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第六章

105話

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 部屋の前にやって来た。

「この部屋が今住んでるとこ(ガチャ!)ぐはっ!」

 リアナとラモーナに向かって話していると、いきなりドアが開いたと思ったら何かが飛び出してきて、思いっきりぶつかってきた。
 横腹への衝撃にちょっとよろけながら、俺に抱きついている者を見るとエルビラだった。
 それを椅子に座っていた母とペリシアが笑顔で見つめていた。

「ただいま」
「…………」
「さぁ、2人ともそんなところに立ってないで早く入りなさい」

 抱きついてきたエルビラが動こうとしないので、母に部屋に入るように促された。

「うん。ほらエルビラ、部屋に入るよ。2人も入ってね。あ、座るところがないか。これ俺のベッドだから、悪いけどここに座ってて」

 エルビラのタックルに驚いていたリアナとラモーナにも声をかけて部屋へ入る。

「テナー?そちらのお二人は?」
「えっと、2人は姉妹で、姉のリアナと妹のラモーナ。それで、母のキャシーと妹のペリシア。そして婚約者のエルビラです。リアナ達についての詳しい話しは順を追って話すよ」
「……わかったわ。それで、ギルドからの説明では行方不明になったと聞いていたのよ?」
「うん、数日間、連絡できない場所にいたからね。ヒュペリトまでは問題なかったんだ。問題が起こったのはヒュペリトを出発して2日目。野営地で狼の群れに襲われてね。それから ── 」

 ボスを倒すとダンジョンに飛ばされた……と、ダンジョンの話をしていった。

「 ── で、その氷塊と一緒に現れたのがマリンだったんだ」
「ダンジョンなんて昔話でしか聞いたことないものよ?そこからよく無事で……」

 母が何度目かの涙を流している。

「それで、そちらのお二人の事は出てこなかったけど、どういうご関係なの?」

 俺の横に座ってジッと話を聞いていたエルビラが、俺の腕を自分の方へ引き寄せながら聞いてきた。
 体勢は甘えているんだけど、目が怖くなってます。

「えっと、あ~、何て言ったらいいかな。彼女は ── 」
「ドルテナ様。私の身の上の事ですので、もしお許しがいただけるのでしたら私から説明させていただきたく存じます」

 リアナが俺のことをドルテナ様なんて呼ぶから、母と妹とエルビラからの視線が段々と冷たくなっている気がする。

「あぁ、そうだね。人に言い難い部分もあるだろうから、無理しなくてもいいからね?」
「お気遣いありがとうございます。キャシー様、奥様、ペリシア様。ドルテナ様の奴隷のリアナと申します。よろしくお願いいたします」
「そんな、様だなんて」
「お、奥様?!」
「私も様なの?!」

 3人とも敬称に困惑しているが、リアナは自分達の生い立ちから話し始めた。

「妹のラモーナは奴隷ではありませんが、ドルテナ様のご厚意でマホンまで連れて来ていただきました。私達姉妹は ── 」

 父親の失踪してあの店で働かなければならなくなったこと、そしてそこで俺と出会ったと。
 13歳の俺が、連れ出しパブみたいなお店に行ったと知った3人が凄い表情をしてこっちを見た。

「テナー、あなたそんなお店なんかに入っちゃダメでしょ!」
「ドルテナ君!」
「……お兄ちゃん」
「いや、違うんだって。あ、いや、行ったことは間違ってないけど、一緒に行った冒険者の先輩達に御飯食べに行くって言われて、普通のお店と思って席に着いたら様子が変で、その時初めてそういうお店だって知ったの!で、その時にはもうお店から出られるような雰囲気ではなかったんだよ!」

 俺は必死に自分から行ってないと説明した。
 本当に知らなかったんだからね!

「キャシー様、本当にドルテナ様は知らされてなかったようです。どのようなお店なのかをご理解なさった時はとても驚かれておりました。また、一緒にご来店なさっていた方からもその様な雰囲気を感じましたので」

 リアナ、ナイスフォロー!

