都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

13 トゥーレ復活

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 トゥーレがベッドから出ることができるようになったのは、それから五日後のことだ。

「何だこれ、身体が鉛のようだ!」

 立ち上がったものの一歩踏み出そうとしてふらついたトゥーレは、ユーリに支えられて何とか立っていることができる状態だ。彼が思っていた以上に身体が鈍っているようだった。
 動けない間に手足の筋力が落ち、ひと周りほっそりとなっていた。左腕はまだ動かすことができずに、三角巾で首から吊り下げている状態だ。

「それはそうでしょう。八日間もベッドの中にいたんですから」

「うん吃驚びっくりだ! こんなに動けなくなるとは思わなかった」

 それでも動くことができるのは嬉しいようで、右腕でバランスを取りながらふらふらと部屋の中を歩き回っていた。
 彼が目覚めてからこの五日、リーディアはセネイが宣言した通りに毎日トゥーレの元へと訪れていた。トゥーレも初日のように無理をすることもなく、疲れれば横になっていたがリーディアはそんなトゥーレに、お喋り以外にも水差しを口に運んだり、果物を切り分けたり、身体を拭いたりと側勤めが眉をひそめるのも気にすることなく甲斐甲斐しくトゥーレの世話を焼いたのだ。
 その甲斐あってか、トゥーレも順調に回復していったのである。

「随分と長い間お世話になってしまい、申し訳ございませんでした」

「気にすることはない。トゥーレ殿には一度ならず二度もリーディアを救って貰った恩がある。儂からすればトゥーレ殿はリーディアの守り神のような存在だ。もしこのフォレスでトゥーレ殿を邪険にする者がいれば遠慮なく言ってきてくれ」

 城の謁見の広間だ。
 跪くトゥーレの正面で、オリヤンが機嫌良さそうに笑いながら最大限の賛辞を彼に贈っていた。彼の左にはリーディアの母であるアデリナが座り、オリヤンを挟んで反対側には照れて顔を赤らめたリーディアが腰を下ろしていた。
 この日カモフ帰還のためオリヤンに挨拶をおこなっていた。
 トゥーレを挟むように彼の左右には、ダニエルやヨウコの他ウンダルの騎士がずらりと顔を揃え、言葉だけではなくトゥーレに最大限の礼で応えていた。
 トゥーレの後ろにはユーリやルーベルトが、緊張した顔を浮かべトゥーレと同じように跪いている。
 起き上がることが出来るようになってから十日、左腕はまだ吊ったままだが数日前からようやく軽い運動を始めていた。

「私はリーディアの婚約者として当たり前の行動をおこなったまででございます。ありがたいお言葉ですが、守り神は流石に荷が勝ちすぎているかと存じます」

「であるか? そこは誇っても罰は当たらんと思うがな。それよりもリーディアが毎日貴殿のところに行っていたとか。迷惑ではなかったか?」

「ちょっと、お父様!」

「こやつも婚約が決まれば少しは落ち着くかと思っておったが、なかなかどうしてじゃじゃ馬なところは少しも変わらぬ。トゥーレ殿、こんな娘で申し訳ないがこれでも大事な我が娘だ。儂は父親として貴殿がリーディアの婿で良かったと思っている。今後も末永くリーディアを守ってやって欲しい」

 オリヤンの言葉に騎士が居並ぶ広間にも関わらず、リーディアが思わず声を零すが彼はチラリと娘に目をやっただけでそのまま言葉を続けた。それは領主ではなく一人の父が娘の無事を喜ぶ感謝の言葉だった。

「勿体ないお言葉でございます。私トゥーレ・トルスターは約束の誓いを違えることなく、リーディアと共に在ることを改めて誓いましょう」

「期待しているぞ。今回はエリアスのせいで命の危険に晒し申し訳なかった」

 そう言うとアデリナとリーディアと三人で深く謝罪したのだった。
 同盟相手とはいえ成人して数年しか経っていない若者に、かつて王国最強と謳われた男が頭を下げたのだ。これには広間にいる一同が一斉に息を飲んだ。
 一部にはその行為に対して眉を顰める者もいたほどだ。今回はウンダル側の警備体制に落ち度があったとはいえ、領主が頭を下げるのはそれほど異例のことだったのである。

