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パラサイト

幻覚

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  雅苗は、静かに私に微笑みかけていた。
  長く感じたが、多分、一瞬の事だと思う。
  私は、その笑顔の悲しさに胸がつかれる。

  「尊行のメモ書きが机の2番目の引き出しにあります。それを読んでください。」
雅苗の言う事を私はきかなかった。

  メモの代わりに私は、雅苗の頬へ手を伸ばした。

  雅苗は悲しそうに私を見つめてはいたが、逃げようとはしなかった。

  私の右の指は、彼女のほほを触れていた、が、感触はなかった。
 
  「いつ…気づいたのですか?」
雅苗は、まるで私の指の感触に反応するように、せつなげに眉を寄せる。

「昔の君の姿を思い出した時に。私は、人の顔を覚えるのは苦手でね、高校の友人の顔すら忘れてしまうんだよ。
  なのに、一度、イベントで知り合った少女を覚えてるなんて、おかしいんだよ。」
私は切なくなる。
  雅苗は、泣きそうに笑って、私の左腕に自分の右腕を絡ませる。
「恋をした…とか、思いませんでしたの?」
「好きですよ。ウスバキトンボは、昔から大好きな虫の一つです。」
私は、あのイベントで私の頭に止まるウスバキトンボを思い出していた。

  夏の青々とした稲の上を泳ぐように飛ぶトンボ…子供達の声。

  私は、何かの幻覚を見ているのだと自覚していた。
  雅徳(まさのり)さんの虫を媒体にしたガイア論を思い出していた。

  これも…虫が運ぶ幻覚なのだろうか?

  などと、感慨にふけってはいられなかった。
  階段を荒々しく降りてくる足音がした。

  それから、乱暴に戸を叩く音…そして、溶生(ときお)さんのよく響く怒声が私を呼んでいた。

  「池上くん!はやく、雅苗から離れるんだっ。」

  (○_○)!!

  ビビった…そして、後ろに下がろうとしてひっくり返る。

「それは、雅苗ではない!ソイツは…」

「わ、若葉さん!す、すいません、私はっ…何も、
  い、すぐでます。」
私はパニックになる。

  疑われる
  ボコられる
  嫌われる
  捕まるっ(>_<。)

  どうしたら…

  私はあたふたしながら、雅苗に鍵をくれるようにジェスチャーする。

  そんな私に雅苗は、近づいて、私は不覚にも悲鳴をあげた。

  雅苗は、尻餅をつく私に馬乗りになり、ゆっくりと左の耳に柔らかい唇を寄せてこう言った。

  「私を…幻覚だって…意地悪を言ったのは、あなたよ。」


  次の瞬間、私は気絶をした。
  
  意識を取り戻した時には、暗い部屋に一人きりだった。
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