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第二章 巨星堕つ
42 爆弾発言
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「何ですとぉ!?」
領主邸中にシルベストルの絶叫が響き渡った。
使用人がビクッと硬直してカトラリーを取り落とし、厩舎で眠りに就いていた馬たちが落ち着きなく嘶く。馬場の脇にある防風林で休んでいた鳥が夜にも関わらず一斉に飛び立つ程だった。
領主の私室で開催される通称『お茶会』の席上である。
主催者であるザオラルが唐突に発言した内容に、王都アルテからの長年の部下であるシルベストルが思わず大声を上げて立ち上がったのだった。
驚いているのはシルベストルだけではない。
クラウスやオリヴェルといった面々も両目を見開いて呆然とした表情を浮かべている。今夜のお茶会では、いよいよリーディアの輿入れが正式に来春に決まったと発表され、出席した重臣からのお祝いの言葉に大いに照れていたトゥーレだった。
そんなお祝いムードの中で落とされた、ザオラルの爆弾発言だったのだ。
トゥーレやテオドーラなどトルスター家の者は、事前に聞かされていたのだろう。平然とした表情でお茶を啜っている。それ以外の者、すなわちシルベストル、クラウス、オリヴェル、ヘルベルトにユーリといった今回の参加者が驚愕を顔面に貼り付けたまま、爆弾を落とした主ザオラルを見つめて立ち尽くしていた。
「落ち着け! 今すぐという訳ではない」
流石にザオラルの告げた言葉が、直前のお祝いムードが吹き飛ばしてしまった。苦笑を浮かべたザオラルは、立ち尽くしたままの者に座るように促す。
「ですが」
納得できない様子のシルベストルがなおも食い下がる。
「ウンダルと同盟を結び、我らは少なくない時間を手に入れる事ができた。来春にはリーディア姫がようやくこのサザンにくる」
静かにそう告げると周りを見渡す。立ち上がっていた者もゆっくりと腰を下ろし、最後まで残っていたシルベストルもようやく腰を下ろした。
「もちろん我々を取り巻く状況が改善した訳ではないことは皆も知っている通りだ。刻一刻と近付いてくるドーグラス公との一戦もそう遠い話ではないだろう」
ザオラルが言うようについ先日、最後まで抵抗を続けていたポラーのアンスガルがドーグラスの軍門に降ったと報告が入った。
これでいよいよドーグラスは後顧の憂いを気にすることなくカモフ攻略に舵を切ることができるようになったのだ。早ければ春にも軍を動かすかも知れなかった。
「その様なタイミングで私が職務を投げ出す訳にいかんだろう? そんなことをすればトゥーレに何を言われるか分かったものではないわ」
そう言ってトゥーレを見ながら苦笑を浮かべる。
いきなり話を振られたトゥーレは、軽く肩を竦めただけで特に何も言わなかった。
「私が言ってるのはその後のことだ。ドーグラス公との一戦を終えたときに我らが生き延びることが出来ていれば、その時は領主の座をトゥーレに譲り身を引こうと思う」
改めて説明するがシルベストルは納得がいかない様子だ。
同盟成立から二年が経つが、ドーグラスとの間には未だに圧倒的な差が存在していた。少しでもその差を埋めるためにサトルトを軍事基地化し、火力の増強を急ピッチで進めている。
それでもお茶会に出席する重臣達には、押し潰されそうな重圧がのし掛かっていた。来たる日に向けて日々心を砕くことがあっても、その後のことなど考える余裕などなかったのだ。
「何だ貴様たちは? 無いとは思うが、まさか勝てる訳ないと思いながら準備をしてるのではあるまいな?」
彼らの表情を読み取ったザオラルは、惚けたような表情を浮かべ戯ける。
厳しい状況から目先のことに意識が集中してしまうことは、仕方がない事と理解はしていた。それでも自分の言動によって、少しでも彼らの重圧を取り除ければと考えたのだ。
「まったく・・・・、そういう所はトゥーレ様にそっくりですな」
