上 下
142 / 145
最後の修学旅行 第一夜

なわとびの裏技

しおりを挟む

 * * *

 「ってて……! いきなり……かよ……!」

 風太は目を覚まし、ズキズキと痛む頭部をさすろうとした。しかし、それはできなかった。
 体の後ろで、両手が縛られている。拘束具は、おそらくホテルの部屋に置いてあったタオルだ。
 
 「フンッ……! こんなもの……意味ないぞ……! おれを……ナメるなよ……!」

 オスの本能による、攻撃性や破壊衝動。それは身体が女であっても、精神が少しでも男であれば働く。
 あっさりと、風太は力ずくで拘束を解いた。タオルはパサッと畳に落ち、風太の両手は自由になった。

 「お前か……。キモムタ……!」

 犯人は牟田ムタ。通称「キモムタ」だった。
 そいつは今、右手に木刀を持ち、風太の目の前に立っている。しかし、普段とは少し様子が違うようで、風太もその異変に気がついた。

 「どうした……? 顔が……赤いぞ……」
 「フーッ……! フーッ……!」

 目をギラギラと光らせ、鼻息はやけに荒い。まるで赤い布を前にした闘牛のような興奮状態だ。
 そして、風太の言葉も牟田の耳には届いていないようだった。

 「フンガッ!!」

 大きな鼻息と共に、再び牟田が襲いかかってきた。
 動きはかなり単調で、ただ木刀でこちらを叩き潰そうとするだけ。避け続けることも容易たやすいが、あまり振り回されると部屋がめちゃくちゃになりそうなので、風太はその木刀を受け止めることにした。

 「お前は……一度……おれに……負けてるだろ……。武器を持っても……結果は同じだ……。お前じゃ……おれには……勝てない……!」

 美晴と牟田の身体能力は、ほぼ同じくらい。精神が風太である分、今は『美晴』の方が強い。それは以前の結果から分かっていた。
 しかし、誤算が生じる。

 「ん……!?」

 自分へと振り下ろされた木刀を、ガッと掴む風太。このまま武器を奪うことができる……と思いきや、何故か木刀の勢いは全く止まらず、風太は強引になぎ倒されてしまった。
 
 (ちから負けした……? おれが、こいつにっ!? そんな、まさかっ!)

 風太も男だが、牟田も男。オスの本能による攻撃性や破壊衝動をパワーに変換するのは、体が女である風太よりも牟田のほうが得意だ。つまり、牟田は興奮状態に身をゆだねることで、男のパワーを十二分じゅうにぶんに引き出している。

 「フーッ……!! フウゥーッ……!!」
 「これは……ちょっとマズいな……」

 * * *

 「『アマガワ』ねぇ……。この画面に映る、美晴ちゃんとキモムタくんが、織姫と彦星ってこと?」
 「そうそう。一年に一回、修学旅行の夜にだけ愛し合える二人。ロマンチックじゃない?」

 広めの和室。こちらは6年2組男子の部屋である。
 蘇夜花や五十鈴、真実香などのいつものメンバーは、この部屋に集合していた。身を寄せ合いながら、一つのスマホ画面に注目している。
 
 「リモート機能で、女子部屋の様子を生中継してるのね。今回の刑は、録画していないの?」
 「録画はもうやめたんだ。LIVEだから見るなら今のうちだよ、みんな」

 女子たちの後ろで、男子たちはジュースで乾杯しながら、ポップコーンなどのお菓子を食べていた。彼らは、この余興よきょうの観客であり、部屋の外の見張り役でもある。

 「先生が来る気配はねェな」
 「1階で大浴場付近の見回りをしてるんだろうよ。1組と3組のやつらは、みんな風呂に行ってるし」
 「それより、どっちが勝つかけねェか? 美晴かキモムタか」
 「おれはキモムタに賭ける。さすがに女子には負けないだろ」

 美晴vs牟田。いじめられっ子同士の一戦に、男子たちのお菓子が賭けられ始めた。
 まるで公営ギャンブル。酒を飲みながら観戦するおっさんのような男子たちの態度に、五十鈴は少し呆れていた。

 「男子は好きよね、こういうの。蘇夜花がやりたかったことは、これなの?」
 「そうだね。目的の一部ではあるかも」
 「へぇ……。じゃあ、蘇夜花も賭けてみる? 美晴と牟田くん、どっちが勝利するか」
 「あはは、そんなの決まってるよ」

 そう言うと、蘇夜花は結んだなわとびを持って立ち上がった。そして、五十鈴だけに小さく手招てまねきをして、男子部屋の外に出た。

 「美晴ちゃんが勝つ。だから……今から勝利者インタビューしに行こうよ。五十鈴ちゃん」
  
 * * *

 「フガーッ! フガァッ!」
 「やめろっ……! おれの……荷物に……触るな……!」

 美晴の下着などが入ったバッグに触れようとした牟田を、風太は右足の蹴りで吹き飛ばした。きれいにヒットした蹴りではあったが、牟田はあまりダメージを受けたような反応を見せなかった。

 「はぁ、はぁ……。興奮しすぎて……痛みすら感じない……のか……。いったい……何があったら……こんな状態に……なるんだよ……」

 回避、パンチ、キック。すべての動作に体力を消費する。美晴の体で戦える時間は、そう長くない。風太が望んでいるのは、短期決戦。

 「せめて……こっちにも……武器があれば……」

 牟田が持つ木刀も、厄介さに拍車をかけている。もう一度、あのかたい棒で思い切り叩かれたら、立っていられる自信はない。回避は簡単だが、それも長くは続けられない。

 「なんでもいい……。何か……武器……」

 風太は部屋を見回し、牟田の木刀に対抗できそうなものを探した。

 「そうだ……! あれを……使って……」

 目が止まった。テレビのそば、机の上。
 それは、武器とは言いがたいが、上手く使えば武器以上に効果を得られそうなものだった。

 「よ、よーし……!」
 
 風太は狙いを定めた。
 牟田は木刀を大きく振りかぶり、こちらに襲いかかってきた。
 
 「フゴォッ!!」

 回避。攻撃は当たらない。
 そして、次の攻撃が来るまでの間に、風太は机の上にある、電気ポットへと走った。

 「出てこい……! お湯っ……!」

 本来ならお湯を作るためのもの。一般的なものなので、使い方は風太でも分かる。
 ポットに湯飲みを添え、ポチっと給水ボタンを押す。するとピッと音がして、高温の液体が湯飲みに注がれた。

 「あれ……? こ、これ……お湯か……?」

 ポットから出てきたのは、透明な水……ではなかった。高温の液体ではあるものの、少し茶色くにごっている。ほんのりと、甘い臭いもする。

 「まあ……いいや……。これでも……らえっ……!」

 しかし、飲むわけではないので、熱湯であればなんでもよかった。風太はポットから湯飲みに注いだ液体を、振り向きざまに牟田へとぶっかけた。

  「ぶひゃあっ!? あ、ああ、あついっ!!」
 
 バシャッ。
 湯飲み一杯分。たいした量の熱湯ではないが、牟田をびっくりさせることには成功した。風太の狙いどおり、牟田の手から木刀が落ちた。

 「借りるぞっ……!」

 風太はすぐに木刀を拾い、低い姿勢を維持いじしたまま、牟田の両足のスネを真横から斬った。

 「おぎゃあっ!? 痛゛だぁっ!!」
 
 スパンと一撃。この部位は誰しもが弱点である。
 牟田はバランスを崩し、たたみに膝をついた。しばらくは立つことができないであろうそいつの目の前には、再び木刀を構えた風太が立っている。

 「お前は……美晴を……ナメすぎ……だ……。もう一度……教えてやる……。美晴は……お前なんかに……負けないっ……!!!」
  「フゴッ!? まま、ま待てっ!! ぼぼぼぼくは、あのキャンデ」
 
 ドカッ! バキッ! ボコッ!

 *
 
  勝利。

 「これが……今回の……『刑』か……? たいしたこと……ないな……。蘇夜花なんて……全然……たいしたこと……ないぞ……、美晴……」

 口から出るのは、カッコつけたセリフ。しかし、体はもうフラフラで、まっすぐ歩くことができない。

 「はぁ……はぁ……。ちょっと……休憩きゅうけい……」

 牟田から奪った木刀をつえ代わりにして、老人のように腰を丸める。まるでおじいさんみたいだ、と風太は自分のポーズに対して思っているが、見た目は完全におばあさんである。

 「こいつ……どうなるのかな……。この後……」

 風太はチラッと、現在の牟田へ視線を送った。
 気を失って倒れている。客観的事実は、「修学旅行の夜、興奮して女子部屋に入ってきた男子を、女子が撃退した」。この現場を、もし先生が発見したとしても、イジメかどうかの話にはならないかもしれないが、牟田は何かしらの罰を受けるだろう。

