堕ちる犬

四ノ瀬 了

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魂を殺し、肉体を殺さない程度に遊んでやれ。殺してしまっては生ぬるい。

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川名は霧野に顔を近づけ、彼にだけ聞こえる声量で言った。薄い唇の隙間から、尖った犬歯が見え隠れしていた。

「異常者なのはお前も一緒だ。お前のような若造の警官風情が俺の組に潜入捜査だと。そんななめた自殺行為は、異常者にしかできない。」

口を開く前に川名の顔が遠ざかり、普段のつまらなそうな表情に戻っていく。
重みのある料理が次々に到着する。肥太った北京ダックは、肉の表面がてらてらと光り、はち切れんばかりの肉が裂けた薄皮の隙間からはみ出ていた。酒が自分以外の席に次々と並べられていった。目の前には自ら空にした穢れた器が残され続けた。
急に昔給食を食べきれずに意地の悪い担任教師から揶揄され懲罰された不快な思い出が蘇る。今よりずっと神経質で食材同士が混ざり合ったものが苦手だった。

料理が並べられている間に二条が戻ってきた。入浴剤のような匂いを漂わせ、外に出ていたのか身体が軽く濡れていた。

「へえ、全部食べさせたんですか。アレ。」と言って目で笑い、霧野を見てこちらの方までやってきた。
「いい顔してるじゃねぇか。手をテーブルの上に出せよ。自由にしてやる。」
その厚い手は大きく熱く、対してそれに覆われた霧野の手は細く冷えて骨ばった指の先が微かに震えていた。

その様子を見た二条は、精液と尿で濡れそぼる霧野の顔を片手で軽く掴んで上げさせた。川名が「よくそんなもの触れるな」とぼやく。
指で頬がひっぱられ笑っているような表情になる。
「少しは頭が冷えただろ。ん?」

シャツの裾に血のような染みがあった。霧野が再び目を伏せて黙っていると二条は意味深な微笑み方をして、煙草を2本取りだして片方を自分でくわえ片方を霧野の口元に差し出した。

受け取るか迷ったが拒否して、口の中にねじ入れ食わせられる、肛門からねじこまれる可能性を考えて素直に咥える。ライターの火が差し出されてそこに顔を近づけた。
身体、脳の中が少しだけ整理され、かき乱れた頭の中ぼんやりとしたものに変わってきた。

「それを吸い終わる頃には、始まるが、他になにか欲しいものはあるか?」
二条の落ち着いた低い声が降ってくる。死刑囚の再現のつもりだろうか。死刑囚は最期に美味いものを食い喫煙を許され、それから刑に架けられ死んでいくのだ。 
「特にない。」
ジリジリと火が煙草を焦がしていく。
紫煙の向こう側で美里が無表情にこちらを見ていた。



川名の目の前の皿の上で切り開かれた肉からは黄金色と赤色をした肉汁がこぼれて皿の底に溜まっていった。彼は肉片を嬲るようにゆっくりと咀嚼してから血のような色をした酒を一気に飲み干した。野生動物がとらえた獲物を骨の髄までしゃぶりつくす様子とよく似ていた。

「お前はこの中の料理のひとつにすぎない。これから皆に貪り食われるんだ。」

脂に濡れ、赤らんだ唇から発せられた声が、鈴の音のように耳によく響いた。他の人間も騒ぎたてているというのに。川名は獣が狙った獲物に近づくような緊張感と高揚感で張り詰めた仕草で立ち上がった。

「お前たち、ついに今日のメインディッシュだ。こいつを好きにしていいぞ。暴力的に陵辱して魂を殺し、肉体を殺さない程度に遊んでやれ。殺してしまっては生ぬるい。」



美里は、目の前の肉を半分ほど食べ終えたが、あまりに味がくどすぎて口に合わない。もっと淡白なものを食べたいが、ここにいる連中の多くは派手な味付けを好む。仕方がない。食事もそこそこに煙草に手をつけた。身体の中を甘い煙で満たしている方が物を喰うより心地が良い。

