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形から犬にして、教育してやることにする。
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尾てい骨のあたりが、むずがゆい。尻尾の位置と美里に指摘されて嬲られた箇所が、触られてもいないのに熱を帯びた。彼の視線がそこをもなぞっているのを感じた。
霧野は美里に背を向けて、ボストンバックの前に身を乗り出していた。彼の私物のなのか、地下に用意されていた物を持ってきたのか、買いそろえたのかわからない。
「……、……。」
背後から鋭い視線を感じた。もたもたしていても仕方がない。数本ある鞭の中から1番重みのある乗馬鞭を選ぶことにした。手で鞭に触れると背後から「お前が、手を使うのか?」と声がかかった。伸ばしかけた手を引っ込めて鞄の中に頭をいれて、持ち手に口をつけた。革の味がする。
口にくわえて、ベッドに腰掛けている彼の足元に戻って、彼を見上げた。彼はしばらく霧野を黙って見下ろしていた。咥えているとだんだん顎が疲れてきて、ふぅふぅと息が上がる。彼は苦笑いしながら霧野の口から涎に濡れた鞭をとりあげた。
「お前は俺の何だ?」
彼はシーツで鞭の濡れた部分を拭きとり、両手に持ってしならせた。
今の役割を答えなければいけない。今、この時の役目を。
「…い…犬、です、」
じわ、と頭の奥から何か出る感じがした。意図せず一瞬口角があがった。羞恥をごまかすためなのか悔しさのためなのか、それとも嬉しさ?
「……どんな犬?」
「……従順な、……。」
「……」
打たれるのだろうか?と霧野がその場で落ち着きなくそわそわしていると、彼は表情を消し、鞭を弄ぶのをやめ、立ち上がった。彼のスラリとした脚。スラックスの下でうっすらと発達した太もものラインが浮いていた。鞭の先端が床を向いた。
「俺はここに好きなだけ並べて置けと言ったんだぜ。これだけでいいのかよ?」
彼の指先が鞭の表面を愛でるようにして撫でており、その仕草はどこか川名に似ていた。鞭を選ぶなら重みのあるものがいいと思った。それがきっと打つ人間をいい気分にさせると思ったからだ。美里は鞭を眺め始めた。
「なんでこれにした?1番重みのありそうな物だ。お前に鋭い痛みを与えてくれるだろうなぁ。」
ヒュッ、ヒュッと鞭が何度が空を切った。それから、鞭の先端が霧野の頬を撫で、顎の下を優しく撫ではじめた。撫でられた先から鳥肌がたち、期待するように甘やかな感覚が脳裏を掠めた。
「1番痛そうなブツを1つ持ってきたからと言って、まさか、この俺がお前を褒めるとでも思ったか。」
素早く伸びてきた手が霧野の頭を押さえつけ下を向かせた。
「反省のつもりか?それとも、媚びのつもりか?まぁ軽いものを持ってきたら持ってきたで叱ってやろうとは思っていたが、さすがに馬鹿のお前でもその位はわきまえているようだな。」
頭にくわわる力が重くなる。そのまま耐えていると、一瞬軽くなって頭が浮いた。顔をあげると美里が苛々した表情でこちらを見下げており、数秒の間があって、今度は頭にまた足が乗ってくる。バランスをくずし、咄嗟に前に手をついて屈む形になる。かけられる体重にそのまま耐え忍ぶ。
肉のはじけると音と同時に左太ももの横に鞭が炸裂し、思わず、ぐっと声が漏れた。
「いつまで座ってる!アホ面晒して気色のわりい顔でいつまでも俺の顔を拝み続けて一体どういうつもりだお前。打って欲しいんだろ?だったら相応しい姿勢というものがあるだろうが。いちいち俺に手間をかけさせるな。」
脚がどいた。霧野はぼーっとする頭の中でなにか言い返したい気持ちを堪えつつ、彼に背を向けて四つん這いの姿勢をとった。背後に彼が佇んでいる気配だけを感じている。少しして、つ…つ…と鞭の先端が腰や臀の辺りをくすぐるようになぞりはじめた。皮膚を軽く爪で引っ掻くような塩梅で。
「息が上がってるな。」
鞭の先端は霧野の敏感な部分、生殖器の周辺をなぞり始めた。鞭を選ぶまで、鞭を選んでから、鞭に打たれるため姿勢を撮ってから、段階的に充血しはじめた秘所を優しくひっかかれて、痺れる感覚が2度3度と弾け、ため息のような呼吸が漏れでていった。鞭の先端が濡れた鈴口の当たりをこずき、濡れ、ぬち…と音を立て、同時に舌打ちが聞こえた。
「げ、気持ちの悪い……っ、ふざけてんのかお前。」
「ふざけてなんか、」
ビッ!と鞭が勢いよく雄の裏側と玉を打ち抜いた。床についていた手から力が抜け、肘が床に付く。ぁ゛、ぁ、と喉の奥から断続的に声が漏れた。痛みに、目が細まり、縁に薄っすら涙が溜まったが、こぼれ落ちぬか落ちないかというところで止まり、ひきつった下瞼が熱い。
股座、尻の穴から生殖器にかけて、平たく固いものが押し付けられ、それが美里の靴の裏側だと理解する。
「わかるか?こ、れ、だ、よ。さっきから勃起しっぱなしじゃねぇかよ???治してやろうと思ってぶっ叩いてやったのに、最悪のド変態マゾ野郎だな!気持ちわりぃよ。これから罰を受けようというのに一体何を喜んでんだ。ふざけてないというならとっとと勃起をおさめろ、この変態マゾ。はやくしろ。」
靴底をごりごりと押し付けられ、屈辱的なはずなのに屈辱的に思えば思うほど勃起がやめられない、おさまらず、ふんふんと、堪えられない息が鼻から口から漏れ出て言って、美里の足を避けるつもりで腰を軽く動かすと擦れ、「ぁ!」とまた声を上げてしまった。股間を背後から踏まれたまま、尻を、脇腹を、二度三度と鞭の先端で叩かれ、叩かれるたびに身体が浮くように反応し、さらに怒張する。
「いい加減にしろよ、てめぇ!何を勝手に人様の靴裏に汚物こすり付けてオナニーしてんだ!汚ぇ変態の証拠を堂々ぶら下げやがって、去勢した方がいいんじゃねぇのか?全く恥ずかしい野郎だ!しねよ!この生き恥晒しが!今のお前の姿を見て、他の人間はどう思うだろうな!」
さらに肉の弾ける音が2度3度と飛んだ。音のすぐ後にじんじんと焼けるような痛みが尻から性器にかけて跳ね回り、霧野の大きく膨らんだ一物も打撃に合わせて跳ねるように2度3度とたわみながら、透明な涙のような汁を床に振りまいていた。美里が霧野の傍に屈みこんだ。彼は首輪に指をかけひっぱるようにして、霧野の頭を彼が汁を飛ばした床の方に向けた。
「これはなんだ?この汚れは。」
「……」
霧野が目を背けようとするのを首輪に引っかかった美里の指が許さず、彼が首輪を引っ張るのに合わせて、床に顔が近づいていく。濁った斑点が散っていた。
「なんだって聞いてんだろ?ほら!よく見て、嗅いでみろ。臭い、獣の臭いがする。」
美里の顔が霧野のすぐ近くにあった。霧野の視線は美里の視線を感じながら床の表面をさまよった。
「……、しらない、勝手に、……、……。」
「知らない?勝手に?勝手に何だってんだ?あ?」
「……、が……、我慢汁が、…、」
「そうだな、素直でいいぞ。お前の淫乱粗相汁だ。痛めつけられて、気持ちよくって出たんだよな?……なんだか口を開くのも辛そうだから、頷くか首を振るかで答えていいぞ。」
