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エンタイア
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白衣を着た青年がやって来ると、食い入るようにゼノを見ていた下狩も戸上も彼の後ろへ下がる。
ガラス越しにゼノのいる部屋を眺め、青年は言った。
「前より落ち着いてきたようだね」
青年は扉からゼノのいる部屋へ入って行き、ゼノに近づいていく。
暗闇に光が入り、ゼノは眩しそうに顔を歪めた。
青年はゼノの顎を掴み、顔を上げさせ、ぐんと顔を近づけその顔をじっくりと眺める。
「…………君は最高傑作になるかもしれない」
「…………」
「そこは「何を言っている?」と聞き返してくれないとだめだよ」
「…………分かった」
「間が長い。不本意だと顔に書いてある。まずそれをなおそうね」
「気を付けよう」
「それでいいよ……」
救った顎を引き寄せ、思わずと言った風に青年はゼノと唇を合わせる。下狩と戸上は見ないよう心掛けた。
ゼノは顔を歪め、胸を押そうとしたが耐えて、腕を下げた。
青年が唇を離し、冷めた目でゼノを見下ろす。ゼノはビクッと肩を震わせ、自分が間違っていたことに気が付いた。
「聖唖くんは僕を愛さない。拒絶しないとだめだよ」
「……すまない」
《聖唖くん》、その名前を聞くのは初めてではない。
耳がおかしくなりそうなくらい毎日高い頻度で聞かされる。青年はゼノを《聖唖くん》にしたいのだから仕方がないが。
もう一度唇を合わせてきて、床に押し倒され、服の中に手が侵入してくる。今度こそ拒絶と見て取れる抵抗を見せるが、力は敵わなかった。
戸上と下狩が今から何が始まるのかを察して、「…………またか……」と部屋を気まずそうに出て行く。
ゼノはその背中に手を伸ばしたが、気づかれることはなかったし、もし気づかれたとしても助けは来なかった。
――青年はゼノに服を着せ、彼をこの部屋に縛り付けていた足枷を外した。ゼノは目をぱちくりとさせてその行動をただ眺めていた。
青年に手を引かれ、部屋の外に出される。
何年ぶりかの外だった。
青年に抱き上げられてお腹に顔を埋められる。
「君は匂いまで聖唖くんにそっくりだね。当たり前か。そういう風につくってあるんだから」
「何を言っている?」
「いいね。やれば出来るじゃないか」
褒められるのは嫌いじゃない。
もしこの人を愛せたなら、苦痛はなくなるだろうに。
しかし愛することは禁止されている、だからそんな感情が芽生えても消し去らなければならない。
ゼノはそう考えながらも、教えられた無表情をつらぬく。
青年はゼノを施設の外へと連れ出した。
ゼノは初めての町に驚きを隠せずにいた。
青年はゼノのその反応を楽しむようにじっくりと眺めた。行きつけの喫茶店へ入り、雑踏の見える窓側のカウンター席に着く。
青年はウェイトレスにハニートーストとミルクココアを一つずつと、コーヒーを一つ頼む。それを席で待っている間に説明される。
「聖唖くんの行きつけの店なんだ。彼はよくハニートーストを頼んでいてね、ココアも大好きなんだよ」
「そうなのか」
「君も大好きにならなくちゃね」
「分かった」
「君は一言しかしゃべれないのかな?」
声音にも表情にも不機嫌さはないが、その言葉が不機嫌だと物語っていた。
ゼノは焦りつつ、それを表に出さずに答えた。
「そんなことはない」
「じゃあしゃべってごらん」
「……こんなに大勢の人間を見るのは初めてだ」
「それで?」
「……虫唾が走る」
青年はそれを聞くと、にっこりと笑う。
「上出来だ」
ハニートーストとココアが持ってこられ、ゼノはお手拭きを使ってから、ハニートーストを両手で掴んで頬張った。
ゼノは甘ったるいと思い顔を顰める。それを青年は見逃さない。
「もっと笑顔で食べなきゃだめだ」
肯定の意味で青年に向けて笑顔を見せ、ゼノはお手拭きを使い、マグカップを手に持ちミルクココアを飲む。
「……美味しい」
本当は甘ったるいものに甘ったるいものが続き不快だったが、それを隠して微笑む。青年は頬杖をしてそれを眺め、満足げに笑った。
青年は次に、ゼノを店とは反対側の路地裏へと連れて行った。
