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第十一章:ボクの好きな人
〜幼なじみ(♂)と謎のイケメンが地味子なワタシを奪い合って……☆彡〜 な話
しおりを挟む「げっ……!?」
割とシリアスな空気は、そいつの登場により脆くも崩れ去った。
『美晴』の涙は潮が引いたように涸れ、目尻にわずかな雫だけが残った。
「やあ。会いたかったよ。図書室のストーカーさん」
安樹は、白い歯が輝く爽やかなスマイルで、あいさつをした。
「なんだ? お前、誰だ?」
さらなる正体不明との遭遇に、健也は困惑した。
「聞いているのはボクだよ。まず、キミは誰だ?」
「おれは6年1組の三雲健也だ。よろしくな」
「ああ、よろしくね。それで、健也くんとやらは、ボクの彼女を泣かせて、何をやってるんだい?」
「彼女……? お前、あいつの彼女なのか?」
健也は『美晴』に尋ねたが、『美晴』は首を左右に振って否定した。
「違うって言ってるぞ」
「違わないさ。彼女は、ボクのことが好きだと告白してくれた。ボクはその告白を受け入れ、彼女を素敵だと思った。……これで成立。ボクと彼女は、付き合っている」
「へぇ、あいつと付き合ってるのか? お前」
健也は『美晴』に尋ねたが、『美晴』は首を左右にブンブンと振って強く否定した。
「違うって言ってるぞ。勘違いじゃないか?」
「ふふっ、勘違い? いや、美晴は確かに引鉄を引いたよ」
「みはる? 引鉄? 何の話だ」
「女の子を泣かせるクソ野郎には分からない話さ。美晴に何を言ったんだ? キミは」
「へへっ、また勘違いしてるな。別に、傷付けるようなことは言ってねえよ。おれはただ、一緒にサッカーやろうって誘ってただけだ」
「ふうん、サッカーねぇ。美晴、こいつとサッカーやりたいのかい?」
ピリピリとした空気を感じながら、安樹の質問に対して、『美晴』は小さく首を横に振った。
「フフン、勘違いはどっちの方なんだろうね。美晴は、サッカーなんてやりたくないって言ってるよ」
「今ァ、説得中なんだよ。さっきまでやりたいって言ってたしな。悪いけど、どっか行っててくれるか? お前」
「嫌だね。見過ごせるわけがないだろ。こんな状況」
「じゃあ、おれたち二人は向こうに行こうぜ。ほら、来いよ」
「そんなやつの言うこと聞かなくていいよ。おいで、美晴」
右に健也。左に安樹。
「え……? え、え……!?」
月野内小学校でもトップクラスのルックスを持つ二人が、同時に一人の少女に手を差し伸べている。例えば、この状況に陥ったのが「本物の」女子ならば、思わず歓喜の悲鳴を上げてしまうほどの至福なのだが、この少女『美晴』の中身、風太は男だ。残念ながら、キュンともトクンともならない。
「え、えーっと……」
右を見て、左を見て、右を見て、左を見る。横断歩道を渡る前のように、『美晴』は何度も左右を確認して悩んだ。今この状況で、どちらに従うべきなのか、と。
そして……。
「け、健也……ごめん……!」
申し訳なさそうに、小走りで安樹に近づき、背後にそっと隠れた。
「アハハッ、これがこの子の出した答えさ。キミは選ばれず、ボクは選ばれた。いい子だ、美晴」
「……」
「健也、だっけ? キミ、何か言いたそうだな」
「いや、お前にはねぇよ。おい、そこの……美晴でいいのか、名前」
『美晴』はドキッとした。
「おっ、おれ……!? いや、あの……ごめんっ……」
「謝らなくていい。おれは、美晴を待ってるから。また今度、一緒に遊ぼうな」
「お、おう……」
『美晴』には笑顔を見せ、最後にもう一度安樹と睨み合った後、健也はこの場を去っていった。
その背中が、どこか寂しく悔しそうであることは、親友の風太はしっかりと感じ取っていた。
*
静かな体育館裏には、勝ち誇ったような顔の安樹と、複雑そうな顔をした『美晴』の、二人が残った。
「美晴、ケガはないかい? あいつに何もされなかったかい?」
「やめろよ……。健也は……そんなやつ……じゃない……」
「ふむ、あまり嬉しそうじゃないな。ボクとしては、勇気を出してあいつに立ち向かったんだけど。ケンカにでもなったら、ボク負けちゃうし」
「あいつは……そんな簡単に……ケンカをしない……。おれと……違って……いつも……冷静なんだ……」
「随分、彼のことをかばうじゃないか。でも、気をつけるべきだな。キミみたいな女の子は、ああいうしつこい男に狙われやすい」
「おい……!」
その言葉と同時に、『美晴』は安樹の首元のネクタイをグッと掴み、強い力でねじり上げた。そして、やや威圧感に欠ける垂れ目気味の瞳で睨みつけ、いつもの迫力のない声で精一杯すごんだ。
「おれは……あいつほど……冷静じゃないぞ……! ケンカなら……買う……! おれの……友達を……これ以上……バカにするなよっ……!!」
しかし、それに対しての安樹の反応は、苦しんだり臆したりではなく、自分のネクタイを掴んでいる小さな手をじっと見る、というものだった。……少しだけ、ほっぺたを赤らめて。
「わっ! だ、大胆なんだね。キミって」
「は……? 何を……言って……」
ふにっ。
「ん……? あれ……?」
手の甲で、ふにっ。
「なんだ……これ……? ふにふに……してる……」
「ぼ、ボクの胸」
「なぁっ……!? なんで……だ……!? なんで、こんなに……!?」