証拠を目の間にしぶしぶ首を縦に振った。後頭部を押されて顔が床につきそうになる。
「なるほど?じゃあ、全く罰になってないってことになるな。気持ちよくなっちまってるんだから。お前は罰のためでなく、自分が尻を叩かれるのを楽しむためにこの1番『気持ちの良さそうな』鞭を持ってきて、俺に持たせたんだな?自分の淫乱の証をよく見て考えろ。最悪のエゴマゾ野郎だ。自分の欲望を抑えきれず、漏らしてよ。……、おい。何をしてる?いつまでも一人で発情していないで、早く舐めとって掃除をしろ。最低限の粗相の始末くらい性欲馬鹿のお前でもできるな。」
霧野の赤い舌が、躊躇いがちに霧野の口から銀の留め具を輝かせながら現れて、震える舌の先端で穢れた水滴を舐めとっていった。
「お前は俺に尽くす、従順になる、犬になるとまで言っておいて、結局のところ、俺を使って自分の変態性欲を満たすことしか考えていないんだな。なんて奴だ。最っ低だな。お前も他の奴らと同じなのか?」
ぴちゃぴちゃと床を舐める音が響いていた。口の中が生臭く気持ち悪いと同時に頭がぼんやりしてくる。悔しさだけでない熱いぼんやりが。いくらでも言い訳でき、彼の主張の矛盾を突くこともできるわうにおもえるのに。
「なんて自分本位なんだ。犬としての自覚が薄い、未熟なお前に自主的に選ばせようとした俺が馬鹿だった。わかりやすく言ってやる。もっとお前が俺の犬であることに自覚的になるような物をここに並べないか。」
◆
ボストンバックに頭を埋めている霧野の背中、臀部を見降ろし、眺めていた。薄っすらとさっき摘まんだ箇所の爪痕が残っていた。霧野がバッグの中に頭ではなく、手を突っ込もうとしているのが見えた。
「お前が、手を使うのか?」
美里がそう言うと、彼は素直に手を引っ込め、察したらしく、動物のように頭をバッグの中に突っ込み始めた。
まず一番はじめに、霧野が何を持ってくるのか伺っていると、彼は鎖をちゃりちゃりと鳴らしながら、細身の乗馬鞭を一本、口に咥えて戻ってきた。
まあ、そうだろうと思った。
シンプルな痛みの罰で済ませようと言うのだ。身体はどうか知らないが、頭はそう動くだろう。シンプルな痛みは性的さも薄れ、恥ずかしさをあまり伴わない、と彼は考えているのかもしれない。本当にそうなのかは置いておいて。
鞭を咥えた口の端から、だらしなく涎がだらだらたれて顔をつたって床を汚していた。そのままじっと見降ろしていると余計に涎を垂らし、顔と床を濡らし、一体何が気に入らないのか、目つきを更に鋭くしていた。
瞳は、疲れ死んでいるかと思いきや、奥が、ぎらぎらと燃えているように見えた。鞭を咥えているせいで、息が鞭と食いしばった歯の隙間から、はすはす、と漏れ出ていて犬らしさが増していた。まるで盛った犬だった。左側の犬歯が鞭の柄に食い込んでいる。それを抜いてやったらさぞマヌケな顔つきになるだろう。
続けてじっと見ていると、霧野の目の中に鋭さと別に、今度は自信なさげな戸惑いが立ち登り始めた。息を荒げながら、歯でごまかすように鞭の柄をごりごりと強く噛み始めた。そんなことをすれば余計に涎が出て恥ずかしいことがわからないのだろうか。案の定、じゅぅと涎が出て一筋糸を引きながら床に落ちていった。
一生そのまましていればいいのに……と、思ったが、そういうわけにもいかないので、涎に塗れた鞭を手に取って口を離させた。
地下にあった乗馬鞭数本をいれてきたが、霧野は中でも一番重そうな鞭を選んできていた。それを手元で弄びながら、再び霧野を見降ろした。
彼は美里が何か言うのを待っていた。何か期待している顔だ。痛い鞭を持ってきて罪を償おうという自覚があるなとでも言われ、褒められたいのだろうか。あまりに愚かで面白い。
まず、立場を自分の口で言わせるのが良いだろう。彼はたどたどしく、自分で「従順な犬」と己を称した。また、羞恥の中に一瞬期待しているような顔をのぞかせて、そわそわとしていた。
「……。」
彼が意外にも褒められることを好むのは、今に始まったことではない。主に仕事の成果で川名や二条に褒められた時など、一瞬だけ人懐っこい、微笑みともはにかみとも言える顔をのぞかせるのだ。冷笑的な、自信ありげな作り笑いと明らかに違う顔だった。
美里から霧野を褒めることなど滅多になかったし、褒めてみたところで嫌味にとられるのだから、その顔が美里の方に向けられることはほとんどなかった。ただ、そういうあざとい顔をするのを横で眺めていて、気に入られるためにしているのか素でやっているのかは疑問に思っていた。
昔一度、わざとやってるのかと聞いてみたことがあるが、何のことかと怖い顔で誤魔化された。しかし今その顔の前兆が、目の前にあった。
「1番痛そうなブツを1つ持ってきたからと言って、まさか、この俺がお前を褒めるとでも思ったか。」
彼の表情が一瞬で曇ったのが見て取れた。気分が良くなった。やはり褒めてほしかったようだ。わかりやすい。期待し、そわそわしているところを見ていると、突き壊してやりたくなるのが人の心理というものだ。人の期待するものを目の前にぶら下げて直前で取り上げるのはとても面白い。欲しい言葉をかけてやらない。
珍しくベッドもあることだから、鞭で責めて、その後で犯してやっても良かったが、それだけで済ませようという気は始めからさらさらなかった。それだけでは彼のことを見極められない。
それに、打つ前、打った時の霧野の反応を見ていると、また底なしの沼のように感度を上げているように思えた。彼の火照った肉厚の身体が、足りない、もっともっと、と、身体全体で、求め、熟れているように見えるのだ。傷跡だけでなく彼のその反応にも頭の奥がキリキリとなった。裏切り者の霧野が目の前で別の男達に好き放題されて苦しみ悶えているのは、悪い気分ではなかったが、長い時間、ずっと見ていて良い気分になるものでも無かった。
それよりも、こちらが奔走している間、自分の知らぬところでの苛烈な調教の成果も手伝ったのか、衣服一枚取り払えば周りに淫靡な雰囲気を漂わせ、人の加虐心を擽るような熱気をむんむんと出しはじめ、肌に触れるだけでもいい反応を示すようになっていた。美里の手によって成長、あるいは堕落したところもあるが全てではない。
首輪越しに引っ張り、軽く触った皮膚の熱いことといったら無い。手の平越しに強く脈拍が伝わってくる。指に彼の濡れた息が当たって湿った。
そうして彼と向き合っていると応えないわけにはいかず、止めようと思っても、頭が、手が、口が、止まらなくなった。下半身が熱くなってきていた。こちらが高まっていることを、あまり霧野に悟られたくなかった。
「もっとお前が俺の犬であることに自覚的になるような物をここに並べないか。」
もう一度、別の道具を持ってくるように仕向けた。
彼は咥えて持ってきては伺うように美里を見上げ、口から道具を離しては床に置き、美里が何言わないのを確認して、表情を曇らせた。たまに、普段なら「いい加減にしろよ」と口で言う時のように顔を顰めた。その度黙って顔面を軽く平手打つと、一瞬驚いた顔をして、隠すように顔を俯かせて、またこちらとあちらを往復する。
彼を平手打つたび、頭の中で小さな炎がぱちぱちと弾けて、消え、火の粉が舞った。かつての魂の燃え殻によって積もった灰の底から、何か立ち上ってくる気配がある。
霧野はせっせと這いつくばって淫らな玩具を咥えてはこちらの足元に戻って丁寧に並べ続ける。
情けのない顔、情けのない姿。落ちていた気分が良くなってくる。若干の興奮を隠せないのか、持ってくる玩具によっては息をふぅふぅさせていた。
「そんなにたくさん持ってきて、一晩で使い切れるのか?」
◆
美里は霧野の傍らにポケットに手を突っ込んで佇み、霧野と霧野が並べた道具を一つ一つ眺めながら周囲を歩き回り始めた。
「どれで遊んで欲しいかな?」
目の前に様々な淫具、どうやって使うのかよくわからない道具まで並んでいた。霧野が自分でひとつひとつ丁寧に並べたのだった。結局、バッグの中身のほとんどを並べる羽目になった。並べた道具に囲まれて四つん這いになっているだけで、どうしたらいいのかわらず、目のやり場に困って何も考えられなくなる。美里が霧野の目の前に立ち、またじっと霧野と玩具を下ろし始めた。
そっと視線をあげると、やや嗜虐的な色をした瞳がこちらをじっと見下ろして、時折道具の方も見て、何か思惑している。
「……」
「……」
沈黙が嫌だ。何か言ってくれ。
理に合わないことを人に命令されることは大嫌いだったが、今なら許せた。何でもいいから命令して欲しい。自分の頭で自分の淫らさを自覚したくない。
霧野が目をそらそうとすると、それを阻止するように美里がその場にしゃがみこみ、霧野に視線を合わせながら、傍らの何かを手に取った。目の前で彼が動くと、ふわりといい香りが漂うのだった。
彼は霧野の顔をのぞき込むようにして言った。
「お前の魂は犬の素養はあっても自覚が足りないようだからな。また、形から犬にして、教育してやることにする。さ、手を出せ。お手だ。まずは左から。さっきも勝手に手を使おうとしたからな。」
美里の手に黒いガムテープのようなものが握られていた。命令通りに左手を彼の手のひらの上に差し出すと、指を束ねるようにテープがぐるぐるとまかれていく。
ガムテープとはちがい、鬱血しないよう伸縮性があり、べたついてもいない。それはボンテージテープというもので、人体を固定するために作られたテープだった。
左手をすっかりまかれてしまうと、すべての指がくっついて使えなくなり、犬の手のように握ったり開いたりは辛うじてできるが、指がないので殆ど自由がきかない。左手をぐーぱーしている内に右手をとられ、同じようにまかれていった。
「犬が手を使う必要はないからこれで十分。少し寂しいから飾ってやろう。」
美里はテープを置き、その横においてあった、ふさふさとした黒い毛に覆われたグローブを手に取った。グローブにもやはり指が通る場所は無く、上からハメられ、手首の上からきつくベルトを止められ錠をかけらてしまうと、一切手首から先の自由がなくなった。床に手をつくことはできるが、指がないから、何かをとったり、掴んだりすることはできない。手錠とはまた趣向の異なる手の拘束であった。
グローブの中でテープに巻かれた手が蒸れ始めたが、指が癒着しているせいで、手全体が一つの塊のように脈打って熱く、本当に自分の手が犬の手の様になってしまったようだ。
ふと、手を裏返してみるとピンク色の肉球の模様が入っていた。途端にその愛らしさが自分とあっておらず、不自然に思え、すぐさま裏返して見るのをやめようとしたが、美里の手が遮った。彼が手首を掴んで、じっと可愛らしい手の平を見て、それから上目遣いがちに霧野を覗き込んだ。
「ふふふ、なんだよ???恥じる必要はない。お前は犬なのだから恥なんてないはずだ。それに、ここには俺しかいないだろ。ほら、お手をしてみろ。」
美里の華奢な左手が目の前に差し出された。細く白い手首に青く太い血管が浮いていた。一瞬ためらいながらも手をそこに乗せると、美里のの手の平は霧野の毛まみれの手に覆われて、ほとんど見えなくなる。グローブにさえぎられて美里の体温はわからない。
「おかわり。」
おかわり?一瞬わからなくなり、ノアのことを思い出し反対側の手を乗せる行為だと思い出した。霧野はノアに指示はしたが、芸をさせることは殆ど無かったため、誰かがノアにやらせているところを思い出したのだった。ワンテンポ遅れておかわりをしたせいで、軽く顔を打たれた。
「のろい。お前はノアよりも人間の言葉を解するのが苦手なんだな。もう一度だ。」
もう一度お手とおかわりを美里の前で披露する。何をやっている。
「まぁいいだろう。」
美里の手が霧野の頭の上にのせられていた。
「次は、長く歩いても平気なよう、後ろ脚を補強してやる。これを履くんだ。もうお前は自分一人では何も着られないだろうから、俺が履かせてやる。」
美里の手に黒い布のようのなものが二つ握られていた。彼に足首をとられ、軽く足をあげる。布が通され、膝でとまった。膝あてだった。確かに四つん這いを長いことしていると膝がすり切れ、痛い。既に紅く痣になって、皮膚が硬くなり始めていた。
「よし、耳と尻尾を生やしてやる。」
美里は並べられた道具を物色し、グローブと趣向の似た黒いふさふさとした立ち耳のついたカチューシャを持ってきて霧野の頭に取り付けた。彼は2歩3歩と後ずさって霧野を見おろした。それから霧野にわかるレベルの嗜虐的な微笑み方をして顔を紅くし、口を抑えた。
「あは、馬っ鹿みたい。くくく……」
笑っている美里にムッとしたが、グローブと違って自分の目では見られない分、まだよかった。次に美里は霧野の後ろに回り込んだ。少しの間があって、尻を強めに押さえつけられたかと思うと中に、つるん、と円錐型の冷たい異物が押し込まれていった。痛みもなく簡単に入っていってしまう。
「ぅ……、」
「あーあー、すんなりじゃねぇか。お前のデカ犬マンコちゃんには少し小さすぎたかもしれねぇな。しっかりハマっているか具合を確認するから、腰をふって尻尾を揺らしてみせてみろ。」
「……、」
軽く腰を揺らした。尻と太ももがかゆかった。ふさふさとしたものが垂れ下がり、尻を少し動かすと揺れて太ももを擽って恥ずかしく、若干中を揺らされるのも嫌だった。
揺らすのをやめると「誰が止めていいと言ったんだ。」と尻を軽く叩かれ、意図せず高い声が出た。それが面白かったらしく、尻を揺らしても、彼は同じ調子で尻を何度かはたく。そうやってスパンキングで揺らされると、中の異物が主張して、きゅうと中の筋がしまって、余計な気分が出てきてしまう。やばいと思った。また、身体の奥を揺らされる。
「や……、やめ、」
「そんな雑にじゃなく、もっと可愛らしく振ってみろ、そうしたら叩くのをやめてやる。」
「く……」
一瞬彼の手がやんだ。上半身を伏せるように低くし、反対に尻を高くあげ、美里の方に尻を見せつけるようにして、ゆっくり左右に腰をくゆらせた。
「ふ、……、」
右に左に丁寧に尻尾が揺れる感じがして、何をしたわけでもないのに、中が熱くなり、たいした運動というわけでもないのに息が上がり始めた。美里が叩きもしないが、やめていいとも言わないので、止めることもできず、腰を振り続けるしかなく、尻尾が優雅に揺れ続ける。
