リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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エンタイア

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「……監視する奴に名前なんて聞いてどうするんだ」
「知りたいんだよ。俺が今から観察する奴がどんな奴なのかを。名前言うまでここから離れねえぞ~っ?」
 両手で髪をくしゃくしゃに掻き混ぜられる。
 また厄介な奴が現れた、とゼノは片手で軽く頭を抱える。
「ゼノア・ラウグストゥスだ」
「お前みんなにゼノって呼ばれてるよな。俺もそう呼ぶな」
「勝手にしてくれ」
「おいおい、愛想良くしろよ。俺の報告次第でお前色々大変なことになるかもしれないんだぜ?」
「虚偽の報告であいつが騙されるとは思えない」
「そりゃそうだけど、あの人お前のことになると冷静な判断出来なさそうじゃん」
 それはゼジが青年との深い関わりを持っていると言っているようなものだった。
「お前はいつからあいつといるんだ?」
「15年。産まれた頃からさ。お前もそうだろ? ボスと一緒に9年間過ごした」
「違う。俺はある程度成長してからカプセルを出された」
「兄弟達と一緒に?」
「兄弟は全員失敗作だと始末された」
「へえ」
 ゼジは何とも言えない顔をする。
嬉しそうには見えないからいい奴ではあるのだろう……か。
 ゼノは顔を上げてゼジを見る。
「お前はどう言う実験体なんだ?」
「俺は実験体じゃねえよ。俺の実験はもう終わってるからな」
 ゼノがじっとゼジを見上げていると、彼はふぅ、と息を吐いてから答えた。
「俺は失敗作。全種族の細胞で出来た化け物さ」
「化け物……オレもそうだが。オレもお前も失敗作なのか?」
「俺もお前も確かに失敗作だ。だけどお前はまだ期待されてる。俺は産まれた頃から化け物だ。その頃は薬もなかったしな」
「そうか」
「聞いておいて興味を示さないのか?」
 ゼノが顔を背けると、ゼジが腰に両手をやって、上半身を倒してずいっと顔を近づけてくる。
「全種族と言ったが……ベースは誰なんだ?」
「俺のベースはあの人と同じ人の細胞さ。どうしてそんなことを聞くんだ?」
 ゼノは目を背け、黙り込んでから言う。
「……容姿がいいから」
「俺もお前は綺麗だと思うぞ」
「綺麗とは言っていない」
「特に銀色の瞳が綺麗だ。《聖唖くん》と区別出来て尚更いい」
 人の話を聞かないあたりにアリシアと同じ匂いを感じながら、ゼノはその言葉に反応する。
「会ったことがあるのか?」
「まさか! 会ったら殺されるかもしれないだろ。ボスの写真だらけの部屋で《聖唖くん》の容姿を知っただけだよ」
 ああ、あの部屋か、とゼノは思った。
 彼に何度か連れて行かれた場所だ。
「そろそろ行くよ」
 そう言って、ゼジは踵を返す。
「監視は?」
「休憩だよ休憩。だってそろそろ彼女が来る時間だろう?」
 振り返ってそう言ったゼジに、アリシアのことか、とゼノは勘付き答える。
「……二人きりになりたいと言った覚えはない」
「まあ俺にもいろいろ仕事はあるんだよ」
 ゼノが黙り込むと、ゼジは手を振る。
「またね」
 いっとき間があってからこくりと頷くと、ゼジは嬉しそうに笑って去って行った。
 入れ替わりに衣服を手に持つアリシアがやって来て、ゼノの隣に座った。
「廊下ですれ違った男の子がいたんだけど、あなたに会いに来てたの?」
「ああ。あいつからの監視役らしい」
「なんだ、監視役か。貴方面食いなのかと思っちゃったわ」
「それより、お前、どうしてオレが逃げ出そうとしていることをヒグナルに言わなかったんだ」
 アリシアは顎に手をやり、少し考えてから答えた。
「だって弱みになるじゃない。いつまでも黙っているとは限らないわよ。私に優しくしないとオトウサマに報告するわ」
「…………ちゃんと答えろ」
「答えたじゃない」
「オレを騙せると? 自惚れるなよ」
 観念したのか、アリシアはそっぽを向いてもごもごと答える。
「…………ただ、そう言う気分なだけよ」
 まあいいか、とゼノは思い、追及するのをやめる。
「それより早く立って。貴方に似合いそうなお洋服持って来たわよ」
 アリシアの手で広げられた洋服を見てゼノは言葉を無くす。
「…………どうしたのよ?」
 彼女が持っていたのはフリルとリボンいっぱいのシャツと黒いハイウエストのミニスカートだった。
「女の子ものだろうどう見ても……!」
「私の服なのよ? 女の子の服しかないに決まってるでしょ?」
