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5章【突発的に輝かれても、静観的に】
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しおりを挟むジュゥ、と、肉の焼ける音が響く。
「――さて、センパイ? ボクになにか、言いたいことがあるんじゃないですかぁ?」
小さな個室で、二人きり。
正面に座った矢車は、松葉瀬を眺めてそう訊ねた。
口角を、楽し気に上げながら。
「あ? 先輩様に肉焼かせながら、なにほざいてんだ? この駄目後輩」
「センパイ様から『ごめんなさい』とか聞いたら、滑稽すぎてSNSにアップしちゃいそうなんで、その程度の雑務で手打ちにしてあげてるんですけどねぇ? ひとまず『矢車菊臣様、本当にありがとうございます。お靴をお舐めしてもよろしいでしょうか?』って言ってもいいんですよぉ?」
「誰が言うか、ボケ」
松葉瀬は、手際よく肉を焼く。
焼けた肉はすぐさま矢車の皿に乗せ、空いたスペースに新しい肉を並べた。
矢車は焼けたばかりの肉を口に運び、しっかりと咀嚼してから、嚥下する。
「……別に、ボクはセンパイからオメガ扱いされたって気にしないですよ」
「…………」
「それと同じように、センパイが『アルファ』って言われてガンギレしてても、気にしないんですよねぇ」
そう言って、矢車は水を一口だけ口に含んだ。
松葉瀬は焼けた肉を、もう一度矢車の皿に乗せる。
「随分と、優秀なサンドバッグだな」
「傲慢クズ人間に人扱いすらされないなんて……燃えちゃいますねぇ?」
「一緒に焼いてやろうか」
トングで矢車の手を挟もうとすると、するりとかわされた。
思っていたよりも、矢車は落ち込んでいなかったらしい。
それを知られただけで、松葉瀬の心は本人でも引くほど……軽くなっていた。
暫く食事を進めていると、不意に、矢車が思い出したかのように呟く。
「あ、そう言えば……ボク、茨田課長からお薬貰ったんですよねぇ」
「何の」
「ヒート抑制剤です」
オメガには、アルファやベータと違い……動物のように強烈な、発情期がある。それは【ヒート】と呼ばれた。
当然、松葉瀬はそのくらいの知識を持ち合わせている。
「そろそろストックがなくなりそうだったので、助かりましたぁ」
ただの発情期だと言ってしまえば、とても簡単なことのように聞こえるだろう。
しかしオメガは、その【ヒート】を抑制しないといけない理由があった。
それは……ヒート中のオメガが放つ、無差別のフェロモンだ。
ヒート中のオメガが放つフェロモンは……嫌悪や好意関係無く、他の人間をその気にさせてしまう効果があった。
「お前、抑制剤とか飲むんだな。てっきり、ヒート中は男を誘いまくってると思ってた」
「心にもないこと言っちゃってぇ? そんなことしたら、センパイ、寂しいくせにぃ?」
「その舌、よっぽど要らねェんだな。焼いてやるから、今すぐ噛み千切れ」
オメガは決して、好き好んでヒートを迎えるわけではない。周期的且つ定期的に、発情期が訪れてしまうのだ。
だからこそ、自分の身を守るために抑制剤を飲む。……というところまで、松葉瀬はしっかりと理解していた。
「まぁ、冗談は置いといて。……そりゃ、ボクだって抑制剤は飲んでますよぉ? オメガがヒートしたときのフェロモン、受けたことありますかぁ? これは実体験ですが……ベータだった友達も、ボクのことエッチな目で見てきたんですよぉ?」
「酔狂なダチだな」
「理解ある友達を酔狂にしちゃうくらいのフェロモン……そんな状態のボクと一緒にいたら、センパイ……ボクのうなじ、咬んじゃってますからねぇ? だから、抑制剤は必須です」
ピタリと、松葉瀬の手が止まる。
次々と焼かれる肉を消費するので忙しい矢車は、松葉瀬の小さな動揺に、気付かなかった。
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