「おい、お前。まさか俺にデカ尻を見せつけるだけで感じてるんじゃねぇだろうな?」
「……、」
尻尾の裏側に隠れるようにして、霧野の生殖器は勃起したままになっていた。勃起を抑えようと頑張っている内に、尻尾を鷲掴まれ、上にあげさせられた。美里の目の前に恥部が晒された。それでも肉棒は萎えることなく寧ろさらに勇ましく、醜態を晒し続けた。
「あーあー、またなのか???本当に仕方がない奴だな。まあいい、もう自分じゃろくにしごくこともできないしな。勝手に犬マンコを発情させてろ。尻尾の付け根が真っ赤になってひくついてるぞ。」
美里が尻尾を離し、代わりにチェーンを手に取って、軽く首輪を上に引いた。きゅ、と首が絞まる。自然と首輪に手が伸びたが、この手のせいで、掴むことができず表面を引っ掻くような仕草になってしまう。
「じゃ、お散歩に連れて行ってやろう。嬉しいな。運動不足だろ?野郎とセックスだけでは身体がなまっちまうだろうから、たまにはマトモな運動をさせてやらないといけないよな。」
いつの間にか病室のドアが開いていた。鍵はかかっていなかったのだ。この姿で外に出るというのか?
「何のためにわざわざ準備してやったと思ってんだ、犬。行きたいよな?お散歩。」
◆
資産というものが思い浮かばない。肉体一つここにあるだけで、他に手放すものも無い。肉体さえ、自分の物ではない。肉体と精神の内、今ここには肉体しか無い気がする。誰かに呼ばれて、機械的に会話をして、機械的に作業をして、機械的に戻ってくる。では、これを俯瞰的に認識している自分は誰なのだろう。美里は重い身体を横たえたままどのくらいの間そうしていたか、よくわからなくなっていた。何度か移動した気もするのだがずっとここにいたような気もするし、分からない。
「……」
今度こそ身体を起こそう、と、思うが、今度は肉体が起きない。今度は精神だけになったようだ。身体が重すぎて指一つ動かすのに大層苦労する。このまま眠っていたい。また瞼が降りてくる。半開きになった瞼の下で瞳が気だるげに病んでいた。眠って、また機械的に全てを終わらせて、眠り、そうしているうちに一生が終わってくれる。だったら今すぐ死んで救われたいと一瞬だけ思うと、手が動いた。
無意識にベッドの隙間に指を入れて、肉体とは別の、もう一つの資産。他の人間が見ればゴミに過ぎない物を引っ張り出していた。古びた赤い革の帯に黒ずんだ金具がついている。それは使い古された犬の首輪だった。思い出す。なぜ自分がここにいるのか。家族の一員であった死んだ彼女がいやでも、いつでも、思い出させてくれる。誰のせいでこうなって、自分が誰で、何で生きてるのか、どうしたらいいか。赤い革の帯を指に巻き付けて握った。
翌朝、目を覚ますと手元にあるはずのそれが消えていた。ベッドの上、隙間、狭い部屋の隅々まで探したが見つからなかった。そのことで頭がいっぱいになって一日中不安になっていて嫌に意識が覚醒して身体が汗ばんでいた。あんなゴミ。と思われても仕方ないものに、自分が如何に縋っていたのか。そんなに弱い人間だったか?誰かが何か言っていたが理解できないので「うるさい」とあしらった。
その日は、ペットプレイを所望する人間がいるからどうとかと言われていた。年端のいかない子どもに対してやりたがる異常者は多い。
探していたそれを、何故かプレイの最中に客が取り出し、えっ?と思うまもなく、美里の首に巻き付けてきたのだった。途端に、頭の中何かぶつぶつと切れる音がして、なにもかもが、よくわからなくなっていった。オートマチックで動いていたはずの思考が滞って、代わりにほぼ腐っていた脳に大量の血液が通い始めた。別に、ペットプレイくらいどうということはないし寧ろ楽だというのに、何故、探していた物がこんな汚らわしい場所にあり、汚らわしい人間の手の中でいじくられて、汚らわしいこの人間の首の上にあるのか、何ひとつ理解できないのだった。心をどこかに飛ばそうにも、普段のようにいかず、気が付くと、複数の人間に身体を押さえつけられ、自分が暴れていたことに気が付いた。人々の向こう側に血塗れになった何かが倒れて喚いていた。気持ちの悪い人間のはずなのに、何故かとても奇麗だと思った。とっさに首を触ったがそこにはもう何もなかった。手が、ぬるぬるとして赤く、皮膚がずる剥けになっていた。相手の物か自分の物か。しかし別にどうだってよかった。久々に清々しく世界が色づいていた。身体が、呼吸をしている。淀んでいるはずのホテルの部屋の空気が実に旨い。本来あるべき姿を思い出す。もっと見たい。
「ざまあみろ!」
暴れたところで、全てが余計に悪い方向へと傾いていくことを理解させられていたので、しばらくやめて、壊れたふりをして、本当に壊れようと努力していたというのに、どうやら魂の方が耐えられなかったらしかった。自分の感情がまだうまく働くことに感動した。怒りの力はすごい。全ての感情を失いかけても、コイツだけは最後まで切り札として残しておいた方が良いだろう。かなりこっぴどく絞られることになったが、最早その客には感謝したいくらいだった。結局のところ、彼らはまだこちらに価値があるうちは、命までは奪ってこないこともわかった。この肉体は彼らの資産かもしれないが、魂はそうではない。もう彼女の首輪も必要なかった。
オートマチックな楽な自分と感情のある自分をもっと自覚的に使い分け、切り分けるしかない。もっと上手くコントロールできるようにするのだ。割合も配分しよう、9対1になったっていい、99対1でも残ってさえいれば、奪われさえしなければ。辛いに違いないが、完全抹殺はさせない。なぜなら、それだけが自分の資産と言える尊い物だからだ。そのためにどんな非道をしたっていい。魂は尊い。最早壊れた分の魂は戻ってこないかもしれないが、自分の唯一の資産を完全に腐らせる前に、守るために、先に人の資産を腐らせる術を磨くのだ。こちらが食い潰される前に相手を食い潰すしかない。それに、他人の魂という唯一無二の資産をどうにかすることに魅力を感じないでもないのだった。
霧野は美里に背を向けて、ボストンバックの前に身を乗り出していた。彼の私物のなのか、地下に用意されていた物を持ってきたのか、買いそろえたのかわからない。
「……、……。」
背後から鋭い視線を感じた。もたもたしていても仕方がない。数本ある鞭の中から1番重みのある乗馬鞭を選ぶことにした。手で鞭に触れると背後から「お前が、手を使うのか?」と声がかかった。伸ばしかけた手を引っ込めて鞄の中に頭をいれて、持ち手に口をつけた。革の味がする。
口にくわえて、ベッドに腰掛けている彼の足元に戻って、彼を見上げた。彼はしばらく霧野を黙って見下ろしていた。咥えているとだんだん顎が疲れてきて、ふぅふぅと息が上がる。彼は苦笑いしながら霧野の口から涎に濡れた鞭をとりあげた。
「お前は俺の何だ?」
彼はシーツで鞭の濡れた部分を拭きとり、両手に持ってしならせた。
今の役割を答えなければいけない。今、この時の役目を。
「…い…犬、です、」
じわ、と頭の奥から何か出る感じがした。意図せず一瞬口角があがった。羞恥をごまかすためなのか悔しさのためなのか、それとも嬉しさ?
