きっと、叶うから

横田碧翔

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低学年編

2年生大会

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 去年と同じ会場、同じ時間。緊張してあまり眠れなかったが、今年は眠くない。眠気以上に、去年の雪辱に燃えていた。そして、一年間、磨き続けてきたドリブルが、どこまで通用するのか楽しみで仕方がなかった。もちろん、僕以外のメンバーも、去年の悔しさからたくさんの練習を積み重ねてきた。特に、勇武は
「点を取られなければ負けねーし」
と言って、守備の練習に力を注いでいた。しかも、勇武の後ろには真守がキーパーをしている。守備は安心だ。思い切ってたくさんドリブルができる。アップ中も、ミーティング中も、整列のときも、試合開始の瞬間まで、ドリブルのことで頭がいっぱいだった。

ピッーっと笛が鳴り、僕たちのボールで試合が始まった。開始と同時に、僕はいきなりドリブルで切り込んでいく。僕のボールめがけて正面から向かってきた相手を、左にいくふりをして右にかわす。去年、僕が初めての試合でやられたことを、今年は仕掛ける側になれている。(ドリブルは通用する!)心の中で喜びを叫びながら、次の相手も、勢いに乗ってそのまま右にかわす。しかし、勢いをつけすぎた。危うくコートから出そうになり、ラインギリギリで右足を伸ばし、右足の内側でボールを捕まえる。なんとかボールはラインの内側に残せた。なんとかセーフと一息ついたところで、相手選手に囲まれてしまったことに気づく。気づいたときにはもう遅い。僕の右足にあったボールは、相手選手が伸ばした左足にさらわれていく。そのまま、僕たちの陣地に向かって蹴り込まれたボールが放物線を描いて遠ざかっていく。ボールを奪われてしまったことは悔しい。だが、二人もん抜いた。いいスタートだ。これならゴールを決めるのも時間の問題だろう。次のチャンスを楽しみに、自陣に戻った。
 だが、その瞬間は訪れなかった。試合は0―0のまま終了し、僕らは初めて引き分けた。でも、全く嬉しくない。むしろ、負けた時より悔しさは強い。みんなが頑張って守ってくれたのに、僕はゴールを決めることができなかった。その罪悪感からか、みんなおにぎりを食べている中には入りたくなくて、僕は少し離れた木陰に座り込んだ。さっきの試合、僕のドリブルはしっかりと通用していた。ボールを取られることもほとんどなかったし、チャンスもあった。シュートだって特別下手なわけでもない。でも、ゴールにはなっていないし、試合にも勝てていない。それがなぜなのか、どれだけ考えても分からなかった。とにかく、次の試合ではゴールを決めて、試合に勝つ。それを、改めて胸に刻み込むことが精一杯だった。

結局、次の試合も0―0で試合は終わった。またも僕は無得点。この試合でも、ドリブルで相手をかわすことはできた。でも、ギリギリのところで、スライディングをされたりキーパーに止められたりしてゴールできなかった。今日の相手チームの誰よりも、僕は上手だったはずだ。それでも、相手が僕をギリギリで止められるのはどうしてだろうか。僕が、ギリギリで勝てないのはどうしてだろうか。考えれば考えるほど、思考の迷路が複雑化していくだけだった。

