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第四章 聖女編

48 再会しました

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 魔女の家は貴族を思わせるほどに立派な屋敷だった。貴族でいうと子爵レベルじゃないだろうか。
 僕は開いた口が塞がらない。
 屋敷の大きさに対してではなく、いち市民で、この規模感の屋敷を持っていることに対してだ。
 どうやら魔女が、領主でさえも引け目を感じるほど偉い存在なのは本当らしい。
 
「こっちよ」
 
 カレンは緊張している様子もなく、庭園をずんずん進んでいく。
 こういう時はカレンが羨ましい。
 貴族社会を知ってしまっている僕は、他人の敷地を我が物顔で歩くことなどできない。
 
「か、カレン。招待されたときの礼儀作法っていうのがあってね……」
「は? 礼儀って何よ。貴族じゃあるまいし」
 
 ハッとした。そうだ。今の僕は貴族じゃない。礼儀作法云々に囚われる必要はないのだ。
 
「ごめん。僕が間違ってた」

 僕はカレンのあとを追った。
 やっぱりちょっと緊張しつつ。
 
 知らない植物の庭園を抜けると、屋敷の全貌が見えてきた。聞いていた通り屋敷には店の機能もあるようで、一面ガラス張りの部屋が正面に見える。専用の出入り口もあることから、あそこが魔道具店なのだろう。ただ、見た感じ店は閉まっているようだ。
 僕たちが玄関に着くと同時、扉は開いた。
 使用人だろうか。それと見知った顔が嬉しそうに現れた。
 
「よくきたな英雄の兄ちゃん! あの時の仮りを返す時がきたってもんだ!」
 商人のおじさんだった。
 出会った時とは違い、随分と良い身なりをしている。
 一瞬誰だかわからなかったほどだ。
 
 「ええ!? アレクの知り合いって大商会の会長さん!?」
 突然カレンが大きな声をあげた。

 「大商会?」

 何それ。

 「街一番の商会でしょ!? 無知にも程があるわよ!」

 カレンが捲し立てた説明を要約すると、とにかく凄い人ってことらしい。
 いや、まあ、なんとなくわかってたよ。
 名の売れた魔女の伴侶が、普通の商人ではないことくらいさ。
 
 「お、さすが英雄の兄ちゃんだ。オラの正体を知っても驚かないんだな」
 商人は褒めてくれるが、僕が単純におじさんの凄さを知らないだけだ。
 それはそうと。
 「どうして身分を隠してたんですか?」

 どこからどう見ても普通の商人にしか見えなかった。

「そりゃあ、兄ちゃん。下に見てもらうためさ。商人はただ物を仕入れて売るのが仕事じゃねえのよ。利益を上げないとな」
 
 それがどうして下に見てもらうことと関係あるのだろう。
 商人は面白そうに笑う。

「世の中には無知の商人が少なくない数いるんだな、これが。オラたちからすりゃ結構な値打ち物を安売りしていたりするわけよ。当然買い占めたいわな。でも、見るからに金持った商人が来たらどう思う?」
「その人は、安く売るのをやめるでしょうね」
「そうだ。無知の野郎が物の価値を知っちまう。賢くなっちまうのさ。それは面白くないだろ?」

 面白くない、という意味はよく分からないが言いたい事は理解できた。
 つまりあえて身分を下に見せることで本来価値がある物を買い占めても不信がられない。むしろ無知の商人にとっては格好の的になるわけか。
 ……本当は、安売りしている商人の方が格好の的なのだが。

 物の価値を見誤れば損をする世界。
 商人の世界は怖いな。
 
「でもそれが面白いんだけどな! ははは!」
 おじさんは笑っていた。
 商人が天職だったのだろう。
 
 それから暫く話し込んだ後、「英雄の兄ちゃんたち、また後でな」そう言って商人はどこかへ行った。
 大商会の会長ということだから忙しいのだろう。
 「英雄って何よ」
 使用人に応接間まで案内してもらっていると、隣のカレンからなんとも言えない視線が向けられる。
 心が痛い。