 「へへっ……。楽しいな……修学旅行は……。カメラで……記念撮影でも……したい……気分だぜ……」

 するり。

 「ん……?」

 する、する、するり。

 「え……? なんだ……これ……」

 木を登るヘビのように。一本の「なわとび」が、風太の杖である木刀に、するりするりと巻き付いてきた。

 「な、なわとびっ……!? わぁっ……!?」

 そして、なわとびは風太の木刀を奪い取った。いきなり自重じじゅうの支えを失い、風太はドテッと手前に転んだ。

 「『うらせん縄跳なわとび技法ぎほうしち”』」

 畳の上に倒れこんで、顔を上げた風太の目の前に、そいつがいた。

 「蘇夜花……!」
 「……」

 なわとびをあやつって風太を転ばせたのは、紛れもなく蘇夜花だ。風太から奪った木刀を、蘇夜花は自分の手で触りもせずに、後ろにいる五十鈴へと渡した。
 
 「どうするの? この木刀」
 「どこかに捨ててきて。キモムタくんの汗とかついてそうだし」

 五十鈴は木刀を受け取り、何も言わずに部屋を出た。
 部屋に残ったのは、蘇夜花と『美晴』の二人だけ。

 「ってことは……チャンスだろ……、この状況……。誰にも……邪魔されずに……、もう一度……お前を……」

 蘇夜花が五十鈴とやり取りをしている間に、風太は立ち上がっていた。そして、すでにパンチを打ち込める体勢を作っていた。

 「ブッ飛ばせるんだからな……!!」

 その一撃に、ためらいはない。

 「ああ……そうだった。この動き、このこぶし。わたしを殴り飛ばしたのは、これだね」

 すかっ。
 勢いのある風太のパンチは、残念ながら蘇夜花の腹には当たらなかった。完全に見切られ、最小の動きで回避されてしまっている。
 さらに風太の右手には、するするとなわとびが巻き付いてきた。

 「『うらせん縄跳なわとび技法ぎほう』……」
 「うわっ……! また何か来るっ……!!」

 着物のおびのように巻き付き、胴と一緒に右手と左手を縛り付ける技。

 「『“蛇帯じゃたい”』」

 ギュッと結べば、もう両手は使えない。タオルのときのように、力ずくで解けるような甘い拘束ではない。
 勢い余って、風太はおなかからベシャッと着地した。

 「ぐえぇっ……!」

 そして、倒れた風太の背中の上に、蘇夜花のお尻が置かれた。どちらの方が立場が上か決定したところで、風太の背中に乗った蘇夜花は、静かに口を開いた。

 「復讐をしに来たよ。美晴ちゃん」

 *

 美晴の体では、女子一人の体重を支えることすら辛い。
 肺が圧迫され、どんどん呼吸しにくくなる。

 「はぁ、はぁ……。ケホッ! ケホッ!」
 「苦しそうだね、美晴ちゃん」
 「ゲホゲホ……。教えろ……よ……」
 「え?」
 「さっきの……なわとびを……ヘビみたいに……動かすやつ……おれにも……教えろよ……。『二重跳び』や……『はやぶさ』みたいに……練習して……できるようになってやる……」
 
 風太もなわとびは好きで、得意だった。体育の授業で配られる「なわとび練習表」は、レベル5の技までクリアした。
 
 「ああ、『なわとびの裏技』ね。わたしは友達から教わったんだ。今度紹介してあげよっか」
 「お前の……友達か……。あんまり……会いたいとは……思わないな……」
 「あなたと同じくらい、あの子も不思議ふしぎちゃんでね。……まあ、その話はいいや。美晴ちゃんと話したいのは、そんなことじゃない」
 
 風太と蘇夜花。
 話題はもちろん、あの時のこと。

 「いろんな計画が……本当にいろんな計画がね、あったの。いろんな『刑』をデザインして、しっかり準備もしてた。実を言うと、月野内小学校を去るタイミングまで考えてた。……でも、あなたに殴られた後、全て潰した。だって、何をやっても、失敗する気しかしなかったから」
 「……」
 「全部、狂ったんだよ……。『アマガワ』なんてやる気はなかったし、縄跳技法なんて技も使いたくなかったし。これからわたしは、大幅に変更したルートへと進む」
 「ざまーみろ……」
 「ざまー見たよ。本当にね。ああ、もう……やるしかないのかな。やるしかないんだろうね。『刑』、もっとやりたかったのにな。あはは、はは……」
 「何を……一人で……笑ってるんだ……。お前……」
 「美晴ちゃん、一つ聞いていいかな? 一つだけ、質問させて」
 「な、なんだよ……! てっ……!」
  
 『美晴』の後ろ髪をグイッと引っ張り、耳を自分の近くに寄せてから、蘇夜花はとても小さな声で言った。

 「あなた、美晴ちゃんじゃないよね?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...