二人で路地裏から、喫茶店の中の様子を眺める。
すると、自分達が先程まで座っていたカウンター席に、自分と全く同じ顔の生物――人間が座るのを見て、ゼノは目を見開いて驚く。
「彼が聖唖くんだよ」
青年は恍惚とした表情でそれを眺めていて、ゼノは胸がズキンと痛むのを感じていた。
施設への帰り道。ゼノは自分の胸の中にくすぶる小さな感情に気が付いていた。いや、押し殺していただけで感情は大きく成長していたのかもしれない。
積もりに積もって煙だけが大きくなっていたのだ。
ゼノは自分が彼に従う理由を知って、彼と繋ぐ手に力を込めて彼を引き留める。
「……どうかした?」
青年が足を止めてゼノへ振り向く。
ゼノはその顔を見上げ、無表情のまま言った。
「好き」
「へ?」
「ボクは君が好き」
「………………は?」
青年は地面に膝をつき、真正面から顔を合わせ、両肩を掴む。
「愛してはいけないと言っただろう?」
「でも愛してしまった。君の言うことを聞くのは君を愛したからだと気づいた」
「…………君が失敗作になってしまうなんて」
「オレは失敗してなんかない」
「…………おれ?」
ゾッとするような目がゼノを捉え、恨みの込められた太い低音が発せられる。
「………………お前を愛するなと言うのなら、オレはオレになるしかない……」
「君がここまで愚かだったとは……」
青年は立ち上がり、乱暴にゼノの腕を掴む。
「帰ろうか」
「…………」
施設へ帰り、ゼノの部屋へ帰ると、青年は彼を投げ捨てるように離した。
その勢いで、ゼノは地面に倒れる。
それを見て青年は酷く蔑んだ目をする。ゼノは縋るような目で彼を見て、それを見た彼は一瞬怯む。
そしてあの、恍惚とした表情を浮かべてゼノにぐんと顔を近づけた。
「君は容姿と声、匂い、背丈や身体のバランスまで完璧だ。手放すのは惜しいよ」
「なら……」
「だけど、理想じゃなくなったのは変わらない事実だ……。残念だよ。ゼノ」
「…………捨てるのか?」
泣きそうになった顔を見て、青年は優しい微笑みを浮かべる。
「ああ。もちろんさ」
青年が部屋を後にすると、ゼノは床に顔を押し付けて泣き喚いた。ゼノは声が枯れるまでずっと、泣き叫び続けた。
ガラス越しにゼノのいる部屋を眺め、青年は言った。
「前より落ち着いてきたようだね」
青年は扉からゼノのいる部屋へ入って行き、ゼノに近づいていく。
暗闇に光が入り、ゼノは眩しそうに顔を歪めた。
青年はゼノの顎を掴み、顔を上げさせ、ぐんと顔を近づけその顔をじっくりと眺める。
「…………君は最高傑作になるかもしれない」
「…………」
「そこは「何を言っている?」と聞き返してくれないとだめだよ」
「…………分かった」
「間が長い。不本意だと顔に書いてある。まずそれをなおそうね」
「気を付けよう」
「それでいいよ……」
救った顎を引き寄せ、思わずと言った風に青年はゼノと唇を合わせる。下狩と戸上は見ないよう心掛けた。
ゼノは顔を歪め、胸を押そうとしたが耐えて、腕を下げた。
青年が唇を離し、冷めた目でゼノを見下ろす。ゼノはビクッと肩を震わせ、自分が間違っていたことに気が付いた。
「聖唖くんは僕を愛さない。拒絶しないとだめだよ」
「……すまない」
《聖唖くん》、その名前を聞くのは初めてではない。
耳がおかしくなりそうなくらい毎日高い頻度で聞かされる。青年はゼノを《聖唖くん》にしたいのだから仕方がないが。
もう一度唇を合わせてきて、床に押し倒され、服の中に手が侵入してくる。今度こそ拒絶と見て取れる抵抗を見せるが、力は敵わなかった。
戸上と下狩が今から何が始まるのかを察して、「…………またか……」と部屋を気まずそうに出て行く。
ゼノはその背中に手を伸ばしたが、気づかれることはなかったし、もし気づかれたとしても助けは来なかった。
――青年はゼノに服を着せ、彼をこの部屋に縛り付けていた足枷を外した。ゼノは目をぱちくりとさせてその行動をただ眺めていた。
青年に手を引かれ、部屋の外に出される。
何年ぶりかの外だった。
青年に抱き上げられてお腹に顔を埋められる。
「君は匂いまで聖唖くんにそっくりだね。当たり前か。そういう風につくってあるんだから」
「何を言っている?」
