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6章【未熟な社畜は悩みました】
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しおりを挟む俺の葛藤を知らないカワイは続けざまに今晩のメニューを語ってくれる。
「それとね、トウモロコシのシュウマイも作ったよ。ズッキーニでね、トウモロコシとか肉とかをクルクルッて巻いて作ったんだ」
「うわっ、すごすぎるっ! 器用だね!」
[そして、トウモロコシを使ったプリンがデザートとして用意してあります。カワイ君が最も食べてほしい一品かと]
「それ、カワイが最も食べたい一品の間違いなのでは? でも、俺も楽しみだよっ!」
カワイが得意気なものだから、作り方を教えたゼロ太郎も得意気だ。なんだか、普段はクールな二人がこうしてテンションを上げているのは見ていて嬉しくなる。
それにしても、トウモロコシの可能性って無限大なんだなぁ。ビックリ。尊敬と感謝が混ざり合い、俺は思わず頬を緩めてしまう。
「まだ見てないにしても、話だけでメチャメチャおいしそうだよ。本当にいつもありがとう、二人共」
だから俺はいつものように、カワイの頭を撫でようとした。
……その、僅か直前。
「うん」
俺を見上げて瞳を細めるカワイと、必然的に視線が重なって……。
──俺の手は、カワイの頭に触れる寸でのところで止まった。
じっとりと、嫌な汗。手の平が汗ばみ、妙にしっとりとしてきた。
今まで、どうして普通に触れたのだろう。今はこんなにも緊張して、怖いくらいドキドキして。……悲しいくらい、申し訳ない気持ちになるのに。
俺は、カワイが好きだ。大好きだと叫びたい。そのくらい、カワイが好きだ。
そんな下心を持ってカワイに触るなんて、どう考えても悪いことだろう。そんな罪悪感が、俺の手を止めたらしい。
勿論、カワイは今こうして俺が抱いている葛藤も知らない。だからカワイは、小首を傾げた。
「……ヒト?」
「え、っ」
名前を呼ばれて、俺はハッとする。我に返り、もう一度カワイを見つめた。
そこで俺は、愕然としてしまう。
「どうかしたの?」
カワイの、無垢な瞳。純粋に俺を慕い、家族愛のような感情を向けてくれていると伝わるそのあどけなさ。
なにより、カワイは【追着陽斗】という男の素性を知った上で俺を信じてくれている、唯一の相手。
すぐに俺は、手を引っ込める。それから、引っ込めた手で己の後頭部をわざとらしく掻いてみた。
危なく俺は、カワイの信頼を穢すところだったのだ。そのやましさゆえに、俺はカワイに目を向けられなかった。
「あー、っと。……着替え。そう、着替え! 着替えなくちゃ!」
苦し紛れにもほどがある言葉を吐き、通路を歩く。宣言通り【着替え】を目的にし、俺はリビングを高速で通過した後に扉をくぐった。
扉を閉めて、閉ざされたその扉に背を預ける。追いかけてくれたカワイがなにを思っているのかを確認する勇気もないまま、俺は逃げてしまったのだ。
「駄目だろ、このままじゃ……!」
カワイのために、カワイと距離を取ろう。これがきっと、俺たちにとってのベストなアンサーだ。
カワイに触れるのを我慢して、カワイに安全で健やかな日常を過ごしてもらう。……そう、それが一番いいに決まってるんだ!
朝から悩み続けていた問いに対する答えが、ようやく決まった。ならばあとは、気合いだけ。
「よしっ!」
俺は両頬をバチッと手の平で叩いてから、かなり強引な手法で気持ちを切り替えた。
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