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飛べない動物と武官
6 2と4、3と3の和 ③
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フェドゥーシアは立ち上がると大理石のテーブルへ向かう。テーブルの中央には小さな窪みがあった。彼はそこへ親指ほどの大きさの薄い鉄板を差し込む。その途端、テーブルの上を光の線が無数に走った。彼が微笑を浮かべたまま見つめているそれは、最新の情報処理システムだ。詳しいことは分からないが、電気信号を読み取ることができる機械らしい。フェドゥーシアが置いた基盤が信号の発信先になる。軍極秘以上の機密情報はこの基盤に組み込んで遣り取りするようだ。どんな膨大な量の資料でも、小さな鉄の板に入るというのだから不思議だ。このシステムを扱うには6の力を使う。フェドゥーシアは2の質だった。4の性質のこの町でなら使用可能なこの装置は彼の為に導入されている。今信号を発している基盤は恐らくオストロムが手紙に同封したものだろう。H・Iの分析結果報告の詳細なデータかもしれない。急にフェドゥーシアが机上から目を離さずに話しかけて来た。
「君も何となく気づいてはいたんだろう?大量の化石が集められているのを目にして不信に感じていたはずだ。何に使うのかってね。……ああ、安心すると良い。アトリ少年は無事保護したからね」
どうして彼がそんなことまで知っているのか。私は苦笑するしかない。フェドゥーシアには世界中を見渡す力でもあるんだろうか。彼は2の質で、それは元はアヴァイラの質。彼は自分を特徴の無いノーニスと言ったが、本当は視力の良いアヴァイラの目を持ったノーニスなんじゃないか?そんなことを思うくらい彼は何でもよく知っている。
「彼はどうなりますか?」
「地元の孤児院が引き取るとのことだったよ。子供の少ないご時世だし、何処の都市でも手厚く扱われるよ。基本の教育を終えたら里親を探すことだろう」
「そうですね」
私はそれ以上の感想を持たなかった。平時とはいえ、アトリのような境遇の子供も少なくはないのだ。
「それで、私に何をさせたいのです?長官。私が一介の選定書官だという事をお忘れなく」
「嫌だな、人聞きの悪い。例えこのイベロメソルにH・Iの製造元があるとしても君に潜入して来いなんて言わないよ。うん、絶対言わない」
フェドゥーシアがわざとらしく頷く。潜入捜査なんて文官の仕事じゃない、と言おうとして、冷たい瞳に遮られた。
「……そう言えば、君の専任武官とはうまくやっているかな?」
その言葉に思わず体が強張る。ウィラビィとの決別を彼にだけは知られるわけにはいかなかった。
「それなりですよ」
なんとか返答する。
「彼女は君の助けになるだろう。なにしろ参謀本部から派遣された軍人だからねえ」
「さっ、参謀本部!?てっきり士官学校の学生かと…」
今度こそ狼狽した。
「やだな、どうして局の軍人以外が配属されたんだろう」
「そんなの決まっているでしょ。君があんまりうろうろするから目を付けられたのさ。文官は文官らしく書庫へ閉じこもっていろってね。………カラ城でも盛大な余興をしたらしいじゃないか。せっかくなら、翌日のイベントで披露して貰いたかったよ」
まさか長官も招待客でしたか、とは恐ろしくて聞けない。彼がこの町に着ていた理由がようやく分かる。しかし彼の次の言葉に私は完全に閉口した。
「カラ城の書物は手に入れたかい?」
カラ城の書物――フェドゥーシアが話題にするならそれは力のある書物に違いない。あの時手にした書物で気になるものは一つだけだ。ウィラビィが持ち去った、古びた手記だけ。黙ったままの私に冷たい色の瞳が向けられているのを感じる。フェドゥーシアは静かに近づいてくると、私の肩に軽く手を乗せた。上から覗き込まれて、仕方なく顔を上げる。視線を合わせても彼の感情は読みとれない。
「カラ城は地元民のガードが固くて、なかなか踏み込めなかった。しかし、君は見つけ出してくれただろう?とても価値のある手記を。……その存在を知ったのは本当に最近でね。あの有名な‶不滅の手記″に下巻があると分かったんだ。かの作者はカラ城に立ち寄ったことが判明していた。あるならそこだろうと」
彼の声が不意に下がる。
「君なら何があろうとカラ城の不滅の手記を上巻の持ち主である国の英雄――ロラン参謀長副官へ届けてくれると信じているよ、黒のノーニス」
