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㉓ビーフシチュー

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 友緖のことでいろいろ大変だった純也達だが、それから数日後、ゴルフコースのオープン日を決める会議が入り、今度は、あっさりと啓介のOKが出て日程が決まった。

 なんだかんだしていた間にも、順調に雪はとけてくれていたようだった。

 あれから篠原が来ることはなく東雲にも会っていない。そのせいもあり、日を重ねるうちにレストランの空気も元に戻っていった。

 ゴルフコースのオープンが決まれば、それに合わせて忙しさも増し、特にコース管理の者たちはオープン日に向けて連日、激務だった。

 啓介は、このタイミングで篠原に来られると一時間といえど仕事を抜けるのは痛手なので心底、来ないで欲しかった。

 残った雪を除けて、芝のコンディションを整え刈る。カート道も整備して、コース内の木の剪定、ヤード表示やティーマークの設置、取りこぼしがないよう啓介は念には念を入れ何度もチェックをいれた。

 くたくたになって帰ってくる啓介を労るため、ネットで高級入浴剤を取り寄せ、栄養価の高い料理を作り、疲労した体をマッサージをする。
 純也は、いつも以上に啓介に尽くしていた。啓介の仕事が落ち着くまで夜の営みはお預けたが、それは仕方ない。
 啓介以上に大切なものはないので、体を壊すようなことが起きないよう少しでもサポートしできるのも、また幸せなことだった。

 世界中で自分だけが、この役割を得ることができるのだ。自分が料理人としてのスキルを磨いてきたのだって、啓介と出会うためだったに違いない。

 純也は今日、初めて啓介から自分の洋食スキルを活かせるリクエストを受けた。
 同棲して一年、ようやくだ。付き合い始めたのは、それより数ヶ月前なので、さらに長い間待ち望んでいたことになる。

 「啓介さん、何かしてほしいことない?俺にできることならなんでも言って?」

 疲れきった啓介は、日課の晩酌をすることもなく夕食を食べ、食休みにソファーで寝転がっている。

 純也は、そんな啓介の脹脛をマッサージしながら、もっと何かできることはないかと思案していた。

 できることじゃなくてもしてあげたい。

 「ん・・・じゅんや・・・ありがと・・・もぅじゅうぶんしてもらってるから・・・。」

 啓介は、疲れと食後で今にも寝落ちしてしまいそうだ。

 とろとろしている姿は可愛いが、こんなに疲れまくっている恋人にできることがないなんて、辛すぎる。

 「あ・・・でも・・・もし・・・お前がいいなら・・・」

 「なに?何でも言って!!」

 「んー・・・これ・・・」

 啓介は自身のスマホをいじって、その画面を純也に見せてきた。

 メッセージアプリで、送られてきた写真が表示されている。送り主は、腹が立つことにキーパー仲間の伊集だ。

 「・・・伊集さんからですね・・・。」

 写真は、ビーフシチューだった。
 どこか他のゴルフ場のレストランで撮ったと思われるビーフシチューとゴルフウェアの男達が三人写っている。
 一人は伊集だが、あとの二人は純也の知らない顔だった。

 「ラウンドにさそわれたけど・・・今・・・休みとれなくて・・・いけなかったら・・・しゃしんおくってきた・・・。」

 「ビーフシチューは冬のメニューのイメージだけど・・・」
 
 「・・・そこは、夏以外だしてるんだ・・・かんばんメニューだから・・・。」

 メッセージのやりとりの日付は今日だ。

 「じゅんや・・・ビーフシチューがたべたい・・・。」

 えっ!?今、ビーフシチューが食べたいって言った?啓介さんが、ビーフシチューを!?

 啓介の好みは和食寄りだった。口に出したことはないが、純也は早い段階でそれとなく気付いていた。
 別に洋食派になってほしいわけではない。啓介の食べたいものが、自分の作りたいものだ。

 だが、やはり本職をリクエストされるのは嬉しい。 

 「!!!まかせてっっ!!啓介さん!とびっきり美味しいのを作るから!!」

 もう気持ちとしては、啓介のための料理が自分の専門だ。

 「うれしい!楽しみにしてる・・・。じゅんや・・・ありがと・・・。」

 可愛い・・・。疲れの滲む笑顔でも可愛い。眠気と戦う、ふにゃふにゃの口調も可愛過ぎる。

 ビーフシチュー・・・やっと、自分の本領が発揮できる料理のリクエストが貰えた。
 運の良いことに、飲まないからと友緖から譲られた赤ワインもある。
 添えられていたメッセージカードだけは友緖に返そうとしたが、みちるがゴミ箱に捨てた。

 牛肉は、明日、出入りの業者に頼もう。

 「啓介さん!ソファーで寝ちゃだめだって!!お風呂も入るでしょ?」

 「んぅ・・・はいる・・・。」


 
 三日後、啓介の楽しみにしていたビーフシチューが夕食に用意された。

 啓介の瞳がキラキラと輝いている。前日から煮込んでいたので、ずっと良い匂いがしていた。

 「どうぞ♡啓介さん♡♡召し上がって♡」

 純也は啓介の手にスプーンを握らせる。

 「いただきますっ!」

 啓介のスプーンは一口目から、主役の牛肉をすくって口へ運んだ。
 熱かったのか、冷ますように息を吐きながらも咀嚼して飲み込んだ。

 「おいしいっっ!!純也!!めちゃくちゃ美味い!!肉、めっちゃ柔らかい!!」

 「ほんと!?良かった!!いっぱい食べて!!!」

 「贅沢だな、家でこんなに本格的なビーフシチューが食べられるなんて・・・作るの大変だっただろ?」

 「啓介さんが喜んでくれるなら、何をするのも幸せだよ。」

 「・・・純也・・・あと少しで仕事も落ち着いて休みもとれるから・・・そしたら・・・。」
 
 「そしたら?」

 啓介の言いたいことは分かっている。

 スプーン握って、恥ずかしそうな顔してるの可愛い♡♡
 
 「夜・・・ちゃんと・・・。」

 このまま意地悪して、啓介からの夜のお誘いを待つのも良いが、せっかく彼のために作ったビーフシチューが冷めてしまうのはいやだ。  
  
 熱々の一番美味しい状態で食べてほしい。

 「ありがとう、啓介さん♡♡次は、俺が楽しみにしてるね♡♡」

 言葉で誘われなくても、抱くに決まっている。次はこちらが、美味しく頂く番だ。
  
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