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第六章 社畜と女子高生と二人の選んだ道
6.社畜と夢のあと
しおりを挟む照子が不起訴処分になったというニュースは、逮捕された時とは対象的にとても密かに流れた。当面は音楽活動を休止するとの事だった。作曲は普通の仕事と違って、本人のメンタルが大事なので、仮に再開しろと言われても無理だろう。
不起訴処分となり、刑罰を免れ、前科もつかないとはいえ、約二十日間の拘置所生活で疲弊しているに違いない。
伏見は不起訴処分で釈放のニュースを聞いてから、何度も照子に連絡を取ろうとしたが、一切反応がなかったらしい。スマホなどの私物を没収されてはいないはずなので、連絡先が間違っている可能性は低いという。精神的に応じる余裕がない、という想像しかできなかった。
篠田にもお願いして連絡しようとしたが、やはり応じなかった。
俺も、かなり迷ったあと「大丈夫か?」とLINEメッセージを送ったが、既読はついたものの返事はなかった。
拘置所での生活をネットで調べてみると、身体検査をされたり、独房のような部屋で寝泊まりさせられるなど、立派なマンションで暮らしていた照子のこれまでの生活とは対照的で、絶対にショックを受けているはずだった。
俺は、照子の家へ直接行った。
インターホンを鳴らせば、カメラで訪問者が誰なのか見える、ということは知っている。二人でカメラに映るように立ったが、反応がない。諦めきれなかった俺は、何度もチャイムを鳴らした。
五回目のチャイムで、やっと応答があった。
『剛……?』
「ああ、俺だよ?」
『どしたん……?』
「大変だったんだろ? ほら、差し入れ」
俺はビニール袋を持ち上げて見せた。照子の好きな酒とつまみが入っている。
『上がる……?』
「おう」
照子がマンションの入り口を開けてくれて、俺は照子の住む部屋に向かった。
家宅捜索を受けたらしい照子の部屋は、雑然と散らかっていた。作曲で使う機材の中に大麻を隠しているのではないかと疑われたらしく、スピーカーやアンプは解体されていた。
「ひでえな……」
「うん……」
照子は、明らかに顔色が悪かった。熱などはなさそうだったが、以前会った時よりもやつれて、老けて見えた。
俺は淡々と酒を準備した。照子があまり話したくなさそうだったので、まずは気分を元に戻すところから始めなければならなかった。
ずっと俯いていた照子だが、ビールを出すとちびちび飲み始めた。
「不起訴で、よかったな」
「うん……事務所の人が、弁護士紹介してくれたけん」
俺は、大麻の使用を断罪するつもりは一切なかった。拘置所での生活だけで、照子にとっては十分な刑罰といえた。俺が心配なのは、照子がこの先どうやって更生するかだった。
「作曲は、もうできないだろ」
「……大麻を売ってくれた音楽関係の人の名前、バラしてしもうたけん、業界にはもう戻れん」
「そうか……そうだよな」
照子を誘惑した音楽関係の人とやらを聞き出して、ぶん殴りたい気持ちになった。しかし、今更そんなことをしても騒動が大きくなるだけだ。照子の悪名をこれ以上増やしたくない。
それに、そいつを殴ったとしても、照子が元通り作曲のできる状態になるとは思えない。
「……俺のせい、だよな」
「……」
「俺が、作曲を手伝わなくなって……ネタ切れになったんだろ」
「ほんなことない……うちの心が弱かったせいじゃ」
いっそのこと、お前のせいで、と言ってくれた方が、俺は気が楽だった。しかし、照子はそんな事を言うような性格ではない。俺が一番よく知っている。
「うちが……うちの才能がなかったけん……あんなこと、してしもうた」
「いや、俺のせいだ。全部俺のせいだ」
「ほんなこと、ない」
「お前の心が弱いことは、知っていたんだ」
「ほなけど……!」
「俺がいなくて作曲ができなくなるなら、さっさとやめろ、って言うべきだったんだよ!」
照子との恋愛関係が続かなくなった時点で、はっきりとそう言うべきだったのだ。
だらだらと、くっついたり離れたり、微妙な関係を続けたことが、今の事態を招いてしまった。
「ほんな……」
照子は泣き始めた。見ている方は辛かったが、やっと本音を見せてくれたような気がした。
「なんで……剛、そんな……なんでもかんでも、自分のせいやと思えるん」
「俺のせいだからだよ」
「ちがう! うちが弱かったけんじゃ!」
「お前を弱くしてしまったのが俺なんだよ……!」
照子が激しく泣き、話せなくなったので、俺は隣に座って肩を抱いた。そのまま数時間の間、ずっとそうしていた。大声をあげて泣いたら、俺が照子の背中をなで、少し収まる。まるで赤ん坊をあやすような時間がずっと続いた。
やっと話せるようになって、照子はまたビールを飲み始めた。
「お前、一人でここにいて大丈夫か?」
「マネージャーさんがたまに来てくれるけど……事務所とは、解約する事になるって」
「じゃあ、そのマネージャーも来れなくなるな……実家に戻った方がいいんじゃないか」
「今更戻れん。お父さんやお母さんに合わせる顔がないわ」
照子は作曲家として生きていくと決めた時、両親にかなり反対されたらしく、正月も帰省していない。もちろん両親も心配しているだろうが、照子の気持ち的には、実家に戻るという選択肢はなかった。
「なら……俺がここにいようか?」
「えっ? 仕事は?」
「俺、脳梗塞で倒れて、しばらく病休なんだよ」
「の、脳梗塞?」
照子は真っ青な顔になり、また泣き出しそうになった。
「えっ、い、いけるん?」
「ああ。かなり体力が落ちたが、命の危険はないよ」
「ほなけど……また倒れたりせんの?」
「しない、と思う」
「剛が死ぬんだったらうちも死ぬ」
「バカな事言うな」
「バカとちがう……本気で言よるんじゃ」
照子が俺の腕をぎゅっと握りしめた。
結局、この日から俺は、しばらく照子の家に住むことになった。
照子は「剛がまた倒れんか心配やけんここにおりな」と言っていたが、俺としては、それよりも照子がまた過ちを犯したり、精神的に追い詰められてどうにかなってしまう方がずっと心配だった。
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