119 / 136
118.気になっていたこと
しおりを挟む
イトの世話係としてアローを雇ってもらったのはいいのだけれど、少々居心地が悪い。
イトは最初夫たちを怖がっていたが、三日もすれば少しずつ慣れた。
授乳の際に僕と一緒にいるということもあるのだろう。
柔らかめとはいえ、もうごはんを食べているからお乳は栄養補助のようなものだという。でも僕が本当の親だからいくらお乳を飲んでもいいんだよと言い聞かせたら、言葉はまだわからないものの何かを感じ取ったらしい。ごはんの後もそうなのだけど、おやつの時間とか、寝る前もお乳を飲みたがるようになった。
それがもう嬉しくて愛しくて、いっぱい飲ませてしまう。
「おっき、おっきー!」
と、今は清明に肩車をしてもらってご機嫌である。アローはイトの世話係だから当然一緒にいる。
アローはちょっとでも隙があると、僕を見ている。夫たちのように、僕を愛しくてならないという目で。
そういえば、ずっとこんな視線を感じていた気がする。僕はトラッシュに夢中で、なんだろうと思うことはあってもアローに想われているなんて考えたこともなかった。
我ながら思い込みが激しいと反省する。
そういえばトラッシュがそういう風に誘導していたと言っていたような……。
今僕たちは館の庭園にいた。僕は偉明の腕に抱かれている。その腕にそっと触れた。
「旦那さま」
「リューイ、如何か?」
「その……気になることがあるのですが……アローに聞いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、我も一緒に聞いていい事柄であるならば」
「はい、もちろんかまいません。でも、もしかしたら旦那さまを不快にさせてしまうかも……」
だって聞きたいのは、国にいた時のことだからだ。
「そなたはそのようなことを考える必要はない」
偉明はそうきっぱりと言った。そんな偉明をとても好ましく思う。でも僕が心配しているのは、夫たちを嫌な気持ちにさせることだけじゃない。そのことによって夫たちが僕に愛想をつかせてしまうのではないかということだった。
我ながら自分のことばかりしか考えていなくて嫌になる。
「リューイ、如何かしたのか?」
腕の中にいるせいか、僕がためらっていることに気付かれてしまった。
「その……ぼ、僕……」
「言いづらいことなれば、我の耳元でこっそり伝えてくれ」
「あっ……!」
身体を縦抱っこのようにされて、戸惑った。でもその方が偉明の顔が近くなってどきどきしてしまう。僕は偉明の首に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「……嫌われたくないんです……旦那さまに」
「……何故私がそなたを嫌うと?」
「だって……僕が以前想っていた相手の話なんて、嫌じゃないですか?」
アローに聞こえないように小声でこそこそと話す。偉明はククッと喉の奥で笑った。
「……なんとそなたはかわいいのか……今すぐ押し倒したいぐらいだが、それは我慢しよう。我らがそなたを嫌うことなど万に一つもあるはずがない。もしそなたに好ましからざる行動があれば叱ることはあるだろうが、絶対に手放すことはない故安心せよ」
「……わ、わかりました……」
頬が熱くなる。夫たちのストレートな物言いには未だに慣れなくて困ってしまう。
「アローとやら、妻がそなたに聞きたいことがあるそうだ」
「かしこまりました」
館の侍従が清明とイトの近くに移動する。何かあった時すぐに対処ができるようにだ。冷静な表情か、もしくは感情を押し殺したような表情しかしない侍従長の顔が蕩けている。侍従長は子供が好きみたいだ。
僕が夫たちに何も言わなかったせいで僕は”天使”になってしまった。それで夫たちにはより愛してもらえるようになったけど、もうこの先子を成すことができないことを思うと胸が痛んだ。
でもこれは僕が招いたことだからしかたない。
アローが偉明と僕に近寄り、手が届かないぐらいの位置で立ち止まった。そして僕を見てから拱手し、目を伏せた。
アローも今ではこちらの衣服を着ている。髪は長くないから僕のように結ってはいないし、巨人族の人たちの中で見ると小さいのだけど、それでも頼りなくは見えなかった。
「リューイ」
偉明に促されて、僕はハッとした。そうだ、僕はアローに聞きたいことがあったのだった。
「聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんなりと」
「その……ここにイトを連れてきてくれた時に、トラッシュが、その……アローがトラッシュを想っているように? 僕に見せてた、のかな? なんか、誘導してたって言ってたよね? それって、どういうことだったのかなって思って……」
うまく聞けなくて、以前と同じような話し方になってしまった。
「……はい、そのことでしたか」
アローは思い出したのか、とても嫌そうな顔をした。その表情を見て、なんで僕はアローがトラッシュを好きだなんて誤解してしまったのかと思った。
「……トラッシュ様はリューイ様の心を弄んでいたのです。リューイ様がいらっしゃる時は私にトラッシュ様と腕を組むように言ったり、絶対に自分を優先するようにや、自分を見るようにと言っていましたので。……そうしなければ両親の賃金を減らすなどと言われていましたから聞かないわけにはいきませんでした」
「あ……」
そういえばアローの両親もトラッシュの屋敷に勤めていたのだった。
「あ、あの……今はご両親は……」
「トラッシュ様が私と結婚したいと言いだしたことで、大旦那様と奥様に私が脅されていたことが露見したのです。それでトラッシュ様にそのような権限はないと、両親の賃金を減らすようなことは絶対にないと確約していただけました。ですが、私ももっと早くそのことを大旦那様に伝えるべきだったと今は後悔しています……」
ほっとした。
アローの両親に影響がないならばよかった。
「そう、だったんだ……」
「……情けない話です。恋している人ひとり、私は守れませんでした」
アローは自嘲した。
「……家族でトラッシュの家に仕えていたんだからしょうがないよ」
