おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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パラレル特別編 その1

イタズラ勘太と男女逆転催眠アプリ(中編)

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 『さいみんフォトひがいしゃの会』。
 6年1組の教室の黒板には、そう書かれている。

 催眠さいみんをかけられてパニックになっているクラスメートを、6年1組の教室まで連れてくるのは、緩美ユルミの役目となっていた。緩美は大人しい性格で、激しい運動などは苦手なので、勘太カンタ追走者チームから外れ、この被害者の会の管理人かんりにん任命にんめいされた。

 犠牲者ぎせいしゃは増え続ける一方だった。6年1組の教室の中は、人数が増えてとてもにぎやかになったものの、なんとも不気味ぶきみで異様な雰囲気に包まれている。催眠をかけられた者たちの目は、未だに覚めない。

 そしてまた、ガラガラと重たい扉を開け、緩美はこの教室へと戻ってきた。

 「あ、緩美ちゃんっ! おかえりーっ!」
 「ただいま。風太くん……じゃなくて、今は雪乃ちゃんだよね」

 レモン色のショルダーカットトップス。両袖りょうそでの小さなリボンと、胸の大きなリボンが可愛い、雪乃のお気に入りの服。風太は普段、それを「肩だけ斬られ服」と呼んでいる。
 ピンク色のミニスカート。チョコレート色のチェック柄と、すそにあしらわれた白いフリルが可愛い、雪乃のお気に入りの服。風太は普段、それを「イチゴ味チョコ味スカート」と呼んでいる。
 そんな雪乃のお気に入りコーデを、今身にまとっているのは、風太だった。催眠の影響により、風太と雪乃は着ている服を交換したので、風太が雪乃の格好を、雪乃が風太の格好を、というあべこべな状況になっている。しかし、雪乃の服は風太の体のサイズには小さすぎてパツパツなので、両肩は服が裂けそうなくらいき出しになっているし、女の子の脚を包むハズだった黒いニーソックスなんかも、苦しそうにふくれている。

 「えへへ。着替きがえ、手伝ってくれてありがとう。緩美ちゃんっ」
 「ううん、また着替えたくなったら言ってね。それより、体とかに異常いじょうはない? 雪乃ちゃん」
 「ん? うーん……。異常っていうか、ちょっと変かなって思うところはあるけど……」
 「えっ? それは、どういうところ?」
 「えーっとね、その……ひ、ひみつーっ! 多分、わたしの勘違いだと思うっ! 気にしないでっ!」
 「う、うん。気にしない……」

 そう答えつつも、緩美は風太が言おうとした“秘密ひみつ”を、なんとなくさっしていた。
 風太は今の会話の中で、一瞬、自分のスカートを見たのだ。「変かなって思うところ」……つまり、風太が覚えた違和感いわかんは、スカートの奥にあるもののことだろう。雪乃の小さな女児用の下着では、男児である風太の胸や股間こかんが、収まりきるはずがない。

 風太は現在、とても中途半端ちゅうとはんぱな状態にあった。催眠の効果で、自分のことを雪乃だと思い込もうとしているものの、肉体としては一向に風太であり、そこに生じる不和ふわが、風太としての自我じがかろうじて残している。「雪乃が80%、風太が20%」くらいの割合で、ぐちゃぐちゃに人格が混ざり合っている状態だ。

 それは他の催眠被害にあった男子や女子も同様らしく、女子の格好をして内股うちまたでキャッキャと雑談する男子たちも、男子の格好をして下品な座り方で雑談する女子たちも、どことなく心に違和感いわかんを抱えたまま、教室で過ごしていた。

 「どうしたの、緩美ちゃん? わたしの顔に、何かついてる?」
 「ううんっ。な、なんでもないよ。雪乃ちゃんと風太くんも、他のみんなも、健也くんがきっと元に戻してくれるハズ……」
 「それよりさ、見て見てっ! さっき、緩美ちゃんが作ってた『名札なふだ』、わたしも作ってみたんだっ」
 「『名札』? ……あ、『入れ替わり名札』のこと? 雪乃ちゃんが、自分で作ってくれたの?」
 「うんっ! えへへ。かわいい?」

