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ディノル
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少年は最近やって来た町で、男が自分ではない人間に対して物を売っている姿を見た。
もちろん男から無視されたわけではない、少年がたまたま通りかかっただけのことだ。しかし、同じことが何回か起きた。少年は彼が物を売っている姿を何度も見た、そして彼が多くの物と多くの金を持っていることを知った。そう、そのたまたまが重ねられたことで、彼がこの辺りで商売していることを知ったのだ。
そうして、偶然食べ物探しをしていたところに彼が死んだように寝転がっていたので、好機だと思い、漁った。
なぜ死体だと思ったのか。
その答えは周辺を見れば分かる。
瓦礫のそこかしこに町のそこかしこに、たくさん死体が落ちている。
死んでいると思った者が生きていたり、生きていると思っていた者が死んでいたりする。
生死の感覚が鈍る。
少年はその、死の方を多く知っていた。彼の知る動かなかったり、倒れていたりする人々は殆ど死んでいた。また、男が細く、服も薄く九月と朝の寒さで身体が冷え切っていたので死亡していることを疑わなかった。むしろ、生きているかどうか確認することを恐れていた。確認しても、だいたい、脈がないからだ。
生きていたならちょっと厄介になるくらいだと、己に言い聞かせて。
相手が死んでいることを知らないでいられる方法を取る。
だから、追いかけられるのも、罵声を浴びせられるのも、銃で撃たれるのも、慣れている。
失敗すれば、怖い思いをすると知っている。
しかし。生きるために、大切な家族を生かすために、ただがむしゃらに無茶をするしかなかった。
「はー何とか逃げ切った。でも顔は覚えられちゃったかな。もうお引越しか~やだな~」
小さく軽い身体を活かして男を撒き、少年は隠れ家へと急ぐ。
少年のスーツは既に砂ぼこりや泥、枯れ草が付いて汚れていた。それを叩いて落とし、少年は半壊したアパートの中へと入っていく。アパートの天井や床は崩れ落ちていて、もはや元の形も分からず、壁と窓の形の穴だけしか残っていない。四方を囲まれた空間の中には、元は床、天井、もしくは壁の一部だった瓦礫たちが、床一面に敷き詰められている。瓦礫同士の隙間に、彼の隠れ家はあった。
勝手知ったる瓦礫の道を進み、玄関である隙間に入ろうとした時だった。隙間から、女の子と男の子の歌声が聞こえてくる。童謡だろうか。自分も昔、大人たちに教えてもらった気がする。
「ただいま! おーい、優しくて頼りになるイケメンお兄ちゃんが帰って来たぞ!」
少年が入ってくれば、子供たちは歌うのをやめてしまった。赤毛の女の子と紺の髪の男の子は瓦礫に座っている。女の子は黒いワンピース、男の子は白いシャツと短パンを着ている。
女の子の方がじとっとした目で少年を睨みつけて言う。
「さっき出て行ったばっかり。早すぎる。ちゃんとローストチキン拾えた?」
「おい、おかえりって言ってくれないのかよ」
それを聞いて男の子が言う。
「おかえいー」
「おお、かわいい弟よ! ただいま! 妹とは違うな~」
「ろーとちきー」
「ないです」
冷たい視線が二方向から刺さり、少年は懐から自分の財布を取り出して中を開けて見せる。
「見ろ! ローストチキンはなかったけどローストコインとローストペーパーを拾ったぞ! 褒めたたえろ!」
「で、食べ物は? 飲み物は?」
女の子の冷たい視線が少年をギタギタに刻む。
「………………………………ないです」
「どうして買ってこないの。お使いも行けないの。無能」
「戦場なんだぞ!? お店もないし配給もないの。俺は頑張ったの。お兄ちゃんを褒めてくれよ。かわいい足手まといの妹よ」
女の子の目がギロッと少年を睨みつけ、少年はぎくっと肩を揺らす。
「私達を連れ出したのはあなた。世話をする義務がある」
「うぐ。だって軍にいたって将来的に軍人に育て上げられるだけだぞ? 戦争の道具にされちゃうんだぞ?」
「でもあそこにはご飯がいっぱいあった。それに、鵺トはまだ2歳。バカなまま。脳に食べ物を吸収させて育てないと」
「どう言う教育論なんだ」
バカ呼ばわりされた男の子――鵺トは隣の姉を見上げて言う。
「どーろん」
「違うぞ。よし、お兄ちゃんの後に続けて言ってごらん。どう言う、教育論」
「どーゆ、きょーろ」
「んーこれではバカのままだな」
「ばかーにー」
「おいどこで覚えた!?」
少年が「お前だろ」と、女の子を睨み付ければ、彼女は首を振る。
「違う。バカ楽ド。言ってみて」
「おい!?」
「ばかりゃど」
「やめろ! 鼻ラ矢、くそラ矢。言ってみな」
「は、くそ、りゃら?」
「大正解!」
「ロースト楽ドになりたいの?」
なんでこんな生意気な妹に生まれてしまったんだ!
「とにかくはやく荷造りしなさい! 今晩には家を出ますよ!」
「は?」
「はー?」
なんで妹は人類滅亡計画の主犯のような目を持って生まれてしまったんだ! 弟は意味も分かってないのに真似しないの!
