スノードロップに触れられない

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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7章【虚無的で悲観的な思想は、客観的に見て滑稽か】

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 オメガだからこそ、アルファに劣等感を抱く。

 多少なりとも、矢車にはその感覚が理解できた。

 つまり……上司である茨田が突然、部下である松葉瀬を邪険に扱うのは……理解できる。

 ――ただ、許容ができないだけで。


「希少な性別同士、仲良くしてあげたいだけですよ」


 書類を仕分けながら、矢車は一つのバインダーを見つける。


「……あっ、ありましたよ、課長! 五年前の給与――」


 バインダーに貼られたテープ。そこに書かれた書類の見出しに、矢車は声を張り上げようとした。

 しかし、その声を茨田が遮る。


「――なら、私とも仲良くしてくれたっていいんじゃないか?」


 不意に。

 矢車の手から、バインダーが滑り落ちた。

 バサリ、と、バインダーの落ちた音が響く。


「……なにを言ってるんですか、課長……っ?」


 ――いつの間に、茨田は背後へ回ったのだろう。

 理解が追い付かないまま、矢車は口角を上げた。……虚勢だ。

 背後に立つ茨田は、矢車の腕を掴んでいる。

 そしてそのまま、矢車を棚に押し付けた。


「まるでボクが、課長とは仲良しじゃない……みたいな言い方ですねぇ? ボクなりに、課長とはオメガ同士……仲良くしてたじゃないですかぁ?」


 どことなく、嫌な予感がする。

 矢車は言葉にできない感覚を抱えつつ、何とか平静を装う。

 対する茨田は……どこか、冷静に見えた。


「オメガの私より、アルファである松葉瀬との方が……よっぽど、仲良しに見えたけどね?」
「ヤダ、茨田課長ったら……ヤキモチですかぁ? カワイ~」


 語調を弾ませ、唇で弧を描く。

 ――しかし、矢車の目は笑っていなかった。

 ――それと同様に、茨田の目も……笑っていない。


「矢車。私は先日、後天性の……第二の性について、診断を受けた」
「みたいですねぇ? 皆の前でカミングアウトしたのは、本当にカッコいいと思いますよぉ?」
「そうかい? ありがとう」


 腕を掴んでいない方の手が、矢車へ伸ばされる。


「それから、ずっとなんだよ。あの日……後天性の診断を受けてから……ずっと」
「……っ」


 茨田の手が、矢車の首筋を撫でた。


「――きみが、特別に見えて仕方なかったんだ」


 武骨な手は、間違いなく男のもの。

 なのに、全く……松葉瀬とは、似ても似つかない。


「……もしかして、ボク。ずぅっと、騙されてた感じですかねぇ?」


 二人きりの書庫。

 この場所には普段……誰も、寄り付かない。

 そんな状況で、自分よりも体格がいい男に……矢車は、迫られている。


(さて、どうしよっかなぁ……?)


 必死に、虚勢を張り続けてはみるものの。

 今の矢車は……『絶望的です』とは、笑えなかった。

 ふと、ベータの親友が言っていた言葉を思い出す。

 ――松の花言葉は、希望。

 【希望】という花言葉を持っているのは、松だけではなく……他にも、ガーベラやスノードロップ。


(イヤだなぁ……。ボク、もしかして……)


 ――それらの花に、もう二度と……触れられないのかもしれない。

 そんな詩人じみたことを、矢車は思わず考えてしまった。




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