 そう言うと、風太は自分の左胸に付いている『入れ替わり名札』を、緩美に見せた。
 『入れ替わり名札』。これは、緩美が考案こうあんした、どの男子にどの女子の催眠が、どの女子にどの男子の催眠がかかっているかを、一目で判断できる画期的かっきてきなシステムだ。作り方は簡単で、本来の学校指定の名札の上に、短冊たんざく状に切った画用紙(男子はピンク、女子は水色)を貼り、そこに催眠の名前を書き込むだけ。
 風太の場合、「月野内小学校6年1組 二瀬風太」と書かれている本来の名札の上に、「♡ ゆ き の ♡」と書かれたピンク色の短冊が貼ってある。

 「雪乃ちゃんの名札、とってもかわいいよ」
 「ありがとっ! この調子で、他のみんなの分も作っちゃうよーっ! 後で、風太くんにも手伝ってもらおーっと」
 「え? 風太くん……?」
 「うん? わたし、変なこと言った?」
 「あっ、いや、風太くん……だよね? 風太くん、風太くん……」

 緩美は教室全体を見回みまわし、「風太くん」を探した。現在の「風太くん」とは、左胸に「☆ ふ う た く ん ☆」と書かれた水色の短冊を付けている、雪乃のことだ。
 緩美が少し背伸せのびをして教室の後ろの方までながめると、うわさのそいつはそこにいた。

 「待てっ、勘太! 冴奈サエナにその服を返してやれっ!」
 「へへーん、返さねえよっ。くんくん……。あー、女子の服って、なんか興奮するなぁ!」
 「こ、この変態へんたい女装じょそうヤロー……! 服を返して、冴奈に謝れっ!」
 「返せって言うけどさ、冴奈はどこにもいないじゃん。もうちょっとだけいいだろぉ? くんかくんかっ」

 冴奈は自分の服のにおいをぎながら逃げ回り、雪乃がそれをやめさせようと追いかけている。
 無論むろん、おかしな服装(風太が着ていたパーカー&インナーとポケットたくさんズボン)をしているのは雪乃の方で、冴奈の服装はいたって普通のセーラー風ワンピースである。誰かに服を返す必要はない。

 「おらっ! 捕まえたぞ、勘太っ!」
 「うわっ!? はなせっ! 放……せ……。放……して……ください……! 放してくださいっ!」
 「この野郎っ、服を脱がしてやる!」
 「いやぁっ、やめてぇっ!! わたしは冴奈ですっ! やめてください、雪乃さんっ!」
 「なっ、何だ? いきなり、何を言ってるんだ? おれが、雪乃……?」
 「あなたは雪乃さんなのですっ! わたしも、あなたも、違うかたの人格に乗っ取られようとしているのです! 目を覚ましてくださいっ……!」
 「そ、そうか? そうなのか? さっきから、体に違和感があるとは思ってたんだけど……」
 「自分を見失わないでっ! あなたは雪乃さんですっ! 間違いありません……!」
 「う、うん……。そうだよ、わたしは雪乃だったよーっ! なんで、自分のことを風太くんだと思ってたんだろう?」
 「分かりません……。ただ、わたしたち女子は、男子のかたであるかのように思い込まされて……うっ! うぐっ!? ううぅっ……!!」
 「わっ!? な、何!? 冴奈ちゃん大丈夫っ!?」

 二人は一時的に、本当の人格である冴奈と雪乃へと戻った。しかし、それもつか、冴奈は会話の途中で頭部に強い痛みを感じ、苦しみだした。
 雪乃が心配そうに、冴奈に駆け寄る。

 「頭が痛いのっ!? 誰かっ、誰か来てっ! 冴奈ちゃんが大変なのっ!」
 「うぅっ……! ふ、フフフ……」

 あわてふためく雪乃。
 ターゲットが射程しゃてい圏内けんないに入ると、冴奈はニヤリと笑った。

 「おりゃあーーっ!! スキありーーっ!!」
 「ふえぇっ……!?」

 冴奈は、いやらしいエロガキの顔をしながら、雪乃の小さな胸を両手でぎゅっと掴んだ。
 しかし、掴まれた側の雪乃は、その行為に対して驚きの声を上げた後、一瞬でめた表情になった。

 「何してるんだ、このバカ」
 「いてぇっ!? ……あれ? 風太っ!?」

 雪乃は冷静に、肘鉄エルボーを冴奈の頭頂部とうちょうぶに落とした。

 「あ、あれ……? おれは雪乃のナイちちを揉んだハズなのに、いつのまに風太の胸を……???」
 「ゆゆ、雪乃の、な、なな、ナイちっ!? おい勘太、ふざけるのもいい加減にしろよっ!!」
 「わわっ、怒るなよ風太! おれは、女の魅力みりょくは胸の大きさだと思ってるから。雪乃のショボいおっぱいには興味ない」
 「バカ野郎っ! 少しは反省はんせいしろっ!!」