「……どんな犬?」
「……従順な、……。」
「……」
打たれるのだろうか?と霧野がその場で落ち着きなくそわそわしていると、彼は表情を消し、鞭を弄ぶのをやめ、立ち上がった。彼のスラリとした脚。スラックスの下でうっすらと発達した太もものラインが浮いていた。鞭の先端が床を向いた。
「俺はここに好きなだけ並べて置けと言ったんだぜ。これだけでいいのかよ?」
彼の指先が鞭の表面を愛でるようにして撫でており、その仕草はどこか川名に似ていた。鞭を選ぶなら重みのあるものがいいと思った。それがきっと打つ人間をいい気分にさせると思ったからだ。美里は鞭を眺め始めた。
「なんでこれにした?1番重みのありそうな物だ。お前に鋭い痛みを与えてくれるだろうなぁ。」
ヒュッ、ヒュッと鞭が何度が空を切った。それから、鞭の先端が霧野の頬を撫で、顎の下を優しく撫ではじめた。撫でられた先から鳥肌がたち、期待するように甘やかな感覚が脳裏を掠めた。
「1番痛そうなブツを1つ持ってきたからと言って、まさか、この俺がお前を褒めるとでも思ったか。」
素早く伸びてきた手が霧野の頭を押さえつけ下を向かせた。
「反省のつもりか?それとも、媚びのつもりか?まぁ軽いものを持ってきたら持ってきたで叱ってやろうとは思っていたが、さすがに馬鹿のお前でもその位はわきまえているようだな。」
頭にくわわる力が重くなる。そのまま耐えていると、一瞬軽くなって頭が浮いた。顔をあげると美里が苛々した表情でこちらを見下げており、数秒の間があって、今度は頭にまた足が乗ってくる。バランスをくずし、咄嗟に前に手をついて屈む形になる。かけられる体重にそのまま耐え忍ぶ。
肉のはじけると音と同時に左太ももの横に鞭が炸裂し、思わず、ぐっと声が漏れた。
「いつまで座ってる!アホ面晒して気色のわりい顔でいつまでも俺の顔を拝み続けて一体どういうつもりだお前。打って欲しいんだろ?だったら相応しい姿勢というものがあるだろうが。いちいち俺に手間をかけさせるな。」
脚がどいた。霧野はぼーっとする頭の中でなにか言い返したい気持ちを堪えつつ、彼に背を向けて四つん這いの姿勢をとった。背後に彼が佇んでいる気配だけを感じている。少しして、つ…つ…と鞭の先端が腰や臀の辺りをくすぐるようになぞりはじめた。皮膚を軽く爪で引っ掻くような塩梅で。
「息が上がってるな。」
鞭の先端は霧野の敏感な部分、生殖器の周辺をなぞり始めた。鞭を選ぶまで、鞭を選んでから、鞭に打たれるため姿勢を撮ってから、段階的に充血しはじめた秘所を優しくひっかかれて、痺れる感覚が2度3度と弾け、ため息のような呼吸が漏れでていった。鞭の先端が濡れた鈴口の当たりをこずき、濡れ、ぬち…と音を立て、同時に舌打ちが聞こえた。
「げ、気持ちの悪い……っ、ふざけてんのかお前。」
「ふざけてなんか、」
ビッ!と鞭が勢いよく雄の裏側と玉を打ち抜いた。床についていた手から力が抜け、肘が床に付く。ぁ゛、ぁ、と喉の奥から断続的に声が漏れた。痛みに、目が細まり、縁に薄っすら涙が溜まったが、こぼれ落ちぬか落ちないかというところで止まり、ひきつった下瞼が熱い。
股座、尻の穴から生殖器にかけて、平たく固いものが押し付けられ、それが美里の靴の裏側だと理解する。
「わかるか?こ、れ、だ、よ。さっきから勃起しっぱなしじゃねぇかよ???治してやろうと思ってぶっ叩いてやったのに、最悪のド変態マゾ野郎だな!気持ちわりぃよ。これから罰を受けようというのに一体何を喜んでんだ。ふざけてないというならとっとと勃起をおさめろ、この変態マゾ。はやくしろ。」
靴底をごりごりと押し付けられ、屈辱的なはずなのに屈辱的に思えば思うほど勃起がやめられない、おさまらず、ふんふんと、堪えられない息が鼻から口から漏れ出て言って、美里の足を避けるつもりで腰を軽く動かすと擦れ、「ぁ!」とまた声を上げてしまった。股間を背後から踏まれたまま、尻を、脇腹を、二度三度と鞭の先端で叩かれ、叩かれるたびに身体が浮くように反応し、さらに怒張する。
「いい加減にしろよ、てめぇ!何を勝手に人様の靴裏に汚物こすり付けてオナニーしてんだ!汚ぇ変態の証拠を堂々ぶら下げやがって、去勢した方がいいんじゃねぇのか?全く恥ずかしい野郎だ!しねよ!この生き恥晒しが!今のお前の姿を見て、他の人間はどう思うだろうな!」
さらに肉の弾ける音が2度3度と飛んだ。音のすぐ後にじんじんと焼けるような痛みが尻から性器にかけて跳ね回り、霧野の大きく膨らんだ一物も打撃に合わせて跳ねるように2度3度とたわみながら、透明な涙のような汁を床に振りまいていた。美里が霧野の傍に屈みこんだ。彼は首輪に指をかけひっぱるようにして、霧野の頭を彼が汁を飛ばした床の方に向けた。
「これはなんだ?この汚れは。」
「……」
霧野が目を背けようとするのを首輪に引っかかった美里の指が許さず、彼が首輪を引っ張るのに合わせて、床に顔が近づいていく。濁った斑点が散っていた。
「なんだって聞いてんだろ?ほら!よく見て、嗅いでみろ。臭い、獣の臭いがする。」
美里の顔が霧野のすぐ近くにあった。霧野の視線は美里の視線を感じながら床の表面をさまよった。
「……、しらない、勝手に、……、……。」
「知らない?勝手に?勝手に何だってんだ?あ?」
「……、が……、我慢汁が、…、」
「そうだな、素直でいいぞ。お前の淫乱粗相汁だ。痛めつけられて、気持ちよくって出たんだよな?……なんだか口を開くのも辛そうだから、頷くか首を振るかで答えていいぞ。」
証拠を目の間にしぶしぶ首を縦に振った。後頭部を押されて顔が床につきそうになる。
「なるほど?じゃあ、全く罰になってないってことになるな。気持ちよくなっちまってるんだから。お前は罰のためでなく、自分が尻を叩かれるのを楽しむためにこの1番『気持ちの良さそうな』鞭を持ってきて、俺に持たせたんだな?自分の淫乱の証をよく見て考えろ。最悪のエゴマゾ野郎だ。自分の欲望を抑えきれず、漏らしてよ。……、おい。何をしてる?いつまでも一人で発情していないで、早く舐めとって掃除をしろ。最低限の粗相の始末くらい性欲馬鹿のお前でもできるな。」
霧野の赤い舌が、躊躇いがちに霧野の口から銀の留め具を輝かせながら現れて、震える舌の先端で穢れた水滴を舐めとっていった。
「お前は俺に尽くす、従順になる、犬になるとまで言っておいて、結局のところ、俺を使って自分の変態性欲を満たすことしか考えていないんだな。なんて奴だ。最っ低だな。お前も他の奴らと同じなのか?」