「そ、そりゃあ、だって、ボク女だし」
「うひゃあっ……!!」
『美晴』はびっくりしてサッと手を放し、安樹は遅ればせながら腕で胸をガードした。
「お前っ……! おれを……騙したなっ……!?」
「だっ、騙してないよっ! 悲鳴をあげたいのは、ボクの方さっ!」
「そんな……! 安樹のこと……おれ……ずっと男だと思って……!」
「安樹? な、何を言ってるんだい? ボクは安樹。性別は女……!」
「えっ……!? えええええぇっ……!!!?」
*
菊水安樹は、「ヤスキ」ではなく、「アンジュ」というハイカラな名前の女の子だった。
「アンジュ……か……。全く……紛らわしい……!」
「そう言われてもなぁ。ボクの親が付けた名前だもん」
「自分のこと……『ボク』とか……言ってるし……。服装も……男みたいな服……着てるし……」
「あはは、それはボクの個性だよ。尊重してね」
「ふぅ……。とにかく……お前は……『図書室で会える男の子』……じゃない……ってことか……」
「ん? 何の話?」
「いや……こっちの……話……」
「……?」
不思議そうな顔をしながら、安樹はキャスケット帽をとって、頭を掻いた。
安樹が帽子をとると、中に収められていた髪がふわりと現れたので、『美晴』は「帽子をとった顔を見ると、確かに女子に見えるな……」と思った。
「その、さ。健也くんのことは悪かったよ。友達なんだね、キミたちは」
「ああ……。親友……なんだ……」
「そうか。じゃあ、どうしてそんな親友じゃなくて、ボクの方に来ることを選んだのかな?」
「そ……それは……」
「うん?」
「その……なんていうか……」
「もしかして、ボクを親友以上の存在だと思ってくれてるから、なの?」
「えっ……? どういう……意味だよ……」
安樹は、まだ理解していない『美晴』の耳元に近づき、そっと囁いた。
「恋人……とか?」
心臓がドキンとして、『美晴』は慌てた。
「うわぁっ……!? ち、違うっ……!! それは違うんだっ……!!」
「そうなの? ボクはちゃんと、キミの告白を受け入れたけど」
「それは……間違い……なんだ……! だいたい……お前が……女だって……、おれ……知らなかったし……!」
「ボクが女だと、何か困るの?」
「いや……おかしいだろっ……! お前は……女で……『美晴』も……女……だぞ……!? 一応……女と女……だぞ……!?」
「うん。分かってるよ」
「そ、そんなのっ……と、『トレビアン』……になっちゃう……だろ……!?」
「ん? 何? 素晴らしいってこと?」
「お、お前……『トレビアン』……なのか……!?」
「ああ、なるほど」
風太は知っていた。
「風太くん知ってるー? 女の子が女の子を好きになるのは、『とれびあん』って言うんだよー? 昨日、テレビで見たの!」と、雪乃から『トレビアン』という言葉の意味について、教えてもらっていたからだ。
「いや、その……正確には……おれ……男だけど……。と、とにかく……女同士だと……そんなことには……ならないだろうがっ……!」
「そうかなぁ?」
「悪いけど……あの告白は……手違いなんだ……! できれば……あの時のことは……忘れて……ほしい……!」
「へぇ。そうなんだ」
安樹はキャスケット帽を被り直し、帽子のつばで目元を隠しながら、虚しい笑みを浮かべた。
続けてその後、とても小さな声で「……忘れられるかなぁ」と呟いたが、そのセリフは『美晴』の耳まで届きはしなかった。
「じゃあ、キミに改めて聞くけど」
「うん……?」
「キミが健也じゃなくてボクを選んだ理由は、なんなんだ?」
「え、えっと……それは……。あの時……健也とは……話していたくなかった……から……」
「それは、何故?」
「見せたく……なかった……。これ以上……おれの……こんな……恥ずかしい姿を……」
「恥ずかしい姿? どういう意味?」
「いや、気にしなくて……いいよ……。言っても……分からないだろ……」
「キミ、何か悩んでるの?」
「何でも……ない……」
『美晴』は、なにか他人に言えないような悩みを抱えている……と、安樹は察した。まるで、かつての自分同じように、重く、深く、悩んでいる……と。
「そっか。なんだか辛そうだね。その……悩みを話せる人なんかは、身近にいるの? 今、キミの心の支えになってる人はだれ?」
「……!」
『美晴』はハッとして、顔を上げた。
『風太』とは絶縁した。健也からは遠ざかり、雪乃も今は『風太』のそばにいる。母親でさえ、もう自分のことは息子だと呼んでくれない。
現在の人間関係で、味方と呼べるような存在は……。
「い……いない……」
「孤独は辛いよね。よかったら、ボクに話してみない?」
「でもっ……! お前……信じないだろ……絶対……! おれのこと……おかしくなったと……思うだろ……」
「うーん、それはどうかな。ボクも、なかなかおかしく生きてきた人だし。話すだけでも、気持ちは楽になると思うよ」
「話すだけ……でも……?」
一陣の涼風が吹いた。
「……」
胸は、告白をした時以上に、高鳴っている。『美晴』は深呼吸をして気持ちを落ち着け、健也が半分こじ開けていた心の蓋を、安樹の前で一気に開放した。
「お、おれ……! 入れ替わってるんだ……! 美晴と……!」
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