おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十四章:風太6歳 美晴4歳

5人組ガールズバンド『BASKET★』

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 *

 今をときめく人気ロックバンド「ジュエル・ジェイル」。
 ボーカルのSENKIセンキの透き通るような歌声は、この薄汚れた世界の果てまで響き、彼が奏でるギターの爆音は、この哀しみに満ちた天をも引き裂く……らしい(ファンいわく)。音楽シーンに敏感な中高生の男女をとりこにしており、最近では音楽番組などで見かけることも多い。

 本日は、毎年6月に行われている大型ライブイベント、ジューン・ロックフェスの日。ステージ上にSENKIが登場すると、会場には豪雨のような雄叫おたけびと、耳をつんざくほどの黄色い歓声が響き渡った。

 「「「 S゛E゛N゛K゛I゛ぃ゛ぃーーーっ!! 」」」
 
 そして、ジュエル・ジェイルのライブは今回も大成功を収めるのだが、それはまた別の話。
 ステージの上で歌を届けるロックバンドではなく、彼らの活躍を舞台裏で見つめる一人の音楽プロデューサーに、事件は起こっていた。

 *

 「あなたが、かの有名な音楽プロデューサー、継本つぎもと流壱リュウイチ氏っスか?」
 「ああ、そうだが」 
 「いやー、お会いできて光栄っス! 今や大人気ロックバンド! 世間の若者のハートを、ガッチリ掴んでるっスねぇ! ジュエル・ジェイルは!」
 「ん? 君は誰だ?」

 音楽プロデューサー、継本つぎもと流壱リュウイチ。人気ロックバンド、ジュエル・ジェイルを全面的にプロデュースしている男(30代後半)である。現在のジュエル・ジェイルの人気は、この男が作ったものと言っても過言ではない。
 ステージの裏でライブの様子を見ている流壱に、一人の女が声をかけた。真っ黒なサングラスをかけ、ハンチング帽を深く被り、手にはメモ帳と万年筆を持っている、なかなか怪しい様子の女だ。

 「記者か? 雑誌か何かの」
 「ああ、まぁそんな感じっス。今日はちょっとお話をうかがいたくて、ここにやってきたっス」
 「そんな話は聞いてないぞ。どこの記者かは知らないが、事前にアポをとってからにしてくれ」
 「いやいや、時間はとらせないッスよ。少しだけお話をお願いっス」
 「名前も名乗らんような奴に、話すことなどない。こっちは、大事なライブの最中なんだ。邪魔をするな」
 「いやあ、アタシと違って、成功者は余裕があってうらやましいでゲスなぁ。……人の死の上に立ってるくせに」
 「何……? 今、なんて言った?」

 記者とおぼしき女は、声色こわいろを変えた。今までの芝居のような口調はやめ、本来の自分の言葉で話し始めた。

 「継本さん。アンタは今、人の死の上に立ってる」
 「フン。デタラメなことを」
 「死んだのはアタシの友達だ。当事者がデタラメなんて言うわけない」
 「当事者だと? お前は何者だ?」
 「アンタに、人生をめちゃくちゃにされた女さ……!」

 女はサングラスを外し、帽子をとり、メモをはたへと捨てた。

 「あっ!? お、お前はっ……!!」
 「ハァイ、久しぶりだね継本さん。アタシのこと、覚えてるよね?」

 赤い髪。頭頂部だけ緑色。こんな特徴的な髪色の女を、忘れる人間は多分いない。流壱も、すぐにその女の名前を思い出した。

 「フン……! 久しぶりだな、端野はたの苺子イチゴ……!」

 *

 イチゴみたいな髪型をした、端野はたの苺子イチゴという名前の若い女。ちなみに、ネクタイや靴下もイチゴ柄。そんなイチゴにまみれた女が、音楽プロデューサー継本流壱の前に立ちはだかり、彼を「人の死の上に立つ男」だと罵っている。

 「7年前。当時の継本さんはプロデューサーとして、あるガールズバンドをプロデュースしていた」

 苺子は一枚のCDを取り出し、そのジャケットを流壱に見せた。

 「『BASKET★』、か……」
 「そう。リーダーは当時高校生だったアタシ、端野苺子。メンバーは4人で、アタシと同じ女子高生が二人と、女子大生が二人。共通点は、音楽を通して伝えたい言葉を心に持っていること。フィーリングは共鳴し合い、アタシたちは音楽活動の日々の中で、バンドとしての結束を高めていった」
 「ああ。そして、お前たち『BASKET★』は、確実に人気を集めていた。俺もお前たちを売れさせるために、必死になって各所を回ったよ。その甲斐あってか、ブレイク寸前と言われるところまでは行ったハズだ」
 「しかし、そこまでだった。アタシたちの夢は、寸前のところで消えてしまったんだよ……!」

