美食耽溺人生快楽

如月緋衣名

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拈華微笑

拈華微笑 第三話

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 チョコレートの箱の中には、生クリームがたっぷり使われた苺のショートケーキが入っている。
 粉砂糖の掛かった苺をフォークで刺して、口に運んで一口だけ齧る。生クリームの付いた甘酸っぱい苺の風味が口に広がる。
 そしてもう半分を口に咥えて舐め上げて、オグロの前に差し出す。
 オグロはそれに戸惑いつつも、俺の唇から苺を受け取ってくれた。
 
 
「………ね、美味しい?」
 
 
 俺がそう言って笑うと恥ずかしそうにオグロが頷く。
 そして顔を真っ赤に染め上げながら、吐息交じりの声で囁いた。
 
 
「もっと………食べたい……」
 
 
 強請り慣れていないオグロが余りにも可愛くて、フォークでケーキを掬い口の中に運ぶ。
 それからオグロに口を開けさせて、ケーキごと口移しをした。
 
 
 唇と唇を重ね合わせながら、唾液を含ませたケーキをオグロに流し込む。
 生クリームの甘さが口の中に広がってゆくのを感じながら、オグロの唇を味わう。
 全てが甘い空間の中で、オグロは生クリームで唇を汚して、瞳孔を開かせた。
 
 
 海の近くのホテルの一室で、オグロに俺を食べさせる。今まで感じたことのない高揚感と、眩暈のようなくらくらする感覚。
 この時に俺は頭の天辺から足の爪先迄、全て食べられたいと感じる程のケーキとしての本能を感じていた。
 オグロの身体の上に跨り、バスローブを脱ぎ捨てる。そうするとオグロの手が俺の身体に伸びて、俺の身体を弄った。
 
 
「あ………!!」
 
 
 オグロに身体を触られれば、冷静じゃなくなる自分がいる。
 でもオグロも俺と同じように冷静じゃないのが肌で感じられた。
 オグロが身体を起こし、向かい合うような形になる。その状態でオグロは俺の唇を開いて、俺の口内に舌をねじ込ませた。
 荒々しく貪るかのようなキスの仕方に、身体の芯が熱くなる。
 俺のものはもう熱くなっていて、オグロも全く同じようになっていた。
 
 
「は……ゼノ、甘い………全部甘い………!!」
 
 
 俺の耳元でオグロがそう囁きながら、唇を落としてゆく。
 オグロが落とす口付けが余りにも熱くて、頭がおかしくなってしまう。もう唇を重ね合わせるだけで、イってしまいそうな位に俺の身体が狂ってる。
 
 
「あ、あ、あ、あ、きもちい……もっと………」
 
 
 もっと食べて、俺を。本能のままに貪って。飲み干してしまって。本能の赴くままに。
 
 
 オグロが俺の身体を倒して、俺のものに舌を絡ませる。ぎこちなく頭を動かしながら、慣れない仕草で舌を這わせる。
 その姿がどうしても可愛くて、愛しくて仕方ない。
 
 
「あ………そこもっと……!!」
 
 
 オグロが俺のを舐める行為に慣れてきて、俺を高ぶらせ始める。俺は俺のを貪るオグロの頭を強く押さえつけた。
 
 
「っ……イく…………!!!」
 
 
 息を乱してオグロの口の中に欲を吐き出せば、上手にそれを受け止めきれずに口から白濁を溢すオグロが俺を見る。
 涙目で感極まりながら、開ききった瞳孔で甘く囁いた。
 
 
「ゼノ……すきだ…………」
 
 
 ストレートに投げかけられる好意の言葉を、心の底から嬉しいと感じる。
 それでも俺はそれに対して応えてはいけなかった。俺も好きだとは返す訳にいかなかった。
 
 
「うれしい……」
 
 
 オグロを抱き寄せて、その頬の傷に唇を寄せる。
 応えてはいけない。解っている。でも多分俺は思っているよりオグロに惹かれている。
 正直それだけは良く解っていた。
 
 
「此処に指をゆっくりいれて………その先……そこが、好き………」
 
 
 潤滑剤を使い、オグロに俺の中に指を入れさせる。オグロのたどたどしい不慣れな動作が可愛らしくて、俺が命じたままに動く様が愛しい。
 愛しいだとか可愛いだとかそんな感情を抱きながら、人に抱かれるのは多分奏太との事以来だ。
 
 
 それにこんなに幸せで優しい気持ちで人に抱かれるのは、初めてのことだった。
 
 
「あ…あっ……はぁぅ……!!ん………」
 
 
 指先で触れられる全てが愛しくて、快楽と眩暈が止まらない。
 このまま食い殺されてしまっても俺は心地よいままだとさえ思う。
 乱れる俺の唇に唇を重ねながら、オグロが恥ずかしそうに囁く。
 
