おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十一章:ボクの好きな人

ボクの彼女

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 また泣いてしまった。
 肩は震え、大粒の涙が地面にポタポタとこぼれる。

 「ぐっ……! うう゛ん゛っ……! だ……ダメ゛だ……!」

 風太は、めそめそと泣くのは男らしくないと思い、冷静になるために自分のほっぺたをバチンバチンと叩いた。しかしそれを、美晴の身体はただの痛みだと判断し、より一層の涙をあふれさせた。

 「ぐすっ……。こ、こんな゛ことぐらいで……泣くなよ゛っ……! いつもの゛ことっ……! 泣ぐの゛は……女だぞ……! 美゛晴だぞっ……!! ひぐっ……!」

 必死にブレーキをかけようとしても、止まらない。
 失敗して笑われたことよりも、この『美晴』の姿で男子のみんなとのサッカーに混じろうとしていた自分が、あまりに滑稽こっけいで恥ずかしかった。おろかにもいだいてしまった小さな願いを、脳は忘れたい記憶かのように無理やりかき消し、過去の自分と今の自分を重ねることさえさせなくなった。
 風太は、6年1組の男子たちと今の自分には絶望的な大きさの壁があると、思い知った。健也たちと遊んだあの輪の中には、もう帰れない。

 「う゛ぅっ、んっ……!」

 (おれが、おれじゃなくなっていく……。風太じゃなくなって、美晴になっていく……。このまま行くと、最後に……おれはどうなってしまうんだろう……)

 「全然……何も……止められない……。おれは……もう……」
 「ふぅ、やっぱりここか。いいよな、この場所」
 「!?」

 『美晴』が振り返ると、そこには健也がいた。
 ここまで走って来たようだが、全く息切れしていない。汗一つかかず、いつものように気さくに話しかけてきた。

 「大丈夫か? さっき転んだ時、ケガとかしてないか?」
 「わっ……あ、く……来るなっ……!」

 風太なら恥ずかしくて女子に言えないようなセリフも、健也はごく自然にあっさりと言った。この辺りは、女子とせっする経験値の差かもしれない。
 心配そうに歩み寄ってくる健也に対して、『美晴』はまたさらに逃げだそうとした。しかし、三歩も進まないうちに、腕をガシッと掴まれてしまった。

 「は、放せっ……! 健也っ……!」
 「嫌だ。まだお前との話が終わってねぇ」
 「お前と……話すこと……なんて……ないよ……! どっか……いけ……!」
 「お前がなくても、おれはあるんだよ。後味あとあじの悪いまま消えていくんじゃねえ。気になって夜も眠れなくなる」
 「じゃあ……寝るな……! 朝まで……ずっと起きてろ……! このバカ……!」
 「バカは言い過ぎだろ。初対面の相手なのに、よくそこまで言えるなあ」
 「お、お前だって……! 初対面の女に……気安きやすく……触ってる……だろうが……! 腕を……掴むなっ……!」
 「ははっ、確かにそうだな。でも、なんだかお前は、普通の女子とは違う感じがするんだ。本当に不思議な感覚だけど、初めて会った気がしないみたいな……」
 「う、うるさいっ……! この……手を放せっ……!」
 「なっ!? うわっ!?」

 ベチンッ。
 拘束こうそくからのがれるため勢いよく腕を振るうと、『美晴』の右手は健也の目に当たってしまった。男子同士がふざけているとよく起こる、事故だ。

 「あぁっ……! け、健也っ……!?」
 「いてえ……」

 『美晴』の望み通り、健也は手を放した。しかしそれは、痛みに耐えながら右目を押さえているからだ。

 「お、お前が……悪いんだぞ……! おれの……腕を……掴んだりするから……!」
 「……」
 「なにか……言えよ……! 別に……大丈夫……だろ……? こんなぐらい……」
 「……」
 「いや、あのっ……その……ごめん……。大丈夫か……? 前……見えるか……? まだ……痛むのか……? ちょっと……様子を……みせてくれ……」
 
 事態は深刻かもしれない。そう思った『美晴』が、心配そうに近づくと、健也はニヤリと笑い、今度は『美晴』の両肩をガシッと掴んで、さらにしっかりと捕縛ほばくした。

 「なっ……!?」
 「へへへ、捕まえたぜ。おれの友達のぐらい単純だな、お前は」
 「この野郎……放せっ……! 卑怯ひきょうだぞっ……健也……! おれは……本気で……心配……したんだからな……!?」
 「うん、ありがとな。おれは卑怯者だけど、お前は優しいな」
 「だっ、黙れっ……! さっきから……なにが……したいんだよ……お前……!」
 「決まってるだろ。お前とサッカーやりたいんだよ、おれは」
 「……!」