「そのリボンとフリルの量はなんだ! 千切れ!」
「嫌よ。きっと似合うわ」
「誰が着るか!」
 服を脱がそうとしてくるアリシアの手を払うと、彼女は柔らかな微笑みを浮かべる。
「服が破けるから抵抗しないでね」
 威圧的な笑みに、ゼノは真顔になって素直にスッと両手を上げた。
 着せ替えられたゼノは、頬を膨らまし地面に正座していた。
「立ってくるくる回ってよ」
「お前にこんな趣味があったとは」
「だって女の子の服しかないんだもの」
「せめてズボンはあっただろ!」
「あるけどそのシャツに合うズボンはなかったわ」
「じゃあシャツも変えろ!」
「それが一番可愛いのよ」
「だから可愛くなくていいんだ……」
「貴方顔可愛いからいいじゃない」
 窓の向こうで戻って来たらしいゼジが肩を揺らして笑っているし、ゼノは頬を膨らまし不機嫌なまま壁に背を預ける。
 アリシアはにこにこしながらその隣に座った。
「カメラ持ってくれば良かった」
 と呟くアリシアを、ゼノは世界を滅亡させんばかりに睨みつけた。ゼノは冷静になるように努め、顔をアリシアから背ける。
 するとアリシアはゼノの横顔を眺めながら、ぽそりと呟くように言った。
「逃げるのを手伝ってあげる」
「は?」
「貴方がここに留まっていたら主人にまた自由を奪われそうじゃない」
「ヒグナルに話を聞いたのか?」
「ええ。護身用のナイフまで持たされたし、散々貴方がいつか主人に連れ帰られる運命にあると聞かされたわ」
「……オレは今も自由だと話したが」
 不機嫌そうに呟くゼノを見て、アリシアは常に浮かべていた笑みを無くす。
「やっぱりまだ自由になれていないわよ」
「お前までそんなことを言うのか?」
「だって連れ帰られると言っただけで、貴方が着いていくとは言ってないじゃない。なのに自由だって言い張るなんて図星をつかれて焦っているみたいにしか聞こえないわ」
「ただ本当のことを言っただけだ」
「本当かしら?」
「オレはもうあいつを愛してはいない」
「そう思いたいだけでしょう。捨てられたのだから」
「嫌味のつもりか? お前は大事にされているようだもんな」
「……そんなことないわよ」
「…………?」
 その言葉にゼノは振り向き、アリシアの横顔を不思議そうに眺める。
「私は何回も何回も捨てられているわ」
「そんなことはないように見えるが?」
「他人の目から見たらそうかもね。でも私はそう感じているわ。愛されたことはないし、私はあの人の道具に過ぎないし、何度も期待して利用されて捨てられている。それでも、私はオトウサマを愛してるわよ。貴方と同じで、断ち切れないものがあるのよ。細い糸なのか、鎖なのか、どんなモノかは知らないけれど」
「断ち切れないもの……か。確かにそうかもしれない。あいつの存在をなかったことにするのには勇気がいる。なぜならあいつがオレを育てたからだ。今のオレがあるのはあいつのおかげだからだ。どこかで恩を感じているのか、それより遥かに強い復讐心のためか執着している」
「私の場合、愛するふりをしていると言っていいわ」
「何故そんなことをする必要がある?」
「あら、あなたが一番分かってるでしょ? 愛し続ければ、いつか愛して貰えるんじゃないかと期待しているのよ」
「……そうだな。迎えに来てくれるんじゃないかと期待している」
「やっと認めたわね」
「でもオレは逃げると決めた。間違っていると気づいたからだ」
「……間違ってる?」
「他にも道がある筈だ。オレはその中の正解の道を選ぶ」
「正解の、道……」
 アリシアは一時呆けていたが、直ぐに口元にいつもの笑みを浮かべて、「それなら」と言った。
「外は見ておいた方がいいわ」
 ゼノの手を引いて、無理やり立たせ、扉の向こう側に連れて行こうとする。
 その前に、ゼノはアリシアの手を振り払う。
「外に出たって怒られないわよ。この施設では拘束もされないし叱られもしないわ。自由に部屋や施設内を行き来することが出来るのよ」
「オレはここが落ち着くんだ」
「脱出の訓練で部屋の外に出たことはあるんじゃないの?」
「あるがすぐに引き返している」
「どうして?」
「……今はここがオレの居場所だからだ」
「そんなんじゃいつまでたっても逃げ出せないわよ」
 アリシアが手を引こうとすると、ゼノはそれを払いのけ、彼女の背を扉の外へ押しやった。
「今日はもう帰れ」
「……怒ったの?」
「考える時間が欲しいだけだ」
 アリシアは息を吐き、こくりと頷いてから言った。
「今日は帰るわ」
 アリシアの足音が遠のいていくのを感じてから、ゼノは扉に鍵を掛けた。
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