「な、なんのことか分からないな」

 しらばっくれることにした。

「会長さんに呼ばれてたじゃない。英雄英雄って」

 まあ聞こえていたよね。
 この場合、どう答えるのが正解だろう。
 難しい。

「ここです。中で奥様がお待ちです」
 悩んでいるうちに部屋の前に着いてしまった。
 使用人が扉を開け、僕たちは部屋に通される。
 狭くもなく広くもない部屋には、妙齢の女性が座っていた。
 綺麗だと思った。歳をとっているはずなのにそれを全く感じさせない。魔女という呼び名に相応しい人だ。
 使用人がお辞儀をして部屋を出ていく。
 魔女は、ゆっくりと立ち上がると、
「ようこそおいでくださいました、英雄様と奥方様。お待ちしておりました」
 優しげな笑みを浮かべた。

「お、奥方……!?」

 隣で顔をみるみる赤くするカレンが見えたが、一旦無視する。

「アレクでいいですよ。初めまして、魔女さま」
「そんな恐れ多いです。英雄様を名前でお呼びするなど」

 ここでも英雄だった。

「僕は英雄じゃありませんから、そう畏まらないでください」
「いえ、夫から話は伺っています。悪い騎士を一刀両断されたとか。まさに英雄の立ち姿だったと、夫はそれはもう興奮しておりました」

 うん、色々と間違っている。
 確かに騎士は倒した。けど、それは門兵を助けたかったからだ。
 誰だって困っている人がいれば手を差し伸べるんじゃないだろうか。
 もちろん困っている人や状況にもよるだろう。あの時は、騎士が相手だったからみんな動けなかったかもしれない。
 でも仮に、相手が自分より弱いことが分かっていたら? 困っている人が知り合いや家族だったら?
 助けるはずだ。
 僕がやったのはそれと同じことだ。
 自分の力が及ぶ範囲で、人助けをした。
 それだけのこと。
 英雄と称えられるものではない。
 
「あの時旦那さんにも言いましたけど、僕は英雄ではないです。本当に違います……」

 英雄英雄と呼ばれ続けると、いい加減にしろと思う。
 僕はただの無職。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
 魔女は、ふふっと笑った。
 馬鹿にしたのだろうか。

「ああ、勘違いしないでください。夫の言う通りだと思ったものですから」
「え?」
「英雄様ーーいえ、アレク様は、騎士を倒すほどの力があるのに、謙虚な人だと。弱き心を知る強き方だと。夫は言っていました。それを聞いて、わたくしは是非ともひと目お会いしたいと思いました。まさに物語に登場する英雄のようなお人だと感じたからです」
「……」
「アレク様が、英雄と呼ばれることに抵抗があるのでしたら、もう二度とお呼びしません。夫にも伝えておきます。ですが、これだけは覚えておいてほしいのです。あなたは、英雄ではないかもしれない。英雄とはかけ離れた人なのかもしれない。しかし、あなたは、英雄にたりうる人なのだ、ということを」
 最後に魔女は、聖女のような笑みを浮かべたのだった。
 
「話が長くなってしまいましたね」魔女はそう言って本題に入る。
「意識が戻らない妹様を診てほしいということでしたね」
「はい」
「どうぞこちらへ」
 僕は入ってきた扉とは違う扉に案内される。
 応接間の隣には小部屋があった。簡素なものだがベッドが置かれている。すぐ診察できるように、わざわざ準備してくれたのだろう。
 部屋の奥を見ると、そこにも扉があった。
 あの先は別の部屋に繋がっているのだろうか。

「ずいぶんと扉が多いんですね」
「ご存じかどうかわかりませんが、わたくしは魔道具製作を得意としておりますので、色々と変な輩に狙われることがあるのですよ。そのための工夫ですね」

 建物の構造を複雑にすることで悪者に侵入されても逃れるようにしているのか。それと貴重な魔道具を盗まれないようにもしているのかも。ともかく他にも隠し通路や隠し扉がありそうだ。
 
「著名な魔女さまにも苦労があるんですね」

 何気なく放った言葉だったが、

「好きでなったわけではないのですけどね……」

 少し。
 魔女は悲しげな顔をしたのだった。
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