「流石、親子にございます」
大きく息を吐きながらシルベストルが呆れた様に嘆息し、オリヴェルは納得したように呟いた。
「お二人とも言葉が足らないのは、よく似ておられる」
クラウスがそう言って豪快に笑う。
「言っておくが、私が似たのではないぞ。トゥーレが私に似たのだ!」
開き直りとも言えるザオラルの言葉に笑いに包まれる。だがトゥーレだけは少々不満顔だ。
「どうしました?」
「シルベストルが俺を信用していないのがよく分かった」
トゥーレは先ほどザオラルが退任を表明した際に、シルベストルが最も動揺を見せ反対していたことを根に持っているようだ。
「そ、その様な事は・・・・。あの時はザオラル様が余りにも唐突に・・・・」
「ほう! 私のせいだと申すか?」
しどろもどろになりながら弁明するシルベストルだが、畳みかけるようにザオラルから追撃が入る。
「ちょっ、お二人とも勘弁していただけませんか?」
ザオラルとトゥーレの二人に攻められれば、流石のシルベストルといえど勝ち目はなく、がっくりと肩を落とし項垂れるしかなかった。
「とはいえ、折角リーディア様を迎える事になっても、ドーグラス公に我等が敗れる事になれば余りにも不憫です。ここは奮戦して見せねばなりませんな」
ヘルベルトが腕を撫すように意気込みを語る。
「オリヤン様もお辛い立場でしょうな」
「そうだな。何時までもフォレスで預かっていただく訳にはいかないでしょう。それに、ダニエル殿が領主となられ随分とウンダル内の空気が変わったように存じます」
ダニエルがオリヤンからその地位を引き継いで一年が過ぎた。
オリヤンの体調が優れないこともあり、引き継いだ当初はどこか父への遠慮が見られた領地経営も、ここ最近はしっかりとダニエルの色が出始めている。多少の混乱も見られるがそれは時間が解決してくれるだろう。
政権の移行が進む中で、トゥーレに嫁ぐことが決定しているリーディアは、新体制に組み込む訳にもいかず、フォレスでは非常に中途半端な立場となっていたのだ。
「エリアス殿の件もある。ピリピリするのは仕方あるまい。リーディアの件はトゥーレが上手くやるだろう」
政権移行時の苦労は計り知れないものがある。
ザオラルの場合は内戦一歩手前の状況にまでなったのだ。ダニエルの場合はエリアスの一件があるとはいえオリヤンも健在だ。暫くすれば落ち着くとの見解を示した。
「リーディアの事なら問題ないでしょう? そのため二年もの間フォレスに通ったのですもの。これでリーディアから信頼されてないようならば、今後いざというとき誰もトゥーレの命令なんか聞かないのではなくて?」
「母上は、そこでハードルを上げないでいただきたい」
「何を言ってるの? ここは『問題ない』くらい言うものですよ」
テオドーラからの突然の無茶振りに慌てて釘を刺したトゥーレだったが、テオドーラはさらに畳みかけるようにトゥーレを煽る。
普段は人を煙に巻くトゥーレだったが、唯一の天敵と言っていいのがテオドーラだ。テオドーラ本人はトゥーレについては本気でできると思っての発言であるため、どうしてトゥーレが慌てるのかはよく分かっていなかった。心から息子を信じていることが、トゥーレに対して優位に働くのだろう。
「いやいや、流石に姫からの信頼は得てますよ。でもそれと俺の命令を聞かないのは別の話でしょう?」
「大丈夫ですお母様。お兄様がリーディアお姉様を泣かせるような事があっても、わたくしがお姉様の味方になります」
それまで空気のような存在感だったエステルが鼻息荒く母に宣言する。
「まぁエステルもすっかりお姉さんになって母は頼もしいです。もしトゥーレがリーディアを泣かせたら、二人で姫の味方を致しましょう」
話の方向がどんどんトゥーレ不利へと代わっていく中、今夜のお茶会はお開きとなったのである。
カモフ中にリーディアが来春、正式に輿入れすることが発表されたのはその翌日のことである。その発表にサザンの街は祝福のムードに包まれ、やきもきしながら二人の進展を待っていた住民の顔には笑顔が溢れた。
