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パラサイト

覚醒

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  いや、落ち着け。
  ショウジョウバエの産卵と、ある日、大正時代の学者がヒエログリフの難解文字を読めるのは次元が違う。

  世紀末を経験したのだ。サラッと、トンデモ理論を混ぜたって、もう、騙されないぞ。

  私は両の手を握りしめた。

  「エト・イン・アルカディア・エゴ…私たちは、死者と共に生きているのです。
  そして、その時が満ちるとき、指導者として選ばれた人が、すべての記憶を解放され、知ることができるのです。」
雅苗の言葉が耳に響く。

  北城の『お前はもう死んでいる』の和訳が頭を駆け巡る。

  私は…まだ、生きていると、言えるのだろうか?

  ふと、マッソスポラに感染した蝉が頭をよぎる。

  腹が胞子を撒きながら抜け落ちても、彼らは、気づくことなく同族を誘惑する…

  多分、自分の子の夢を見ながら。

  「どうかしましたか?」
動かなくなる私を心配するように雅苗が聞いた。

  あなたのせいです。とは、言えずに、愛想笑いをしてしまう。

「いえ、大丈夫です。」
私は、強がりを言った。

  今、本当に死んでいたとして、慌てても仕方ない。
  北城に、すべてを託したんだ。
  奴なら、こんな時、間違うことなく処置をしてくれる。
  だから、私は、今の私の出来ることをやれば良い。
  私は、温室に歩きだす。
  まずは、レイか、長山か…を何とかしなくてはいけない。

  「それで、温室についたら、何をすればいいのですか?
  ハリガネムシになりたくはありませんからね。」
私は、雅苗に聞きながら深呼吸をする。

  そうだ。ぐだぐだ過去の話を聞いてもわからん。

  私は、殺虫剤と虫と人生の大半を過ごし、生業(なりわい)とした。

  彼らの命と引き換えに、私は、彼らと共存する社会を構築する手助けをしてきた。そう、信じている。

  これは、幻覚作用のあるウイルスで、長期間潜伏するが、爆発的な感染力はない。

  なんとか、食い止められれば、この辺りの生態系への影響も少なくてすむに違いない。

  「ハリガネムシ…?」
雅苗は、不思議そうに私をみる。

  (///∇///)…

  いや、あなたが、私にそういったんじゃないですか、地下室でっ!

  と、思ったが、恥ずかしくて言えなかった。
  大体、あれは、幻覚だったのだ。

「何でもありません。すいません。」
私は、1人先を歩き出す。
雅苗は、私の後を追う。

「覚醒してください。あなたなら、きっと、試練を通り越せるはずです。」

雅苗は、私に追い付くと耳元に唇を寄せ、そう言って消えた。

  ふと、草柳レイの唇を思い出した。


  次の瞬間、辺りが漆黒の闇に包まれ、気がついたら温室にいた。
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