 ミーティングが終わって解散すると、みんなは負けなかったことを喜んで、嬉しそうに話しながら駐車場の方に歩いていく。当然、その中に、僕はいない。ふてくされながら、とぼとぼ歩いていると、突然、大きな影が現れて、足を止める。見上げると、そこには真守のお父さんがいた。
「君、ドリブル上手いね。センスあるよ。ドリブル磨き続けた方がいいよ」
プロサッカー選手に褒められるなんて、今じゃなかったら飛び跳ねて喜ぶべきことだ。でも、今の僕は素直に喜べる気分ではなかった。黙って頷いてから軽く頭を下げると、逃げるように、自分の家の車に乗り込んだ。
運転席にお父さんが座っているだけで、僕が大好きな助手席は空いていたが、僕は後部座席を選んだ。僕がシートベルトを締めたのを確認すると、お父さんは静かに車を走らせた。駐車場を出て車がスピードに乗ってきたところで、僕は窓を全開にして流れていく景色を眺めた。景色といっても、見慣れたスーパーやドラッグストアばかりで、面白くもなんともない。それでも、黙って座っているよりはマシだった。景色が見慣れた住宅街になってきたとき、お父さんが独り言のように、小さくつぶやいた。
「去年のプレー方が俺は好きだったなー」
去年のプレー。何もできずに走り回って全敗した、あのときのプレーだ。僕は、少しイラっとして強めに言い返す。
「いやいや、去年は何もできなかったじゃん。走って、スライディングして、それだけ」
「それがいいんじゃないか。技術云々も大事だけど、負けたくない!って気持ちが全面に出てた感じがしたんだよなー」
お父さんの言いたいことは分かる。だって、その気持ちがあったから練習してきたのだ。なのに、今の僕のプレーを否定されのは納得がいかない。
「今年だって勝ちたいよ。そのために練習してきたんだし」
僕の言葉に父が黙る。自分が言ってることのおかしさに気がついたのだろう。満足げに外を見ると、自宅に向かって最後のカーブを曲がるところだった。
「お前、勝つことよりもゴールをすることが一番になってないか?勝つためにゴールを取るのであって、ゴールをすることが目的じゃないだろ?」
つぶやくように放たれた言葉だったが、僕の中で何度も反響して、大きくなっていく。たしかに、僕は勝つためにゴールを決められる選手になると決心した。そのために、たくさん練習してきた。でも、練習しているうちに、だんだんと、ゴールをすることが目的になっていたのかもしれない。ギリギリのところで僕を止めた相手選手は、去年の僕だ。とにかく勝ちたくて必死だったのだ。それに比べて、僕はどうだろうか。少し上手くなったからといって調子に乗り、チームの勝ちよりも、自分のドリブルのことばかり考えていたではないか。それがリームの勝利につながるとしても、根本的なところが間違っていたのだ。やっと、頭の中にあった複雑な迷路が一本の道になった。
「お父さん、ありがとう。来週は勝つよ」

 翌週、予選最終戦を迎えた。といっても、僕たちは先週の二分けで敗退が決まっているから、これが大会最後の試合だ。今日こそ勝つ。勝つためにゴールをする。これを心で何度も唱えてから試合に臨んだ。だが、チャンスはあったものの、やはりシュートが入らず、0―0で前半が終わってしまった。ハーフタイムが終わり、コートに戻るとき、珍しく真守に話しかけられた。
「シュート決まらないね」
「うん。ごめん。いつも0点に抑えてくれてるのに、僕がゴール決めれないから勝てなくて」
真守の言葉に、怒られるのではないかとビクビクしながら、精一杯の謝罪をした。だけど、真守は怒るどころか笑いながら言った。
「それはしょうがないよ。でも、思ったんだけどさ、シュートは苦手でもドリブルは得意でしょ?だったら、キーパーもドリブルでかわしちゃえよ!」
真守が怒らなかったこともそうだが、それ以上に、真守の言ったことに驚いた。
「え?キーパーも?」
「そう!下手なシュート打つより得意なドリブルでゴールまで入っちゃえ!」
困惑する僕の目を真っ直ぐ見つめ、真守は自信を持って言い放った。「下手」と言われたことには傷ついたが、たしかにそれはいいかもしれないと思った。シュートを打ってゴールを決めたらかっこいい。でも、それよりも大事なことがある。僕はもう、それを知っている。
「分かった。やってみる。この試合、絶対勝とう!」
 