 現在の、この二人の様子を、遠目とおめから見る。
 
 他には誰もいない、体育館裏。
 真正面で少女の肩をしっかりと掴み、真剣な瞳で気持ちを伝えている少年。少年のその言葉を聞いて、トクンと心打たれたような顔をしている少女。
 男女が見つめ合い、何かドラマチックなことが起こりそうな雰囲気ふんいきになった……が、中身は男女関係ではないので、実際にそういうことは起こらなかった。
 
 じっと見てくる健也に対して、『美晴』は目をせ、言い放った。
 
 「無理……だよ……。今はもう……それは……できないんだ……」

 断られはしたが、健也は食い下がった。

 「何言ってんだよ。やりたいんだろ? ほら、早くグラウンドに行こうぜ」
 「気が……変わったんだよ……。さそってくれるのは……嬉しいけど……、もう……いいんだ……。お前は……一人で……グラウンドに……戻れ……」
 「ああ、さっきのことか? あんなミスぐらい、誰にだってあるから、気にすんなよ。派手に転んで笑われることなんて、おれだってよくあるぜ」
 「違う……。もう……いいんだって……」
 「勘太も、謝りたいって言ってたしさ。あいつも悪い奴じゃないんだ。許してやってくれよ」
 「知ってる……。もう……いいから……行けよ……」
 「おれ、ちょっと嬉しいんだよ。うちのクラスの女子は、男子に混じってサッカーやりたいなんて、自分からは言ってくれないから。あんまり興味ないみたいでさ」
 「知るかよ……。うるさい……かたるな……」
 「でも、お前がチームに入って、女子でも楽しめるってことが分かれば、他の女子たちもやってくれそうだろ? 確かに、ケガの心配とかはあるけど、おれは男子も女子も関係なく、みんなで一緒に遊びたいんだ……!」
 「違う……違う、黙れ……!」
 「だからさ、お前みたいな女子は、なんていうか……おれにとっては『希望」
 「いい加減にしろっ……!! お前の話……聞いてると……頭おかしくなりそうなんだよっ……!!」

 ボコッ。

 「ぶっ……!」

 『美晴』は肩に置かれた手を振り払い、強く握ったみぎこぶしを、身体のひねりと共に繰り出した。
 こぶしは健也の左頬ひだりほおを見事に捉え、健也はその衝撃により、2歩ほど後ずさりした。そして、地面に赤色混じりのツバを吐いた。

 「ぶふっ……!」
 「はぁっ……はぁ、はぁ……! やっと……黙ったか……!」
 「……」
 「痛い……だろ……! 口の中でも……切ったか……? これ以上……痛い目……見る前に……早く消えろ……!」
 「別に。痛くねえ」
 「な、何っ……!?」
 「今、手加減てかげんしただろ。お前は本当に優しいんだな」
 「うわぁあああっ、黙れっ……! うるさいんだよっ……! お前を……本気で……殴れるわけないだろっ……! 健也にも……他のみんなにも……こんな、弱くて……情けなくて……カッコわるい……姿を……見せたくないんだって……! 分かれよっ……! 頼むから……分かってくれよ……! くそ、くそ、消えろっ……! なんで……こんな……女なんだよ……おれはっ……!」
 
 長い髪をぐしゃぐしゃとみだし、『美晴』は思いの全てをヒステリックに叫んだ。苛立いらだちと葛藤かっとうによる頭痛で、顔面は涙と鼻水の大洪水となり、何度ぬぐってもそれは止まらなかった。

 「ううぅ……、ぐすんっ……! うん゛んっ……!」
 「お前は、一体……」

 コツ、コツ、コツ……。ブーツの足音。
 真っ赤な顔で泣いてうつむく『美晴』と、彼女のそばに立ってただ見ている健也に、近づいている。

 「いや、まさかそんな……。でも、もしかして……お前……」

 健也が何かにかんづいてそう言いかけた時、彼の背後はいごで、謎のブーツの足音が止まった。

 「誰だい? ボクの彼女オンナを泣かせているのは」
 「「……!!?」」

 キャスケットぼうを被ったは、怪しい笑みを浮かべながら、二人の前に現れた。
 
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