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6章【未熟な社畜は悩みました】
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しおりを挟む寝室から即刻退散した俺は、リビングで着替えを始める。
脱いだスーツは、一時的にソファの背もたれにかけて……っと。俺は帰宅してからの作業を全て終え、とりあえず食卓テーブルの椅子に座ってみた。
「ゼロ太郎。もしかして今、カワイは体調を崩しているとか……?」
[いいえ、そのようなことはありません。カワイ君の体調は普段通りですよ]
「そっか。それなら、良かったよ」
じゃあ、純粋なお昼寝かな。そういうことなら安心だ。俺は背もたれに体重を預け、ほっと一安心する。
だけど、俺は思い出す。帰宅してすぐに抱いた感情がなんだったのかを。
「……ねぇ、ゼロ太郎」
[はい]
「──ゼロ太郎には、さ。今の俺は、すごく酷い奴に見えているのかな」
帰宅して早々、いつもなら出迎えてくれるカワイが姿を見せてくれなくて、最初に抱いた感情。最初に考えてしまった、想定。
カワイが、出て行ってしまったのではないか。俺は真っ先に、その可能性を考えた。そして、感じた不安に対する理由がそれ以外思いつかないほど、確信に近いと思い込んだ。
俺がそう思い込んだと言うことは、そう思い込むだけの原因が自分自身にあると思ったからだろう。そんなもの、深く考えるまでもなくあっさりと思い当たる。
カワイのことを、避けているから。どれだけ会話を普段通りに交わしていたって、俺は明らかにカワイを避けている。……カワイにだって、それは伝わっているはずだ。
俺の問いを受けて、ゼロ太郎はほんの少し沈黙する。しかしすぐに、ゼロ太郎はゼロ太郎らしい答えを返してくれた。
[それは、お答えし難い問いですね]
ポンと、相変わらずの低い声で。
[私は家主に寄り添うことを使命として作られた存在ではありますが、それでも私は【生物】ではありません。どれだけ主様やカワイ君の気持ちを【推測】できても、私は【共感】ができないのです]
「それは、ゼロ太郎がよく言う『感情が無いから』ってことかな」
[はい、その通りです。なので、主様の問いに対する答えが私には生み出せそうにありません]
推測をして、理解をして、それらしい言葉を返すことはできる。
でも今、ゼロ太郎はそれをしなかった。俺とカワイのために、それを【しないでいてくれている】のだ。
表面を見て、相手の言い分を踏まえた上での助言はできる。ゼロ太郎がそういう存在だからだ。
だけど、ゼロ太郎は【感情論】を踏まえることができない。これも、ゼロ太郎がそういう存在だからだ。
「そう、だよね。……うん。そうだよね」
慰めはない。だけど、ゼロ太郎は俺を責めもしなかった。ゼロ太郎の計算通りなのか定かではないけど、俺はその答えに思わず、ほんの少し安堵してしまう。
……でも、このままじゃいけない。それは、俺にだって分かっている。
だけどいったい、どうしたらいいのだろう。俺は、己に問いかける。
俺は、カワイが好きだ。だけどそれ以上に、俺はカワイを保護した責任を持っている。その責任を、果たさなくてはいけない。
つまり、俺の下心なんかでカワイを傷つけるわけにはいかないのだ。こんなのはわざわざ確認するまでもなく、当然の話。
しかしこの数日、カワイはきっと『ヒトに避けられている』と思っているだろう。これも、カワイに確認しなくたって分かっている話だ。
この事実から導き出される答えは、ひとつだけ。分かっていたにしたって、あまりに残酷だ。
俺が今、カワイに対して分かっていること。それは……。
「……くそっ。どうしたらいいんだよ、本当に……ッ」
──どっちに転んでも、俺はカワイを傷つけている。これが、唯一の真実だ。
頭を抱えて、俺は呻く。それに対し、ゼロ太郎はなにも言わなかった。
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