しかし冬になると、そのムードを一変させる知らせがフォレスより舞い込むことになる。
領主邸中にシルベストルの絶叫が響き渡った。
使用人がビクッと硬直してカトラリーを取り落とし、厩舎で眠りに就いていた馬たちが落ち着きなく嘶く。馬場の脇にある防風林で休んでいた鳥が夜にも関わらず一斉に飛び立つ程だった。
領主の私室で開催される通称『お茶会』の席上である。
主催者であるザオラルが唐突に発言した内容に、王都アルテからの長年の部下であるシルベストルが思わず大声を上げて立ち上がったのだった。
驚いているのはシルベストルだけではない。
クラウスやオリヴェルといった面々も両目を見開いて呆然とした表情を浮かべている。今夜のお茶会では、いよいよリーディアの輿入れが正式に来春に決まったと発表され、出席した重臣からのお祝いの言葉に大いに照れていたトゥーレだった。
そんなお祝いムードの中で落とされた、ザオラルの爆弾発言だったのだ。
トゥーレやテオドーラなどトルスター家の者は、事前に聞かされていたのだろう。平然とした表情でお茶を啜っている。それ以外の者、すなわちシルベストル、クラウス、オリヴェル、ヘルベルトにユーリといった今回の参加者が驚愕を顔面に貼り付けたまま、爆弾を落とした主ザオラルを見つめて立ち尽くしていた。
「落ち着け! 今すぐという訳ではない」
流石にザオラルの告げた言葉が、直前のお祝いムードが吹き飛ばしてしまった。苦笑を浮かべたザオラルは、立ち尽くしたままの者に座るように促す。
「ですが」
納得できない様子のシルベストルがなおも食い下がる。
「ウンダルと同盟を結び、我らは少なくない時間を手に入れる事ができた。来春にはリーディア姫がようやくこのサザンにくる」
静かにそう告げると周りを見渡す。立ち上がっていた者もゆっくりと腰を下ろし、最後まで残っていたシルベストルもようやく腰を下ろした。
「もちろん我々を取り巻く状況が改善した訳ではないことは皆も知っている通りだ。刻一刻と近付いてくるドーグラス公との一戦もそう遠い話ではないだろう」
ザオラルが言うようについ先日、最後まで抵抗を続けていたポラーのアンスガルがドーグラスの軍門に降ったと報告が入った。
これでいよいよドーグラスは後顧の憂いを気にすることなくカモフ攻略に舵を切ることができるようになったのだ。早ければ春にも軍を動かすかも知れなかった。
「その様なタイミングで私が職務を投げ出す訳にいかんだろう? そんなことをすればトゥーレに何を言われるか分かったものではないわ」
そう言ってトゥーレを見ながら苦笑を浮かべる。
いきなり話を振られたトゥーレは、軽く肩を竦めただけで特に何も言わなかった。
「私が言ってるのはその後のことだ。ドーグラス公との一戦を終えたときに我らが生き延びることが出来ていれば、その時は領主の座をトゥーレに譲り身を引こうと思う」
改めて説明するがシルベストルは納得がいかない様子だ。
同盟成立から二年が経つが、ドーグラスとの間には未だに圧倒的な差が存在していた。少しでもその差を埋めるためにサトルトを軍事基地化し、火力の増強を急ピッチで進めている。
それでもお茶会に出席する重臣達には、押し潰されそうな重圧がのし掛かっていた。来たる日に向けて日々心を砕くことがあっても、その後のことなど考える余裕などなかったのだ。
「何だ貴様たちは? 無いとは思うが、まさか勝てる訳ないと思いながら準備をしてるのではあるまいな?」
彼らの表情を読み取ったザオラルは、惚けたような表情を浮かべ戯ける。
厳しい状況から目先のことに意識が集中してしまうことは、仕方がない事と理解はしていた。それでも自分の言動によって、少しでも彼らの重圧を取り除ければと考えたのだ。
「まったく・・・・、そういう所はトゥーレ様にそっくりですな」
「流石、親子にございます」
大きく息を吐きながらシルベストルが呆れた様に嘆息し、オリヴェルは納得したように呟いた。
