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最後の修学旅行 第一夜

一番得意な武器

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 サービスエリアを出て、再び高速道路を走るバスの中で、風太は修学旅行のしおりをバッと広げた。
 
 (1日目は6年2組での集団行動。博物館に行って、神宮やお寺をめぐって、偉そうなおっさんの講演会を聞くだけ。ずっと先生の近くにいれば、蘇夜花たちも手出しはできないハズだ)
 
 行程表をなぞっていく。

 (2日目は班での活動。街を散策する。おれの班のメンバーは、蘇夜花ソヨカ五十鈴イスズ真実香マミカカイ牟田ムタ。この日は危険だな。充分に警戒しよう)
 
 赤ペンで印をつける。

 (3日目は自由行動のテーマパークか。パーク内では、1組や3組のやつらとも行動できる。記念写真を撮るなら、ここで美晴や雪乃あたりを捕まえて、一緒に……)

 と、ここまできて、赤ペンの動きが止まった。

 (雪乃……)

 雪乃を想い、窓を見つめる。
 何度見ても、そこに映るのは美晴。写真を撮っても、「美晴と雪乃」という二人の少女が並んでいる写真が撮れるだけだろう。
 一生残る修学旅行の記憶アルバムに、「風太と雪乃」として映りたい。その気持ちは確かにあったが、現状それを叶えるのは不可能だということも分かっていた。だからせめて、修学旅行の間に、雪乃と二人で話す時間を作りたいと、風太は願っていた。
 
 (そういえば、最後に雪乃と話したのは、いつだっけ……)

 遠い昔のことのように感じた。

 (会いたいな。おれが風太じゃなくてもいいから。くだらない話をしながら、昔みたいに並んで歩いて、それで……)

 * *

 それからしばらくして、バスは山の上にある博物館に到着した。博物館には、主に土器や石器などが展示されており、この近辺にあった遺跡についての解説が添えられていた。

 (よし。なるべく先生の近くに立っていよう)
  
 さりげなく、6年2組担任の陣野ジンノ先生のそばに寄る。先生を中心とした半径数メートルにはバリアが張られている、というイメージを風太は脳内で作った。
 どうやらそのバリアは効果があったらしく、博物館内学習→遺跡見学→登山→昼食→下山→山内神社仏閣見学→寺院内での体験に至るまでの、すべてのスケジュールを、風太は問題なく終えることができた。あとは、文化ホールに移動して、偉そうなおっさん(自己啓発セミナーの講師)による1時間ほどの講演を聞けば、一日目は終了となる。
 
 (ずっと独りだったけど……あんまり寂しくはなかったな。誰かのために写真を撮ってると、その人と一緒に観光してるみたいな気分になるんだな)

 一枚写真を撮るたび、美晴のお母さんの姿が頭に浮かんだ。「すてきな写真ね。どうして美晴は、この写真を撮ろうと思ったの?」と、こちらが写真に込めた想いを、一つ一つ丁寧に聞きほぐそうとしてくれている。
 本当の娘ではないものの、風太は美晴のお母さんの微笑ほほえむ顔を想像して、嬉しくなっていた。

 (ありがとう、美晴のお母さん。美晴のこと、大切にしてくれて)

 風太は瞳を閉じて、まぎれもない母の愛を感じていた。それはもう、心が震えるほどに。
 そして現在、文化ホールで講演会をしている偉そうなおっさんは、一番前に座っている女の子(戸木田美晴とかいうやつ)が自分のトークを聞いて感動してくれているのだと思い、一層気分よく講演をした。

 * * *

 そして、月野内小学校6年生様ご一行を乗せたバスは、宿泊先であるグランドホテルに到着した。6年生たちは、割り振られた自分の部屋に荷物を置いた後、ホテル1階から通ずる「オリエンタルホール」という名前の別棟べっとうに全員集合した。

 (天井に描かれたでっかい龍、ぐるぐる回る真っ赤なテーブル、飾りつけは金ピカで、壁には笹とパンダの絵……。ちゅ、中華だ……! 今日の夜ごはんは、絶対に中華料理だ!)