「……はぁ、あの村にはそういうお店が多いことを伝えてなかった私も悪かったわ。テナーはしっかりしているからついつい大丈夫だって思ってたのよね」

 あぁ、そう言えば俺がヒュペリトに行くって言ったとき、なんか微妙な表情をしてたな。
 あれってそう言うことを懸念してたのか。
 教えてくれてたらルーベンの誘いも断ったのにな。
 いや、そうすると俺はリアナと出会わなかったのか?なら結果的には聞かなかった方がよかった?

 そんなことを考えているうちにリアナは話を進める。

「そしてドルテナ様と出会った翌日。あの伯父が ── 」

 あの糞伯父が捕まり自由になったと思ったら借金の問題に直面し、自分を奴隷商へ身売りしたと。
 流石に姉妹のことが不憫に思えたのか、3人共目に涙を浮かべていた。

「妹と最後の別れをしているときにドルテナ様が訪ねてこられました。行方不明になったと聞いていたので大変驚きました。ドルテナ様に出会ってからの出来事をお伝えしました。その時に奴隷商人と話しをされて私を買っていただきました。奴隷になった時点でどのような方に買われるか怖くて仕方ありませんでしたが、ドルテナ様が私を買うと仰っていただけたときは、本当に嬉しくて……ホッとしました。……契約書にサインしたとき、これから自分が、どのような扱いを受けるのか怖かったんです。それを、ドルテナ様は救ってくださいました」

 最後の方は泣きながら話していた。奴隷になって本当に怖かったんだろう。
 奴隷の扱い方は人それぞれだ。乱暴に扱う人だっているし、そうではない人もいる。
 また若い女性は性奴隷として買われることの方が多い。

 顔を手で覆い泣いているリアナに何か思うことがあったのか、隣にいるエルビラが俺の脇を突いてきた。
 どうしたんだと思ってエルビラを見た。

「ドルテナ君、女の子が泣いてるのよ?放っておくの?」
「え?いや、だって……いいのか?」
「色々言いたいことはあるけど、今は彼女を慰めてあげて」
「……分かった」

 俺はリアナの横に腰をかけて肩を抱いて慰めた。
 俺に体を預けるようにして暫く泣いていたリアナは、気持ちが落ち着いたのか顔を上げた。
 その泣き顔には何かスッキリとしたような表情をしており、とても魅力的な笑顔だった。
 思わずキスをしたくなったのをグッと我慢したのはバレてないはずだ。

「ドルテナ様、ありがとうございます」
「う、うん。もう大丈夫?」
「はい。奥様、申し訳ございませんでした」

 リアナがエルビラに頭を下げるとエルビラは首を横に振り「大丈夫よ」と優しく言った。
 できた妻だ。

「私はドルテナ様に買っていただき、本当に幸運でございます。また、ヒュペリトに1人置いていかなければならなかったラモーナまでマホンへお連れいただき、感謝に堪えません」
「家族が離ればなれになるのは辛いからね」

 俺もエルビラも大切な家族を失っている。リアナの気持ちは分かる。

「一生懸命働かせていただきます。至らない点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」

 そう言って立ち上がったリアナは、3人に向かって深々と頭を下げた。

「事情は分かりました。私とペリシアは問題ありません。これからよろしくね。エルビラさんは……急な話で直ぐに納得はできないでしょうから、後でしっかりと2人で話し合ってね。それで妹さんはどうするの?」
「うん、それなんだけど……ねぇ、お母さん、何処か借りて皆で住まない?家を買うのはまだ無理だけど、借りるなら十分資金に余裕があるんだ。ラモーナも含めて6人で住みたいって思ってる。勿論直ぐに家が見つかるとは思ってないから当分はまだここに住むことになるけどね。リアナとラモーナも一葉に部屋を取ってあるから」
「急な話ね。でもそうなると、テナーにまた負担をかけちゃうわ」
「大丈夫。それくらい問題ないよ。それに、部屋でマリンをずっと飼うわけにはいかないでしょ?」
『ご主人様。私は外でも構いませんが?』