もちろん男から無視されたわけではない、少年がたまたま通りかかっただけのことだ。しかし、同じことが何回か起きた。少年は彼が物を売っている姿を何度も見た、そして彼が多くの物と多くの金を持っていることを知った。そう、そのたまたまが重ねられたことで、彼がこの辺りで商売していることを知ったのだ。
そうして、偶然食べ物探しをしていたところに彼が死んだように寝転がっていたので、好機だと思い、漁った。
なぜ死体だと思ったのか。
その答えは周辺を見れば分かる。
瓦礫のそこかしこに町のそこかしこに、たくさん死体が落ちている。
死んでいると思った者が生きていたり、生きていると思っていた者が死んでいたりする。
生死の感覚が鈍る。
少年はその、死の方を多く知っていた。彼の知る動かなかったり、倒れていたりする人々は殆ど死んでいた。また、男が細く、服も薄く九月と朝の寒さで身体が冷え切っていたので死亡していることを疑わなかった。むしろ、生きているかどうか確認することを恐れていた。確認しても、だいたい、脈がないからだ。
生きていたならちょっと厄介になるくらいだと、己に言い聞かせて。
相手が死んでいることを知らないでいられる方法を取る。
だから、追いかけられるのも、罵声を浴びせられるのも、銃で撃たれるのも、慣れている。
失敗すれば、怖い思いをすると知っている。
しかし。生きるために、大切な家族を生かすために、ただがむしゃらに無茶をするしかなかった。
「はー何とか逃げ切った。でも顔は覚えられちゃったかな。もうお引越しか~やだな~」
小さく軽い身体を活かして男を撒き、少年は隠れ家へと急ぐ。
少年のスーツは既に砂ぼこりや泥、枯れ草が付いて汚れていた。それを叩いて落とし、少年は半壊したアパートの中へと入っていく。アパートの天井や床は崩れ落ちていて、もはや元の形も分からず、壁と窓の形の穴だけしか残っていない。四方を囲まれた空間の中には、元は床、天井、もしくは壁の一部だった瓦礫たちが、床一面に敷き詰められている。瓦礫同士の隙間に、彼の隠れ家はあった。
勝手知ったる瓦礫の道を進み、玄関である隙間に入ろうとした時だった。隙間から、女の子と男の子の歌声が聞こえてくる。童謡だろうか。自分も昔、大人たちに教えてもらった気がする。
「ただいま! おーい、優しくて頼りになるイケメンお兄ちゃんが帰って来たぞ!」
少年が入ってくれば、子供たちは歌うのをやめてしまった。赤毛の女の子と紺の髪の男の子は瓦礫に座っている。女の子は黒いワンピース、男の子は白いシャツと短パンを着ている。
女の子の方がじとっとした目で少年を睨みつけて言う。
「さっき出て行ったばっかり。早すぎる。ちゃんとローストチキン拾えた?」
「おい、おかえりって言ってくれないのかよ」
それを聞いて男の子が言う。
「おかえいー」
「おお、かわいい弟よ! ただいま! 妹とは違うな~」
「ろーとちきー」
「ないです」
冷たい視線が二方向から刺さり、少年は懐から自分の財布を取り出して中を開けて見せる。
「見ろ! ローストチキンはなかったけどローストコインとローストペーパーを拾ったぞ! 褒めたたえろ!」
「で、食べ物は? 飲み物は?」
女の子の冷たい視線が少年をギタギタに刻む。
「………………………………ないです」
「どうして買ってこないの。お使いも行けないの。無能」
「戦場なんだぞ!? お店もないし配給もないの。俺は頑張ったの。お兄ちゃんを褒めてくれよ。かわいい足手まといの妹よ」
女の子の目がギロッと少年を睨みつけ、少年はぎくっと肩を揺らす。
「私達を連れ出したのはあなた。世話をする義務がある」
「うぐ。だって軍にいたって将来的に軍人に育て上げられるだけだぞ? 戦争の道具にされちゃうんだぞ?」
「でもあそこにはご飯がいっぱいあった。それに、鵺トはまだ2歳。バカなまま。脳に食べ物を吸収させて育てないと」
「どう言う教育論なんだ」
バカ呼ばわりされた男の子――鵺トは隣の姉を見上げて言う。
「どーろん」
「違うぞ。よし、お兄ちゃんの後に続けて言ってごらん。どう言う、教育論」
「どーゆ、きょーろ」
「んーこれではバカのままだな」
「ばかーにー」
「おいどこで覚えた!?」
少年が「お前だろ」と、女の子を睨み付ければ、彼女は首を振る。
「違う。バカ楽ド。言ってみて」
「おい!?」
「ばかりゃど」
「やめろ! 鼻ラ矢、くそラ矢。言ってみな」
「は、くそ、りゃら?」
「大正解!」
「ロースト楽ドになりたいの?」
なんでこんな生意気な妹に生まれてしまったんだ!
「とにかくはやく荷造りしなさい! 今晩には家を出ますよ!」
「は?」
「はー?」
なんで妹は人類滅亡計画の主犯のような目を持って生まれてしまったんだ! 弟は意味も分かってないのに真似しないの!
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