美食耽溺人生快楽

如月緋衣名

文字の大きさ
上 下
19 / 26
楚夢雨雲

楚夢雨雲 第二話

しおりを挟む
 あの日から俺は時折、仕事ではなく漓生の元を訪れることにした。
 それはゼノとオグロとしてではなく、涼介と漓生として。
 ありのままの姿で一緒に過ごしたかった。
 
 
 灰色の牢獄のような部屋でも、二人でいるなら楽園に変わる。
 二人でいるだけで、魔法が使えるみたいだ。
 朝日が差し込むカーテンの下で朝日を浴びながら漓生と交わる。
 俺は白いシーツを握りしめながら、はしたない声を上げていた。
 
 
「あ……あああ………!!」
 
 
 猫のように這ってお尻を高く突き上げれば、漓生のものが深く入ってくる。
 
 
「みんなが起きる時間なのに、こんなに声出したらセックスしてるのばれちゃうな………」
 
 
 漓生は最近セックスの時に、少し意地悪になった気がする。
 何度も何度も身体を揺らされながら、漓生の熱を欲しがって貪る。
 そして俺は漓生に今日も激しく抱かれてから、仕事に向かう準備を始めるのだ。
 
 
「俺が抱いた身体で仕事行くんだね」
 
 
 そう言って笑う漓生に少しだけ頬を染めて見せれば、満更でも無さそうな表情を浮かべて笑う。
 
 
「……漓生、最近エロくなった」
 
 
 そういってじゃれ合いながら、普通の恋人達のように振る舞う。
 煌やかでも激しくもなく穏やかなか替わり合い。
 それはまるで自然に恋人をしている様な気持ちになる。
 
 
「いってきますのキスしたい」
 
 
 俺がそう我が儘を言うと漓生は嬉しそうに笑う。
 そして俺の前に立ち、優しいキスを落とした。
 
 
「いってらっしゃい」
 
 
 そういって笑う漓生が美しくて、愛しい。
 俺は漓生の家から出て、迎えの車が来る場所に駆ける。
 最近は送迎のドライバーの人も、なんとなく誰かの家に行っていることを解っているようだ。
 それに対して誰も触れてくる真似はしない。
 俺もその方が正直都合が良かった。
 
 
***
 
 
 プレイルームにたどり着き、鏡台の前で準備をする。
 すると部屋の電話が鳴り響いた。
 
 
「はい……」
 
 
 慣れた手付きで電話にでれば、鵜飼さんが次の客について話す。
 
 
「瀬戸さん、100分」
 
 
 瀬戸と言われるのと同時に俺は、ほんの少しだけがっくりしてしまった。
 間違いなく奏太じゃないか。
 瀬戸違いであることをドアの前で祈れば、軽快にノックの音が鳴り響く。
 警戒しながらドアをあければ、やはり其処には奏太がいた。
 
 
「………またきたの?」
 
 
 そういって舌打ちをしてみせれば、奏太が恥ずかしそうにプレイルームに入る。
 どうも奏太はこの場所に来ることがあまり好きではないようだ。
 
 
「俺、また来るって言ったぞ」
 
 
 そういってくっきりした二重瞼で俺をじっと見つめて、ソファーに腰掛けて頭を掻く。
 すると奏太はほんの少しだけ、気まずそうな表情を浮かべた。
 
 
「…………今俺がしなきゃならないことが解った。俺がしなきゃならないのは、涼と仲直りだ」
 
 
 笑う奏太を睨み付けて何も聞いてないフリをする。
 ベッドの上で寝転がってから、脚を伸ばしながら溜め息を吐く。
 
 
「俺は奏太と縁が切りたい」
 
 
 奏太に言い放てば、奏太が複雑な表情を浮かべる。
 けれど奏太は怯まなかった。
 
 
「嫌だ。ちゃんと話聞いて貰える迄、俺此処に来るつもりだから……」
 
 
 どうして奏太はこんなに面倒臭い男になってしまったのだろうか。
 思わず小馬鹿にしたように笑い、誘う様に脚を伸ばして見せる。
 
 
「……なんでそんなに執着するの?正義感?
……………それとも俺としたセックス、そんなに良かった?」
「ち……ちげえよ馬鹿!!」
 
 
 奏太の顔が真っ赤に染まり、慌てたようになる。
 そして真っ赤な顔をしたまま少し黙って、色々な表情を浮かべてからこう言った。
 
 
「あの日以来一日も、忘れた日がなかった。お前が元気に生きてるか、ずっとずっと心配だった……」
 
 
 響かない言葉を横目に、聞いてないフリをして自分の爪の手入れを始める。
 爪やすりで爪先を磨きながら、溜め息を吐いて顔を叛けた。
 けれど奏太が俺に言った気持ちだけは、ほんの少しだけ解るのだ。
 