笛が鳴り、今度は相手ボールから後半が始まった。泣いても笑っても、この後半が最後だ。キックオフと同時に、僕たちの陣地に蹴り込まれたボールを、すぐに勇武が奪ってパスをくれる。左サイトでボールを受けた僕は、相手ゴールに向かってドリブルをしかけていく。一人目をスピードで縦に抜き去り、二人目が突っ込んできたところを、今度は中央に向かって切り込んでかわす。しかし、無理にかわしたことで体勢が崩れ、三人目は抜けないと思い、味方にパスを出す。ボールを蹴った瞬間、自分のミスに気がつくが、もう遅い。そのパスをカットされ、今度は相手のカウンターになる。みんなで攻撃に出ようとしていたから、残っている守備は勇武しかいない。それに対して相手選手は三人もいる。その後ろからも、続々と攻撃に加わろうとしている。やってしまった。ゴールを決めるどころか、相手のゴールのきっかけを作ってしまった。その絶望感から、僕は呆然と立ち尽くしてしまう。味方も必死に戻っているが、間に合わないだろう。必死に対応しようとしていたが、勇武もパスでかわされた。もう、残っているのはキーパーの真守だけだ。いくら真守でも、これは無理だろうだろう。僕のせいで失点する。その瞬間が見たくなくて、ゴールから目を背けた。その直後だった。
「カウンターー!!!」
真守が叫んだ。振り返ると、砂ぼこりにまみれた真守の手には、ボールがしっかり抱えられていた。止めたのだ。相手選手はチャンスだと思い、ほとんどが攻撃に出ていて、守備は手薄だ。しかも、僕は立ち尽くしていたおかげで前線に残っている。今度はこっちのチャンスだ。真守が僕をめがけて、思いっきりボールを蹴り上げる。そのボールは、僕の頭の上を超えたところでバウンドし、相手キーパーに向かっていく。考えるより先に足は動いていた。キーパーに取られる前になんとかボールに触りたい。その一心で、ひたすら全力で走る。そして、なんとかボールに追いついた。だが、相手キーパーは目前に迫っている。このまま進めば、ボールは取られる。無理矢理シュートを打とうとしたとき、真守の言葉を思い出す。
「キーパーもドリブルでかわしちゃえよ!」
キーパーと衝突する寸前、僕はシュートを辞めて右足を伸ばし、ボールを斜め前に蹴り出した。キーパーも反応しているが、この間合いなら取られない確信があった。だって、これは、僕が磨いてきたドリブルなのだから。思った通り、キーパーはギリギリさわれず、ボールが転がっていく。あとはボールがコートから出る前にゴールに蹴り込むだけだ。
「間に合え、間に合え、間に合えーー!」
叫びながら全力で走っていき、最後はスライディングでなんとか触り、ボールをゴールに押し込んだ。どうなったかと、急いで顔を上げると、ボールがゴールネットを揺らしていた。人生初ゴールだ。よっしゃー!と叫ぶ前に、笛が鳴って試合終了が告げられる。勝った。人生初ゴールで、初勝利だ。ふらつきながら起き上がると、チームメイトが駆け寄ってくる。
「ナイスシュート!!」
「勝った勝ったーーー!」
「すげーよ!まじすげー!」
それぞれが喜びを爆発させていた。側から見れば、予選敗退の決まったチームの、無意味な勝利かもしれない。それでも、僕たちにはとてつもなく大きな一勝だ。一番遠くから、真守もこっちに向かって走ってくるのが見える。目が合って、僕らはお互いに拳を突き出した。

 帰りの支度をして、お父さんの車に乗り込む。今日は、後部座席ではなく、助手席に座った。今日のプレーをお父さんはどう思ったのか聞きたかったのだ。どう聞こうかともじもじしているとお父さんが先に口を開いた。
「ナイスシュート。よく頑張ったな」
ナイスシュートという響きに照れくさくなって、僕は外を見ながら返す。
「かっこ悪いシュートだけどね」
「お前らしい、いいゴールだったよ」
「そうだね。お父さんのおかげかな。ありがとう」
そう言って僕は膝に残る、ゴールの勲章をそっと撫でた。
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