私は息を飲む。どうやら全て知られているようだ。
……何がなんでもウィラビィを見つけなくてはいけなくなった。
私は軽く頷く。
「……必ず、お持ちしますよ」
本題は手記のことだったのだろう。退出を命じられて踏み心地の良い絨毯の廊下まで進んだが、ふと足を止めた。振り返ると気配を察したフェドゥーシアがこちらを向く。
「長官、H・Iの効能は何だったのですか?」
フェドゥーシアの眼鏡の奥の目がすっ、と細められた。
「力を強化するというものだよ」
「君も何となく気づいてはいたんだろう?大量の化石が集められているのを目にして不信に感じていたはずだ。何に使うのかってね。……ああ、安心すると良い。アトリ少年は無事保護したからね」
どうして彼がそんなことまで知っているのか。私は苦笑するしかない。フェドゥーシアには世界中を見渡す力でもあるんだろうか。彼は2の質で、それは元はアヴァイラの質。彼は自分を特徴の無いノーニスと言ったが、本当は視力の良いアヴァイラの目を持ったノーニスなんじゃないか?そんなことを思うくらい彼は何でもよく知っている。
「彼はどうなりますか?」
「地元の孤児院が引き取るとのことだったよ。子供の少ないご時世だし、何処の都市でも手厚く扱われるよ。基本の教育を終えたら里親を探すことだろう」
「そうですね」
私はそれ以上の感想を持たなかった。平時とはいえ、アトリのような境遇の子供も少なくはないのだ。
「それで、私に何をさせたいのです?長官。私が一介の選定書官だという事をお忘れなく」
「嫌だな、人聞きの悪い。例えこのイベロメソルにH・Iの製造元があるとしても君に潜入して来いなんて言わないよ。うん、絶対言わない」
フェドゥーシアがわざとらしく頷く。潜入捜査なんて文官の仕事じゃない、と言おうとして、冷たい瞳に遮られた。
「……そう言えば、君の専任武官とはうまくやっているかな?」
その言葉に思わず体が強張る。ウィラビィとの決別を彼にだけは知られるわけにはいかなかった。
「それなりですよ」
なんとか返答する。
「彼女は君の助けになるだろう。なにしろ参謀本部から派遣された軍人だからねえ」
「さっ、参謀本部!?てっきり士官学校の学生かと…」
今度こそ狼狽した。
「やだな、どうして局の軍人以外が配属されたんだろう」
「そんなの決まっているでしょ。君があんまりうろうろするから目を付けられたのさ。文官は文官らしく書庫へ閉じこもっていろってね。………カラ城でも盛大な余興をしたらしいじゃないか。せっかくなら、翌日のイベントで披露して貰いたかったよ」
まさか長官も招待客でしたか、とは恐ろしくて聞けない。彼がこの町に着ていた理由がようやく分かる。しかし彼の次の言葉に私は完全に閉口した。
「カラ城の書物は手に入れたかい?」
カラ城の書物――フェドゥーシアが話題にするならそれは力のある書物に違いない。あの時手にした書物で気になるものは一つだけだ。ウィラビィが持ち去った、古びた手記だけ。黙ったままの私に冷たい色の瞳が向けられているのを感じる。フェドゥーシアは静かに近づいてくると、私の肩に軽く手を乗せた。上から覗き込まれて、仕方なく顔を上げる。視線を合わせても彼の感情は読みとれない。
「カラ城は地元民のガードが固くて、なかなか踏み込めなかった。しかし、君は見つけ出してくれただろう?とても価値のある手記を。……その存在を知ったのは本当に最近でね。あの有名な‶不滅の手記″に下巻があると分かったんだ。かの作者はカラ城に立ち寄ったことが判明していた。あるならそこだろうと」
彼の声が不意に下がる。
「君なら何があろうとカラ城の不滅の手記を上巻の持ち主である国の英雄――ロラン参謀長副官へ届けてくれると信じているよ、黒のノーニス」
私は息を飲む。どうやら全て知られているようだ。
……何がなんでもウィラビィを見つけなくてはいけなくなった。
私は軽く頷く。
「……必ず、お持ちしますよ」
本題は手記のことだったのだろう。退出を命じられて踏み心地の良い絨毯の廊下まで進んだが、ふと足を止めた。振り返ると気配を察したフェドゥーシアがこちらを向く。
「長官、H・Iの効能は何だったのですか?」
フェドゥーシアの眼鏡の奥の目がすっ、と細められた。
「力を強化するというものだよ」
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