 
「……悪いことをしてるみたいだ……でも……もっとこんなふうになるゼノをみたい……」
 
 
 欲しい。もっと欲しい。その思いがただ身体を突き動かして、本能の赴くままに身体が動く。
 このケーキの本能は間違いなく、俺の意思と完全にリンクしていた。
 
 
「いいよ……もっとこわして………こわしていいから……おれのこと」
 
 
 だから今すぐに、俺の中に入り込んで。
 
 
 オグロのものを撫でて、熱く硬くなっていることを確認しながら、オグロを見上げる。
 俺の入り口にそれを宛がって見せれば、オグロの喉が上下した。
 オグロの身体が俺の上に重なって、オグロの腕に抱きかかえられる。その瞬間熱いものが俺の身体の中に入り込んできた。
 
 
「あ……!!!は……ぅん………!!!」
 
 
 俺の中に今、オグロがいる。一つになっている。そう思った瞬間に、身体が痺れたように感じてゆく。
 首に顔を埋めるようにしながら、オグロが俺の耳元で囁く。
 
 
「ゼノ……いい匂いがする……」
 
 
 オグロはそう囁いて、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 じりじりとなじませるように動きながら、気持ちのいい場所を擦り上げる。
 オグロの長い髪を浴びながら、快楽の中で溺れてゆく。このまま溶けて一つになってしまいたい。
 
 
「あ、ああ、だめ……いく……またきもちよくなりすぎちゃう……」
 
 
 オグロに囁きながら身体をくねらせれば、オグロが甘い声色で囁く。
 
 
「いいよゼノ……なって……色んなゼノを見せて」
 
 
 オグロの声が、指が、俺を突き動かす熱が、すべてが愛しい。
 俺の身体は弓形になり、爪先が勝手に跳ね上がる。身体の奥から込み上げてくる熱に身体を震わせる。
 
 
「あ…………!!!」
 
 
 煌びやかな夢を魅ている。煌びやかな極彩色の美しい夢を。
 
 
***
 
 
 朝がきて何時もと違う白い天井を見て目が覚めて、重い体をゆっくりと起こして俺の横に目をやる。
 すやすやと眠る穏やかなオグロの表情を見れば、ほんの少しだけ嬉しくなって思わず笑みが零れた。
 朝日に照らされて光る長い髪を撫でながら、昨夜のことを思い返す。
 この美しい人に抱かれたのかと思うと、何だか胸がざわめいた。
 
 
 ケーキとしてこんなに満たされた気持ちで抱かれたのは、生まれて初めてのことだ。
 けれど、初めてケーキとしての本能を満たしてくれた人は、ケーキを殺しているフォークなことだけは心が痛む。
 惹かれている事は自分自身がよく理解をしているし、律する気持ちを放り投げればすぐに夢中になれるだろう。
 
 
 けれど、自分の心が「好きになってはいけない」と警鐘を鳴らしているのだ。
 
 
 
「………ゼノ?」
 
 名前を呼ばれて我に返ればオグロが微笑む。
 オグロは長い腕を俺に伸ばして、俺の体を絡めとる。
 そしてベッドの方に引き込むようにして、俺の体を倒した。
 
 
「おはようオグロ……」
 
 
 そう言ってオグロの唇に唇を重ねようとすれば、オグロはほんの少しだけ照れたように目を叛ける。
 昨日俺の身体を抱いた筈なのに、オグロは変わらずウブなままだ。
 なんて可愛らしい人なんだろうと、心の底から思う。
 それでも俺の頭の中には、呪いのようにこの言葉が響くのだ。
 
 
『ケーキの肉を口にしてしまったフォークの未来には、幸せが無い』
 
 
 食べ掛けのケーキの苺を指で摘まんで、舌を絡ませる。
 そしてオグロの形の良い唇に、それを宛てた。
 俺の唾液の付いた方の苺を齧った拍子に、赤い果汁が滴って、オグロの唇を汚す。
 俺はその赤い果汁に舌を這わせて、苺の香りのするオグロの唇に唇を重ねた。
 
 
「ゼノ……」
 
 
 俺の名前を呼ぶ声も、撫でる指先も、見下ろすその瞳も愛しい。
 この美しい青年が何時か自我を失い、ケーキの肉だけを求める猛獣のような存在になると思えない。受け入れられない。
 それでも、俺の心はオグロにどうしようもなく惹かれてゆく。
 
 
「ね、お願い……もう一度抱いて……」
 
 
 俺はオグロに甘く囁いて、シーツの海に沈みこんだ。
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