ぴちゃぴちゃと床を舐める音が響いていた。口の中が生臭く気持ち悪いと同時に頭がぼんやりしてくる。悔しさだけでない熱いぼんやりが。いくらでも言い訳でき、彼の主張の矛盾を突くこともできるわうにおもえるのに。
「なんて自分本位なんだ。犬としての自覚が薄い、未熟なお前に自主的に選ばせようとした俺が馬鹿だった。わかりやすく言ってやる。もっとお前が俺の犬であることに自覚的になるような物をここに並べないか。」
◆
ボストンバックに頭を埋めている霧野の背中、臀部を見降ろし、眺めていた。薄っすらとさっき摘まんだ箇所の爪痕が残っていた。霧野がバッグの中に頭ではなく、手を突っ込もうとしているのが見えた。
「お前が、手を使うのか?」
美里がそう言うと、彼は素直に手を引っ込め、察したらしく、動物のように頭をバッグの中に突っ込み始めた。
まず一番はじめに、霧野が何を持ってくるのか伺っていると、彼は鎖をちゃりちゃりと鳴らしながら、細身の乗馬鞭を一本、口に咥えて戻ってきた。
まあ、そうだろうと思った。
シンプルな痛みの罰で済ませようと言うのだ。身体はどうか知らないが、頭はそう動くだろう。シンプルな痛みは性的さも薄れ、恥ずかしさをあまり伴わない、と彼は考えているのかもしれない。本当にそうなのかは置いておいて。
鞭を咥えた口の端から、だらしなく涎がだらだらたれて顔をつたって床を汚していた。そのままじっと見降ろしていると余計に涎を垂らし、顔と床を濡らし、一体何が気に入らないのか、目つきを更に鋭くしていた。
瞳は、疲れ死んでいるかと思いきや、奥が、ぎらぎらと燃えているように見えた。鞭を咥えているせいで、息が鞭と食いしばった歯の隙間から、はすはす、と漏れ出ていて犬らしさが増していた。まるで盛った犬だった。左側の犬歯が鞭の柄に食い込んでいる。それを抜いてやったらさぞマヌケな顔つきになるだろう。
続けてじっと見ていると、霧野の目の中に鋭さと別に、今度は自信なさげな戸惑いが立ち登り始めた。息を荒げながら、歯でごまかすように鞭の柄をごりごりと強く噛み始めた。そんなことをすれば余計に涎が出て恥ずかしいことがわからないのだろうか。案の定、じゅぅと涎が出て一筋糸を引きながら床に落ちていった。
一生そのまましていればいいのに……と、思ったが、そういうわけにもいかないので、涎に塗れた鞭を手に取って口を離させた。
地下にあった乗馬鞭数本をいれてきたが、霧野は中でも一番重そうな鞭を選んできていた。それを手元で弄びながら、再び霧野を見降ろした。
彼は美里が何か言うのを待っていた。何か期待している顔だ。痛い鞭を持ってきて罪を償おうという自覚があるなとでも言われ、褒められたいのだろうか。あまりに愚かで面白い。
まず、立場を自分の口で言わせるのが良いだろう。彼はたどたどしく、自分で「従順な犬」と己を称した。また、羞恥の中に一瞬期待しているような顔をのぞかせて、そわそわとしていた。
「……。」
彼が意外にも褒められることを好むのは、今に始まったことではない。主に仕事の成果で川名や二条に褒められた時など、一瞬だけ人懐っこい、微笑みともはにかみとも言える顔をのぞかせるのだ。冷笑的な、自信ありげな作り笑いと明らかに違う顔だった。
美里から霧野を褒めることなど滅多になかったし、褒めてみたところで嫌味にとられるのだから、その顔が美里の方に向けられることはほとんどなかった。ただ、そういうあざとい顔をするのを横で眺めていて、気に入られるためにしているのか素でやっているのかは疑問に思っていた。
昔一度、わざとやってるのかと聞いてみたことがあるが、何のことかと怖い顔で誤魔化された。しかし今その顔の前兆が、目の前にあった。
「1番痛そうなブツを1つ持ってきたからと言って、まさか、この俺がお前を褒めるとでも思ったか。」
彼の表情が一瞬で曇ったのが見て取れた。気分が良くなった。やはり褒めてほしかったようだ。わかりやすい。期待し、そわそわしているところを見ていると、突き壊してやりたくなるのが人の心理というものだ。人の期待するものを目の前にぶら下げて直前で取り上げるのはとても面白い。欲しい言葉をかけてやらない。
珍しくベッドもあることだから、鞭で責めて、その後で犯してやっても良かったが、それだけで済ませようという気は始めからさらさらなかった。それだけでは彼のことを見極められない。
それに、打つ前、打った時の霧野の反応を見ていると、また底なしの沼のように感度を上げているように思えた。彼の火照った肉厚の身体が、足りない、もっともっと、と、身体全体で、求め、熟れているように見えるのだ。傷跡だけでなく彼のその反応にも頭の奥がキリキリとなった。裏切り者の霧野が目の前で別の男達に好き放題されて苦しみ悶えているのは、悪い気分ではなかったが、長い時間、ずっと見ていて良い気分になるものでも無かった。
それよりも、こちらが奔走している間、自分の知らぬところでの苛烈な調教の成果も手伝ったのか、衣服一枚取り払えば周りに淫靡な雰囲気を漂わせ、人の加虐心を擽るような熱気をむんむんと出しはじめ、肌に触れるだけでもいい反応を示すようになっていた。美里の手によって成長、あるいは堕落したところもあるが全てではない。
首輪越しに引っ張り、軽く触った皮膚の熱いことといったら無い。手の平越しに強く脈拍が伝わってくる。指に彼の濡れた息が当たって湿った。
そうして彼と向き合っていると応えないわけにはいかず、止めようと思っても、頭が、手が、口が、止まらなくなった。下半身が熱くなってきていた。こちらが高まっていることを、あまり霧野に悟られたくなかった。
「もっとお前が俺の犬であることに自覚的になるような物をここに並べないか。」
もう一度、別の道具を持ってくるように仕向けた。
彼は咥えて持ってきては伺うように美里を見上げ、口から道具を離しては床に置き、美里が何言わないのを確認して、表情を曇らせた。たまに、普段なら「いい加減にしろよ」と口で言う時のように顔を顰めた。その度黙って顔面を軽く平手打つと、一瞬驚いた顔をして、隠すように顔を俯かせて、またこちらとあちらを往復する。
彼を平手打つたび、頭の中で小さな炎がぱちぱちと弾けて、消え、火の粉が舞った。かつての魂の燃え殻によって積もった灰の底から、何か立ち上ってくる気配がある。
霧野はせっせと這いつくばって淫らな玩具を咥えてはこちらの足元に戻って丁寧に並べ続ける。
情けのない顔、情けのない姿。落ちていた気分が良くなってくる。若干の興奮を隠せないのか、持ってくる玩具によっては息をふぅふぅさせていた。
