リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

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リョウゲ

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 黄泉は手に引かれるまま走った。
 千里眼の術の影響で、明るいところへ行っても視界が閉ざされていた。
 草木が風に揺れる音がする。木や土の匂いがする。
 前からぜぇぜぇと荒い息が聞こえてくる。
 暗闇は継続し、足がもつれて倒れた時だ。胸に相手の身体がぶつかり、相手ごと倒れる。
 うつ伏せからあおむけになり、痛みに藻掻いていると。
 やっと相手の声の正体が分かった。
「大丈夫か。黄泉。腕は?」
「……王子様?」
「まあ俺は王子だが!」
「千里眼の術の後で目が見えないんだ」
「大丈夫、少ししたら治るぞ」
 俺たちは人間じゃないからな! と人間でないことが嬉しいかのように言う。そんな声を聴いていると、自分もそんな気がして楽になった。
「ありがとう」
「どういたしまして。ほら」
「なんだ?」
 手を握られ、そこに何かを握らされる。
「今日の大冒険の記念だ!」
「私をつけてきていたのか?」
「気になってな!」
 何がおかしいのか高笑いする。視力が戻っても相手は自分の目が見えていないと思っているようだ。
 手の中には、まだ黄色の大きなもみじの葉っぱが乗せられていた。
「それ、お前の瞳みたいだぞ」
「いらん」
「ああッ記念が!!」
 王子様どころか。
 本当に、馬鹿な奴だった。



        ◇◇◇



 あの日から、一か月が経った。
 アリシアと聖唖様のおかげで、あの日の死人は一人だけで済んだ。
 死体は骨まで燃やされ灰となり、タフィリィは一つ残らず処理され、感染者はアリシア等コノカにより的確な処置が行われ、感染源は絶たれた。
 能力協会と國哦伐家はこのことをきっかけに手を結ぶことになった。カナキリ共を狩る側であった我々が、カナキリを保護する側に回ったのだ。
 能力協会のトップは顔見知りだった。なぜ能力協会が力を貸してくれたのかと疑問だったけれど、そう言うことだったのかと、納得したものだ。
 人里離れたこの森に、問題だらけのこの土地に、能力協会がわざわざあの人間最強を送り込んできた理由も、それで理解した。
 能力協会は資金を出し、今まで國哦伐家が隠してきた全ての死人の墓を建ててくれた。
 國哦伐家の敷地であるだだっ広い修行の場だったジャングルのような森の一角に、それらは建っている。無駄に敷地が広い分役に立ってよかったと言うモノだ。
 ほとんどが國哦伐と彫られているし、墓の下には黄泉たちが保管した砂金と赤鳥、矢地の骨と灰だけは存在している。その他は灰すら存在しない。
 黄泉はそんなほとんど形だけの墓の前にしゃがみこみ、手を合わせていた。
 雲が流れ、日の光が射し込み、風が吹く度に、お墓の上に木々が落ち葉を落としてくる。
 滝や屋敷から離れているから、黄泉の知っている静かとはまた一味違う感覚だった。
 赤や黄色に色づいた木々が吹雪のように降り注ぎ、地面を覆い尽くす。そのさまは美しいが、ちょっと面倒なぐらい降ってくるな。木がでかい分落ち葉の量が多いし、葉っぱも掌より大きい。掃除するのは私ではないから本当に面倒な訳ではないが……黄泉はそんなことを考えながら、自分の目の前に落ちてきたもみじを拾う。それを裾の中にしまうとおもむろに立ち上がった。
 あの日々に比べれば、胸の痛みは薄くなってきている。
 黄泉は屋敷に帰る前に、とある施設に寄り道をすることにした。
 施設に付き、無地の壁が続く通路を随分と歩いた先には、静かな空間が待っている。ところどころ壁や地面が割れており、黄泉は過去にここで戦闘が起きたと語られている気分になった。
「まだ残っていたのか」
 床の一部に焼け焦げた跡があった。その上には抜け殻の灰だけが形を崩して横たわっている。
「…………」
 黄泉はしゃがみこみ、それを両手で掬って口に運ぶ。咀嚼してから飲み込むと、また灰を掬って、口に含む。この工程を何度か繰り返した後、袖で口元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
 屋敷に戻ってしまうと、これから開かれる会議に出席しなくてはならない……。
「面倒……」
 しばらくここにいてもいいかとも思ったが、ここにいるだけで胸を抉るような痛みが蘇ってくる。胸にぽっかり穴が空いたような感覚さえする。長くこの空間にいると、頭がおかしくなりそうだ。しかし、この場から離れたくないと思ってしまうのだ。
 黄泉は頭を振って、しぶしぶ来た通路へ戻り、思い直し、屋敷へ帰ることに決めた。

 本堂の屋敷は森の中に新しく建てられた。もうアトラクションへ案内されるスリルは味わえなくなってしまったが、地面がすぐそこにあるだけ、と言うことに、ただただ安心感を覚える日々だ。
 翼が必要そうな、あんな不安定な場所に屋敷を建てずとも、敷地はまだまだ余っているのだから、沢山、地面の上に屋敷を建てればいい。わざわざ高い処に建てたりするから落ちてしまうのだ。地に墜ちた天使である我々には、もう翼はないのだから、地面を歩いて暮せばいいものを。
 そうだ。我々はもう、落ちていたんだ。
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