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リョウゲ
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國哦伐家の屋敷は、人里から離れた山の中にひっそりと建っている。厳しい掟や悪知恵の働く親戚達に囲まれて育ち。さらにジャングルみたいな森の中で暮らさなければならないのだから嫌でも性格はひん曲がる。
谷底を生かした懸造りの屋敷で良く言えば趣のある建物、悪く言えば歩けば床の抜ける命懸けのアトラクションだ。落ちれば下のウォータースライダー、流れるプールでさらに楽しめる。
先祖には翼があったからこんな場処でも暮らせたらしいが、我々は移動したっていいのではないだろうか。ムカつくキョウダイや親戚の背を押してアトラクションに案内するのもまた一興だけれど。
國哦伐家は屋敷の上に屋敷を立てるなど、崖のあちらこちらに屋敷を建てている。その屋敷同士を、中心の本堂に向けて蜘蛛の巣状に吊り橋を掛けて繋げていた。黄泉は本堂や他の屋敷の全体を見下ろせる位置に建つ屋敷で暮らしている。本堂の周囲を護る形で配置されている屋敷達の、一番上の見張り役と囮役を兼ね備えているスーパー曰く付きの部屋だ。景色はいいが落ちたら死ぬ、景色はいいが狙われやすい、景色はいいが高すぎて怖いから景色もあんまし良くないな、うん。
そんなダメダメな屋敷で暮らしているのは未来の当主、次世代のキョウダイ達だ。
同年代のキョウダイ達は数多く生まれてきたが皆暗殺されたり、刺客を送られたり、スナイパーで撃たれたり、まあ暗殺されて死んでいった。あるいは屋敷から落とされて。
残ったのは極少数の実力者達。中でも私は特別だった。怠け者の私を後継者に選んで殺してくれる人なんかいる筈がなかったからだ。
黄泉は今日も自分の部屋から、本堂の姿とその下を流れる川と滝を眺めていた。
「いつか本堂が落ちればいい」
「ッ何考えてンだよ黄泉。俺様が死ンだら皆泣いちゃうだろうが。お前だって泣くンだろ? 俺様を思って。おい、聞いてンのか。おい?」
「いつか本堂が落ちれば……ぐかー」
「寝るなッ!!」
「ん……はく、ば……?」
美しい白眼がじっとこちらを見つめている。しかしそれは見つめれば見つめるほど不機嫌に歪められていく。
「俺様を呼び捨てにするとはいい度胸だな黄泉ぃ。まあ俺様の嫁になりたくて俺様の名前を呼びまくりたいのは分からなくもないが歳の差と権力差と実力差、容姿の差、意志の差、他もろもろの差が全力で俺様達を邪魔しているンだ解るか? お前は後継者候補だけでなく嫁候補ですらない!」
白眼が細められ、楽しそうに笑っていたが黄泉は再び夢の中に落ちていた。それに対して、まるで眠るなと言わんばかりに頬っぺたを引っ張ったり、叩いたりしてくる。
「はく、はくばの……おう、じ……」
「よ、黄泉……?」
「おうじさま……」
「た、確かに俺様は誰がどう見ても生まれてこの方現在進行で王子だが……」
「……ッハwww」
「はっ!? あ……!? お、お前今俺様を鼻で笑ったな!? だぶりゅーが見えたぞ!!」
「面倒……王子なんか白馬から落ちればいい」
「おいッ!? 俺様に向かって、なンてこと言いやがる!!」
「兄さん? いたのか?」
「おま、殺すぞ……!?」
顔だけはいい。ナルシスト長男。怠け者の私を言葉で虐めようとするけれど面倒だから相手しなかったら彼のプライドに火を付けてしまったらしく余計に面倒なことになった。面倒。
「で、何の用だ? 何の用でも面倒だから断ってくれ、色々と手ぇ回して私を開放してくれ」
白馬は黄泉の言葉を聞くと、ふん、と鼻を鳴らして天井を向く。
威張り散らして上ばかり向いているから首の骨が矯正されているのだろう。憐れだ。いつも頭が斜め上に傾いているのはその所為だ。面倒だから滝を眺めて無視していると。
「俺様に命令するな。それにこの噺は俺様の――」
「――そォれはダメだなァ黄妃。今から後継者候補を決める会議があるんだァ。君等はとうぶん、本堂で待機することになるなァ」
ナイスグッジョブぱーふぇくとJAMA。白馬の言葉を遮ったのは偉丈夫の男。顔の傷と筋肉さえなければ白馬にも劣らない王子様仮面だったことだろう。白馬と比べるのは申し訳ない気もするが彼の幼い頃の写真を拝見した時は本人に言われてやっと……いや、散々説得されて認めた位の美少年っぷりだったのだ。それが今はどうだ。まるで熊ではないか。勿体ない。
「おじさん。いつ帰ってきたのですか?」
「大きくなったなァ君等ァ」
傍まで来てしゃがみ込み、わしわしと頭を撫でられる。
女の子ならおめかししたりセットしたりするのだろうが、私は櫛すら通さないからな。
風呂も面倒でもちろん髪を洗うことも面倒で仕方がないが姉にどうしてもと言われ洗わせてやっている。そう言えば姉――赤鳥は最近アイロンでヘアを巻き寿司にするのがどうたらと言っていた。美味しそうだから私にもくれと言ったら私の髪に未知の兵器を近付けてきたから右腕で破壊してやったら泣き喚いて白馬にくっ付こうとして蹴飛ばされて気を失っていたな。
それからと言うもの余り人に髪を触らせたくないのだがこの人は別だ。照れを出していいのなら、私はこの人の前だけでなら出せる気がする。しかし。
「俺様を無視するな黄泉!」
おじさんの手を膝で押しのけて態々突っかかってくるこの男をどうにかしてくれなければ誰かに甘えることなんてできないだろう。
「白王は相変わらず白王だなァ……」
「茶王! 俺様の噺を遮るなッ!!」
貴様は気安く私に触れるな。傍に来るな膝を付くな肩を抱くな。
「面倒なのです退治して下さい」
割と本気でお願いすると、おじさんは困った顔をする。
「そォれは無理だなァ。白王の方が私よりずっと強いと思うぞォ」
「屋敷から突き落としてくれるだけでいいのです!」
「……ん。黄妃も変わらないな」
「――黄泉ィイイイイイ……ッ!!」
うるさい耳元で叫ぶな。衿を掴むな。顔を近付けるな。胸を見るな慌てるな。
「君は黄妃に絡み過ぎだなァ、もう放っておいてやれ」
歯軋りして威嚇する白馬の肩を、おじさんがぽんと叩き窘める。
「おけん!! 未来の当主にこの口の利き方。俺様が当主になってからもこの口の利き方になるに決まってンだッ、今正さないと一生屋敷から落ちればいいと言われ続けるだろ!!」
「あ、ああ……そうだなァ」
騒がしい。こいつは始終叫んでいないと寿命が減る病にでも掛かっているのか。それにしても。
ぐい、と白馬の胸を押しのけ、おじさんに告げる。私はたぶんこの時死人もたまげるほど虚ろな目をしていたことだろう。
「私を後継者に選ぶ奴なんていないと思います。なのでここで寝ていたい、です」
「……ん。いや、まあ、あ~そうだなァ。けど、待機だァ」
おじさんの表情がそう告げている。
「面倒……」
谷底を生かした懸造りの屋敷で良く言えば趣のある建物、悪く言えば歩けば床の抜ける命懸けのアトラクションだ。落ちれば下のウォータースライダー、流れるプールでさらに楽しめる。
先祖には翼があったからこんな場処でも暮らせたらしいが、我々は移動したっていいのではないだろうか。ムカつくキョウダイや親戚の背を押してアトラクションに案内するのもまた一興だけれど。
國哦伐家は屋敷の上に屋敷を立てるなど、崖のあちらこちらに屋敷を建てている。その屋敷同士を、中心の本堂に向けて蜘蛛の巣状に吊り橋を掛けて繋げていた。黄泉は本堂や他の屋敷の全体を見下ろせる位置に建つ屋敷で暮らしている。本堂の周囲を護る形で配置されている屋敷達の、一番上の見張り役と囮役を兼ね備えているスーパー曰く付きの部屋だ。景色はいいが落ちたら死ぬ、景色はいいが狙われやすい、景色はいいが高すぎて怖いから景色もあんまし良くないな、うん。
そんなダメダメな屋敷で暮らしているのは未来の当主、次世代のキョウダイ達だ。
同年代のキョウダイ達は数多く生まれてきたが皆暗殺されたり、刺客を送られたり、スナイパーで撃たれたり、まあ暗殺されて死んでいった。あるいは屋敷から落とされて。
残ったのは極少数の実力者達。中でも私は特別だった。怠け者の私を後継者に選んで殺してくれる人なんかいる筈がなかったからだ。
黄泉は今日も自分の部屋から、本堂の姿とその下を流れる川と滝を眺めていた。
「いつか本堂が落ちればいい」
「ッ何考えてンだよ黄泉。俺様が死ンだら皆泣いちゃうだろうが。お前だって泣くンだろ? 俺様を思って。おい、聞いてンのか。おい?」
「いつか本堂が落ちれば……ぐかー」
「寝るなッ!!」
「ん……はく、ば……?」
美しい白眼がじっとこちらを見つめている。しかしそれは見つめれば見つめるほど不機嫌に歪められていく。