 勘太と風太の人格に戻ってしまった二人は、再び教室の後ろで追いかけっこを始めた。
 このように、催眠にかけられた者たちは、ときどき元の自分を思い出すものの、またすぐに異性の人格に侵食しんしょくされてしまう。
  
 何一つ好転こうてんしない状況に、ただ見ていることしかできない緩美は、溜め息をついた。

 「はぁ……。早くみんなを、元に戻してあげたいな……」
 「よく分かんないけど、元気出して緩美ちゃんっ! わたしも、お手伝いできることは、なんでもするからっ!」
 「ありがとう、風太くん……じゃなくて、雪乃ちゃん。雪乃ちゃんはどんな時でも、わたしに優しくしてくれるね」
 「えへへ、だって友達だもんっ。……あっ! そういえば、実穂ミホちゃんはどこにいるの? 実穂ちゃんも、わたしたちの大切な友達だよね」
 「うんっ。そろそろ着替え終わって、ここへ来るはず……」
 「え? 着替え……?」

 すると、緩美の背後にある扉がガラガラと開き、そこへ実穂が現れた。
 しかし正確せいかくに言うと、そいつは自分のことを実穂だと思いこんでいる翔真しょうまだった。翔真は、先ほどまで実穂が着ていたキャミソールとデニムパンツを身に着けており、たいして長くもない髪なのにヘアゴムで無理やりサイドテールを作っている。

 「あら、雪乃?」
 「わーっ! 実穂ちゃんだーっ!」

 風太と翔真は、まるでいつもの雪乃と実穂のように、ぎゅーっと抱き合った。女装した少年同士で、ぎゅーっと抱き合っている。

 「実穂ちゃ~ん、会いたかったよ~」
 「大げさよ、雪乃。ほらほら離れなさい」
 「ところで、着替えって……どこを着替えたの? 実穂ちゃん」
 「うーん。わたしにもよく分からないんだけど、気がついたら翔真くんの服をわたしが着ていて、わたしの服を翔真くんが着ていたの。だから、それを元通りにしたってわけ」
 「えぇーっ!? 実穂ちゃんが翔真くんで、翔真くんが実穂ちゃん!?」
 
 そして、二人の女装少年の会話の中に、今ここへ到着とうちゃくした少女も入ってきた。

 「ああ、おれも最初はびっくりしたんだ」

 こちらも正確に言うと、自分のことを翔真だと思いこんでいる実穂だ。
 翔真が着ていたTシャツは薄い生地で、今の実穂はブラジャーもけていないので、彼女の胸はあまり直視ちょくしできない状態になっている。

 「全く、誰がおれたちにこんなイタズラをしたんだろうな」
 「翔真くんったら、わたしの下着まで着けてたのよ? 気持ち悪いと思わない?」
 「お、おれだって、自分で着たわけじゃねぇよっ! 気がついたら、勝手にそうなってたんだっ!」
 「どうかしら。あなたも勘太くんみたいな、女の子の服を着て喜ぶ変態へいたいさんなのかもしれないわね」
 「はぁ!? なんでそうなるんだよっ! お前だって、勝手におれのパンツはいてたじゃねえか! 変態はお前だっ!」
 「な、なによっ!」
 「なんだとっ!」

 セリフは逆だが、翔真と実穂はいつものように口喧嘩くちげんかを始めた。
 風太はそんな二人を「うんうん。実穂ちゃんと翔真くんは、いつも仲良しさんだねー」と、微笑ほほえましく見守っていたが、緩美の方は、それを深刻にとらえていた。

 (みんな、どんどんおかしくなってる……! 一刻も早く、勘太くんの催眠を止めないと……!)