僕にはそう言うことしかできなかった。
イトは最初夫たちを怖がっていたが、三日もすれば少しずつ慣れた。
授乳の際に僕と一緒にいるということもあるのだろう。
柔らかめとはいえ、もうごはんを食べているからお乳は栄養補助のようなものだという。でも僕が本当の親だからいくらお乳を飲んでもいいんだよと言い聞かせたら、言葉はまだわからないものの何かを感じ取ったらしい。ごはんの後もそうなのだけど、おやつの時間とか、寝る前もお乳を飲みたがるようになった。
それがもう嬉しくて愛しくて、いっぱい飲ませてしまう。
「おっき、おっきー!」
と、今は清明に肩車をしてもらってご機嫌である。アローはイトの世話係だから当然一緒にいる。
アローはちょっとでも隙があると、僕を見ている。夫たちのように、僕を愛しくてならないという目で。
そういえば、ずっとこんな視線を感じていた気がする。僕はトラッシュに夢中で、なんだろうと思うことはあってもアローに想われているなんて考えたこともなかった。
我ながら思い込みが激しいと反省する。
そういえばトラッシュがそういう風に誘導していたと言っていたような……。
今僕たちは館の庭園にいた。僕は偉明の腕に抱かれている。その腕にそっと触れた。
「旦那さま」
「リューイ、如何か?」
「その……気になることがあるのですが……アローに聞いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、我も一緒に聞いていい事柄であるならば」
「はい、もちろんかまいません。でも、もしかしたら旦那さまを不快にさせてしまうかも……」
だって聞きたいのは、国にいた時のことだからだ。
「そなたはそのようなことを考える必要はない」
偉明はそうきっぱりと言った。そんな偉明をとても好ましく思う。でも僕が心配しているのは、夫たちを嫌な気持ちにさせることだけじゃない。そのことによって夫たちが僕に愛想をつかせてしまうのではないかということだった。
我ながら自分のことばかりしか考えていなくて嫌になる。
「リューイ、如何かしたのか?」
腕の中にいるせいか、僕がためらっていることに気付かれてしまった。
「その……ぼ、僕……」
「言いづらいことなれば、我の耳元でこっそり伝えてくれ」
「あっ……!」
身体を縦抱っこのようにされて、戸惑った。でもその方が偉明の顔が近くなってどきどきしてしまう。僕は偉明の首に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「……嫌われたくないんです……旦那さまに」
「……何故私がそなたを嫌うと?」
「だって……僕が以前想っていた相手の話なんて、嫌じゃないですか?」
アローに聞こえないように小声でこそこそと話す。偉明はククッと喉の奥で笑った。
「……なんとそなたはかわいいのか……今すぐ押し倒したいぐらいだが、それは我慢しよう。我らがそなたを嫌うことなど万に一つもあるはずがない。もしそなたに好ましからざる行動があれば叱ることはあるだろうが、絶対に手放すことはない故安心せよ」
「……わ、わかりました……」
頬が熱くなる。夫たちのストレートな物言いには未だに慣れなくて困ってしまう。
「アローとやら、妻がそなたに聞きたいことがあるそうだ」
「かしこまりました」
館の侍従が清明とイトの近くに移動する。何かあった時すぐに対処ができるようにだ。冷静な表情か、もしくは感情を押し殺したような表情しかしない侍従長の顔が蕩けている。侍従長は子供が好きみたいだ。
僕が夫たちに何も言わなかったせいで僕は”天使”になってしまった。それで夫たちにはより愛してもらえるようになったけど、もうこの先子を成すことができないことを思うと胸が痛んだ。
でもこれは僕が招いたことだからしかたない。
アローが偉明と僕に近寄り、手が届かないぐらいの位置で立ち止まった。そして僕を見てから拱手し、目を伏せた。
アローも今ではこちらの衣服を着ている。髪は長くないから僕のように結ってはいないし、巨人族の人たちの中で見ると小さいのだけど、それでも頼りなくは見えなかった。
「リューイ」
偉明に促されて、僕はハッとした。そうだ、僕はアローに聞きたいことがあったのだった。
「聞きたいことがあるんだ」
「はい、なんなりと」
「その……ここにイトを連れてきてくれた時に、トラッシュが、その……アローがトラッシュを想っているように? 僕に見せてた、のかな? なんか、誘導してたって言ってたよね? それって、どういうことだったのかなって思って……」
うまく聞けなくて、以前と同じような話し方になってしまった。
「……はい、そのことでしたか」
アローは思い出したのか、とても嫌そうな顔をした。その表情を見て、なんで僕はアローがトラッシュを好きだなんて誤解してしまったのかと思った。
「……トラッシュ様はリューイ様の心を弄んでいたのです。リューイ様がいらっしゃる時は私にトラッシュ様と腕を組むように言ったり、絶対に自分を優先するようにや、自分を見るようにと言っていましたので。……そうしなければ両親の賃金を減らすなどと言われていましたから聞かないわけにはいきませんでした」
「あ……」
そういえばアローの両親もトラッシュの屋敷に勤めていたのだった。
「あ、あの……今はご両親は……」
「トラッシュ様が私と結婚したいと言いだしたことで、大旦那様と奥様に私が脅されていたことが露見したのです。それでトラッシュ様にそのような権限はないと、両親の賃金を減らすようなことは絶対にないと確約していただけました。ですが、私ももっと早くそのことを大旦那様に伝えるべきだったと今は後悔しています……」
ほっとした。
アローの両親に影響がないならばよかった。
「そう、だったんだ……」
「……情けない話です。恋している人ひとり、私は守れませんでした」
アローは自嘲した。
「……家族でトラッシュの家に仕えていたんだからしょうがないよ」
僕にはそう言うことしかできなかった。
27
お気に入りに追加
2,679
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる