おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十一章:ボクの好きな人

炭酸ジュースを飲めない人

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 *

 一方の安樹アンジュは、『美晴』とは別のルートであるメダルゲームエリアを進みながら、ゲームセンターの店員を探していた。まんいち、殴り合いなどが始まってしまった場合に、すぐに仲裁ちゅうさいしてもらうためだ。

 「すみません、店員さんっ!」
 「むう? うーん、なんだ男の子か」

 安樹は、小太りの店員を発見した。
 
 「えっ? いや、ボクは女ですけど……」
 「おほっ、お、女の子っ!? この見た目でっ!? も、もしかして、月野内小学校の生徒!?」
 「はい。そうですけど……?」
 「いやあ僕はね、6年2組のムタって子のお兄さんなんだよ。大学でアプリの研究をしているんだけど、もしよかったら、君に協力してもらえないかな、なんてね。全然、怪しいアプリとかそういうのじゃないから」
 「な、何を言ってるんですか? ケンカが起こりそうなんです! とにかく、早く来てくださいっ!」
 「け、けけ、ケンカぁっ!? 無理だよ無理無理。僕はただのアルバイトだし」
 「いいから早くっ! 風太が危ないっ!」
 「うわぁっ!?」
 
 安樹は、嫌がる店員の腕を強引に引っ張りながら、『美晴』の元へと駆け出した。

 *

 そして、対峙たいじする『美晴フウタ』とソノ

 「へぇ、友達なんだ。安樹とウザキモブサイクは」
 「そうだ……。だから……、あいつを……バカにする……ことは……、おれが……許さない……! けど……!」
 「けど、何?」
 「安樹は……お前を……恨んでない……。安樹は……お前のことを……てきだとは……思ってない……から、おれは……お前と……ケンカは……しない……」
 「あはは、そりゃそうじゃん! あの時、あーしはただ、安樹をフッただけ。安樹はただ、失恋しただけ。恨まれる筋合すじあいなんてないよ」
 「うん……」
 「むしろ、たかが失恋で不登校になるもんだから、あーしこそメーワクかけられたんだ。担任の先生から、何回呼び出されたか分かる? 問題のある児童として扱われて、何回道徳の特別授業を受けさせられたか、お前に分かる? あーしは、安樹が異性いせいだったとしてもフッたのに」
 「……」
 「まぁ、でもケンカがしたいなら……3対1でよければ、やってあげてもいいけど? ちょうど退屈たいくつしてたところだし」

 園がそう言うと、園の後ろにいる二人は、指をパキポキと鳴らしながら、『美晴』の方へ近寄ちかよってきた。
 しかし『美晴』は慌てず、右手のひらを出して「ストップ」のジェスチャーをしながら、こう言い放った。

 「やめとけよ……。お前ら……三人……まとめてでも……、今の……おれには……勝てない……」
 「は、はぁ!?」「何言ってんの!?」

 当然、あおられた方は怒った。
 殴り合いなんて全くできなさそうな女の子に、そんな生意気なまいきなことを言われたら、誰だって怒る。
 
 「小枝こえだが……三本集まったところで……、チェーンソーに……かなうはず……ないだろ……。一瞬で……バラバラ……だ……!」
 「ウザっ!」「黙れ、ブスっ!!」
 
 そんなに上手い挑発ちょうはつでもなかったが、園以外の二人の女は、ビキビキと血管を浮かせた。
 今にも激しくぶつかりそうな、一触いっしょく即発そくはつの事態。すると、そこへ……。

 「ダメっ!! 絶対にダメだよ、ケンカなんてっ!! 店員さん、早くみんなを止めてっ!!」
 「えぇー、いや、あの、僕の業務ぎょうむ内容ないようには、そういうのは含まれていないので……」

 『美晴』の後方より、あいだに割って入る存在が現れた。

 「安樹っ……!」
 「へぇ、また安樹に会えるなんてね」

 安樹と店員さんだ。あまりに騒がしく登場したので、ゲームセンターで遊んでいる子どもたちの注目を、無駄むだに集めてしまっている。
 
 「風太っ! ボクはケンカはダメだって、言ったじゃないかっ!」
 「してないし……、するつもりもない……」
 「だったら何をするつもりっ!? わざわざ園ちゃんの前まで戻ってきて、何をっ!?」
 「お前を……縛り付けてるのは……あいつの……過去の言葉だ……! お前は……今も……怖がってるんだよ……! だから……その恐怖を……おれが……消してやる……!」
 「え……。何それ」

 トラウマ克服こくふく。昔、雪乃を助けようとした時から、風太の行動原理は変わらない。ちょっとズレてるような部分も、昔と同じ。
 そして、園はヘラヘラと笑いだした。

 「あーしの過去の言葉ぁ? あははっ、何それ。『道徳教材って言ったことを取り消してください』って、あーしにお願いでもする気?」
 「うるさい……! お前なんか……怖くないぞ……! 安樹も……今から……そう思うようになるっ……!」
 「へぇ。何するか知らないけど、やってみなよ。ただ、失敗すれば……安樹はもっと酷い恐怖を植え付けられるかもね」
 「もっと酷い……恐怖……?」
 「自分のせいで、唯一ゆいいつの友達がボコボコにされるって恐怖を……!」

 挑発して散々怒らせたので、相手はやる気マンマンだった。
 園以外のパンキッシュガールが、すでに戦闘態勢に入り、こちらへと向かってくる。
 
 「……!」

 しかし、『美晴』は不敵ふてきにフッと笑い、ポケットから謎のコントローラーを取り出した。
 彼女のラジオコントロールにより、秘密兵器は発進する。

 ブロロロロロロ……!!

 「なっ……!? 何か来るっ!!」
 
 周囲の注目が集まる中、それは驚くべき速度で飛来ひらいしてきた。

 「ヘ……ヘリコプター!!?」

 室内でも遊べる、小型のラジコンヘリ。さっき、『美晴』と安樹がクレーンゲームで手に入れた景品だ。
 ヘリはみんなの腰ぐらいの高さを飛びながら、こちらに向かってくるパンキッシュガールたちをむかった。

 「わっ!? な、何!?」「ひゃっ!?」

 ヘリは、二人の人間の周りを自由に飛び、旋回せんかいのようなアクロバティックな動きも決めてみせた。パンキッシュガールたちは、思いも寄らないてきを恐れて逃げ回り、通り道を譲った。
 あとは、一番奥にいるリーダー格の女だけ。

 ブロロロ……バシッ!

 「あっ……!? ヤバいっ……!」

 しかし、あっさりと叩き落とされた。

 「これが何? 何がしたかったの? ふざけるのもいい加減にしときな……よっ!」

 グシャッと、右足で踏み潰す。細かいパーツが弾け飛ぶ。
 『美晴』の秘密兵器であるラジコンヘリは、園に負けて死んだ。
 
 「作戦失敗だね。ってゆーか、こんなオモチャで、あーしがビビると……」
 「まだ……だぞ……」
 「は?」
 「まだ……プロペラは……生きてる……。気を付けろ……よ……」
 
 『美晴』がコントローラーのレバーをグッと押し込むと、ヘリは「フォオオオン!」と音を立て、最大出力でプロペラが動き出した。

 「なっ……!?」

 まるで竹とんぼのように、プロペラだけが千切ちぎれて舞い上がった。
 園は咄嗟とっさけたが、右足の下に異物があったため、ることができず、のけぞった動きでそのまま後ろへと転んでしまった。
  
 「きゃっ!?」

 ドテッと、派手に転んだ園。
 しかし、この程度でKOされるほどヤワな女じゃない。園は痛みと屈辱くつじょくを怒りに変えて、ギリリと『美晴』をにらんだ。
 そして、園が立ち上がろうとした瞬間、今度は全く別のところから声が聞こえてきた。

 「あ、パンツ見えてるっ!」
 
 店員さんだ。『美晴』と園の争いを止めずに、彼はパンチラのことばかりを気にしていた。
 店員さんの大きな声を聞いて、『美晴』も、園の取り巻きの二人も、周りにいた子どもたちも、安樹も、転んだ園のスカートの中をしっかりと確認した。

 「「「くまさんパンツだ!!!」」」
  
 全員で叫んだ。

 「わっ、ああぁっ、きゃあーーーっ!!!」

 さっきまでのツンツンしたふてぶてしい態度たいどは消え、園は純情じゅんじょう乙女おとめのように一気に真っ赤になった。

 「こ、この、死ねっ!! ころ、ころ、殺すっっ!!!」
 「くまさん……」「パンツ……」
 「なっ、何見てんの!!? 早く、あいつら殺して!! あのキモいやつを、すぐに殺してきてっ!!! 早くっ!!!」

