猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
134 / 256

家族の秘密

しおりを挟む
 長浜城の僕の屋敷。そこではると暮らすようになって二ヶ月経つのだけど――

「はるさん。焦げていますよ」
「うん? ああ! すまない……これでいいか?」
「ええ。大丈夫です」

 かすみとはるは打ち解けているようだった。料理を教えているところを見ると、それなりの信頼関係を築けているようだった。
 しかし、晴太郎とはあまり上手くいっていないようだった。

「……なんだ。このめざし、焦げているじゃないですか」
「す、すまない。まだ上手くできなくて……」
「……ふん」

 朝食の際に小言を言うようになったのだ。

「晴太郎。作ってくれたものに対して文句を言うな」
「……はい。父さま」

 よく分からないけど、晴太郎ははるに対して敵意があるらしい。
 昔は優しい子だったのに、捻くれ者になってしまった。

「晴太郎。手馴れていないのは申し訳ないと思っているが、私に対して不満があるのなら、素直に言ってほしい」

 はるがとうとう思いを発露させたのは、この日の朝食のことだった。
 しかし怒っている訳ではなく、不思議そうな表情だった。

「志乃さんを慕っているのは分かるが――」
「軽々しく母の名を呼ばないでいただけませんか?」

 晴太郎も溜まっていた不満、張り詰めていた思いをはるにぶつける。

「俺はあなたを認める気はない。俺にとって、母さまは一人しか居ないのだから」
「しかし歩み寄りは必要だろう。雨竜家に嫁いだ身としては、少しでも仲良くしたい」
「余計なお世話です……」

 うーん。かなり拗れてしまったな。
 かすみはおろおろしながら兄と後妻を交互に見ている。

「止さないか。晴太郎、志乃のことを忘れろとは言わないが、志乃を理由にして意地悪をするのは卑怯だぞ?」
「父さまは――もうすっかりはるさんの味方なんですね」

 晴太郎は食事の途中で立ち上がった。

「どこに行く?」
「長浜城で虎之助さんたちと稽古してきます。かすみ、お前もついて来い」
「兄さま、ちょっと待ってください……」
「なら後から来い」

 晴太郎はそのまま何も言わずに外へ出て行ってしまった。
 晴太郎の御膳には焦げためざしが残された。

「はあ。すっかり嫌われてしまったな」

 悲しげに呟くはるに「あまり気にするな」と優しく言う。

「今日の夜、晴太郎と話してみるよ」
「……すまないな」

 謝ってばかりのはるの肩に手を置く。

「苦労をかけるね。かすみ、晴太郎に僕の部屋に夜来るように伝えてくれ」
「……うん。分かった」

 かすみも最近元気がない。晴太郎とはるの板ばさみになっているからだ。

「かすみも気を使わせてごめんな」
「いいの。なんだか兄さま変だから」
「うん? 何が変なんだ?」

 かすみは言おうか言うまいか迷っていたけど、結局言うことにしたみたいだ。

「最近、うなされているようなの」
「うなされている……?」
「うん。母さま、ごめんなさいって、繰り返し言っている」

 はるは「どういうことだ?」と僕に訊ねる。

「母親の死を目の当たりにしたのは聞いていたが、うなされるほどなのか?」
「…………」

 理由を知っている僕は、何も言えなかった。
 やはり向かい合うしかないのかもしれない。



「あ。雨竜さま。計算が終わったので確認願います」

 長浜城に登城して、仕事場に向かうとすっかり仕事に手馴れた増田長盛くんが、見積もりの紙を僕に提出してきた。
 三白眼で背丈もそれほど大きくない。しかし頭の回転と算術が優れているので、内政官にぴったりだった。

「もうできたのかい? 仕事が早いね」
「ありがとうございます。これも雨竜さまのお引き立てのおかげです」

 媚を売るような言い方だった。そこまで偉い人間ではないのだが。

「雲之介さん。私も計算終わりました」
「私もです」

 佐吉と桂松も仕事に慣れていた。子どもと言えども能力は高いので侮れない。

「おおそうか。浅野くん、確認を手伝ってくれ」
「分かりました。では二人の見積もりは私が確認しましょう」

 この様子だとこの三人も見積もりの確認のほうに回してもいいかもしれない。
 一向宗の門徒の中で算術の才がある者を登用して、内政官が増えてきたのもあるし。

「その前に、浅野くんと増田くん。こっちに来てくれないか?」

 僕は二人を別室へと呼び出した。
 怪訝そうな二人を座らせて「少し聞きたいことがある」と単刀直入に言う。

「一向宗門徒で、今は内政官として働いてる、弥八郎について、どう思う?」

 二人は顔を見合わせて、それから浅野くんが「可もなく不可もない人物だと思います」と答えた。

「私もそう思います。特筆すべき者ではないと思います」
「そうか……ではこれを見てほしい」

 僕はここ二ヶ月の弥八郎の働きをまとめた紙を二人に見せる。

「見積もりと異なるか否かで賞罰を与えているのだけど、どうも彼は意図的に調節しているような気がする」

 そう。合計すると浅野くんが言うとおり『可もなく不可もなく』だった。
 人間、どちらか偏るのだが、まったくの誤差も無い。

「確かに不自然ですなあ。これを計算でやっているとしたら相当な食わせ物ですが、もし真実なら我々の能力を超えています」

 増田くんの言葉に僕は頷いた。

「僕が雇っている忍びに探らせている途中だ。二人とも警戒しといてくれ」
「子飼いの二人には、なんと言いますか?」
「いや、二人には言わないでおく。特に佐吉は隠し事が苦手で疑うような目で見てしまう」

