選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

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飛べない動物と武官

7 3と4の和 ①

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 20年程前、エナンティオは北部の隣国と飽きもせず戦争を繰り返していたが、突如として終戦を迎えた。意外にも友好条約を結んで両者軍を引くという幕切れだったが、その際に活躍したのが小隊長のロランであった。終戦後は政府に重用され、現在は参謀長副官に抜擢されている。ロランは軍籍にありながら選定書官の力も併せ持つ稀有な人材である為、軍に留め置くための措置かもしれない。彼の力が素晴らしいものであることは選定書簡局も認めるところだ。そのロランが所有する古書が‟不滅の手記″と呼ばれ、彼自身を英雄と言わしめる程の力がある。
 それが、上下巻で、下巻がカラ城にあった手記だったなんて、想像もしていないことだった。
 
 ……ウィラビィは気づいただろうか?
  
 参謀本部では下巻のことは周知のことかもしれない。ロランはそこの副官なんだから。
 しかし、ウィラビィが古書の知識が豊富かというと疑問が残る。
 では、あの手記には何かが書かれてあった?
 ウィラビィに有用な何かが?
 ウィラビィの足取りも分かっていない。疑問だらけだ。
 私は溜息を吐いた。

「嫌だわ。年寄りくさいですよ、リンネさん」
  
 隣から目ざとい指摘が飛んでくる。私は正面を向いたまま視線だけを動かす。

「貴女からしたら、私なんて殻付きのひよこのはずです」
「まさか。私からするとあなたはまだ卵ですらないですね」
  
 隣で細身の女性がくすくすと笑い声をあげる。背が随分高いので声は頭上から降って来るように感じるのだが、年齢を感じるようなものではない。外見も三十代くらいで落ち着いた印象の女性である。茶色の髪をボブで直線にカットし、長い脚を組む彼女の肌は緑色をしていた。イベロメソルでは珍しくはない人間ノーニスだが、彼らの年齢は見た目では分からない。

「貴女はいつからこの町にいらっしゃるのですか、カービロストラ市長」
「さあ、もう思い出せません。南国との大戦は経験しましたよ。貴女が生まれるずっと前から私はここで市長をしています」
 
 私はクルロの説明を思いだす。カラ城も被害を被ったという大戦。この市長は少なくとも二百歳は過ぎているようだ。
 たいした長寿のノーニスだ。
 私が口を開く前に目の前で歓声があがった。広場で民族舞踊を披露した娘達が手を振って観客に応えている。彼女達のピンクやブルーの衣装は鮮やかで、きつい日差しを受けると更に華やかな印象になった。最前列の来賓席に座る私は感心して違う事を口にする。
 
「素晴らしい余興ですね」
「選定書官様の歓迎式典ですから」
  
 にっこりとカービロストラが微笑んだ。私は感動も何処へやら再び溜息を吐いた。
  
「そんなにこの地に祝福が必要でしょうか?ここは子供も多く平和な町だと思いますが」
 
 広場の中央には円柱状の塔が立っていた。下から上までグラデーションのついた青いタイルで覆われている。タイル一つ一つに美しい装飾や幾何学模様が描かれている。その柱を囲むには大人が5人程必要な立派なもので、この地方の主要な町には必ず建設されていた。遠目から見ても空と一体になる姿がはっきりと分かるように作られている。この塔には意味があった。言葉の祝福を受けたという指標なのだ。イベロメソルにはすでに五本も塔があり、その内の一本は私が祝福を与えたものだ。この式典は目の前に新しく建立された塔に二度目の祝福を贈る為に開かれている。
  
「その点ではリンネさんに感謝しています。イベロメソル市を代表してお礼を申し上げますわ。でも、祝福はいくら頂いても困りませんもの」
    
 特に稀代の選定書官様からは、とお世辞も付け加えられる。私が冴えない顔のまま広間を眺めていると、塔の正面に松明が用意された。火が灯されると、郷愁的な音楽と共に踊り子達がスカートの裾を翻して中央から袖へと流れるように移動する。金や銀の縫い取りが日差しを反射して輝いたかと思うと、その間から、場にそぐわない黒衣の人物が現れた。長衣を纏った者達は松明の周りで何やら祈りを捧げている。フードを深く被っている姿は男か女かさえ分からない。
   
「彼らは何をしているのですか?」
    
 広場に集まった市民に変わった様子はなかった。馴染みの催しなのだろう。カービロストラも熱心に彼らを見つめていたが、私が声を掛けた為に振り向く。
   
「火に祈祷を捧げているのです。彼らは火を神として崇めます」

 私は小首を傾げた。

「神とは?」
「信仰する対象のことですよ」
「ふぅん。信仰…神ね…」

 私の軽薄な反応に今度はカービロストラが溜息を吐く。

「人知を超えた尊い存在を我々はそう呼びます。イベロメソルは4の性質の町。それは火の質。この土地のノーニスは火の力を身近に感じ、その不思議な力を恐れ敬って生きて来たのですよ。勿論ジブリ―が自然の摂理を告白する遥か昔から、……」

 カービロストラは滑舌よく捲し立てたが、私の強い視線を受けて押し黙った。

「ジブリ―の告白はアヴィスの理。この世界にそれ以上に正しいものはない」

 私の口元に嘲笑が浮かぶ。

「カービロストラ、貴女は?信仰しているの、火を?」
「いえ……私達は一つのアヴィスのもとに」

 カービロストラが静かに目を瞑り礼の形をとった。
 私は広場の信者達に視線を戻す。カービロストラもそれに従った。
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