「儂も少し彼奴を甘く見ていた。今後の対策も含めて話し合う必要はあるが、まずは大事なく本当に良かった」

 今回の襲撃に対する護衛の死傷者は十三名と襲撃者の規模からすれば比較的軽微にすんでいた。
 相手が二〇〇名に対してこちらの戦闘員は五〇名程度だったのだ。結果だけ見れば大勝利だ。だが逃走中に主従はバラバラにされ、最終的にはトゥーレがリーディアを庇って負傷を負い、彼女がほぼ単騎での離脱を余儀なくされたのだ。
 結果ほど楽観していられる状態ではなかった。一歩間違えればトゥーレとリーディアの二人が討ち取られていたかも知れないのだ。オリヤンが安堵したのも無理は無かった。



 コツコツと暗く狭い螺旋階段に足音が反響していた。
 明かりは手にした頼りないランプしかなく、辛うじて足元の石段を照らすだけだ。男は螺旋状になった暗い回廊を伴も連れず一人で登っていた。
 やがて登る先に見えていた、小さな光が薄っすらと階段を照らすようになり、ランプがなくても足元の様子がわかるようになる。
 階段を登り切った先は鉄格子が嵌められた牢となっている。牢の上方に頼りない明り取り用の窓があり、そこから頼りない光がボンヤリと牢内を照らしていた。

「遅かったな?」

 男が牢の前に立つと同時に、格子の奥から声が聞こえてきた。
 暗くてよく見えないが、牢の奥の粗末なベッドに男が腰掛けているようだ。

「これでも急いだんです」

 意外にも若い男の声だ。男は奥に向かって言い訳のようにそう言うと、牢の鍵を開けた。

「時間がありません。早く」

「すまんな」

 感情が感じられない感謝の言葉を発すると、男は立ち上がりゆっくりと牢の外へ出る。牢から出てきたのは見上げるような巨体と赤い髪のエリアスだった。
 エリアスは男から外套と短剣を受け取ると装備を整える。

「私の屋敷に部屋を用意してます。不自由ですがしばらくそこに身を潜めていてください」

「わかった。すまんな」

 エリアスはもう一度同じ言葉を口にする。
 若干だが先ほどよりも感情が込められているように感じた。
 エリアスの準備が整うと、二人は音もなく暗い螺旋階段を降りて行った。



 この日、オリヤンの領主退任と新たに新領主としてダニエルが新たに就任することが発表された。
 またエリアスのクーデターの件は伏せられ、ガハラでの襲撃は夜盗の仕業として公表された。その際のトゥーレの活躍も大々的に発表され、幼い頃に続いて二度目となるリーディアを救った行為に、フォレスでの彼の名声は益々高まるのだった。

「やれやれだ」

「いいじゃないですか。こちらは都市伝説じゃなく本物ですよ?」

 肩をすくめるトゥーレを慰めるようにユーリが言う。少々顔がにやけているのは皮肉を含んでいるからだろう。
 発表を聞いた住民が大挙して城門前に押し寄せたため、仕方なく彼は城壁に姿を現したのだ。左肩を吊ったままの姿に住民はより感動を覚え、トゥーレに対する賛辞は止むことなく続いていた。

「トゥーレ殿に主役の座を完全に持っていかれましたな」

 新領主として同じように姿を見せていたダニエルがトゥーレに笑いかける。

「何というか、申し訳ない」

「仕方ありません。フォレスではリーディアの布教活動によってトゥーレ殿の知名度は抜群ですからね。それこそ私など足元にも及ばないほどです」

 リーディアが幼い頃、街でトゥーレのことを語っていたため、フォレスでは彼の名は広く知られ、それこそオリヤンに次ぐ知名度を得ていたのだ。

「そんなことは・・・・」

「気にしないでください。兄上の対抗馬として持ち上げられておりましたが、街では気さくなリーディアに対して私は少々地味で通っております。私とて領主となったからには父に負けぬよう執務に励む所存、見ていてくだされ」

 恐縮するトゥーレに対して自嘲するように笑うとダニエルは誓いを新たにするのだった。
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