おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十二章:身体奪還作戦

ビターエンド

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 「ええっ!? い、いきなり、そんなこと言われてもっ!」
 「お願い……しますっ……。わたしを……助けて……くださいっ……」
 「ちょっと、まず、落ち着かせてっ! 事態を飲み込む時間がほしいのっ!」
 「頼れるのは……もう……美晴さん……だけ……。この機会……だけ……なんですっ……。だから……お願いします……」
 「す、ストップ! 一旦、ストップして!」
 「……!」

 ずんずんと、必死にせまっていた『美晴』は、『風太』の大きな一声により、ロボットのようにピタッと止まった。
 『風太』は、とりあえず『美晴』からおしり一個分いっこぶんはなれ、後ろを向いて「はぁっ……」と息を吐いた。

 (風太くんが、まさかこんなことに巻き込まれていたなんて……! 美晴デビルや100ノートの話もしなくちゃいけないけど、今はそれができる状況じゃないっ……! 何が最優先か、冷静に考えないと……!)

 予定に狂いは生じたが、いちいちパニックになっていては話が進まない。
 『風太』は「すうぅ……」と大きく空気を吸い込み、『美晴』の前へと戻ってきた。

 「風太くん、あのねっ……」

 しかし、それ以上の言葉は続かなかった。

 (えっ……)

 目を離したすきに、着せ替え人形は……ドレスを脱いでいた。
 少し恥ずかしそうにほっぺたを赤く染め、お腹の火傷やけどあとを見られないように、手のひらで隠している。

 (あ……。ドレスと同じで、下着も紫色なんだ……)

 と思ったが、『風太』はすぐに首を横に振った。

 「って、なんで服を脱いでるのっ!?」
 「こっちの……方が……喜んで……もらえると……思ったから……です……」
 「喜ばないっ! わたしの下着姿なんて、全然魅力ないからっ!」
 「でも……興奮してる……みたい……です……。その……ズボンの……形……」
 「こ、これはっ……! 風太くんの身体が、勝手にこうなってるだけっ! すぐに気持ちを抑えるから、ちょっとだけ待ってて!」
 
 『風太』は顔を真っ赤にして、自分の股間を力任せに「ギュウゥッ……」と押し潰しながら、ゆっくりと深い呼吸を続けた。
 あわてる純情じゅんじょう少年しょうねんを見て、下着姿の少女はおしとやかにクスクスと笑った。
 
 「魅力を……もっと……感じてくださいね……」
 「そ、そんなことよりっ! あなたは、わたしに助けてほしかったんじゃないの!? 風太くんを助けるには、わたしはどうしたらいいの!?」
 「マスターは……わたしの心まで……支配しています……。だから……その支配を……終わらせて……ください……」
 「つまり、風太くんりゅうの解決方法で言うと……ケンカ? 菊水安樹って人を、やっつければいいってこと? でもわたし、殴り合いとかはあんまり得意じゃ」
 「ケンカは……しないで……ください……! 誰も……傷ついて……ほしく……ありません……!」
 「え……!? う、うん……」

 安樹は弱い。もしも殴り合いになったら、安樹が勝てるわけないので、そっち側に行かないように、『美晴』がかばったのだ。 
 しかし、『風太』もケンカをこのんでいるわけではなく、暴力的な解決はしたくないという意見で、二人の間に同調どうちょうが生まれた。『風太』は心の奥で、「ケンカをしない風太くん、ちょっといいかも」と思った。

 少しだけ心が穏やかになった『風太』は、改めて『美晴』に尋ねた。

 「じゃあ……わたしは、どうすればあなたを助けられるの?」
 「心を……奪ってほしいんです……。今の……マスターに……依存している……わたしの心を……」
 「え……?」
 「わたしの……新しいマスターに……なってください……」

 *

 本来ならば、愛とは時間をかけてはぐくまれるもの。今すぐに心を奪うなんて、簡単にできることではない。
 時間をかけられないなら、密度を濃くするしかない。一緒にいる時間を、ドロドロとした濃密なものにするしかない。それはもう、心の奥の奥まで依存しきってしまうような、濃密な時間に。

 「本当に……いいの? わたしがマスターで、あなたがお人形でも。その関係性を、あなたは望んでるの?」
 「はい……。そうなりたい……です……。あなたと……」
 「も、元の……風太くんには、戻れなくても? わたしが望んだ通りに、あなたは生きるの?」
 「その代わり……絶対に……捨てないでください……。もう……二度と……独りには……なりたくありません……」
 「分かってるっ。それは絶対、約束するから」
 「ふふっ……。嬉しい……です……」

 ベッドに寝かされ、しっとりと乱れている少女。
 ベッドのそばに立って、その姿を見つめている少年。

 (風太くんは、もう……変わってしまった。わたしにも変わってほしいと、この人は言ってる。それが例えば、ようなことであっても、あなたは許してくれるよね……?)