視線の先で、霧野が常時4人から5人の男に囲まれて、精をぶちまけられていた。怒声罵声が飛び交い、まるで抗争中だ。
 言葉には主に3つの種類があった。
「性的な揶揄」「霧野/澤野への個人的な罵詈雑言」「警察官、法治国家の怒り憎しみ」
それらの言葉に彼が「言い訳」「反論」「謝罪」を返す機会は暴力によって永遠に打ち消された。口を開けば手で押さえつけられるか肉棒をねじいれられていた。

美里は仕事柄、遠目に女が輪姦されるところ、商売男がひとつのプレイとして輪姦されるところを見たことがあったが、ただの男、しかも自分のよく知っている人物がそのような目にあうのは初めて見た。身体や神経の頑丈さを皆知っているから容赦なく彼を打擲し、その熱気は部屋全体を満たし始める。

美里は一番最初に静かに彼の口内に精を与えた。

彼は途中まで、いつものように半ば怒りに震えた目つきで美里を見上げていたが、後ろから、本人も名を知らないような下等な雄に勢いよく身体を押し開かれてからというもの、本人は意図してないだろうが、何か懇願するような目つきで美里を見上げていた。嗜虐心と母性に近い何かがあふれたが、他の者が気になる。嬲ってやるのは明日以降にとっておこうと思った。自分にはその権利がある。

川名は途中まで様子を見ていたが、ある程度の彼の仕上がりに満足したのか姿を消した。隣で二条が煙草を吸いながら携帯を見ているのに、異常に苛ついた。ここに来てから苛つくことばかりだ。美里の視線に気がついた二条が親が子供にかけるような口調で「どうした?」と語りかけてきた。

「自分がお世話をしていた犬が、知らぬ奴らに遊ばれて悲しんでいるのか?アレはお前だけの犬じゃないんだ。そんなに遊びたいなら、また俺の下で舐めあうか?」
「つまらん挑発しないでください。」
一瞬目に映ってしまった二条の携帯の画面に、血濡れの何かが写っていた。不快なものを見た。

視線を前に戻すと、彼は抱きかかえられるようにして後ろから誰かの獣に侵入され、怒りと羞恥、快楽に顔をゆがめて、しかしその肉門は歓迎するようにねっとりと獣を咥え込み味わっていた。彼は、秘所を中心としてビクビクと身体を震わせる。怒りではなく快楽で震え、自身の雄を激しく、反り返らせ、勃起させていた。

男達に勃起していることを揶揄され、何度も男の手によって遊ばれしごき上げられた一物は、未だに本人の意思とは無関係に惨めに口をひくつかせ、自身の出した精にまみれ穢れそぼる。再起する度に男の手の中で遊ばれ始めた。
そうされると彼は、一段と身体を激しく抵抗させるが、それが男たちを愉しませ、よりガッチリと身体をホールドされて散々に突かれ、しごかれてしまう。

肉棒に塞がれた口の奥で狂った獣のような猛声と子犬のような甘い声とを交互に上げ、時々わずかに開放された口からは熱く荒い息遣いと恨みがましさのこもった呻き声が漏れ出ていた。

肉を締めれば男たちを悦ばせるとわかって、快楽に抵抗しようとしているようだが、身体はそれを許さない。いつのまにか彼一人服がはだけ、裸同然の姿で男たちの手で床に組み敷かれた。

彼は意外にも、自らに突き出された肉棒を手でしごいてやっていた。自分以外の肉棒など触りたくもないだろう。しかし、理性が残っているから、手で捌けばその分早く済むことがわかっている。

