都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
60 / 205
第二章 巨星堕つ

13 トゥーレ復活

しおりを挟む
 トゥーレがベッドから出ることができるようになったのは、それから五日後のことだ。

「何だこれ、身体が鉛のようだ!」

 立ち上がったものの一歩踏み出そうとしてふらついたトゥーレは、ユーリに支えられて何とか立っていることができる状態だ。彼が思っていた以上に身体が鈍っているようだった。
 動けない間に手足の筋力が落ち、ひと周りほっそりとなっていた。左腕はまだ動かすことができずに、三角巾で首から吊り下げている状態だ。

「それはそうでしょう。八日間もベッドの中にいたんですから」

「うん吃驚びっくりだ! こんなに動けなくなるとは思わなかった」

 それでも動くことができるのは嬉しいようで、右腕でバランスを取りながらふらふらと部屋の中を歩き回っていた。
 彼が目覚めてからこの五日、リーディアはセネイが宣言した通りに毎日トゥーレの元へと訪れていた。トゥーレも初日のように無理をすることもなく、疲れれば横になっていたがリーディアはそんなトゥーレに、お喋り以外にも水差しを口に運んだり、果物を切り分けたり、身体を拭いたりと側勤めが眉をひそめるのも気にすることなく甲斐甲斐しくトゥーレの世話を焼いたのだ。
 その甲斐あってか、トゥーレも順調に回復していったのである。

「随分と長い間お世話になってしまい、申し訳ございませんでした」

「気にすることはない。トゥーレ殿には一度ならず二度もリーディアを救って貰った恩がある。儂からすればトゥーレ殿はリーディアの守り神のような存在だ。もしこのフォレスでトゥーレ殿を邪険にする者がいれば遠慮なく言ってきてくれ」

 城の謁見の広間だ。
 跪くトゥーレの正面で、オリヤンが機嫌良さそうに笑いながら最大限の賛辞を彼に贈っていた。彼の左にはリーディアの母であるアデリナが座り、オリヤンを挟んで反対側には照れて顔を赤らめたリーディアが腰を下ろしていた。
 この日カモフ帰還のためオリヤンに挨拶をおこなっていた。
 トゥーレを挟むように彼の左右には、ダニエルやヨウコの他ウンダルの騎士がずらりと顔を揃え、言葉だけではなくトゥーレに最大限の礼で応えていた。
 トゥーレの後ろにはユーリやルーベルトが、緊張した顔を浮かべトゥーレと同じように跪いている。
 起き上がることが出来るようになってから十日、左腕はまだ吊ったままだが数日前からようやく軽い運動を始めていた。

「私はリーディアの婚約者として当たり前の行動をおこなったまででございます。ありがたいお言葉ですが、守り神は流石に荷が勝ちすぎているかと存じます」

「であるか? そこは誇っても罰は当たらんと思うがな。それよりもリーディアが毎日貴殿のところに行っていたとか。迷惑ではなかったか?」

「ちょっと、お父様!」

「こやつも婚約が決まれば少しは落ち着くかと思っておったが、なかなかどうしてじゃじゃ馬なところは少しも変わらぬ。トゥーレ殿、こんな娘で申し訳ないがこれでも大事な我が娘だ。儂は父親として貴殿がリーディアの婿で良かったと思っている。今後も末永くリーディアを守ってやって欲しい」

 オリヤンの言葉に騎士が居並ぶ広間にも関わらず、リーディアが思わず声を零すが彼はチラリと娘に目をやっただけでそのまま言葉を続けた。それは領主ではなく一人の父が娘の無事を喜ぶ感謝の言葉だった。

「勿体ないお言葉でございます。私トゥーレ・トルスターは約束の誓いを違えることなく、リーディアと共に在ることを改めて誓いましょう」

「期待しているぞ。今回はエリアスのせいで命の危険に晒し申し訳なかった」

 そう言うとアデリナとリーディアと三人で深く謝罪したのだった。
 同盟相手とはいえ成人して数年しか経っていない若者に、かつて王国最強と謳われた男が頭を下げたのだ。これには広間にいる一同が一斉に息を飲んだ。
 一部にはその行為に対して眉を顰める者もいたほどだ。今回はウンダル側の警備体制に落ち度があったとはいえ、領主が頭を下げるのはそれほど異例のことだったのである。

