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第十一章 君の居ない世界

第五話

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 ヨウジとリリはもうすぐ、前嶋に貰われる予定だ。
 前嶋は妻と呼んでいるのAIアンドロイドの為に、子供が欲しいと言っていたところだった。
 受け取り迄の暫くの間は、マスターは真生という事になっていた。
 今はまだ一人で律する事の出来ない真生の世話を、ヨウジとリリが診ている。
 そして真生の寝室の椅子の上には、真っ白なドレスを着飾ったマリアが眠っていた。
 勿論その近くには、マリアが使っていたノートパソコンが置いてある。
 
 
「…………真生、さん??」
 
 
 ロイは初めて見る真生の姿に戸惑い、表情を強張らせる。
 真生はロイの声を聞き、驚いた顔をして『ああ』と云った。
 
 
「…………ああ、久しぶりだね。ロイか…………。大人の身体にして貰えたんだね…………」
 
 
 真生はそう言いながら、目の下に隈の付いた顔で微笑む。
 ロイは自分の印象の中の真生と、目の前にいる真生が違い過ぎて驚愕していた。
 綾香は真生の家のキッチンから、皿を取り出しケーキを乗せる。
 真生の前にケーキを置くと、それを要らないと手で合図をした。
 
 
 マリアが壊れた日以来、真生の身体は食事を受け付けない。真生の身体はやせ細り、頬が痩せこけていた。
 
 
 この時、博嗣はある覚悟を決めて、真生の家へとやって来た。
 博嗣はこの日、マリアの使っていたパソコンを、今度こそ真生に開かせようと考えていたのだ。
 真生がマリアの為に買い与えていたパソコン。その中にもしかしたら、マリアのバックアップデータが存在するかもしれない。
 それに今、再構築したマリアの身体であれば、壊れる直前のデータが部品の中に、何かしら残っている可能性がある。
 今であれば真生の望むマリアの姿で、マリアを再生できるかもしれない。
 
 
 もしもマリアを再生する事が出来たなら、真生はまた起ち上れると博嗣は感じていた。
 薔薇と蜂蜜の香りのするハーブティーを手にして、真生は静かに目を伏せる。
 きっとマリアを思い返しているに違いないと、博嗣と綾香は思っていた。
 二人はアイコンタクトをし始め、博嗣が小さく頷く。真生は博嗣の方を見て、細くなった首を傾げた。
 
 
「………………ねぇ真生。あの日からもう、三ヵ月時間が過ぎたろ…………??
マリアのパソコン、開いてみないか…………??」
 
 
 博嗣が口を開いた瞬間、またその話かと真生は思う。この時の真生は、何もかもに絶望を感じていた。
 真生が幾ら望んだ所で、自分の愛したマリアは帰って来ないと思う。
 それにもしもマリアのパソコンを開いて、其処に何もなかったとしても怖いのだ。
 其処に何も存在しなかったのなら、真生の世界から完全に、マリアが消えてしまうと思う。再生の可能性さえも無くなる事が、真生にはとても恐ろしい。
 露骨に眉を顰めた真生は、博嗣に向かって声を荒げた。
 
 
「…………またその話かよ…………!!もういいからさぁ!!」
 
 
 感情的になった真生を見て、博嗣は面を喰らう。思わず言葉を飲み込み俯くと、嫌な空気が流れて行った。
 綾香は深く溜め息を吐き、静かに涙をこらえる。
 自分の事を赦し受け入れてくれた真生。一番辛かった時に、支えてくれた仲間の真生。
 その真生が地獄にいる時に、自分は何も出来ない。とても無力だと綾香は心から思う。
 
 
 何を言っても響かないのであれば、今此処に居るのも野暮だ。また日を改めるべきだと綾香は思う。
 席を立ち帰ろうと思った時に、ふと、ある事に気が付いた。
 ロイがいない。ロイどころかエナもおらず、リリもヨウジもリビングにいない。
 それに気付いた綾香は立ち上がり、きょろきょろと周りを見回す。
 綾香の異変に気付いた真生と博嗣は、同時に綾香の方を見る。そしてAIアンドロイドたちが居ない事に、その場の全員が気が付いた。
 
 
「あ………れ?エナがいない…………?」
「リリとヨウジもいないな…………」
 
 
 真生も博嗣も立ち上がり、リビングを見回す。すると玄関に繋がるドアが開き、ヨウジが顔を出した。
 真生はヨウジの方に近付きながら、作り笑いを浮かべる。そしてゆっくりとヨウジに語り掛けた。
 
 
「……………ヨウジ、どうした?皆何処にいるんだ?」
「ご主人様」
 
 
 真生の言葉に被せるかの様に、懐かしい声色が響く。真生は自分の耳を疑った。
 慌ててヨウジの背後を見た真生は、いよいよ自分の頭がおかしくなったと思う。ヨウジの背後にはマリアが立っていた。
 
 
「…………マリア?」
 
 
 真生が思わず声を震わせると、マリアは細い指先を真生の顔に這わせる。
 心配そうに自分を見つめる空色の虹彩は、幸せだったあの頃と全く同じだった。
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