 
 一日たりとも忘れたことなんてなかった。毎日思い返しては、元気であってほしいと感じていた。
 それに奏太を突き放した夜でさえ、一晩中後悔して泣き続ける位に大好きだった。
 大好きだと思ってた。
 
 
「………もうお前の支えになれないかもしれないけど、なんかあったら助けたいし、良くないことしてるって思ったら止めたい。
………昔の俺は、自分の事しか考えてないガキだったから………」
 
 
 そう言い放つ奏太に向かい冷たい視線を送る。
 今だって自分の事しか考えてないのは、正直変わってないように見える。
 
 
「ふぅん……?俺はこれ辞める気ないし、辞めたいとも思わないよ。
……そもそも、俺達は必要悪だからこれで良い」
 
 
 そう言い放って啖呵を切れば、奏太が静かに俯く。
 叱られた犬みたいな情けない表情を浮かべ、また表情を切り替える。
 そして俺の前にきて、俺に小さな名刺を差し出した。
 
 
 瀬戸奏太という奏太の名前の脇には、何処かの会社の名前と電話番号と住所が記入されている。
 勿論奏太の住所と電話番号を記入されているものを、俺は汚いものを触るかのように、わざと指先で摘まんで見せた。
 
 
「………なにこれェ?」
 
 
 小馬鹿にした笑みをわざと浮かべながら、ケラケラと笑う。
 すると奏太はムキになったかの様に俺を睨んだ。
 
 
「…………名刺だよ、名刺!!これでも今、まともな社会人してんだから!!!
なんかあった時に………助けに行けるように……これ持っててほしいんだ」
 
 
 あの奏太が社会人になったなんて、何だか不思議な気持ちになる。
 それでも俺は心を鬼にしてこう言った。
 
 
「別に奏太なんか呼ばなくても、助けてくれる人なんているから。
…………後で捨てる」
 
 
 奏太の名刺を指先で投げれば、ひらひらとベッドの上に落ちる。
 奏太はとても悲しそうな表情を浮かべて、静かにプレイルームから出てゆく。
 
 
 俺はドアが閉まった音を聞きながら、奏太の名刺を拾い直した。
 
 
 そしてそれを一応、名刺ケースの中にしまう。
 捨てておくとは言葉で言えど、生活が困難だった奏太が必死の努力で手にした今を、俺は無下に出来なかったのだ。
 
 
 仕事が終わり送迎の車に乗り込み、璃生に逢いにゆく。
 すると鵜飼さんからメールが届いた。
 
 
『明日また24時間コースが入った。京條さんから』
 
 
 京條さんの名前を見るだけで、銃を向けられた時の恐怖感が沸き上がる。
 思わず指先が震えて、手から携帯を滑らせた。
 車のフロアマットの上に落とした携帯を拾いあげて、何事も無かったかのようにメールの返信を返す。
 正直心の底から、京條さんに逢いたくないと思った。
 
 
 車から降りて璃生の家のエントランスに鍵を差し込み、璃生の部屋へと向かう。
 璃生の住んでいるマンションのエレベーターはガラス張りで、外の景色を見ながら登れる。
 ぼんやりとネオンの街を見下ろしながら、璃生の部屋へと向かう。
 その時にエレベーターの窓ガラスに、雨の水滴が飛んできた。
 
 
 忽ちのうちに大雨が降り、雨音で全ての音がかき消される。
 雨を凌げる場所にいても、多少は濡れる覚悟を決める。
 そして降り頻る大雨の音を聞きながら、ドアの鍵を開いた。
 部屋に入れば雨の音のせいなのか、璃生俺に気付かない。
 璃生は俺に気付かない様子で、必死に何かをしているようだった。
 
 
 何をしているのだろうと思い首を伸ばす。
 するとその時に、璃生の部屋にあった傘立てを足で引っ掛けた。
 ばたんと物が倒れる音が響き渡り、ものすごい形相をした璃生が此方をみる。
 その口元はいやに赤く見えた。
 
 
「あ………涼………お帰り………」
 
 
 俺に微笑んだ璃生の目は、瞳孔が完全に開ききってしまっている。
 璃生の白い指先も仄かに赤く、俺は璃生が何をしていたのかを一瞬で察した。
 
 
「………ただいま」
 
 
 そう言って微笑みながら、この幸せの形がいかに歪なのかを思い知る。
 そしてお互いに何にも気付いていないフリをしながら笑うのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

爆乳・巨乳を様々な手段で破壊/リョナ

ホラー / 連載中 24h.ポイント:1,150pt お気に入り:58

【R18】異世界で白黒の獣に愛される四十路男

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,002

性格崩壊している私は100回目の婚約破棄をする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:8

(ふたりぼっち)

ホラー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:0

被虐の王と不義の姫君

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:486

ロザリアの吸血鬼

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

飼育病

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:16

拷問部屋

ホラー / 連載中 24h.ポイント:766pt お気に入り:261

処理中です...