 自分のせいでこうなったわけじゃないと、まだ言い訳をしながら。
 
 「じゃあ……やってみるね」

 『風太』はTシャツをめくり上げ、自分のおヘソを露出させた。そして、ドキドキと期待しながら待っている下着姿の『美晴』に、おおかぶさるかのように、身体を密着させていった。

 「……!」
 「……っ!」

 いつかの続き。今は誰にも邪魔されない。
 おヘソ同士をくっつけても、『共鳴レゾナンス』は起こる。

 「あっ……!」

 素肌すはだが触れ合うと、ビクンと身体が震え、気持ちよさが全身へと波紋はもんのように広がった。
 身の危険すら感じるほどの、快感。『風太』はすぐに『美晴』から身体を離し、ゴロンと隣に寝転んだ。
 
 「はぁっ、はぁっ……」
 「はぁ……はぁ……」

 汗をかき、息切れをしているが、二人は多幸たこうかんに溢れていた。身体は暖かくなり、心は満たされていく……この感覚に近いのは、安心あんしん安堵あんどという言葉だ。
  二人は顔を見合わせ、荒い呼吸をしながら「あははっ……」と笑った。

 「もう……一回……」
 「うんっ。しようっ」

 『共鳴レゾナンス』は、依存症を引き起こす。極端きょくたんに言ってしまえば、がいのある行為だ。
 しかし、まだ若い二人は、に対する自制じせいを知らない。

 「あぁ……。マスター……」
 「心……奪われそう?」
 「ふふっ……。うふふっ……」
 「そうやって笑っていてね。ずっと」 
 
 ふたたび覆い被さろうとする『風太』。笑顔でそれを迎える『美晴』。
 その男女の首には、それぞれペンダントがある。

 「……!」

 カタッ。
 小さな音がした。それは、青い宝石とピンク色の宝石が、軽く当たった音。
 『美晴』はそれを聞き逃さず、『風太』に気づかれないように、チラリと視線を送った。

 (ああ、もう少しか……。じゃあ、これで終わりにしよう)

 次に『美晴』は、自分のひじを使って、うでせのような体勢だった『風太』の左腕を、トンとはじいた。

 「えっ……!? わっ!?」

 急に身体のささえを失った『風太』は、バランスを崩してしまい、うつせでベッドに沈んだ。
 その下にいた『美晴』は、全く動じることなく、『風太』の全体重につぶされることを受け入れた。

 「ご、ごめんなさいっ! 風太くんっ!」
  
 ガバッと起き上がった『風太』は、すぐに『美晴』から離れようとした。が……。

 「あれ? ふ、風太くん……?」
  
 離れられなかった。
 離れられないように、ぎゅっと抱きつかれている。

 「風太くんの首元、すごくいい香り……」
 「香水……つけてる……。もっと……味わって……いいよ……」
 「この香水も、さっきのドレスも……この時のため?」
 「うん……。好きな……男の子に……好きになってもらうため……」
 「男の子……。わたしに、そうなってほしいの? 女の子として、愛されたいって思ってるの?」
 「……」  
 
 返事はない。
 しかし今度は、人形だからじゃない。
 これ以上の答えなんていらないと、思ったからだ。

 「あなたが……好き……」

 *
 
 それから一つ、二つと言葉を交わした後、二人は眠りにちるように意識を失った。
 『美晴』の胸元ではピンク色の宝石が、『風太』の胸元では青色の宝石が、それぞれまばゆい光を放っていた。
 
 *
 
 ガチャリ。
 それからしばらくして、「みはるのへや」の扉は静かに開いた。
 部屋の前で待機していた安樹は、さっそくそこから出てきた『少年』に声をかけた。

 「やあ、やっと出てきたね。お疲れ様。気分はどうだい?」
 「……」
 「ふむ、先に確認しておこうかな。キミはどっちだ? 風太なのか美晴なのか」
 「おれは……」
 「うん?」
 「おれは風太フウタだ。さっき元の身体に戻った」

 その『少年』は、ポツリと言った。

 「それは本当かな? 本物の風太なら、ボクたちが決めておいたあい言葉ことばが分かるハズだよね? いくよ、『菊水安樹と言えば』?」
 「『そんな合言葉は決めてない』」
 「……」
 「……」

 安樹はフッと笑うと、風太が手に持っていたシルクハットとドレスを受け取った。

 「おかえり、風太」
 「ただいま、安樹」

 認証にんしょう完了かんりょう。その『少年』こそ、まさしく本物の風太だ。
 入れ替わりペンダントは上手く効力を発揮したらしく、風太の首元ではペンダントが未だにほのかな青い輝きを放っている。
 
