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第五章 社畜と本当に大切なもの
7.社畜と酔っぱらいの介抱
しおりを挟む支払いを済ませ、タクシーを捕まえて向かったのは、六本木にある照子のマンションだった。
照子には、理瀬が古川に引き取られたところまでは話しているが、それ以降前田さんと相談した事などは伝えていなかった。篠田と違って、照子は普通に生活していれば会うことはないので、コミュニケーションが薄くなりがちなのだ。
タクシーの中で電話し、都内で飲んでいた、帰りが遅くなったから泊めてほしい、最近理瀬の事について動きがあったから相談したい、ということを相談すると、照子は軽くオッケーの返事をくれた。
「うわー! また違う女の子連れてきた!」
「一昔前のラノベヒロインみたいなこと言うんじゃない」
「聞いてないじょ、女の子と一緒とか!」
玄関で抗議する照子を無視し、強引に伏見を家に入れた。バーからここまでの間、伏見はほとんど意識がなく、肩を組んで歩いている時以外は熟睡していた。
「その子、ようここまで運んでこれたなあ」
「お前と違って軽かったからな」
「むがー!」
照子は怒っているというか、呆れていた。口にはしないが、俺が酔いつぶれた人間を放っておけないタイプだということを、昔付き合っていた照子は知っている。酒に強いからこそ、弱い奴が可愛そうになってくるのだ。実際、酔いつぶれた照子を俺が安全なところまで運んだことは何回もあった。照子もきっと、そのことを思い出しているに違いない。
「この子、よう寝とんなあ」
ソファに寝かせると、伏見はとても安らかな顔で眠っていた。仕事のストレスから一時的に解放され、リラックスしている寝顔だ。社畜(伏見は公務員なので、厳密には違うが同じようなもの)にはよくあることだ。
「で、この子誰なん? まさか新しい彼女?」
「はは」
「……えっ、ほんまに?」
照子にウイスキーを出してもらい、俺はここまでの事情を説明した。前田さんとの作戦会議、古川と会って話したこと、伏見を紹介され、銀座のバーで飲んでいたこと。
「ふうん……あのきれいなマンション、もう行けんのかあ」
話を聞いた照子が言ったのは、そんなことだった。こいつは理瀬や篠田と違って、ゆっくり頭を動かすタイプだ。話を聞いても、すぐに自分の意見をべらべらと話したりしない。怒涛の展開を経験している俺には、その話し方が懐かしく、少し落ち着いた。
「で、どうするん? その子と結婚するん?」
「まさか。こいつは古川の真意を聞き出すためのツテにすぎない。今日ここに連れてきたのも、こいつがお前のファンだとわかったからだ。目が覚めたら、実は高校の同級生だから、会わせてあげたんだよ、と説明する。これで伏見に恩を売る」
「……剛、なんかごっつい悪い人みたい」
「まあな。理瀬を取り戻すためには、俺はもう手段は選ばないんだよ」
「その子がほんまに剛のこと好きやったらどうするん?」
「それはないだろ。上司に無理やりさせられたお見合いだぞ。今どきそんなの、嫌に決まってるだろ」
「ほれは剛の意見でえ。お見合いって言っても、出会いがないけんどっかで合コンするんとあんまり変わらんだろ? 別に悪いことちゃうじょ」
「それはそうだが……いや、やっぱそれはないよ。この子、どこか他人行儀というか、あくまで営業トークみたいな話し方だったから」
「はじめは好きでなくても、何回かお試しで会ってみるうちに気に入るかもしれんでよ」
照子は何が言いたいんだろうか。俺は理瀬を取り戻す、と強く主張しているのに、それと真逆のことを話している。
「その子と結婚したら?」
「なんでだよ」
「頭良さそうやし、お仕事も公務員やったら安定でえ。ええ嫁さんになるじょ」
照子は会社づとめの経験がないので、公務員の安定が膨大なサービス残業とそれほどでもない給料をもとに成り立っていることを知らない。まあ、今更その発言を咎めようとは思わないが。知らない業界のことなんて、それくらいの認識しかなくて当然だ。
「俺は理瀬を取り戻す。それだけしか考えてないんだよ」
「お父さんおるんやったら、剛が面倒見んでもいいでえ」
「自立しかけていたのに、今更親のもとへ戻るなんて、不自然だ」
「お母さん亡くなって傷ついとるんやし、仕方ないでえ。立ち直るまで待ったらええんとちゃう?」
俺の想像以上に、照子は理瀬を取り戻すことに否定的だった。
アーティストの照子は、感情を優先している俺のことを理解してくれると思っていた。しかし実際は真逆で、俺をたしなめようとしている。
「俺のことが心配なのか? 財務省の偉い人に勝てる訳ないから、って。篠田もそんなこと言ってたわ」
「ほれは別にどうでもええ。まあ、行くとこなくなったら愛人にしてあげてもええじょ」
篠田の例を思い出してそう言ってみたが、そういう理由ではなさそうだった。心配というより、ただただ俺の行動がつまらない、という感じだ。
「理瀬ちゃんはなんて言よるん?」
「……古川の家に行ってから、連絡がない。LINEもしてみたが、既読がつかない」
「ふうん」
篠田の後押しで送ったLINEには、結局反応がなかった。見落としているのかもしれないが、いつもは返信が早いタイプなので、その可能性は少ない。
十代の頃メールでやり取りしていた時もそうだが、返事をしない、というのは「無反応」という一つの返事であり、そこには色々な意味が隠されている。だから俺は、あえて電話などで追い打ちはせず、反応を待っている。
「眠たい。そろそろ寝るわ」
「お前が自分のベッドで、伏見がソファだと、俺の寝るところがないんだが」
「床があるでえ」
「ひでえな」
押しかけておいて文句は言えない。俺は布団を借り、カーペットで横になった。硬かったが、なぜかお香のような香りがして、不思議と落ち着いた。
とりあえず伏見を安全なところまで送る、という任務は果たしたが、照子が俺の意見に協力的でなかったことは、眠りに落ちるまでずっと俺の頭に引っかかっていた。
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