「いいね。やれば出来るじゃないか」
褒められるのは嫌いじゃない。
もしこの人を愛せたなら、苦痛はなくなるだろうに。
しかし愛することは禁止されている、だからそんな感情が芽生えても消し去らなければならない。
ゼノはそう考えながらも、教えられた無表情をつらぬく。
青年はゼノを施設の外へと連れ出した。
ゼノは初めての町に驚きを隠せずにいた。
青年はゼノのその反応を楽しむようにじっくりと眺めた。行きつけの喫茶店へ入り、雑踏の見える窓側のカウンター席に着く。
青年はウェイトレスにハニートーストとミルクココアを一つずつと、コーヒーを一つ頼む。それを席で待っている間に説明される。
「聖唖くんの行きつけの店なんだ。彼はよくハニートーストを頼んでいてね、ココアも大好きなんだよ」
「そうなのか」
「君も大好きにならなくちゃね」
「分かった」
「君は一言しかしゃべれないのかな?」
声音にも表情にも不機嫌さはないが、その言葉が不機嫌だと物語っていた。
ゼノは焦りつつ、それを表に出さずに答えた。
「そんなことはない」
「じゃあしゃべってごらん」
「……こんなに大勢の人間を見るのは初めてだ」
「それで?」
「……虫唾が走る」
青年はそれを聞くと、にっこりと笑う。
「上出来だ」
ハニートーストとココアが持ってこられ、ゼノはお手拭きを使ってから、ハニートーストを両手で掴んで頬張った。
ゼノは甘ったるいと思い顔を顰める。それを青年は見逃さない。
「もっと笑顔で食べなきゃだめだ」
肯定の意味で青年に向けて笑顔を見せ、ゼノはお手拭きを使い、マグカップを手に持ちミルクココアを飲む。
「……美味しい」
本当は甘ったるいものに甘ったるいものが続き不快だったが、それを隠して微笑む。青年は頬杖をしてそれを眺め、満足げに笑った。
青年は次に、ゼノを店とは反対側の路地裏へと連れて行った。
二人で路地裏から、喫茶店の中の様子を眺める。
すると、自分達が先程まで座っていたカウンター席に、自分と全く同じ顔の生物――人間が座るのを見て、ゼノは目を見開いて驚く。
「彼が聖唖くんだよ」
青年は恍惚とした表情でそれを眺めていて、ゼノは胸がズキンと痛むのを感じていた。
施設への帰り道。ゼノは自分の胸の中にくすぶる小さな感情に気が付いていた。いや、押し殺していただけで感情は大きく成長していたのかもしれない。
積もりに積もって煙だけが大きくなっていたのだ。
ゼノは自分が彼に従う理由を知って、彼と繋ぐ手に力を込めて彼を引き留める。
「……どうかした?」
青年が足を止めてゼノへ振り向く。
ゼノはその顔を見上げ、無表情のまま言った。
「好き」
「へ?」
「ボクは君が好き」
「………………は?」
青年は地面に膝をつき、真正面から顔を合わせ、両肩を掴む。
「愛してはいけないと言っただろう?」
「でも愛してしまった。君の言うことを聞くのは君を愛したからだと気づいた」
「…………君が失敗作になってしまうなんて」
「オレは失敗してなんかない」
「…………おれ?」
ゾッとするような目がゼノを捉え、恨みの込められた太い低音が発せられる。
「………………お前を愛するなと言うのなら、オレはオレになるしかない……」
「君がここまで愚かだったとは……」
青年は立ち上がり、乱暴にゼノの腕を掴む。
「帰ろうか」
「…………」
施設へ帰り、ゼノの部屋へ帰ると、青年は彼を投げ捨てるように離した。
その勢いで、ゼノは地面に倒れる。
それを見て青年は酷く蔑んだ目をする。ゼノは縋るような目で彼を見て、それを見た彼は一瞬怯む。
そしてあの、恍惚とした表情を浮かべてゼノにぐんと顔を近づけた。
「君は容姿と声、匂い、背丈や身体のバランスまで完璧だ。手放すのは惜しいよ」
「なら……」
「だけど、理想じゃなくなったのは変わらない事実だ……。残念だよ。ゼノ」
「…………捨てるのか?」
泣きそうになった顔を見て、青年は優しい微笑みを浮かべる。
「ああ。もちろんさ」
青年が部屋を後にすると、ゼノは床に顔を押し付けて泣き喚いた。ゼノは声が枯れるまでずっと、泣き叫び続けた。
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