 身体しんたい奪還だっかん作戦さくせんは、見事成功に終わった。

 「あれ? キミ、なんだか元気がないね。もっと『おれ、安樹のおかげで元の身体に戻れた! バンザーイ! 安樹愛してるっ! ぎゅぎゅーっ!』って感じに、喜びを爆発させると思っていたけど」
 「ごめん、安樹。突然すぎて、まだ実感がないんだ。これじゃあ、元に戻るために協力してくれたお前に悪いよな……」
 「いいよ、別に。まだ実感がないならしょうがない。そのうち、元に戻れた喜びが湧き上がってくるさ」
 「ああ、そうだな……。お前は本当にいいやつだよ」
 「おれい後日ごじつたっぷりしてもらうよ。とにかく、美晴が目覚める前にここを出よう。目を覚ました彼女がどういう行動に出るか、あまり考えたくないだろう?」
 「……」

 玄関の扉を開け、安樹は先に外へ出た。
 風太は一度振り返り、じっと「みはるのへや」のドアを見つめた後、何も言わずに、安樹が待っている場所へと向かった。

 「ふぅ、これでひとまず安心だ。しかし上手くやったね、風太」
 「ん? ああ、作戦のことか」
 「ボクが部屋を出た後、どんなアプローチをしたの? 気になるなあ」
 「いや、それが……あんまり覚えてないんだ。おれは、適当にウソをついただけだから。ウソのことを言って、ウソの行動をしただけ。一つも本心じゃないから、何を言ったかあまり覚えてない」
 「またまたそんなこと言ってー。そうとう恥ずかしいことしたから、ボクに言いたくないだけでしょー?」
 「本当だって! あの時は、おれもけっこう『同化』してたから、自分の意志じゃないことだってたくさんした……かも」
 「ふーん、まぁいいや。また今度、美晴ちゃん本人に教えてもらおうかな」
 「美晴……」
 
 風太はうつむき、思いつめた顔をしていた。
 やはり心に引っかかっているのは、美晴の今後についてだ。これから先、元の身体に戻った美晴が、何をするのか……。

 「風太?」
 「……」
 「美晴のこと、気にしてるの?」
 「うん……。ごめん……」

 安樹は、風太の肩にポンと手を置いた。
 そして言った。

 「かえるな。キミが選んだ道は、間違ってない。そのまま前に進めばいいんだ。いつまでも、ボクがそばで支えてあげるから」
 「……!」

 風太は顔を上げて静かにうなずき、美晴が住むアパート「メゾン枝垂しだざくら」の前で、安樹と別れた。

 『美晴フウタ』は風太フウタに、『風太ミハル』は美晴ミハルに。
 二人の精神は、本来のるべき場所に。
 全てが、元に戻った。

 *
 
 風太は歩き続け、二瀬風太が帰る場所へと戻った。
 つまり、自分の家だ。

 「フウくん、おかえりっ!」
 「……」

 明るく出迎えてくれたのは、風太の本当の母親こと、二瀬ふたせ守利マモリだ。
 守利は、玄関でボーッと立っている息子を見て、不思議そうに首をかしげた。

 「どうしたの、フウくん? 上がらないの?」
 「あっ……。久しぶり……」
 「久しぶりー! って、さっき会ったばかりでしょ!? もしかして、ママが恋しくなったの? だから、友達の家から帰ってきたの?」
 「えっ……?」
 「ママにぎゅーって、してほしいの? 今日のフウくんは、甘えんぼさんなのかしら? ウフフッ」
 「うん……」
 「なーんて♪ 今おいしいご飯作ってるから、早く手を洗ってうがいを……って、ええええーーーっ!!? マジなのっ!!?」
 
 自分で言ったことなのに、驚愕きょうがくする守利マモリ
 風太は少しも迷わず、そんな守利に抱きついた。男らしく、力強く、抱きしめた。

 「きゃんっ。フウくんったら大胆だいたんすぎ。そういう情熱的なハグは、愛する彼女にやってあげるものよ。甘えんぼさん」
 「母さんっ……! 母さん、母さんっ……!」
 「ほらほら、泣いちゃダメ。昔、フウくんには教えたでしょ? 強くてかっこいいフウくんじゃないと、ユキちゃんのこと守れないって」
 「うんっ……! おれ、男だから、泣かないっ……!」
 「そう言いながら泣いてるじゃないの。何があったのかは知らないけど、男なら涙はあと一粒だけよ」
 「分かってる……! おれは、もう大丈夫っ……!」
 「よしよし。いい子いい子」

 風太は、優しく頭をでられながら、瞳から涙を一粒こぼした。
 
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