 浅野くんが「雨竜さま、もし弥八郎が何か企んでいるとしたら、どうしますか?」と訊ねる。

「内政官の処遇は僕に一任されているからね。事情によるけど、企んでいたとしたら、最悪は追放させるよ」
「殺さないと? 甘いお方ですね」

 増田くんに笑われたけど、これには意図があった。
 どんな企みでも露見するというのを他国に知らしめる必要があったのだ。



 その日の夜。僕は晴太郎を部屋に呼び出した。
 不満そうな顔で僕の前に座る。

「はるさんのことなら、妥協する気はありません」

 開口一番にそう言われてしまったら、何も言えない。
 僕は深い溜息を吐いた。

「……最近、うなされているようだが、大丈夫なのか?」

 思わぬ言葉だったのだろう。晴太郎は激しく動揺した。

「誰から――くそ、かすみか!」
「志乃の死を思い出しているんだろう?」

 晴太郎は何も言わなくなった。
 僕は優しく話しかける。

「僕はね、晴太郎。お前のことを愛している。もちろん、かすみやはる、そして志乃のことも愛している。守らないといけないと思っている。だから、できる限り仲良くしてほしいんだ」
「…………」
「わだかまりをいきなり無くすのは難しい。だけど少しでも歩み寄ることは必要だと思う」

 すると、晴太郎は顔を伏せながら笑い出した。

「ふふふ。俺は愛される資格なんてないですよ」
「子どもを愛するのに資格など要らない」
「綺麗事です。父さまは――俺がやったことを知らないんだ」

 自らの口で言うのだろうか。僕は思わず身構えた。

「父さまは、母さまが死んだときのことを知らないでしょう? だから簡単に愛するとか言えるんだ――ふざけるのもいい加減にしろよ!」

 唐突に立ち上がり、晴太郎は僕に怒鳴った。

「もしも真実を知れば、そんなことを言えるわけが無い!」
「……僕は、晴太郎、お前が何をしても愛しているよ」
「だから、綺麗事を言うな!」

 晴太郎は、部屋の外まで聞こえるような大声で言った。

「母さまを殺したのは――俺なんだ!」

 ああ、言ってしまった。
 僕は目を閉じて、志乃のことを思い出して、それから言った。

「ああ。知っていたよ」

 僕の言葉に、晴太郎は全身を震わせた。そして衝撃のあまり、二歩ほど後ずさった。

「し、知っていた……? い、いつから――」
「比叡山の焼き討ちの前にね。その証拠に、唆した僧侶からこれを取り戻した」

 僕は懐から、水晶を取り出して、見せた。
 晴太郎はへなへなとその場に座り込んでしまった。

「な、なんで、知っていたのに、こんな俺を、愛せるんだ……?」
「あれは――悪くないだろう、お前は。あの状況では仕方ないことだ――」

 そこまで言った瞬間、がたんと部屋の外で音が鳴った。
 僕は素早く立ち上がって。障子を開いた。

 かすみが蒼白になって、座り込んでいた。

「どういうこと……? 兄さまが、母さまを殺したって……」

 晴太郎はまるで世界が崩れたような絶望の表情になった。

「嘘でしょ……どうして……」
「かすみ、落ち着くんだ。晴太郎は――」
「父さまは黙ってて! ねえ、兄さま、嘘でしょう!?」

 かすみの問いに晴太郎は何も言わず、俯いてしまう。

「否定、しないの……?」
「…………」
「――どうしてなの!?」

 晴太郎に近づいて、胸元を掴んで激しく揺さぶるかすみ。

「なんで母さまを殺したの!? ねえ、どうして――」
「やめろかすみ! 責めるな!」

 思わず怒鳴ってしまった。
 今度はかすみが僕を睨みつける。

「父さまもどうして、知っていたはずなのに、黙ってたの!?」
「それは――」
「もういや! 信じられない!」

 かすみの目から大粒の涙が溢れる。

「父さまも兄さまも嫌い! もう、大嫌い!」

 かすみが部屋から出ようとする――

「――待ちなさい。かすみ」

 それを止めたのは、いつの間にか居たはるだった。
 はるはかすみを抱きしめた。

「放してよ! もうこんな家、居たくない!」
「……二人の話を聞きなさい。そうしなければ、後悔することになる」

 はるは僕を真剣な目で見つめた。

「雲之介殿、言ってあげてください」
「はる……」
「あなたの言葉で、言ってあげて」

 僕は深呼吸して、それから語り始めた。

「志乃が死んだのは――」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。 今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。 義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」 領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。 信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」 信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。 かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...