 気弱きよわな緩美だが、友達を助けたいという決心を胸に、立ち上がった。

 「どうしたの? 緩美ちゃん」
 「やっぱりわたし、行くよ……! 本物の勘太くんを捕まえて、この混乱を終わらせる……!」
 「ゆ、緩美ちゃん……?」
 「この教室で待ってて、みんな。必ず元に戻してあげるからっ!!」
 「緩美ちゃーんっ!?」

 緩美は力強く廊下ろうかへ飛び出し、全てを終わらせるために走り出した。その手には、お母さんと一緒に作ったフェルト人形ヒヨコが、しっかりと握られている。

 * *

 月野内小学校の、校舎全体がフィールドだ。
 勘太を捕まえるとは言ったものの、出会うことすら簡単にはできなかった。追走者チームとも合流できず、先に体力がなくなり、緩美はウサギ小屋のそばで、息切いきぎれしていた。

 「ふぅ、ふぅ……。ここには、誰もいない……。健也くんはどこにいるのかな……?」

 勘太追走チームのリーダーであり、クラス全体のまとめ役でもある、三雲みくも健也ケンヤ。おそらく、まだ催眠を受けていない。

 「健也……くん……」

 緩美は健也に、特別な想いを寄せていた。
 2年生の時に、二人で「ウサギがかり」として活動したことから始まり、偶然ぐうぜん練習れんしゅうペアになった3年生の運動会、偶然同じはんになった4年生の校外学習など、思い出を重ねるたびに、だんだん緩美は健也という男子にかれていった。
 そして現在、成熟せいじゅくした想いを言葉にして伝えようか悩む段階まで来ているのだが、健也は風太や翔真よりもカッコよく(『6年生男子かっこいい人ランキング』参照さんしょう)、他クラスや他学年の女子からの人気も高いので、緩美は「他の子に比べたら、わたしなんて全然……」と、あと一歩を踏み出せずにいた。

 「はっ……! ダメダメ。今は、そんなこと考えてる場合じゃないっ」

 とにかく今優先ゆうせんすべきなのは、みんなを元に戻すこと。もし健也と出会ったら何を話そうか、ではない。そう頭を切り替えて、緩美は自分のほっぺたをペチペチと叩いた。すると、その時……。

 ひゅるるる……ゴンッ!

 「きゃっ!」

 かたいたのような物が、緩美の頭にゴンとぶつかり、地面に落ちた。緩美はそれに付着ふちゃくした土を払い、そっと拾いあげた。

 「いたた……。これは何……? スマートフォン……?」

 ドドドド……!!
 そして、間髪かんぱつ入れずスマートフォンの次に現れたのは、二人の男子生徒。どちらも全速力で、緩美に向かって来ている。

 「それはおれのだーっ!! 返せーーっ!!」
 「ダメだーーっ!! 絶対に渡すなよ、緩美ぃーーっ!!」
 
 「えぇっ!? 勘太くんと、け、健也くんっ……!? きゃあっ!!」

 勘太は、スマホを奪い取るため。健也は、それを全力で阻止するため。まるでビーチフラッグスのように、緩美が持つスマホに向かって、同時に飛びかかった。
 しかし、緩美が頭を防御ぼうぎょしながらしゃがむと、二人は緩美の上空を通りすぎ、そのままゴロゴロと仲良く転がりながら、揉みくちゃのケンカを始めた。

 「この、このっ! 暴れるな勘太っ! もう諦めろっ!!」
 「嫌だっ! まだ終わってねぇ!! おれはあのアプリの力で、6年1組の支配者になるんだっ!!」

 しかし、二人には体格差たいかくさがある。健也は風太とほぼ同じくらいの身長なので、小柄こがらな勘太がケンカで勝つには、こちらも難しい相手だ。決着がつくのに、時間はかからなかった。
 
 「はぁっ、はぁっ……! お前の、負けだ……!」
 「はぁ、はぁ、はぁ……。く、くそぉ……!」

 地面に背中をつけている勘太。
 そして、勘太を押さえつけながらまたがり、がっちりマウントをとる健也。

 「終わりだ、勘太。みんなを元に戻して、一人一人にちゃんと謝れ」
 「フっ……! フフっ……! 終わり、か? いーや、まだまださ……!」
 「あ? どういう意味だ?」
 「この勝負、最後にスマホを持っていた方が勝つんだよ……! なぁ健也? 今、どこに、おれのスマホがあるか、分かるか?」
 「それは……緩美が持ってる。緩美はおれの味方だ」
 「それはどうかな? おい緩美ぃっ!」

 「は、はいっ……!?」

 「「そのスマホ、おれに渡せ……!」」 
 
 困惑こんわくする緩美の前に、二つの手のひらが差し出された。
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