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第一章 片思いの相手から、ツキアッテ…そう言われたら、どんな気持がするんだろう…。
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伊東 桂は目の前で無神経にニヤニヤ笑う男を唖然として見詰めていた。
春の柔らかい日差しがガラス張りの室内に降り注ぎ、その雰囲気に似つかわしくない二人を照らしている。
横浜の海が一望できる、洒落たイタリアン・カフェ。
座席の殆どは女性同士のグループやカップルで埋まっていた。
どの客のテーブルにもカラフルなケーキ。そして、芳しい香りの紅茶やコーヒーが所狭しと鎮座している。
桂は呆然と、テーブルの中心にさりげなく飾られている、マリーゴールドの花を見つめていた。
イヤ…違う…。似合わないのは俺だけだ…。
桂は思いながら、平然と向いに座る男に視線を凝らす。
彼はごく自然にこの雰囲気に馴染んでいる。
仕立ての良いスーツ。外国のモノと分かる上質なタイ。スラリとした足をゆったりと組んで、慣れた仕草で高価な外国のコーヒーカップを口に運ぶ。
彼のスタイル…仕草の一つ一つが嫌味なく見える。とにかく何もかも…全部がカッコイイのだ。
鈍感な俺がそう思うぐらいだから…桂は周囲にチラリと視線を走らせた。彼らのテーブルの、周りの女性客は軒並み桂の向いに居る男をチラチラと見、そしてヒソヒソと何かを話している。
何を話しているかは、桂にも想像がついた。
この店に入ったときの浮き立つようなドキドキする気分はもう無かった。
彼の言葉を聞くたびに喜びの風船は少しずつ萎んでいってしまっていたのだから。
「で…どうかな…?」
何も喋らず呆けたように自分を見つづける桂に、やや苛ついたように男は口を開いた。桂の考えている事を探るようにジッと桂の顔を見詰める。
「あ…あの…。」
桂は混乱したまま、もう一度そのカッコイイ男―山本 亮を見詰めた。
返事らしい言葉を言う事は出来なかった。
彼が、たった今口にした言葉の意味が…イヤ…違う…桂はもう一度自分の中で訂正した。
彼が、たった今口にした言葉の真意が分かりかねたのだ。
「どう言う事なんでしょうか?仰っている意味が分かりかねるのですが…。」
やたらに礼儀正しい言葉で訊ねてしまい、桂は一人苦笑を浮かべた。
やばい…職業病だ。こんな時に何言ってんだ、俺…。
桂の言葉を聞いて山本 亮がわずかに表情を綻ばせた。
笑っているんだろうか…?桂はその綺麗な笑みにうっとりと魅入りそうになって、慌てて意識を先ほどから続いている会話に戻した。
亮は目を白黒させている桂に安心させるような笑みを浮かべる。
この微笑が桂に与える影響など計算済みだった。
組んでいた足をわざと見せつけるように組み返ると、辛抱強く笑みを浮かべたまま答えた。
「どう言う事って…言葉通りだよ。」
そう言いながらコーヒーを口に運ぶ。あくまで優雅なその仕草。
言外に「こんな簡単な言葉も理解できないのか?」という皮肉るようなニュアンス。
バカにされている…そんな事は分かっている。でも分からないものは分からないんだよ!と罵声を一応心の中で上げて見た。
桂は割合にポーカーフェイスが得意だった。それでも苛立ちが表情に出たのだろう。
亮がカップを置くと「ああ。ゴメン。」と両手を上げて謝るような仕草を見せた。続けて言う。
「突然だから混乱するよな。悪かったと思っている。でも、前置き入れても入れなくても…用件は一緒だからさ。それだったら単刀直入に言った方が早いと思ってね。」
まるで取引相手に契約内容を話すようなビジネスライクな喋り方。
-そうか…契約か…。-
その事に気づいて桂はショックを受ける。
-彼にとって、俺は契約の一つなんだ…。-
亮はもう一度「で…どうかな…?」と繰り返した。今度は返事を促すような強い意思が感じられる。
桂はふいに目頭が熱くなって泣きたい気になる。その僅かな表情の変化を亮に知られないように俯くと、桂は視線を手元のティーカップに落とした。
気分を落ちつかせるように、もう冷めてしまっている紅茶を取り上げると一口啜った。やけに苦い味が口の中に甘い香りと一緒に広がる。
―甘い誘惑なのは分かっている…。―
桂は目の奥がズキズキと痛み始めるのを感じていた。
―受け入れてしまいたい…でも…。―
桂はカップを置くと、亮を真っ直ぐに見詰めた。そして…ゆっくりと口を開いた。
