九段の郭公

四葩

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1章

9【アグリ班と春の終わり】

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 特別局には、多くの異性装調査官〝クロス〟と、女性への色仕掛け調査官〝ユーバ〟が所属している。
 各班に3組以上のバディが在籍し、班の数は様々な年代、任務傾向などによって細かく別れ、正確な総数は部長以上の上官しか把握していない。
 そんな中、当代きっての名評判を誇るのがアグリ班だ。班員は抜群の美貌と優れた実力を持つ粒揃いで、総合評価はほぼトップを独占している花形班である。
 他班のクロスらは密かに『抱かれたいアグリ班ユーバランキング』なる物を作成し、日々トップインテリイケメンで目の保養を行なっている。新人の入庁する春は、特にこれが盛り上がる時期なのだ。
 しかし彼らは知らない。アグリ班のユーバ陣は、そのほとんどが残念なイケメン。しかも変質者かサイコパスに限りなく近いという事を。
 因みにそんなアグリ班、クロス陣の間では『残念なユーバランキング』が作成されている。

「りっちゃん、おはよー! 今日も可愛いね、大好きだよ!」
「おはよ」

 残念なユーバランキングぶっちぎりの1位がこの男、朝夷あさひな 長門ながとだ。
 顔良し、スタイル良し、頭良し。仕事は完璧にこなす上に愚痴も言わない、鉄壁のメンタルで完全無欠。抱かれたいランキングでは常に阿久里あぐりと1位争いをしているという、正に極上ユーバーな男だ。
 しかし、その本性は人格破綻のサイコパスで、粘着質なサディストである。ワーストワンの最たる理由は、完璧な容姿と仕事振りの傑出に比べ、短所が目をつぶる範疇を遥かに超えているからだ。

「りっちゃん、ハグして良い?」
「してから聞くな」
「りっちゃん、チューして良い?」
「駄目に決まってるだろ」
「りっちゃん、イントレしよ?」
「……かった……ッ、わかったよッ! やるから、じわじわ締め上げるの止めろ!」

 丹生としては、朝夷となつめのサイコ具合はかなり近いものがあると思っている。棗と違い、朝夷は上手く隠して立ち回るぶん、余計にタチが悪いのだが。

「はぁ……ホント、顔だけはSクラスなのになぁ……」
「やだなぁ、そんなに褒められたら出ちゃうじゃないか」
「何が!? てか全然褒めてないからな!」
「ああー、いつ聴いてもりっちゃんの突っ込みは最高だよ! ほんと好き!」
「もうヤダこいつ……」

 本当に残念である。今年も残念1位は朝夷で確定、むしろ殿堂入りするんじゃないのかとすら思う丹生だった。

「今日も朝から元気だな、お前ら」
「おはよ、棗……」
「お疲れ」

 そして残念ユーバ第2位が先ほど名前の出たこの男、なつめ  蔵人くらうど
 これまた顔も頭もすこぶる良いのだが、年齢性別問わずの色情魔で、非常に手癖が悪い。そして何より、仕事のやり方が洒落にならないほど汚いのだ。
 任務において「殺し以外なら何でもする。時と場合によっては殺す」と公言してはばからない。不意打ちカウンター騙しブラフは当たり前。恐喝、恫喝、拷問まがいの事までやるため、各所から恨みを買いまくる、管理職の頭痛の種である。
 品のある顔立ちに悪そうな影を落とす所が人気を集め、抱かれたいランキング3位に入っている。

「おー、なんだか珍しいメンツだなぁ」

 そこへひょっこり現れた阿久里あぐり 玲遠れおんが、残念ユーバ3位だ。上位2名に比べると、残念レベルは比較的、低めである。
 班長を務めるだけあり、基本的に常識があって人当たりも良く、仕事においては文句無し。だが、バディの尻に敷かれ過ぎて不甲斐ないという難点が、逆に目立ってしまうのだ。
 何を置いても椎奈しいなを優先し、口を開けばあおい、葵、と顔色をうかがってばかりで、鬱陶しい事このうえない。それさえ無ければ完璧なのに、というガッカリ感が、残念ランク3位に押し上げている。
 ユーバで真面まともな良い男と認められているのは、郡司ぐんじ 貴将きしょうただ1人というのが、花形班の悲しい現実だ。朝夷や阿久里のような王道美男に比べて華に欠けるものの、常に冷静で的確な判断力を持ち、仲間や部下を大切にする温厚な人物である。
 他班からは外見のいかつさから敬遠されており、「人は見た目じゃないんだよ」と言って回りたい丹生だった。
 因みにアグリ班を含む他班ユーバの間でも、『抱きたいアグリ班クロスランキング』が存在する。
 上位をキープするのは神前かんざき 那々緒ななお、丹生 璃津りつ、椎奈 葵だ。
 神前は容姿の端麗さと明晰な頭脳、神経質そうな顔立ちの割にさっぱりした性格で定評がある。皮肉や毒舌も、綺麗な花にはトゲがある的な魅力となっている。
 丹生はミステリアスな色気と無邪気な内面のギャップが、堪らなく萌えツボを刺激するらしい。丹生の無垢で鮮やかな笑顔は〝破顔はがん一笑いっしょう〟と呼ばれ、任務時の必殺技だ。
 椎奈はビスクドールのように華やかで愛らしい外見と、任務成績の優秀さで他班のユーバに人気が高いが、班内では阿久里の恋人という事でランキング外である。その強すぎる愛情ゆえ、阿久里のユーバ任務が成果を上げれば上げるほど機嫌が悪くなるという矛盾を抱えており、たまに爆発する事がある。いわゆる地雷なのだ。
 アグリ班所属のクロス、羽咲うさき 慧斗けいとは顔も成績も良いのだが、バディの棗同様、倫理観に問題有りなうえ、ユーバに対する当たりのキツさにより敬遠されている。
 小鳥遊たかなし 真琴まことつじ 米呂まいろは、班のバックアップが主な仕事であり、目立つ潜入より地味な任務がほとんどである。ユーバでもクロスでもないため、この2人もランキング外だ。
 朝夷、棗、阿久里、と顔だけはSクラスのユーバたちと、彼らへ熱い視線を送る他班のクロスらとを交互に見て、丹生はひっそり溜め息を吐いた。
 今年ももうすぐ、春が終わる。