しかし、あまりにも下手、自身が快楽をむさぼることに夢中であることを叱られ、顔や尻をはたかれ、腹を何度も殴られ、脇腹を蹴られていた。腹を殴られるたびに肉棒に塞がれた肉穴の隙間からだらだらと誰かの精液を垂れ流した。床にこぼした精液は、嗜虐的な者の命令で彼自ら舐めとらされて、その間も後ろから罵倒されながら激しく突かれていた。

特に尻は、叩くと挿入された雄を求めよく締めるために、より強く叩かれ赤い手形が幾重にも重なって、白くきめの細かい皮膚が張っていた尻がすっかり赤くなり、鞭痕がそれを一層淫靡に彩っていた。強く殴られたときに彼の目に一瞬意志のようなものが戻り、手が空を切るのだが、すぐに二、三人の手で一本の腕をねじられ抑え込まれて、後ろ手にされ、拘束を好むものは彼を後ろ手に拘束し後ろから突き犯す。あまりの強引さに声を上げた口の中にまた肉棒が突きいれられる。それが繰り返される。

彼が手をうまく使えないので、皆、口や尻に無理にねじいれたがり、いつのまにか口から尻から、殴られなくても精液が常に溢れ垂れ流れるようになってきていた。穴に何も入っていない時間の方が極端に短く、引き抜かれた一瞬にだけ空いた肉門は最早キッチリとは締まっておらず、次の肉を貪り食うための準備のように精のよだれを垂らしてだらしなく口を開けていた。
散々な屈辱を与えられ感度が抜群になった穴には肉棒以外にも時に指や玩具が挿し込まれ、そのいやらしさ、精をむさぼるように締まる様子を散々に嘲笑され、さらに昂った男たちに犯されていた。

「手」での扱き方を教育してやらなかったことが悔やまれてくるが、これも明日以降に教育させればいい。きっと壊れないだろう。彼がもっと華奢、繊細な体躯や精神の持ち主であればとっくに壊れ、ある意味楽になれるというのに。

目の前の精液に濡れたテーブルの上に開かれた紙の上には「正」になりかけの「正」の字が散らばって躍り、誰かの精液と汗で字が滲んでいた。美里の欄には「口」に「一」しかなく、並んだ名前の中では最下位だった。

仕方なく立ち上がり熱気の溢れた部屋の隅へ向かった。遊びと仕事を兼ねたゲームだとしても、最下位などとると川名への心象が悪い。

怒声、罵声が飛び交う中で、丁度左手「だけ」が空いたところだった。
既に誰かの精液でぬるぬるした手の中に自分のものを収めてやると、彼はこちらを見もせずにそれを強く雑に扱ってきた。誰がここにたっているのかもわかっていないだろう。

上から手を握り、しごき方を教えるようにして、優しく前後に動かしてやっていると、視線を感じた。
肉を口の奥まで刺し込まれながら彼が瞳だけでこちらを見ており、目があった瞬間、即時に伏せられた。何を考えている?今頃後悔しているのだろうか。馬鹿なヤツだ。やはり自分が殺してやった方がいいのだろうか。



「組長、あいつトんでろくに反応しなくなりましたよ。」

再び席に戻っていた美里の隣で、顔を紅潮させ息を荒げ服をはだけさせた竜胆が電話をかけていた。テーブルの上に置きっぱなしであったスマホをとりに来たためだ。

「くせぇんだよ……ここで電話するんじゃねえよ。飯がまずくなる。」
美里が竜胆を怒鳴りつけると、瞳孔の開いた黒眼がこちらを見降ろした。臭いを消すために再び煙草に火をつけ、立ち上がった。二条が揶揄するような目つきでこちらを見上げていた。

竜胆がラリっているのかしらないが陰険な目つきでこちらをなめるように見続けてくる。視線を霧野の方に向けると、後ろ手に拘束され後ろから頭を掴まれて久瀬に犯されてはいるが、まったく反応せず半ば死んだように身を預けていた。男達の影になって表情が見えない。
突然、組員の視線が美里の背後の一点に集まり、振り向くと川名が戻っていた。彼は携帯をしまうと、男たちの熱気に包まれた部屋の隅の方へと、進み出ていった。
男達の輪が崩れ、久瀬が自らの雄を霧野から引き抜いて下がった。

