おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十五章:最後の修学旅行 第一夜

ある少女のその後

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 *

 「バスケットボールが、つまらない」

 バスケットボール全国大会、小学校低学年の部。
 優勝チームのキャプテンである三年生の「彼女」は、表彰台の上で、黄金に輝くトロフィーを抱え、自分に向けられたマイクに向かって、そう言った。
 
 *

 「……」

 天式あましき理不羅リブラ
 今、公園にあるバスケットボールのコートに寝転がって、地面にある小石をぼんやり眺めている、「彼女」の名前。

 「つまらない」

 全国大会優勝から、一日後。今日、理不羅は日課であるバスケットボールの自主練習をしなかった。その理由は、やる気が全く湧いて来なかったから。
 
 「最初は面白かったのに」

 バスケットボールが楽しかったころを、思い出そうとする。やる気に満ち溢れていたころを、思い出そうとする。日々バスケットボールが上手くなっていく、目をキラキラ輝かせていた、幼いころの自分を……。
 
 「隣にいたのに」

 幼い理不羅の隣には、いた。オシャレなミュージックビデオとかでよくある、黒いクレヨンで顔をぐちゃぐちゃに塗りつぶされた、一人の男の子。今はもういないが、その時はその男の子がいて、バスケットボールが確実に楽しかった。
 
 「どこに行ったの?」

 幼い理不羅は、バスケットボールの練習をしながら、待っていた。毎日、毎日、いつかは戻ってくると信じて、待っていた。しかし、どれだけ待っていても、その男の子は、理不羅の隣には帰ってこなかった。

 「どうして消えちゃったの?」

 今となっては、理由もあまり覚えていない。ケンカをしたような気もするし、していないような気もする。理不羅はずっと一緒にいたいと思っていたが、その男の子は、理不羅の隣から消えてしまった。

 「あの日から、何をやっても、どこへ行っても、つまらない」

 一粒の涙が、ほっぺたを滑り落ちる。
 しかし、その涙には気持ちが入っていないので、表情は全く変わらない。
 
 「もう一度、会いたい。風太くんに」
 
 *

 「ふっふーん♪」

 珍しく、鼻歌なんて歌いながら。公園からの帰り道を、陽気に歩く。今の理不羅の目的地は、もちろん「風太くん」の家。
 ちなみに、小学校にはしばらく行っていない。バスケットボールが体育の時にしかできないから、という理由で。

 「風太くんのお家、どこかな?」
 
 どこにあるかは分からない。でも、日本にある全ての家を一軒一軒回って、インターホンを押して「風太くんの家はここですか?」と聞けば、いつかは正解に辿り着ける。「おう、リブラか。久しぶりだな」って、『風太くん』はひょっこり顔を出して言ってくれる。

 「ふふっ、楽しみ」

 そう考えた理不羅は、わくわくして、ドキドキしていた。
 ネットからバスケットボールを取り出して、指でくるくると回す。「こんなこともできるようになったよ」って『風太くん』に見せたら、「すごいなぁ、リブラは」と、きっと褒めてくれるはずだ。

 「すごいね、お嬢ちゃん」
 「え? だれ?」

 突然現れたのは、『風太くん』ではなく、知らないおじさんだった。
 車の窓から顔を出した知らないおじさんが、理不羅を褒めた。理不羅は、あんまり嬉しくなかった。

 「おじさんに褒められても、嬉しくない」
 「なんだと! おじさんをバカにするな!」
 「だって、風太くんに褒めてほしいんだもん」
 「うるせぇ! こっちに来いっ!!」

 理不羅は腕を引っ張られ、知らないおじさんが乗っている車に連れ込まれた。そして、腕と足を縛られ、口にガムテープを貼られた。

 *

 少女誘拐バラバラ殺人事件。突然理不羅をさらったおじさんは、その指名手配犯だった。スポーツをしている少女の手足が好きで、おじさんはそれをキレイに切り取って集めているらしい。

 「ここで大人しくしてろ。もし変な気を起こしたら、お前を最初に殺すからな」

 真っ暗な地下の倉庫に、理不羅はポイッと放り込まれた。
 きょろきょろと辺りを見回すと、倉庫の中には、理不羅以外にも拐われた少女が何人かいた。

 「うぅっ……」
 
 ソフトボールの選手みたいな格好をした女の子。
 その子には左手がなく、切断面にはしっかり包帯が巻かれていた。

 「……」

 マラソンの選手みたいな格好をした女の子。  
 その子には左足がなく、切断面にはしっかり包帯が巻かれていた。

 「……!」

 初めて見た、身体の一部がない人間。理不羅にとってもそれは衝撃的で、すごく怖くなって、言葉が出なかった。次はお前がこうなる番だと、宣告されてるようだった。
 理不羅はバスケットボールの選手なので、おそらく失うのは右手。利き手や利き足をなくして、絶望する女の子の姿を見て、おじさんは興奮するタイプなのだろう。