「そんなにたくさん持ってきて、一晩で使い切れるのか?」
◆
美里は霧野の傍らにポケットに手を突っ込んで佇み、霧野と霧野が並べた道具を一つ一つ眺めながら周囲を歩き回り始めた。
「どれで遊んで欲しいかな?」
目の前に様々な淫具、どうやって使うのかよくわからない道具まで並んでいた。霧野が自分でひとつひとつ丁寧に並べたのだった。結局、バッグの中身のほとんどを並べる羽目になった。並べた道具に囲まれて四つん這いになっているだけで、どうしたらいいのかわらず、目のやり場に困って何も考えられなくなる。美里が霧野の目の前に立ち、またじっと霧野と玩具を下ろし始めた。
そっと視線をあげると、やや嗜虐的な色をした瞳がこちらをじっと見下ろして、時折道具の方も見て、何か思惑している。
「……」
「……」
沈黙が嫌だ。何か言ってくれ。
理に合わないことを人に命令されることは大嫌いだったが、今なら許せた。何でもいいから命令して欲しい。自分の頭で自分の淫らさを自覚したくない。
霧野が目をそらそうとすると、それを阻止するように美里がその場にしゃがみこみ、霧野に視線を合わせながら、傍らの何かを手に取った。目の前で彼が動くと、ふわりといい香りが漂うのだった。
彼は霧野の顔をのぞき込むようにして言った。
「お前の魂は犬の素養はあっても自覚が足りないようだからな。また、形から犬にして、教育してやることにする。さ、手を出せ。お手だ。まずは左から。さっきも勝手に手を使おうとしたからな。」
美里の手に黒いガムテープのようなものが握られていた。命令通りに左手を彼の手のひらの上に差し出すと、指を束ねるようにテープがぐるぐるとまかれていく。
ガムテープとはちがい、鬱血しないよう伸縮性があり、べたついてもいない。それはボンテージテープというもので、人体を固定するために作られたテープだった。
左手をすっかりまかれてしまうと、すべての指がくっついて使えなくなり、犬の手のように握ったり開いたりは辛うじてできるが、指がないので殆ど自由がきかない。左手をぐーぱーしている内に右手をとられ、同じようにまかれていった。
「犬が手を使う必要はないからこれで十分。少し寂しいから飾ってやろう。」
美里はテープを置き、その横においてあった、ふさふさとした黒い毛に覆われたグローブを手に取った。グローブにもやはり指が通る場所は無く、上からハメられ、手首の上からきつくベルトを止められ錠をかけらてしまうと、一切手首から先の自由がなくなった。床に手をつくことはできるが、指がないから、何かをとったり、掴んだりすることはできない。手錠とはまた趣向の異なる手の拘束であった。
グローブの中でテープに巻かれた手が蒸れ始めたが、指が癒着しているせいで、手全体が一つの塊のように脈打って熱く、本当に自分の手が犬の手の様になってしまったようだ。
ふと、手を裏返してみるとピンク色の肉球の模様が入っていた。途端にその愛らしさが自分とあっておらず、不自然に思え、すぐさま裏返して見るのをやめようとしたが、美里の手が遮った。彼が手首を掴んで、じっと可愛らしい手の平を見て、それから上目遣いがちに霧野を覗き込んだ。
「ふふふ、なんだよ???恥じる必要はない。お前は犬なのだから恥なんてないはずだ。それに、ここには俺しかいないだろ。ほら、お手をしてみろ。」
美里の華奢な左手が目の前に差し出された。細く白い手首に青く太い血管が浮いていた。一瞬ためらいながらも手をそこに乗せると、美里のの手の平は霧野の毛まみれの手に覆われて、ほとんど見えなくなる。グローブにさえぎられて美里の体温はわからない。
「おかわり。」
おかわり?一瞬わからなくなり、ノアのことを思い出し反対側の手を乗せる行為だと思い出した。霧野はノアに指示はしたが、芸をさせることは殆ど無かったため、誰かがノアにやらせているところを思い出したのだった。ワンテンポ遅れておかわりをしたせいで、軽く顔を打たれた。
「のろい。お前はノアよりも人間の言葉を解するのが苦手なんだな。もう一度だ。」
もう一度お手とおかわりを美里の前で披露する。何をやっている。
「まぁいいだろう。」
美里の手が霧野の頭の上にのせられていた。
「次は、長く歩いても平気なよう、後ろ脚を補強してやる。これを履くんだ。もうお前は自分一人では何も着られないだろうから、俺が履かせてやる。」
美里の手に黒い布のようのなものが二つ握られていた。彼に足首をとられ、軽く足をあげる。布が通され、膝でとまった。膝あてだった。確かに四つん這いを長いことしていると膝がすり切れ、痛い。既に紅く痣になって、皮膚が硬くなり始めていた。
「よし、耳と尻尾を生やしてやる。」
美里は並べられた道具を物色し、グローブと趣向の似た黒いふさふさとした立ち耳のついたカチューシャを持ってきて霧野の頭に取り付けた。彼は2歩3歩と後ずさって霧野を見おろした。それから霧野にわかるレベルの嗜虐的な微笑み方をして顔を紅くし、口を抑えた。
「あは、馬っ鹿みたい。くくく……」
笑っている美里にムッとしたが、グローブと違って自分の目では見られない分、まだよかった。次に美里は霧野の後ろに回り込んだ。少しの間があって、尻を強めに押さえつけられたかと思うと中に、つるん、と円錐型の冷たい異物が押し込まれていった。痛みもなく簡単に入っていってしまう。
「ぅ……、」
「あーあー、すんなりじゃねぇか。お前のデカ犬マンコちゃんには少し小さすぎたかもしれねぇな。しっかりハマっているか具合を確認するから、腰をふって尻尾を揺らしてみせてみろ。」
「……、」
軽く腰を揺らした。尻と太ももがかゆかった。ふさふさとしたものが垂れ下がり、尻を少し動かすと揺れて太ももを擽って恥ずかしく、若干中を揺らされるのも嫌だった。
揺らすのをやめると「誰が止めていいと言ったんだ。」と尻を軽く叩かれ、意図せず高い声が出た。それが面白かったらしく、尻を揺らしても、彼は同じ調子で尻を何度かはたく。そうやってスパンキングで揺らされると、中の異物が主張して、きゅうと中の筋がしまって、余計な気分が出てきてしまう。やばいと思った。また、身体の奥を揺らされる。
「や……、やめ、」
「そんな雑にじゃなく、もっと可愛らしく振ってみろ、そうしたら叩くのをやめてやる。」
「く……」
一瞬彼の手がやんだ。上半身を伏せるように低くし、反対に尻を高くあげ、美里の方に尻を見せつけるようにして、ゆっくり左右に腰をくゆらせた。
