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オーディション

最終選考

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 「最終審査は、自称軽井沢の別荘でした。」
秋吉は、その時を思い出すように軽く目をとじた。

 オーディションの話をする前に、少しだけ彼の射止めた作品について説明をしよう。

 作者は音無おとなし不比等ふひと

 よくあるインターネットの無料小説サイトで突然頭角を現した人物だ。
 昭和の怪奇ものを思わせる作風で、そのサイトでは異色の作品らしい。
 ただ、処女作での急激な好評価、どこかで読んだ事のある懐古趣味の内容に不正とパクリの疑惑も囁かれている。

 そして、作者の音無は金持ちだ。
 それは指定された駅で待っていたベンツを見たときの秋吉の感想だ。

 秘書と名乗る初老の男性が秋吉を迎え、車に乗せると、携帯などの端末をとられ目隠しをさせられた。
 「目隠しですよ。目隠し!有名人で無くても、隠しカメラを探したくなりますよね?」
少し興奮ぎみに秋吉が叫んだ。
「…よくついて行く気になったね。」
「それは、ついてくでしょ!!テレビに出演られるかもしれないんだからっ。でも、心配にもなりました。俺がアニメの主役のオーディションの最終に残るなんて…ありえないですからね。やはり、偽の企画かもって…」
秋吉は寂しそうに呟く。  
 最近の声優とは、顔もスタイルも良くないと売れないらしいが、秋吉も整った顔をしている。
 形の良い真っ直ぐに延びた鼻と、涼やかな一重の瞳、少し小さめの花弁はなびらのような下唇。

 身長は180センチと、さほど高くもないが小顔のせいで、しっかりと7頭身以上のプロポーションを保っていた。
 「でも、秋吉、事務所からの紹介なら、まず間違いないだろ?いや、本当にテレビで見るような、突然のドッキリなんてあるのか?」
酎ハイに酔わされて、私もミーハー気味に浮かれた気持ちになる。
 考えれば、アニメのオーディションに合格したから飲んでいるのだ。ドッキリであるはずはない。
「さあ…でも、俺なんて、登録期間としばかりくっても、大した役は回ってこないし、才能ないんですよ。俺の名前なんて、誰も知らないしぃ。もう、このオーディションで落選おちたら、実家に帰るつもりでしたっ。」
今までの苦労を思い出したのか、秋吉はテンション高めに嬉しそうに語る。

 「まあ…、この作者が金持ちで、道楽みたいな作品だから、俺みたいな半端者が選ばれたのかもしれませんね。」
次には、不安げに秋吉はテーブルを見つめて黙り混む。
 まあ、仕方ない。

 私もここに来る前に調べてみたが、この作品は全てが異例ずくしで、それについての意見を探すのに苦労はしなかった。

 処女作での上位ランクいり、
 最短での書籍化決定。
 無名の新人なのに、同時アニメの製作決定。

 そのサイトでは、あまり強くないホラー部門での作品投稿。

 SNSの人気者のテンション高めの推し記事。

 プロの作家のイタズラか、二世のテコ上げなのかと噂が飛んでいた。

 「しかし、私もWeb版を読んでみたけど、わりと面白い話だったよ。」
私は昼に読んだその物語を思い出した。

 題名は「シルク」

 大正時代を舞台に奇怪で、レトロな怪奇ミステリー作品である。
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