 風太の予想通り、この「オリエンタルホール」は、団体客向けの中華レストランである。ギョウザやチャーハンはもちろん、春巻、エビチリ、麻婆豆腐や上海ガニなど、子供たちの胃袋が大満足するようなコース料理が楽しめる。

 「「「いただきまーす!」」」
 
 班ごとに、6人で中華テーブルを囲んでの夕食となった。蘇夜花ソヨカ五十鈴イスズ真実香マミカとおしゃべりしながら楽しく、カイは近くのテーブルの男子たちとゲラゲラ笑いながら楽しく、『美晴フウタ』と牟田ムタは誰かと話すことなく黙々と、食事を進めている。

 「どんどん運ばれてくるよー! 五十鈴、どの料理から食べる?」
 「そうね。まずはワンタンスープからいただくわ。真実香」

 テーブルの上では、自然に上流と下流ができていた。運ばれてきた料理はまず、蘇夜花、五十鈴、真実香が食べ、三人が食べなかったり小皿に取り終わったりした料理は、回転するテーブルに乗せられ、牟田や『美晴』の元へと届く。

 「蘇夜花、どうしたの? さっきからカニやエビチリが載った皿を見つめて」
 「……わたし、甲殻類こうかくるいアレルギーでさ。珍しい料理だから食べてみたいんだけど、やっぱり食べない方がいいよね。ちょっぴり残念」
 「あら、そうなの? じゃあ、わたしたちだけ食べるのも悪いわね」
 
 そんな流れで、下流には上海ガニとエビチリがやってきた。麻婆豆腐を食べ終わった風太は、次の料理を求めて、そのカニとエビの皿に視線を送った。
 
 (うわっ、カニだ! どうやって食べればいいんだろう。このカニ)

 食卓に並ぶ上海ガニ。これも旅行の思い出だ。
 本当は写真を撮って美晴のお母さんにも見せたかったが、目立つ行動をして蘇夜花たちに目をつけられると厄介なので、風太はカメラを取り出せずにいた。しかたなく、独りでカニを食べる。

 (ん、うまい。甘酸っぱいタレと合うな。食べるのがちょっとめんどくさいけど)

 続いて、エビチリを小皿にとって堪能すると、『美晴』の小さな胃袋はすぐに満杯になってしまった。

 (ふぅ。おなかいっぱいだ。珍しい料理を食べられてよかったな)

 ぽんと、軽くお腹を叩く。
 『美晴』の食べっぷりを見て影響を受けたのか、残ったカニやエビは牟田がガツガツとすべて食べつくした。甘酸っぱいタレや、甘酸っぱいチリソースに、しっかりと浸して。
 
 その二人の様子を、蘇夜花は春巻きを食べながら嬉しそうに見守っていた。

 「その料理にもエビが入ってるわよ、蘇夜花」
 「大丈夫だよ、五十鈴ちゃん。アレルギーはもう治ったみたいだから」
 「まったく、こんな芝居なんてする意味……」

 * * *

 PM8:00。

 「えーっと……『就寝・消灯は……9時00分……。それまでは……自由時間……ですが……入浴をすませておくこと……』か……」

 オリエンタルホールでの食事を終え、風太は自分の部屋へと戻ってきた。
 もちろん、今の風太は『美晴』なので、「自分の部屋」とは6年1組男子の部屋ではなく、6年2組女子の部屋のことである。割り振られた部屋は広めの和室で、『美晴』と同じ班である蘇夜花や五十鈴を含めた、7人の女子がこの部屋を使用する。

 「そのハズ……なんだけど……」

  部屋のすみっこの畳の上。風太はそこを自分のエリアに決め、布団を敷いた。そして、部屋着へやぎの代わりに持ってきた体操服に着替え終わった時、あることに気がついた。

 「あれ……? 誰も……部屋に……戻ってこない……な……?」

 今、部屋にいるのは風太だけ。他に誰もいない。
 不自然なくらいのしずけさがただよう。

 「別に……戻ってきて……ほしくは……ないけど……。みんなで……風呂にでも……行ってるのかな…….?」

 物憂ものうげな表情で、視線を少し降ろす。
 
 「風呂……」

 このホテルの1階には、大浴場がある。露天風呂はもちろん、サウナ、電気風呂、ジャグジーバス、打たせ湯など、バラエティー豊かな設備があり、子どもでも楽しめるような作りになっている。が……。

 「分かってる……よ……。雪乃……。おれは……女湯には……入らない……」

  去年の修学旅行のとき、風太は雪乃と約束をした。「本当に傷つく子もいるから、風太くんは絶対にあんなこと(女湯に侵入)しないでね」という、熱のこもった約束を。男子に裸体らたいを見られることで、心に深い傷を負う女子がいる。
 二瀬風太は、間違いなく男子だ(と、風太自身は思っている)。たとえ体が変わっても、その約束は変わらない。

 「おれは……男だからな……。女湯に……用はない……! それに……、これも……あんまり……他人に……見せたくないし……」
 
 左手のひらを、自身の腹部に添える。
 火傷の痕。変色した皮膚。かつて美晴が負った、消えることのない傷。

 「この体に……もう傷は残さない……。心も……体も……きれいな美晴で……いさせてやる……」

 雪乃、美晴、そして安樹。風太が大切にしたいと思う女の子は、今は三人いる。

 「うわ……。女子のこと……ばっかり考えるのって……なんか……ダサいな……! やめた……やめた……! 別のこと……考えよう……! もっと……かっこいいことを……考えよう……!」

 急に恥ずかしくなって、考えることをやめた。

 「あ、そうだ……。風呂なら……たしか……この部屋にもついてる……な。広くはないけど……」

 風太は大浴場に行かず、女子部屋の浴室にあるシャワーで汗を流すことを選んだ。大浴場での入浴は強制ではないので、問題はない。

 「よし……。さっさと……シャワーを……浴びて……、寝る前に……おみやげでも……見に行くか……!」

 ホテル1階には、みやげ物屋がある。シャワーを済ませたら、そこに行って美晴のお母さんや安樹へのおみやげを買いにいく。風太はそんな予定を立てていた。
 しかし……。

 「ん……?」

 突然、ガチャリと音を立て、部屋の扉が開いた。そして、誰かが部屋に入ってきた。

 「お、男っ……!?」

 入ってきたのは、一人の少年。あきらかに、この6年2組女子の部屋の宿泊者ではない、男子生徒である。右手には、なにやら木の棒のような物を持っている。

 「……!?」

 ガンッ!!

 少年は木の棒を振り上げ、豪快に振り下ろした。
 直撃を受けたのは、風太の頭。訳も分からないまま殴られ、いきなりのことで声を上げることもできずに、風太は畳の上にドサッと倒れこんだ。

 * * *

 一方、風太が行く予定だったみやげ物屋には、すでに蘇夜花と五十鈴が来ていた。

 「お母様かあさまへのおみやげは、温泉まんじゅうにしようっと。日本のくりまんじゅうとか好きそうだし。あの人」
 「お母様? それって、蘇夜花のお母さんのこと?」
 「え? ……まあ、それに近い感じかな。五十鈴ちゃんは何にするの?」
 「そうね。わたしはこの、クリスタルのオブジェにしようかしら」

 店内を歩き、おみやげを物色ぶっしょくする。
 クリスタルのオブジェ、おまんじゅう詰め合わせ、龍のキーホルダー、ホテルの名前が入ったタオル、限定品のインスタントラーメン……。そして、一つの商品が五十鈴の目に止まった。

 「木刀ぼくとう?」
 「ああ、それね! キモムタくんがさっき買ってたよ。武器にするって」
 「武器……。これで美晴を叩こうってわけ? 物騒な話ね」
 「だよねー。わたしも『木刀はやめといた方がいいよ』って忠告したのに、キモムタくんは持っていっちゃった」
 「あら、意外ね。蘇夜花が止めるなんて」
 「使い慣れていない物、普段触れる機会のない物を近接武器にするのは、それなりにリスクがあるから。わたしのオススメアイテムは……こっち」

 蘇夜花は右手に持った商品カゴのなかをゴソゴソとあさり、温泉まんじゅうの下に置いてある商品を一つ、取り出した。

 「……!」

 なわとび。
 どこにでも売っている、ごく一般的なプラスチック製のもの。値段は100円くらい。

 「五十鈴ちゃんは、なわとび得意?」
 「まあまあね。体育の授業でやる分には問題ない程度」
 「そっか。わたしはね、なわとび得意なんだ」
 「それは……『二重跳にじゅうとび』や、『はやぶさ』、『つばめ』などの技が得意って意味?」
 「それも得意だけど、も、だよ。わたし、蹴ったり殴ったりは苦手だけど、吊ったり縛ったりは得意!」
 「あら……。じゃあ、いじめられっ子は、あなたに吊られたり縛られたりするのかしら?」
 
  五十鈴の問いかけに対し、蘇夜花はまん丸な瞳を少しだけ細めて、静かに答えた。

 「美晴ちゃんに殴り飛ばされてから、深く反省したんだよ。わたしは何をやってたんだろうって。ここから先は……わたしも本気でやる」
 
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