 床にへたり込む園に命令され、取り巻きの二人は再び『美晴』の方へと向かってきた。
 『美晴』は、使い道がなくなったコントローラーを観衆かんしゅうの中に投げ捨て、園に言い放った。

 「スカートの中……! それは……女子の……最大の……弱点だ……! 恥ずかしさは……おれも……よく……知ってる……!」
 「バカなこと言ってないで、急いで逃げるよ風太。これ以上は、殴り合いのケンカになっちゃうから」
 「よし……行こう……! 安樹……、あいつへの……印象……、少しは……変わったか……?」
 「フフッ。さっき見たパンツは、永久に忘れられないかな。あんなにうろたえる園ちゃんもね。ほら、こっちだよ」
 「おう……!」

 ゲームセンターに騒ぎを残したまま、『美晴』と安樹はぜん速力そくりょくで、大型ショッピングモール「メガロパ」から逃げ出した。

 *

 『美晴』と安樹が去ってしまった後の、ゲームセンター。

 「むほほ。このヘリコプター、まだ使えそうだね。小型カメラを搭載とうさいして、こうやって女の子のスカートの中を狙えば……」
 「死ねっ!! この盗撮とうさつデブ!!」
 「ぎゃあっ!!」
 
 『美晴』が捨てたコントローラーとヘリコプターは、店員のお兄さんが拾って、再利用しようとしていた。しかし、テンション最悪でブチ切れている園は、容赦ようしゃなく彼の股間こかんに蹴りを入れた。

 「あいつら、絶対に許さない……!」 
 
 *
  
 そしてここは、美晴の家。

 「おれたちの……勝利に……」
 「ボクたちの勝利に」
 「「かんぱーい!!」」

 無事に逃げ帰った『美晴』と安樹は、美晴の部屋で祝勝しゅくしょうかいを始めていた。ポテチにクッキー、そしてグラスに注がれたシュワシュワなコーラは、帰り道に二人で買ったものだ。

 「うーん、おいしい! 勝利のコーラは格別かくべつだね。風太」
 「んくっ、んぐっ、ゲホッゲホッ!! オゲホッ!!!」
 「うわっ、大丈夫? 落ち着いて飲みなよ」
 「違う……。多分……この……美晴の身体は……、炭酸たんさんジュースが……苦手なんだよ……。くそっ……」
 「ふむ、満足にジュースも飲めないのか。不便ふべんなことが多いんだね。身体の入れ替わりっていうのは」
 「だから……、頼むぜ……。おれの身体……元に……戻すのを……手伝ってくれ……」
 「もちろんだよ。ボクに任せて」
 
 安樹は『美晴』の背中をさすりながら、フフッと笑った。

 「そういえば、どこまでが作戦のうちだったの? 園ちゃんに立ち向かった時は」
 「ただ……ヘリコプターで……びっくりさせて……やろうと……思った……だけだ……。いろいろ……言われて……悔しかったから……何か……反撃をしてやろうと思って……」
 「なるほど。けっこう考えなしに動いたんだな、キミは。しかし、いくつかの偶然が味方してくれたね」
 「自分がなんとかしないと……って……思ったら……身体が先に……動いてしまうんだ……。昔……雪乃を……チョコたろうに……会わせた時も……そうだったし……」
 「雪乃、ねぇ。ふーん……。美晴の次は雪乃。キミの口から出る、女の子の名前」
 「なんだよ……。雪乃が……どうか……したのか……?」
 「……あ、そうだ。風太、疲れてない? 今日、いろいろあったもんね」
 「えっ……? なんだよ……いきなり……。そりゃあ、美晴の身体……だから……疲れやすいけど……」
 「だよねっ! じゃあ、そこのベッドで横になってよ。ボク、その……疲れをやす方法を、知ってるんだ」
 「はあ……? 今から……寝るのか……? それなら……パジャマにでも……着替えてから……」
 「いいからっ! そのまま布団に入って、目をつぶる! 早くしてっ!」
 「う、うん……?」

 『美晴』は、言われた通りカーディガンだけを脱ぎ、花柄はながらのワンピースは着たまま、布団に入った。
 そして、スッと目を閉じると、『美晴』の耳には、誰かが部屋の電気を消す「パチン」という音が入ってきた。

 暗闇くらやみ

 「最っ……高に、癒やしてあげるからね。風太」 
 
 次に『美晴』の耳に入ってきたのは、「パサッ」という、誰かが衣服いふくを脱ぎ捨てる音だった。
 
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