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8章【そんなに惚れ直させないで】

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 手のひらから、指先から、力が抜ける。

 それでもカナタは、強引にツカサの手を引き剥がそうとはしなかった。


「カナちゃんが変わったら、カナちゃんは俺以外の誰かを頼るかもしれない。そうしたらカナちゃん、ソイツのことを好きになるかもしれないでしょう? 俺は、それがイヤなんだよ……っ」


 涙は、とどまることを知らずに溢れ続ける。


「俺は、カナちゃんと同じ【好き】じゃないから。俺の気持ちは、カナちゃんを怖がらせるかもしれないから。カナちゃんは、怖くない人を見つけるかもしれない。カナちゃんに『好き』って言えない俺じゃ、カナちゃんに嫌われるかもしれないから……っ」
「ツカサさん……っ」
「カナちゃんのことを一番分かっている俺が、カナちゃんの夫になるんだよ? なのに、カナちゃんが他に理解者を作ったら……カナちゃんの夫は、俺じゃなくても良くなっちゃう……っ。そんなのは、イヤだ……っ。そんな未来は到底、許容できないよ……っ!」


 涙を溢れさせながら訴えるツカサを見上げて、カナタは微笑む。


「オレが好きなのは、ツカサさんだけです。こうして触りたいのも、ギュってしたいのも……オレには、ツカサさんだけですよ」


 ツカサの手に触れていたカナタの手が、ツカサの背へと回される。

 カナタの体温がじんわりと、ツカサの体を包んだ。
 まるで、ツカサの奥底にある冷え切ったなにかを溶かすように。

 そこで、ようやく。

 ──ツカサはついに、カナタの首から手を離した。


「これから先も、ずっと……っ?」
「ずっとです。……だから、泣かないでください」


 華奢なカナタの体を抱き締めて、ツカサは震える声で訊ねる。


「どうして、カナちゃんは変わっちゃうの……っ? 変わらないでよ、そのままでいてよ……っ」


 どんな言葉を与えられても、ツカサの不安は拭い去られない。
 声だけではなく体も震わせて、ツカサは押し殺していたものを吐き出した。


「強くなんて、ならなくていいのに……っ」


 弱くても良かった。
 怯えて、震えている子供のままでも良かったのだ。

 そう在っても良かったと言いたいのか、そう在ってほしかったと言いたいのか。
 正確なところは、ツカサ自身にも分からない。

 けれど、これがツカサの本心だ。

 ツカサの言葉を聴いて、カナタは静かに言葉を返す。


「──なら、ツカサさんも強くいようとしないでください」


 まるで走馬灯のように、カナタの言葉がツカサの過去を思い返させる。

 両親からは、まともな愛情を注がれなかった。
 ツカサが大人になることも待たず、世間はツカサを引っ張ったのだ。

 ──ツカサなら、大丈夫。

 ──ツカサなら、負けたりはしない。

 ──ツカサなら、全てを受け止めてくれる。

 そんな無言の期待に、ツカサはいつの間にか応えられるようになっていて。
 そんな世界の速度に、ツカサはいつの間にかついて行けるようになっていた。

 だがそれは、強制されて、強要されたもの。
 背負うのが当たり前となっていた荷物に、ツカサはいつからか荷物を【荷物】として認識できなくなっていたのだ。

 それを、まるでカナタは『おかしい』と言ってくれたようで。


「全部、言ってください。ツカサさんが嫌なことも、してほしいことも。オレは、それが知りたいから」


 もしもこの感謝が、愛ではないのなら。
 もしも胸を締めるこの切なさが、愛ではないのだとしたら。


「カナちゃんは、強くなったね……っ」


 ──きっとツカサは、二度と【愛】を知ることができないのだろう。
 



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