スノードロップに触れられない

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照

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3章【大乗的にはなれない、威圧的なアルファ】

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 突然のボディタッチにも、松葉瀬は動じない。


「ねぇ、センパァイ? 今日はもう帰りましょうよぉ? ねっ、ボクにご飯奢ってくださぁい? ボク、ラーメンでガマンしますから……ねっ?」
「あははっ。仕事がひと段落したら、考えておくね」


 言外に『今日はお前に構うつもりがない』と、松葉瀬は伝えたつもりだった。

 しかし、矢車は一切引かない。


「じゃあ、センパイのお仕事が終わるの待ちまぁす」


 そう言って、矢車はあろうことか、松葉瀬の隣に座ったのだ。

 椅子のキャスターを転がし、矢車は松葉瀬に近寄る。

 距離を縮めてきた矢車に対し、松葉瀬は囁いた。


「テメェは仕事ねェんだろ。サッサと帰れ」


 それは、近距離にいる矢車にしか聞こえない声量。

 松葉瀬の本性が見られて楽しいのか、矢車も声を弾ませながら応対する。


「ボク、オメガだから期待されてないんですよ。だから、残業するほどの仕事量がそもそもないんです」
「テメェの勤務態度に難があるんだろ。性別のせいにするな、死ね」
「やだぁ、パワハラァ」


 矢車は口角を上げたまま、松葉瀬の顔を覗き込む。


「でもボク、従順な後輩ですよぉ? だから……センパイのお手伝い、シたいなぁ?」


 それはおそらく、仕事ではない。

 どういう意味の【お手伝い】なのか、松葉瀬は気付いている。

 けれど、やはり興が乗らない。

 松葉瀬はフラットファイルを一冊、矢車に手渡した。


「矢車君。ここに綴ってある書類のコピー……十部ずつ、お願いできるかな?」


 女性職員なら赤面してしまうような、見事すぎる営業スマイル。

 そんな笑顔を向けられた矢車は、応戦するように笑顔を浮かべた。


「喜んでっ」


 書類を受け取り、矢車はコピー室へ向かう。

 ……ちなみに。

 矢車が受け取ったフラットファイルに綴られている書類は、いくつものホチキスが使われている。

 ホチキスを外し、コピーをした後、もう一度ホチキスをし直さないといけない。

 松葉瀬はそれが面倒で、コピーすることを先延ばしにしていたのだ。


(二度と戻ってくんなよ、クソガキが)


 それは仮面をかぶったままの松葉瀬ができる、小さな憂さ晴らしだった。





 仕事に区切りをつけた松葉瀬は、鞄を持って立ち上がる。

 ――サッサと帰って、すぐにでも寝てしまおう。

 そう思っていた松葉瀬を止める声は。


「ねぇ、センパァイ? この後はお寿司にしますぅ? 焼肉屋さん? それとも……シンプルに定食屋さんですかぁ?」


 残念ながら、あった。

 事務所には、松葉瀬と矢車……二人だけ。

 だからこそ松葉瀬は、素の状態で返答する。


「外食なんかしねェっつの、ドアホ。サッサと帰って寝るわ」
「えぇ~! ボク、大嫌いなセンパイにコーヒー淹れたり、書類のコピーとったりしたのにぃ?」
「それ以上に邪魔してきたの忘れたのか、鳥頭」


 淹れられたコーヒーは、むせ返るほど甘くされていたし。

 頼んだコピーは倍率の調整が全然駄目。

 松葉瀬の怒りは収まるどころが、膨れ上がっていたのだ。




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