしている」
茶飯は疲れた顔でそう呟くと、唐突にうとうとし始める。
「茶飯。俺の言った《見殺し》を、茶飯はしてないと思う。だって俺だって、自分や家族を守る為に人から大切なモノを盗んでその人を死に追いやっていたのかもしれないし、死にかけている人を、助けなかったことだってある。て言うか、死ぬのを待ってから漁るからな。茶飯より最低だよ。俺は。茶飯は助けたがってたんだもんな」
「だが助けられなかった。……私は弱い」
「もう気にするなよ。お父さんもお母さんも、茶飯なんか責めてないって。アンタが一緒に戦ってたら足手まといだったって」
「不本意だが……ありがとう。感謝するよ。君に言われると本当にそんな気がしてきた。しかし……君の両親だけではなく、軍の仲間達のこともあるからな……。私は彼らを助けられなかった。むしろ私の判断が命を捨てさせた。……君の両親が責めていなくても……彼らが私を責めるさ」
「責めないよ」
「……そんなことはないだろう」
「だって死んでるじゃん。死に際に責めてたかもしれないけど死んだ後に責められるか?」
「……幽霊と言う者がいると君の父親に聞かされたが。……君は知らないのか?」
「え。信じたの? いたとしても見えないならいないのと同じじゃない? 俺たちは気にしなくてもよくない?」
「そう言うものか……?」
「どうしてそう世間に疎いんだアンタは……」
「私はよく知っている方だと思うのだが……?」
「アンタがよく知ってるならこの辺の皆底辺だよ」
「それは言い過ぎだろう……?」
茶飯はそれを言ったきり眠りについてしまい、楽ドは茶飯の財布からローストたちを抜き取って、彼の持っていた携帯用ロースト食糧を懐にしまってから新しく出来た隠れ家へと帰っていった。
目を覚ました茶飯が、楽ドの仕業ではなく、ちょうどその辺にいたチンピラの仕業だと勘違いして報復したことと、連れ戻すことを諦めたつもりはないと楽ド達の捜索を続けていることも、楽ドにはしばらく知る由もなかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
【R18】絶望の枷〜壊される少女〜
サディスティックヘヴン
ファンタジー
★Caution★
この作品は暴力的な性行為が描写されています。胸糞悪い結末を許せる方向け。
“災厄”の魔女と呼ばれる千年を生きる少女が、変態王子に捕えられ弟子の少年の前で強姦、救われない結末に至るまでの話。三分割。最後の★がついている部分が本番行為です。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる