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第十二章 ― そんな風に俺を扱わないで…期待してしまうから…―
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しおりを挟む性同一性障害…形態的には完全に正常で、自分の肉体がどちらの性に所属しているかをはっきり認知している一方、人格的には自分が別の性に所属していると確信している状態」と定義されている。
性同一性障害は、自分が男であるか女であるか、という性別に関する性自認『Gender Identity』の問題である。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
リナは、桂に理解できるように言葉を選んで説明してくれた。自分が性同一性障害であると。
今でこそ、世間に認知されており、病気として治療の開発も進んでいる。
だが当時まだそんな事は誰にも理解されていなかった…。衛はいつしか自分の中に潜むもう一つの性に気づいてしまった。
心の奥深くにあったパンドラの箱を開けてしまったの…。
少し哀しそうにそう告げたリナ。
桂は高校2年の頃に自分がバイセクシュアルであることを衛に告白していた。
思いきって告げたその言葉に衛はニコッと笑って「それが僕とかっちゃんの間に何か問題になるのか?」言ってくれた。
自分が否定されなかった事が、それ以来桂の心の支えになっていたのだ。
だから…桂もリナとして現われた衛を否定することなどできなかった…。
その頃の桂に性同一性障害が何なのか、これっぽちも理解は出来なかった。
それでも桂は衛に「それが俺と衛の間になんか問題になるのかよ…?」と答えたのだ。
衛が…リナが目に一杯の涙をためて…桂に縋りついて…二人で抱き合って泣いた少しだけ苦い秋の日の出来事…。
以来、都会の殺伐とした空気の中で、二人は確かな友情だけを頼りに漂い続けていた。
リナは両親の遺産を全て整理した後、その相続した遺産の殆どを「Blue Bird」の開店と経営に費やしていた。
大学で経営学やマーケティングを学びながら「Blue Bird」を軌道に乗せていったのだ。大学を卒業する頃には、もう六本木の中でトップの地位をほしいままにしていた。
リナの恋愛が上手くいかない…これも性同一性障害が原因の一端だった。
彼女は桂と違いゲイではない。純粋に女として男を愛する。でも彼女に近づく男達は皆ゲイで、彼女もゲイだと思っている事が殆どだった。
性的嗜好のギャップ…下世話な言い方をすればそうなのかもしれない。
でもリナは普通の女として普通に恋愛をする事を望んでいた。彼女は…誰よりも…桂が知っている誰よりも女らしい女性なのだ。
「身体の手術をしたらどうだ…。」
リナが何度目かの失恋をした後、少しでもリナの心に安らぎが訪れれば良いと思って、一度だけ桂はリナにそう勧めたことがあった。
彼女はホルモン治療以外身体にメスは一切いれていなかったからだ。
彼女だったら金銭的にも充分に手術を受けるだけの力はあった。生身の肉体と人格のギャップに悩むぐらいだったら…思いきって手術を受けたら良い…。
桂はそう思ったからだった。
桂の勧めにリナはただ悲しげな表情をして首を左右に振った。
「出来ない…かっちゃん…ううん違う。したくないの」
どうして?桂の問いにリナはうっすらと涙を滲ませた。
「お父さんもお母さんも…こんな私見たらきっと泣いたと思う。高校生まで品行方正だった一人息子が女になったなんて…受けいれられないと思うわ。両親の死と引き換えに、私は人格の自由をもらったわ。そして両親が私の為に必至になって稼いだお金で、世間から差別されがちなニューハーフの為の居場所を作る事が出来た…。何もかもお父さんとお母さんのお陰なの…」
はらはらと零れる涙を拭う事もせず言い募るリナ。
彼女は涙でクシャクシャになった顔で、だから…と続けた。
「だから…せめて両親からもらったこの身体に傷はつけたくないの…絶対に。性同一性障害は私が一生背負うべき十字架なの…」
泣きながら、それでも凛とした雰囲気を漂わせて毅然とそう言ったリナ。桂はその時本当にリナは美しいと感じていた。そして、自分がリナの覚悟の深さを知りもせず安易な事をいってしまった事を桂は恥じた。
それっきり…二人の間に「手術」の話題が…埼玉医科大のニュースが速報で流れた時さえ…出る事は無かった。
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