「儂も少し彼奴を甘く見ていた。今後の対策も含めて話し合う必要はあるが、まずは大事なく本当に良かった」

 今回の襲撃に対する護衛の死傷者は十三名と襲撃者の規模からすれば比較的軽微にすんでいた。
 相手が二〇〇名に対してこちらの戦闘員は五〇名程度だったのだ。結果だけ見れば大勝利だ。だが逃走中に主従はバラバラにされ、最終的にはトゥーレがリーディアを庇って負傷を負い、彼女がほぼ単騎での離脱を余儀なくされたのだ。
 結果ほど楽観していられる状態ではなかった。一歩間違えればトゥーレとリーディアの二人が討ち取られていたかも知れないのだ。オリヤンが安堵したのも無理は無かった。



 コツコツと暗く狭い螺旋階段に足音が反響していた。
 明かりは手にした頼りないランプしかなく、辛うじて足元の石段を照らすだけだ。男は螺旋状になった暗い回廊を伴も連れず一人で登っていた。
 やがて登る先に見えていた、小さな光が薄っすらと階段を照らすようになり、ランプがなくても足元の様子がわかるようになる。
 階段を登り切った先は鉄格子が嵌められた牢となっている。牢の上方に頼りない明り取り用の窓があり、そこから頼りない光がボンヤリと牢内を照らしていた。

「遅かったな?」

 男が牢の前に立つと同時に、格子の奥から声が聞こえてきた。
 暗くてよく見えないが、牢の奥の粗末なベッドに男が腰掛けているようだ。

「これでも急いだんです」

 意外にも若い男の声だ。男は奥に向かって言い訳のようにそう言うと、牢の鍵を開けた。

「時間がありません。早く」

「すまんな」

 感情が感じられない感謝の言葉を発すると、男は立ち上がりゆっくりと牢の外へ出る。牢から出てきたのは見上げるような巨体と赤い髪のエリアスだった。
 エリアスは男から外套と短剣を受け取ると装備を整える。

「私の屋敷に部屋を用意してます。不自由ですがしばらくそこに身を潜めていてください」

「わかった。すまんな」

 エリアスはもう一度同じ言葉を口にする。
 若干だが先ほどよりも感情が込められているように感じた。
 エリアスの準備が整うと、二人は音もなく暗い螺旋階段を降りて行った。



 この日、オリヤンの領主退任と新たに新領主としてダニエルが新たに就任することが発表された。
 またエリアスのクーデターの件は伏せられ、ガハラでの襲撃は夜盗の仕業として公表された。その際のトゥーレの活躍も大々的に発表され、幼い頃に続いて二度目となるリーディアを救った行為に、フォレスでの彼の名声は益々高まるのだった。

「やれやれだ」

「いいじゃないですか。こちらは都市伝説じゃなく本物ですよ?」

 肩をすくめるトゥーレを慰めるようにユーリが言う。少々顔がにやけているのは皮肉を含んでいるからだろう。
 発表を聞いた住民が大挙して城門前に押し寄せたため、仕方なく彼は城壁に姿を現したのだ。左肩を吊ったままの姿に住民はより感動を覚え、トゥーレに対する賛辞は止むことなく続いていた。

「トゥーレ殿に主役の座を完全に持っていかれましたな」

 新領主として同じように姿を見せていたダニエルがトゥーレに笑いかける。

「何というか、申し訳ない」

「仕方ありません。フォレスではリーディアの布教活動によってトゥーレ殿の知名度は抜群ですからね。それこそ私など足元にも及ばないほどです」

 リーディアが幼い頃、街でトゥーレのことを語っていたため、フォレスでは彼の名は広く知られ、それこそオリヤンに次ぐ知名度を得ていたのだ。

「そんなことは・・・・」

「気にしないでください。兄上の対抗馬として持ち上げられておりましたが、街では気さくなリーディアに対して私は少々地味で通っております。私とて領主となったからには父に負けぬよう執務に励む所存、見ていてくだされ」

 恐縮するトゥーレに対して自嘲するように笑うとダニエルは誓いを新たにするのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...