「お二人とも言葉が足らないのは、よく似ておられる」
クラウスがそう言って豪快に笑う。
「言っておくが、私が似たのではないぞ。トゥーレが私に似たのだ!」
開き直りとも言えるザオラルの言葉に笑いに包まれる。だがトゥーレだけは少々不満顔だ。
「どうしました?」
「シルベストルが俺を信用していないのがよく分かった」
トゥーレは先ほどザオラルが退任を表明した際に、シルベストルが最も動揺を見せ反対していたことを根に持っているようだ。
「そ、その様な事は・・・・。あの時はザオラル様が余りにも唐突に・・・・」
「ほう! 私のせいだと申すか?」
しどろもどろになりながら弁明するシルベストルだが、畳みかけるようにザオラルから追撃が入る。
「ちょっ、お二人とも勘弁していただけませんか?」
ザオラルとトゥーレの二人に攻められれば、流石のシルベストルといえど勝ち目はなく、がっくりと肩を落とし項垂れるしかなかった。
「とはいえ、折角リーディア様を迎える事になっても、ドーグラス公に我等が敗れる事になれば余りにも不憫です。ここは奮戦して見せねばなりませんな」
ヘルベルトが腕を撫すように意気込みを語る。
「オリヤン様もお辛い立場でしょうな」
「そうだな。何時までもフォレスで預かっていただく訳にはいかないでしょう。それに、ダニエル殿が領主となられ随分とウンダル内の空気が変わったように存じます」
ダニエルがオリヤンからその地位を引き継いで一年が過ぎた。
オリヤンの体調が優れないこともあり、引き継いだ当初はどこか父への遠慮が見られた領地経営も、ここ最近はしっかりとダニエルの色が出始めている。多少の混乱も見られるがそれは時間が解決してくれるだろう。
政権の移行が進む中で、トゥーレに嫁ぐことが決定しているリーディアは、新体制に組み込む訳にもいかず、フォレスでは非常に中途半端な立場となっていたのだ。
「エリアス殿の件もある。ピリピリするのは仕方あるまい。リーディアの件はトゥーレが上手くやるだろう」
政権移行時の苦労は計り知れないものがある。
ザオラルの場合は内戦一歩手前の状況にまでなったのだ。ダニエルの場合はエリアスの一件があるとはいえオリヤンも健在だ。暫くすれば落ち着くとの見解を示した。
「リーディアの事なら問題ないでしょう? そのため二年もの間フォレスに通ったのですもの。これでリーディアから信頼されてないようならば、今後いざというとき誰もトゥーレの命令なんか聞かないのではなくて?」
「母上は、そこでハードルを上げないでいただきたい」
「何を言ってるの? ここは『問題ない』くらい言うものですよ」
テオドーラからの突然の無茶振りに慌てて釘を刺したトゥーレだったが、テオドーラはさらに畳みかけるようにトゥーレを煽る。
普段は人を煙に巻くトゥーレだったが、唯一の天敵と言っていいのがテオドーラだ。テオドーラ本人はトゥーレについては本気でできると思っての発言であるため、どうしてトゥーレが慌てるのかはよく分かっていなかった。心から息子を信じていることが、トゥーレに対して優位に働くのだろう。
「いやいや、流石に姫からの信頼は得てますよ。でもそれと俺の命令を聞かないのは別の話でしょう?」
「大丈夫ですお母様。お兄様がリーディアお姉様を泣かせるような事があっても、わたくしがお姉様の味方になります」
それまで空気のような存在感だったエステルが鼻息荒く母に宣言する。
「まぁエステルもすっかりお姉さんになって母は頼もしいです。もしトゥーレがリーディアを泣かせたら、二人で姫の味方を致しましょう」
話の方向がどんどんトゥーレ不利へと代わっていく中、今夜のお茶会はお開きとなったのである。
カモフ中にリーディアが来春、正式に輿入れすることが発表されたのはその翌日のことである。その発表にサザンの街は祝福のムードに包まれ、やきもきしながら二人の進展を待っていた住民の顔には笑顔が溢れた。
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