 「え……? ゴミ袋……?」

 理不羅と二人の女の子以外に、倉庫の中には、いくつかのゴミ袋があった。
 理不羅はなんだかすごく嫌な予感がして、絶対にそのゴミ袋の近くには行かなかった。

 *

 「お前は足だ。左足」

 残念ながら、予想はハズレた。
 なぜ左足なのかというと、理不羅の左足の筋肉がとてもキレイだったから、らしい。

 「え……」

 理不羅は手術台の上に寝かされ、麻酔を打たれて、目を閉じた。そして目が覚めると、もう左足がなくなっていた。 

 「今回の手術は、思ったよりも時間がかかった。俺は疲れたから、もう寝る。お前も寝ろ」
 
 また、ポイッと倉庫の中に放り込まれた。

 「……っ!」

 理不羅は、すぐに起き上がろうとした。
 でも、立てない。地面に足がつかない。全身のバランスが、いつもとはまるで違う。

 「わっ……!?」

 重いのか、軽いのかも分からない。左足はもうないのに、頭の中はまだ左足があると思って動いている。
 手で起きて、足で支えようとすると、理不羅はコテンとひっくり返ってしまった。

 「はぁっ、はぁっ……」

 バスケの試合中でも流したことのない量の汗が、理不羅の全身を包む。バクンバクンと、心臓は鳴り止まず、得体の知れない寒気を感じて、身体はガタガタと震えた。
 理不羅の視線は、さっきまであったハズの部分から離れず、起こってしまった取り返しのつかない現実を、全く受け入れられていない。

 「──!!!」

 とにかく、叫んだ。その日の夜はとにかく叫んで、大声で泣いた。ピクピクと動く自分の包帯を見て、発狂もした。
 もし、おじさんまで声が届いたら殺されてしまうが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 *

 右手、左手、右足、左足。四つ全てを失った女の子は、一体どうなるのか。
 理不羅はその答えに、だんだん近づいていた。

 「右手……」

 それは、もうない。
 たくさん練習して、くるくるとボールを回せるようになったのに、もう二度とできなくなった。『風太くん』に褒められることもなくなった。
 
 「今の、わたしの姿を見たら……」

 今、もしも、あの人に会いに行ったら。
 理不羅を指差して、「手足がないなんて、気持ち悪いな」とか、「近寄るなよ。化け物」とか……。

 「言わないでくれるよね……? 前みたいに、わたしと一緒に、遊んでくれるよね……?」

 ただの願望。それでも、会いたいと思った。   
 もし、これ以上身体がバラバラになったとしても、もう一度会いたいと思って、理不羅はくら地獄じごくの底から、天を見上げた。

 「ちゃんと、全部終わらせてから、会いに行くからね。風太くん」

 *
 
 その日、おじさんは油断していた。地下倉庫の扉が開いていることも忘れて、グーグーと眠ってしまうという、だい失態しったい
 手足のない少女たちにとって、それは絶好の機会となった。
 
 「二人だけで逃げて。わたしは、やることがある」

 ソフトボール選手の女の子には、まだ両足があったので、そのままマラソン選手の女の子を連れて、脱出してもらった。
 おじさんの家に残ったのは、理不羅といくつかの死体だけ。
 
 「ふっふーん♪」

 珍しく、鼻歌なんか歌って。理不羅は、キッチンのコンロに火をつけて、近くにあるものをなんでも燃やすことにした。火事になりそうなものや、爆発しそうなものを、全て強火で焼いた。

 「て、テメェっ!? 何してやがるんだっ!!」
 
 しばらくすると、血相を変えたおじさんがドタバタと、キッチンまで乗り込んできた。
 こんなに熱くて、こんなに煙が出ていて、こんなに火災報知器が鳴っていたら、普通はのんびり寝ていられない。

 「こ、このガキっ……! やめろっ!!」

 左足のない理不羅は、おじさんに簡単に捕まり、ステンと転んでしまった。
 しかし、もう手遅れ。火事がどんなに恐ろしいかは、小学生でもよく知ってる。

 「ゲホゲホっ! くそっ! もうこんなに火の手が……!」
 
 理不羅を取り押さえながら、おじさんは燃え盛る自宅から脱出する方法を探していた。
 文字通り手も足も出せない少女に、反撃はんげきされるハズがないと、また油断している。だから、理不羅は思い切り振った。

 「ぐおぉっ!? 痛えっ!!?」
  
 キッチンには包丁がある。包丁で切られると、人体からはブシュっと真っ赤な血が出る。

 「こ、このガキっ……! 包丁なんかくわえやがって!!」

 おじさんは、首から赤い血をダラダラと流していた。普段は自分が切る側なので、自分が女の子に切られるなんて、想像もしてなかったようだ。

 「もひも……」
 「な、なんだよ、その目は……! 今、この状況で、俺をろうってのか……!?」
 「ふふ……。もひも、ここで、わたひが生きのほったら……」
 「ヒッ……!? こ……この、バケモンがぁっ!!」
 
 ──「死」が近くにある時、人は人を超える。

 「必ふ会ひに行ふからね。風太ふん」
 
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