「お断りします。」
勝ちを確信していた亮の瞳が驚きで大きく見開かれ、桂を見詰めた。その表情を見詰めながら桂は泣きたい衝動に駆られていた。
春の柔らかい日差しがガラス張りの室内に降り注ぎ、その雰囲気に似つかわしくない二人を照らしている。
横浜の海が一望できる、洒落たイタリアン・カフェ。
座席の殆どは女性同士のグループやカップルで埋まっていた。
どの客のテーブルにもカラフルなケーキ。そして、芳しい香りの紅茶やコーヒーが所狭しと鎮座している。
桂は呆然と、テーブルの中心にさりげなく飾られている、マリーゴールドの花を見つめていた。
イヤ…違う…。似合わないのは俺だけだ…。
桂は思いながら、平然と向いに座る男に視線を凝らす。
彼はごく自然にこの雰囲気に馴染んでいる。
仕立ての良いスーツ。外国のモノと分かる上質なタイ。スラリとした足をゆったりと組んで、慣れた仕草で高価な外国のコーヒーカップを口に運ぶ。
彼のスタイル…仕草の一つ一つが嫌味なく見える。とにかく何もかも…全部がカッコイイのだ。
鈍感な俺がそう思うぐらいだから…桂は周囲にチラリと視線を走らせた。彼らのテーブルの、周りの女性客は軒並み桂の向いに居る男をチラチラと見、そしてヒソヒソと何かを話している。
何を話しているかは、桂にも想像がついた。
この店に入ったときの浮き立つようなドキドキする気分はもう無かった。
彼の言葉を聞くたびに喜びの風船は少しずつ萎んでいってしまっていたのだから。
「で…どうかな…?」
何も喋らず呆けたように自分を見つづける桂に、やや苛ついたように男は口を開いた。桂の考えている事を探るようにジッと桂の顔を見詰める。
「あ…あの…。」
桂は混乱したまま、もう一度そのカッコイイ男―山本 亮を見詰めた。
返事らしい言葉を言う事は出来なかった。
彼が、たった今口にした言葉の意味が…イヤ…違う…桂はもう一度自分の中で訂正した。
彼が、たった今口にした言葉の真意が分かりかねたのだ。
「どう言う事なんでしょうか?仰っている意味が分かりかねるのですが…。」
やたらに礼儀正しい言葉で訊ねてしまい、桂は一人苦笑を浮かべた。
やばい…職業病だ。こんな時に何言ってんだ、俺…。
桂の言葉を聞いて山本 亮がわずかに表情を綻ばせた。
笑っているんだろうか…?桂はその綺麗な笑みにうっとりと魅入りそうになって、慌てて意識を先ほどから続いている会話に戻した。
亮は目を白黒させている桂に安心させるような笑みを浮かべる。
この微笑が桂に与える影響など計算済みだった。
組んでいた足をわざと見せつけるように組み返ると、辛抱強く笑みを浮かべたまま答えた。
「どう言う事って…言葉通りだよ。」
そう言いながらコーヒーを口に運ぶ。あくまで優雅なその仕草。
言外に「こんな簡単な言葉も理解できないのか?」という皮肉るようなニュアンス。
バカにされている…そんな事は分かっている。でも分からないものは分からないんだよ!と罵声を一応心の中で上げて見た。
桂は割合にポーカーフェイスが得意だった。それでも苛立ちが表情に出たのだろう。
亮がカップを置くと「ああ。ゴメン。」と両手を上げて謝るような仕草を見せた。続けて言う。
「突然だから混乱するよな。悪かったと思っている。でも、前置き入れても入れなくても…用件は一緒だからさ。それだったら単刀直入に言った方が早いと思ってね。」
まるで取引相手に契約内容を話すようなビジネスライクな喋り方。
-そうか…契約か…。-
その事に気づいて桂はショックを受ける。
-彼にとって、俺は契約の一つなんだ…。-
亮はもう一度「で…どうかな…?」と繰り返した。今度は返事を促すような強い意思が感じられる。
桂はふいに目頭が熱くなって泣きたい気になる。その僅かな表情の変化を亮に知られないように俯くと、桂は視線を手元のティーカップに落とした。
気分を落ちつかせるように、もう冷めてしまっている紅茶を取り上げると一口啜った。やけに苦い味が口の中に甘い香りと一緒に広がる。
―甘い誘惑なのは分かっている…。―
桂は目の奥がズキズキと痛み始めるのを感じていた。
―受け入れてしまいたい…でも…。―
桂はカップを置くと、亮を真っ直ぐに見詰めた。そして…ゆっくりと口を開いた。
「お断りします。」
勝ちを確信していた亮の瞳が驚きで大きく見開かれ、桂を見詰めた。その表情を見詰めながら桂は泣きたい衝動に駆られていた。
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