 震えるこぶしを、苺子はいっそう強く握り締めた。

 「“メンバーの死”という大事件によって……!!!」
 
 流壱は眉一つ動かさずに、次第に感情的になる苺子を見据えていた。

 「……ああ。残念な事件だった。俺も悲しんだよ」
 「アンタが殺したんだっ……!!」
 「おいおい、物騒ぶっそうなこと言うんじゃねぇよ。死んだのはお前のバンドのメンバー、人殺しで逮捕されたのもお前のバンドのメンバーだろ。女子大生の二人が殺し合った事件だ。俺は何も関係ない」
 「原因を作ったのは、アンタだろう!? 二人は継本さんのことが好きだった……! 愛していたんだ……! だから、アンタを奪い合ってケンカになり、殺し合いにまで発展してしまったんだよ!」
 「だから何だって言うんだ? 俺はただ、プロデューサーとしてそいつらとコミュニケーションをとっていただけだ。何が悪い」
 「コミュニケーション……? 体の関係すら持ってたのに!?」
 「それは……ちょっと遊んでやっただけさ。奪い合ってくれなんて、頼んだ覚えはねぇよ。まったく、年頃としごろの女ってのは、すぐ勘違いするから困る」
 「勘違い……!? ふざけんなっ、人の心をもてあそびやがって……!!」
 「当時の俺には妻がいた。美晴って名前の娘もだ。……分かるか? 妻子持ちだぞ? 妻子持ちの男に本気で惚れるバカ女達なんて、早かれ遅かれ将来的には破滅していたさ」
 「この野郎ぉっ……!!」

 苺子は流壱の胸ぐらを掴み、憎しみを込めてねじりあげた。
 しかし流壱はそれにも動じず、悪びれすらせず、ただ鼻で笑うだけだった。

 「ふははっ、その怒りはどこから来る? 俺が今バカにしたやつらのことを、お前はどう思ってるんだ? なあ、苺子」
 「ぐうぅっ……! うぅっ……!!」
 「あの事件の後、『BASKET★』は解散した。もちろん、解散後もそのイメージは付き纏い、お前はいつまでも『殺人事件が起こったバンドのリーダー』と呼ばれ続け、しまいには表舞台に立てなくなった。お前の夢は、そこで終わってしまったんだろう」
 「ううぅっ……! アタシの……夢ぇ……」
 
 苺子は力を緩め、流壱を掴んでいた右手を放した。そしてその手を、自分の頬を伝っている涙をぬぐう方に回した。

 「ひぐっ……ぐすんっ……」
 「お前は夢を断たれた。だが、俺を恨むなよ? 俺だって、あの事件の被害者だ。まあ、過去を捨てることで克服できたがな」
 「過去を……捨てる……?」
 「ああ。リセットする必要があると感じた。だから、当時の俺に関する物は、一度全て捨てたんだ。『BASKET★』のCD、出演番組の映像、記事が載った雑誌……物だけじゃない、妻と娘もさ。みんな、“負の象徴”でしかない。何もかもが、疫病神やくびょうがみにしか見えなかった」
 「家庭まで……!?」
 「やりすぎだと思うか? だが、その判断は……どうやら正しかったようだ。お前も、そんなCDなんて早く捨ててしまえよ」
 「そ、そんなこと、できるかよっ……! 事件はあったけど、アタシにとって『BASKET★』は、かけがえのない青春だったんだ……!!」
 「フッ、いつまで高校生の気分でいるつもりだ? 青春なんてガキ臭いことに囚われてないで、大人になれよ。……考えてみろ。現在の俺とお前で、成功を掴んでるのはどっちだ? 恨みと憎しみを抱えて、俺に纏わりつくだけのハエみたいな人生で終わるつもりか? お前」
 「ば、バカにすんなっ……! 今のアタシは、あんたとだって戦える……!」
 「何だと?」

 苺子は目をゴシゴシとこすって、涙を無理やり止めた。そして、ふところから名刺を一枚取り出すと、「おらっ! とっとけ!」という声と共に、流壱に向かって投げつけた。

 「『おせんべいプロダクション所属 タレント兼マネージャー兼スタッフ兼プロデューサー 端野はたの苺子イチゴ』? これ、お前の名刺か……?」
 「そうだ! アタシはまだ、夢を捨ててない!」
 「おせんべいプロダクション……? これが、事務所の名前なのか? 聞いたことねぇ名前だな」
 「これから有名にするんだよ! アタシがプロデューサーになって!」
 「へぇ、つまり俺と同業者ってワケかい。そりゃご丁寧にドーモ。今後共ヨロシク……っと」

 流壱は自分の名刺を出し、苺子はむしり取るようにそれを受け取った。

 「継本さん……いや、継本流壱。あんたみたいなクソ野郎に将来を潰される子が、もう現れちゃいけないんだ」
 「実績もないガキが吠えてくれるな。……まあいい。『BASKET★』を捨て去った俺にとって、端野苺子という負の存在は目障めざわりだ。まさしくお前は、処分し忘れたゴミなんだよ。お前は俺が……」
 「あんたはアタシが……!」

 言葉は自然と重なった。

 「「必ず潰してやる……!!」」

 大々的な宣戦布告。
 それが終わると、サングラスをかけなおし、ハンチング帽を被り直し、苺子はライブ会場を後にした。
 一人残された流壱は、何事もなかったかのようにそばにあったパイプ椅子イスに腰を降ろし、ポケットの中から黒いスマートフォンを取り出した。

 「ん? これは……」

 着信が来ている。見慣れない電話番号からだ。
 流壱はスマホの画面をじっと見つめ、思い当たるふしを探した。普段連絡をとらないような相手で、このタイミングで自分に電話をかけてきそうな人物。そういえば、昨日病院に、電話番号を書いたメモを置いていったハズ……。

 
 「ふはは、望来ミライからか……! 待っていたぞ、疫病神……!!」
 
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