「俺様を呼び捨てにするとはいい度胸だな黄泉ぃ。まあ俺様の嫁になりたくて俺様の名前を呼びまくりたいのは分からなくもないが歳の差と権力差と実力差、容姿の差、意志の差、他もろもろの差が全力で俺様達を邪魔しているンだ解るか? お前は後継者候補だけでなく嫁候補ですらない!」
白眼が細められ、楽しそうに笑っていたが黄泉は再び夢の中に落ちていた。それに対して、まるで眠るなと言わんばかりに頬っぺたを引っ張ったり、叩いたりしてくる。
「はく、はくばの……おう、じ……」
「よ、黄泉……?」
「おうじさま……」
「た、確かに俺様は誰がどう見ても生まれてこの方現在進行で王子だが……」
「……ッハwww」
「はっ!? あ……!? お、お前今俺様を鼻で笑ったな!? だぶりゅーが見えたぞ!!」
「面倒……王子なんか白馬から落ちればいい」
「おいッ!? 俺様に向かって、なンてこと言いやがる!!」
「兄さん? いたのか?」
「おま、殺すぞ……!?」
顔だけはいい。ナルシスト長男。怠け者の私を言葉で虐めようとするけれど面倒だから相手しなかったら彼のプライドに火を付けてしまったらしく余計に面倒なことになった。面倒。
「で、何の用だ? 何の用でも面倒だから断ってくれ、色々と手ぇ回して私を開放してくれ」
白馬は黄泉の言葉を聞くと、ふん、と鼻を鳴らして天井を向く。
威張り散らして上ばかり向いているから首の骨が矯正されているのだろう。憐れだ。いつも頭が斜め上に傾いているのはその所為だ。面倒だから滝を眺めて無視していると。
「俺様に命令するな。それにこの噺は俺様の――」
「――そォれはダメだなァ黄妃。今から後継者候補を決める会議があるんだァ。君等はとうぶん、本堂で待機することになるなァ」
ナイスグッジョブぱーふぇくとJAMA。白馬の言葉を遮ったのは偉丈夫の男。顔の傷と筋肉さえなければ白馬にも劣らない王子様仮面だったことだろう。白馬と比べるのは申し訳ない気もするが彼の幼い頃の写真を拝見した時は本人に言われてやっと……いや、散々説得されて認めた位の美少年っぷりだったのだ。それが今はどうだ。まるで熊ではないか。勿体ない。
「おじさん。いつ帰ってきたのですか?」
「大きくなったなァ君等ァ」
傍まで来てしゃがみ込み、わしわしと頭を撫でられる。
女の子ならおめかししたりセットしたりするのだろうが、私は櫛すら通さないからな。
風呂も面倒でもちろん髪を洗うことも面倒で仕方がないが姉にどうしてもと言われ洗わせてやっている。そう言えば姉――赤鳥は最近アイロンでヘアを巻き寿司にするのがどうたらと言っていた。美味しそうだから私にもくれと言ったら私の髪に未知の兵器を近付けてきたから右腕で破壊してやったら泣き喚いて白馬にくっ付こうとして蹴飛ばされて気を失っていたな。
それからと言うもの余り人に髪を触らせたくないのだがこの人は別だ。照れを出していいのなら、私はこの人の前だけでなら出せる気がする。しかし。
「俺様を無視するな黄泉!」
おじさんの手を膝で押しのけて態々突っかかってくるこの男をどうにかしてくれなければ誰かに甘えることなんてできないだろう。
「白王は相変わらず白王だなァ……」
「茶王! 俺様の噺を遮るなッ!!」
貴様は気安く私に触れるな。傍に来るな膝を付くな肩を抱くな。
「面倒なのです退治して下さい」
割と本気でお願いすると、おじさんは困った顔をする。
「そォれは無理だなァ。白王の方が私よりずっと強いと思うぞォ」
「屋敷から突き落としてくれるだけでいいのです!」
「……ん。黄妃も変わらないな」
「――黄泉ィイイイイイ……ッ!!」
うるさい耳元で叫ぶな。衿を掴むな。顔を近付けるな。胸を見るな慌てるな。
「君は黄妃に絡み過ぎだなァ、もう放っておいてやれ」
歯軋りして威嚇する白馬の肩を、おじさんがぽんと叩き窘める。
「おけん!! 未来の当主にこの口の利き方。俺様が当主になってからもこの口の利き方になるに決まってンだッ、今正さないと一生屋敷から落ちればいいと言われ続けるだろ!!」
「あ、ああ……そうだなァ」
騒がしい。こいつは始終叫んでいないと寿命が減る病にでも掛かっているのか。それにしても。
ぐい、と白馬の胸を押しのけ、おじさんに告げる。私はたぶんこの時死人もたまげるほど虚ろな目をしていたことだろう。
「私を後継者に選ぶ奴なんていないと思います。なのでここで寝ていたい、です」
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