リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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リョウゲ

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 もう力など求めなくていい。もう高い処へなんか行かなくていい。翼のない我々は、カナキリやディーヴァ、他の種族たちと同じように、人間のフリをして暮らしていけばいい。
 季節は冬に近付いていてもう肌寒いというのに、屋敷の窓と障子は全て開け放たれている。
 窓一面に広がる美しく色づいた紅葉と。
 風が吹き、木々がざわめき、葉っぱの雨を降らす姿。
 地面はまるで落ち葉の絨毯のようで、そんな地面から舞い上がる落ち葉達の姿は、まるで生きているかのようだ。
 そんな魅力的な森の姿をすぐ傍で感じられる我々の屋敷を、敷地外からやって来た客人達に自慢したいのだろう。
 うん、確かに美しいと思う。私は昔から、秋の森だけは好きだった。……掃除をするのは私ではないからな。
 冬も美しいが、雪は面倒で嫌いだ。囲炉裏の傍で暖かい茶を飲みながら和菓子を摘み、永遠に毛布にくるまっていたい。
 ああ。うん、やはり秋が一番だ。面倒臭がりな私も、偶になら出歩いてもいいかもと思う季節だ。
 それに何より、何処を見ているのか分からない化け物たちが、時たまに、人間のように。紅葉を眺めている姿も、好きだった気がする。
 廊下からぞくぞくと人がやってきて、部屋に等間隔に敷かれた座布団へと座っていく。私も彼らの中に紛れ、既に着いていたらしい青海の隣に座った。
 会議が始まってから少し経つと、お酒が運び込まれ、全員に行き渡る。その一部始終を見守った後、長の一人が言った。
「青王、黄妃、こちらへ来なさい」
 青海と共に席を立ち、長のいる正面の壁際に向かう。彼らの隣――壁際の中央――に豪華な座布団が二枚重ねで敷かれており、その隣にまあまあ豪華な座布団が一枚敷かれている。
 青海が一枚の座布団に座り、私が二枚重ねの座布団に座る。部屋中の者の視線が私へと集まる。
「國哦伐黄泉。黄妃が、今この時を持って、我々國哦伐家の当主となることを宣言する」
 黄泉は前に並ぶ集団から、頭を下げられる。黄泉が手を上げれば、その集団は面を上げて、次の言葉を待った。
「國哦伐青海。青王が、今この時を持って、当主・黄妃の側近となることを宣言する」
 青海は前に並ぶ集団から、頭を下げられる。青海が手を上げれば、その集団は面を上げて、次の言葉を待った。
「当主よ、どうぞ。皆の者にお言葉を」
 黄泉が黙っていると、青海がにっこりと笑って尋ねてきた。
「黄妃? 君が何か言わないと儀式が終わらないよ?」
「私が何か言って、お酒を飲んで、終わり……とはならないんだろう?」
「うん。君は当主になったんだから、お客さんの相手をしないと」
 ここで言うお客さんとはつまり、能力協会とその関係者なのだが……会議兼当主と当主側近の発表と宣言、それに顔合わせがてらに加えられた宴会らしき行事。
「皆様、この度は私と青王の為に、お集まりいただいて誠にありがとうございます。と言う訳で」
 席を立てば、隣の青海と、来賓席にいる能力協会会長――國哦伐茶飯が眉間を押さえた。お前たち、反応が早すぎるぞ。
「退室させていただきます」
「黄妃、座りなさい」
 私の手を握ってくる青海の手を振り払う。
「私は当主と言う肩書に興味がない。だが、またあのような日々を送る気もない。だから、当主と言うモノがどれだけ偉いかなどと考えないでほしい。私は唯の、代表に過ぎない。この組織の、國哦伐家の代表であり、責任を負わされるだけの立場だ。だが、私だけは國哦伐家を導く責任があると思わなければならないだろう。貴方たちを、キョウダイを、家族を守る使命があるからだ」
 みんなの視線が私から離れない。眉間を押さえていた青海や茶王ですら。真剣に聞いてくれている。面倒くさがりの私が当主になってしまう未来など、誰が予想しただろう。さっさとアトラクションに案内して呉れればよかったのにな。
「故に、全員がこの場に揃っている今、代表と言うモノが必要だろうか。いや、必要ない。お酒を飲んで、おいしいご飯を食べて、肩を並べて話し、楽しい時を過ごす。それは私でなくとも出来ることだと思う。まず未成年なのでお酒は飲めない。オレンジジュースがいい。あと寒い、流石に窓は閉めて欲しい。私は部屋に戻って毛布に包まる用事があるので、失礼します」
「黄泉、協力し合える組織があるなら、皆を守れるとあの出来事で分かった筈だろう。家族を守ることが君の使命なら、座りなさい」
「それは違う。私ではなく、当主の使命だ。だが私は、当主の肩書に興味はない。使命など滅べ」
「こら。まあこうなることが分かってて私が当主側近にされたんだろうけどね」
「うん、後は頼んだぞ青海」
 黄泉はそう言い放つと、ざわついている部屋を後にして、自分の部屋へと向かう。
 旧本堂やその周辺の屋敷は落ちてしまったが、あの景色の悪いキョウダイ達の屋敷は残っている。
 黄泉は押し入れから毛布を引きずり出して、それに包まりながら、窓の外の滝を眺める。
「私が当主になるなんてな。変な感じだ。面倒だ」
 帯に挟んでいた紅葉を取り出し、窓から射し込む光に当てて眺める。指でくるくると回して遊んでいると、不意に風が吹いてそれを奪って連れていく。
 今までずっと過ごしてきた屋敷。しんとした室内。外の凄まじい滝の音。窓から見えた筈の多くの屋敷はほぼなくなってしまった。知っている筈の場所が、まるで知らない場所のように感じる。
 静かだ。人っ子一人、いやしない。
 もう一度行ってみるか? あの場所へ。
 あの灰をすべて食べ尽くせば、満たされるだろうか。
 静かだ。靜かだ。
 滝の音も、森の音も、人の声も、青海の声も、何もかもが遠くに聞こえる。
 ああ。ああ。
 本当にいなくなってしまうんだな。
 もうお前は灰になってしまったんだな。
「白馬」
 もう、お前はどこにもいないんだな。
「何をしているんだ私は」
 あいつの姿を探してしまう。
 探していなくても、ふと蘇ってきてしまう。
 ああ。ああ。
 はやく時間が過ぎてしまえばいいのに。

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