「ふ、……、」
右に左に丁寧に尻尾が揺れる感じがして、何をしたわけでもないのに、中が熱くなり、たいした運動というわけでもないのに息が上がり始めた。美里が叩きもしないが、やめていいとも言わないので、止めることもできず、腰を振り続けるしかなく、尻尾が優雅に揺れ続ける。
「おい、お前。まさか俺にデカ尻を見せつけるだけで感じてるんじゃねぇだろうな?」
「……、」
尻尾の裏側に隠れるようにして、霧野の生殖器は勃起したままになっていた。勃起を抑えようと頑張っている内に、尻尾を鷲掴まれ、上にあげさせられた。美里の目の前に恥部が晒された。それでも肉棒は萎えることなく寧ろさらに勇ましく、醜態を晒し続けた。
「あーあー、またなのか???本当に仕方がない奴だな。まあいい、もう自分じゃろくにしごくこともできないしな。勝手に犬マンコを発情させてろ。尻尾の付け根が真っ赤になってひくついてるぞ。」
美里が尻尾を離し、代わりにチェーンを手に取って、軽く首輪を上に引いた。きゅ、と首が絞まる。自然と首輪に手が伸びたが、この手のせいで、掴むことができず表面を引っ掻くような仕草になってしまう。
「じゃ、お散歩に連れて行ってやろう。嬉しいな。運動不足だろ?野郎とセックスだけでは身体がなまっちまうだろうから、たまにはマトモな運動をさせてやらないといけないよな。」
いつの間にか病室のドアが開いていた。鍵はかかっていなかったのだ。この姿で外に出るというのか?
「何のためにわざわざ準備してやったと思ってんだ、犬。行きたいよな?お散歩。」
◆
資産というものが思い浮かばない。肉体一つここにあるだけで、他に手放すものも無い。肉体さえ、自分の物ではない。肉体と精神の内、今ここには肉体しか無い気がする。誰かに呼ばれて、機械的に会話をして、機械的に作業をして、機械的に戻ってくる。では、これを俯瞰的に認識している自分は誰なのだろう。美里は重い身体を横たえたままどのくらいの間そうしていたか、よくわからなくなっていた。何度か移動した気もするのだがずっとここにいたような気もするし、分からない。
「……」
今度こそ身体を起こそう、と、思うが、今度は肉体が起きない。今度は精神だけになったようだ。身体が重すぎて指一つ動かすのに大層苦労する。このまま眠っていたい。また瞼が降りてくる。半開きになった瞼の下で瞳が気だるげに病んでいた。眠って、また機械的に全てを終わらせて、眠り、そうしているうちに一生が終わってくれる。だったら今すぐ死んで救われたいと一瞬だけ思うと、手が動いた。
無意識にベッドの隙間に指を入れて、肉体とは別の、もう一つの資産。他の人間が見ればゴミに過ぎない物を引っ張り出していた。古びた赤い革の帯に黒ずんだ金具がついている。それは使い古された犬の首輪だった。思い出す。なぜ自分がここにいるのか。家族の一員であった死んだ彼女がいやでも、いつでも、思い出させてくれる。誰のせいでこうなって、自分が誰で、何で生きてるのか、どうしたらいいか。赤い革の帯を指に巻き付けて握った。
翌朝、目を覚ますと手元にあるはずのそれが消えていた。ベッドの上、隙間、狭い部屋の隅々まで探したが見つからなかった。そのことで頭がいっぱいになって一日中不安になっていて嫌に意識が覚醒して身体が汗ばんでいた。あんなゴミ。と思われても仕方ないものに、自分が如何に縋っていたのか。そんなに弱い人間だったか?誰かが何か言っていたが理解できないので「うるさい」とあしらった。
その日は、ペットプレイを所望する人間がいるからどうとかと言われていた。年端のいかない子どもに対してやりたがる異常者は多い。
探していたそれを、何故かプレイの最中に客が取り出し、えっ?と思うまもなく、美里の首に巻き付けてきたのだった。途端に、頭の中何かぶつぶつと切れる音がして、なにもかもが、よくわからなくなっていった。オートマチックで動いていたはずの思考が滞って、代わりにほぼ腐っていた脳に大量の血液が通い始めた。別に、ペットプレイくらいどうということはないし寧ろ楽だというのに、何故、探していた物がこんな汚らわしい場所にあり、汚らわしい人間の手の中でいじくられて、汚らわしいこの人間の首の上にあるのか、何ひとつ理解できないのだった。心をどこかに飛ばそうにも、普段のようにいかず、気が付くと、複数の人間に身体を押さえつけられ、自分が暴れていたことに気が付いた。人々の向こう側に血塗れになった何かが倒れて喚いていた。気持ちの悪い人間のはずなのに、何故かとても奇麗だと思った。とっさに首を触ったがそこにはもう何もなかった。手が、ぬるぬるとして赤く、皮膚がずる剥けになっていた。相手の物か自分の物か。しかし別にどうだってよかった。久々に清々しく世界が色づいていた。身体が、呼吸をしている。淀んでいるはずのホテルの部屋の空気が実に旨い。本来あるべき姿を思い出す。もっと見たい。
「ざまあみろ!」
暴れたところで、全てが余計に悪い方向へと傾いていくことを理解させられていたので、しばらくやめて、壊れたふりをして、本当に壊れようと努力していたというのに、どうやら魂の方が耐えられなかったらしかった。自分の感情がまだうまく働くことに感動した。怒りの力はすごい。全ての感情を失いかけても、コイツだけは最後まで切り札として残しておいた方が良いだろう。かなりこっぴどく絞られることになったが、最早その客には感謝したいくらいだった。結局のところ、彼らはまだこちらに価値があるうちは、命までは奪ってこないこともわかった。この肉体は彼らの資産かもしれないが、魂はそうではない。もう彼女の首輪も必要なかった。
オートマチックな楽な自分と感情のある自分をもっと自覚的に使い分け、切り分けるしかない。もっと上手くコントロールできるようにするのだ。割合も配分しよう、9対1になったっていい、99対1でも残ってさえいれば、奪われさえしなければ。辛いに違いないが、完全抹殺はさせない。なぜなら、それだけが自分の資産と言える尊い物だからだ。そのためにどんな非道をしたっていい。魂は尊い。最早壊れた分の魂は戻ってこないかもしれないが、自分の唯一の資産を完全に腐らせる前に、守るために、先に人の資産を腐らせる術を磨くのだ。こちらが食い潰される前に相手を食い潰すしかない。それに、他人の魂という唯一無二の資産をどうにかすることに魅力を感じないでもないのだった。
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