霧野は身体を起こそうと床を這いずり回っていたが、うまく力が入らず、すこし動かしただけで身体が熱く震え、せかいのすべての音がどこか遠くに聞こえていた。海の底に沈んでいるような感覚に近く、それでも身体の痛みと奥を抉られつくされた肉の感覚からは逃げられず、息を荒げ震わせていた。頭の中に恐怖と後悔とが一瞬だけあらわれては散って、壊れることを防ぐため、自分が何なのか考えるのをやめ、しかし時にまた木崎のことを考えていた。

「おい、霧野遥巡査。まだ壊れるなよ。三時間しかたってないぞ。お前はもっとできる奴だろ。もっと皆を愉しませろ。」
「……」
「しょうがないなあ。」

似鳥は遠目から、女たちと共に自分より若いやんちゃな男たちが、差し出された贄に対して残酷な遊びに興じているところを見て愉しんでいたが、川名が近づいてきたことで表情を変えた。

「どうしたんです?」
「アレを出せ。」
「ああ…、いいですよォ。」

似鳥は無邪気な、しかしお菓子を子供に与える変質者のような笑みを浮かべて、懐から何か箱のような者を取り出した。川名がそれを受け取り中を確認しながら霧野の下に戻り屈んだ。
美里が口を開こうとする前に横に立っていた竜胆がやはり無邪気な笑顔をたたえながら、でかい声を上げ、彼らの方に大股で向かっていった。

「似鳥さん、それ俺にもくれよ。今日もう切れちゃったんだ。」
「ああ、いいよ。お前は羽振りがいいからな。」

美里が何か言う間もなく、川名が霧野の腕を抑え込んで針の先端を柔らかな皮膚にあてた。
海の底の方に沈んでいた霧野だったが、何をされるのか悟り、意識が一瞬浮き上がり、意志のこもった眼を取り戻して川名の方を見上げた。しかし残酷なことには身体にはもう抵抗するだけの力が残っておらず、顔を上げた瞬間に川名だけでなく、複数の男に押さえつけられ口を手でふさがれた。

「お前が潰した取引だ。自分で在庫処分しろ。」



余りの意識の覚醒に、なにがなんだかわからず、自分が人ではなくなにか感覚器官そのものになってしまったかのような感覚だった。はっきりとした意識が、快楽をむさぼる自分とは別に存在し、快楽をむさぼる自分が聞いたことのないような声を上げて男の物を咥え込んでいた。
せかいの人の声すべてがはっきりと聞こえる。その声ひとつひとつが、耳にくすぐったく、声の振動それだけで身体を発情させる。言葉の意味を理解すれば、屈辱的であればあるほどもっと発情する。
理性と自分が乖離している。皮膚に触れられるだけでトビ、ペニスをしごかれると昇天し、ケツにぶちこまれると、天国から地獄に高速落下してくかのような異常な超快楽が身体を奥から蝕み、自分の中に色というものがあれば、それすべてが強引に塗り替えられていく、激しい感覚が身体を襲い続けた。



「一週間分くらいだしたな……」

部屋中が雄の臭いでまみれ、最早とてもここが食堂とは思えなかった。
部屋の隅に打ち捨てられるようにして震えている男以外、全員席に戻っていた。しかし、川名、二条、美里を除いた全員の服は乱れ、極度に疲れ切り、熱い息の乱れがおさまっていなかった。
美里の目の前の空席に置かれた紙は誰かの白い濁液で、さらに濡れそぼり完成した「正」の字が歪み踊っていた。

「なんだこれは…‥」
川名は心底嫌そうな顔をして、穢れた紙を見すえた。
「後から出された本人に自分で書き直してもらおう。」
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