 そう言ってきたマリンに首を振る。
 これから一緒に行動する相棒を馬と一緒の場所で寝食させるわけにはいかないよ。

「じゃその話はテナーに全て任せるわ。さてと、皆御飯まだでしょ?食堂に食べに行きましょう」

 気付けば結構遅い時間だ。
 皆が立ち上がる中、エルビラだけがベッドに座ったまま俯いている。

「エルビラ?」
「……リアナさんと2人で話がしたいの。いい?」
「はい、奥様。構いません」

 えっと、このまま2人を置いていってもいいんだろうか?

「ドルテナ君、大丈夫よ。別に喧嘩をするわけじゃないわ。女同士で色々と話をしたいの。終わったら私達も食堂に行くから先に行ってて」
「ドルテナ様、どうぞ食堂へ向かわれてください。ラモーナ、皆様に失礼のないようにね」
「うん、わかった」

 まぁ2人ともおとなしい性格だから大丈夫か?
 ちょっと気になってしまうが、母に背中を押され部屋を後にした。

 遅くなった晩御飯をかなり食べ終わった頃、エルビラとリアナはとても楽しそうに話をしながら食堂へやって来た。
 部屋を出るときに感じた2人の雰囲気とは明らかに違う事に若干驚いている。

「お義母さんすみません遅くなって。ドルテナ君、ちょっと来て」

 エルビラが手招きをしているので向かうと、テーブルから少し離れるようにして話し出した。

「えっと、リアナからお店での話を聞きました。リアナの事もちゃんと責任取ってあげなきゃダメだからね?」
「ッ?!……話したの?」
「はい、私の気持ちも含めて全てエルビラにお話ししました」

 うぉ?!マジか!
 リアナとやっちゃった事も話したのか……。
 エルビラ怒って……いや、なんかやけに落ち着いてないか?
 これはあれか?怒りを越して見放しているのか?!

「あ~……すみませんでした!」

 俺はこれでもかって言うくらい頭を下げた。それで何か変わるわけではないが。

「はぁ~。もう済んだことだからしょうがないわよ。って言ってもよくはないんだからね?リアナからドルテナ君じゃなかったらどうなっていたかの話も聞いて、とりあえず納得しました。でも、他の人はダメだからね!」
「はい、分かりました」

 ……あれ?リアナならいいのか?
 ん?さっき……。

「ねぇ、2人とも呼び方が変わってるけど……」

 部屋を出るまでは、エルビラはリアナのことを「リアナさん」と呼んでいて、リアナはエルビラのことを「奥様」と呼んでいた。
 なのに今は「リアナ」「エルビラ」と呼んでいた。
 2人ともその呼び方が当たり前かのように話していた。

「リアナは今は奴隷だけど、将来は私と同じ立場になるでしょ?それなら私をエルビラって呼ぶのが普通でしょ?それに、ドルテナ君の奴隷であって私のではないわ。だから私達はお互いを名前で呼び合うことにしたの」
「エルビラはリアナを受け入れてくれるのか?」
「もう!だから言ったじゃない。リアナの事って。それに、力のある人は妻を数名娶ることは珍しくないわ。ドルテナ君が力のある人だって分かってたから、こういうこともあり得るだろうって思ってたの。ただ、若干そういう出来事が早く訪れて驚きはしたけどね」

 う、す、すみません。

「私もリアナも幸せにしてよ」
「うん、分かってる。ありがとう、エルビラ」
「さぁ、とりあえずこの話は一旦おしまい。御飯食べましょう」

 そう言ってリアナと2人でテーブルに向かった。

 ……えっと……何とかなった……のか?

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