「あー、怠い、働きたくない……。労働義務……? 勤労意欲……? 知るかそんなもん……」

 オフィスラウンジのソファへ横たわって電子タバコを吹かす丹生が、聴く者のやる気をごっそり削ぎ落とすような声でぼやいていた。通りかかる職員はギョッとしつつ、丹生を取り巻く鬱々とした雰囲気に声もかけられない。

「ちょっとアレ、どうしたの? 五月病?」
「定期の虚脱と天気鬱だろ、多分」
「ああー、なるほどな……」

 もくもくと煙を吐き出す丹生を遠巻きに見る小鳥遊、神前、阿久里、相模さがみ。通りかかった辻が、思い出したように声を上げた。

「はやいなー、今年ももうそんな時期かー」
「それってどういう意味ですか? 辻さん」
「璃津は雨が降るとダメなんだよ。そろそろ梅雨入りも近いだろ? ここんとこ、雨続きで湿気しっけてるからな」
「湿気に弱いとか、デリケートなお菓子みたいですね」
「本人いわく、気圧の問題らしいぞ。よく雨が降ると頭が痛くなるって子、居るだろ? あんな感じらしいわ」
「加えて、多忙のしわ寄せが一気に来てるんだろ。最近、やたら疲れてたし。定期的に死んだ魚の目になるんだよ」
「な、なるほど……」
「ああなったらテコでも動かないからな、アイツ。しばらくはほっとくしかないぜ」

 ベテラン勢は扱い慣れた様子で、それぞれ仕事へ戻っていく。
 そこへ都合よく、場の空気を打ち壊す人物が登場した。

「りっちゃん、たっだいまー! 久し振りだねー、会いたかったよぉー!」
「おかえりー……」

 1週間の出張から戻った朝夷だ。またしても両手に大量の紙袋をたずさえ、丹生まっしぐらである。

「あれ、どした? 元気ないね。具合悪い?」
「んー……」
「お土産買ってきたよ! ほら、開けてみて!」
「んー……」
「りっちゃんってばー、起きてよー!」
「うぅーん……うるさいよーもぉー……。12年も組んでんだから、いい加減、俺のクール把握しろよぉ……」
「クール? なんの? 生理?」
「くたばれ」

 朝夷の最も悪い部分がこれである。人の状態をまったくかえりみないうえに、理解しようとすらしないのだ。
 これまで何度も雨が降ると体調不良になると伝えたが、翌日には綺麗さっぱり忘れてしまう。

「もう喋るのも面倒くさい……。ほっといて……」
「ええー!? 酷いよぉ! 1週間ぶりなんだよ!? チューとかハグとかないの!?」
「ねーよ。俺の世界はお前中心に回ってないからな」
「ああー、久しぶりのりっちゃんの突っ込み! 気持ちいい!」
「はぁ……もういいわ、怒るのもしんどい……」
「よっこいしょっと」

 最早されるがままの丹生を膝に抱え上げ、土産を披露し始める鋼のマイペース、朝夷。

「今回の現場は鎌倉だったから、早咲きの紫陽花がちらほら咲いててさ。最盛期には一緒に見に行こうね。あ、このトンボ玉のヘアピン、りっちゃんに似合いそうだなって思って買っちゃった。それから天然石のアンクレットにー、ガラス細工の小物入れにー、後はねー……」

 朝夷の熱弁はとどまるところを知らず、結局、全ての解説に小1時間かかった。ソファ脇の灰皿は、丹生の捨てた煙草の吸殻で溢れかえっている。

「でねー……って、りっちゃん聞いてる?」
「んー……聞いてる、聞いてる……」
「じゃあ、どのお土産が1番気に入った?」
「あー……それで良いんじゃね……」
「……俺のこと好き?」
「へー……そりゃすごいなー……」
「……りっちゃん、イントレしに行こうか」
「おー……」

 呆けて何も聞いていない丹生を抱え、嬉々としてイントレルームへ向かう朝夷を横目に、調査官達は揃って深く嘆息した。

「この時期、朝夷さんにとっては天国だろうな」
「俺らにとっては地獄だけどな……」
「丹生さん、本当に雨の日ダメなんですね。ますます繊細でミステリアス……」
「おい班長、璃津の仕事は全部、朝夷さんに回せよ。良い思いしてるんだから、それくらいして当然だろ」
「ハハハ……まあ、そうだね……」

 神前の冷徹な言葉に苦笑する阿久里の頭痛の種は、当分、解消されそうもないのだった。
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