【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清

文字の大きさ
93 / 129
第五章 社畜と本当に大切なもの

6.社畜と銀座のバー

しおりを挟む


 伏見に先導されて、銀座のバーに着いた。

 カウンターのある典型的なバーで、伏見が店員と話したあと、奥にあるソファの席に通された。一人がけソファが二つ、小さな丸テーブルの間に向かい合っている。

 

「バーはよく使いますか?」

「いや。最近は安い居酒屋ばかりですよ。羽振りのいい業界じゃないんで、接待の時でもそのへんの居酒屋です」

「私も、上司と一緒でなければこんな店には来れませんよ」


 オーセンティックバーだが、調度品やグラス、ずらりと並べられた酒の瓶など、いかにも高級な店だった。俺の財力では話にならないだろう。

 じきに店員がやってきて、注文の時間になった。


「何にしますか? 普通にビールとかでも大丈夫ですよ。私はおすすめのシャンパンでお願いします」

「じゃあ、俺はおすすめのスコッチ、ニートで。ダブルでお願いします」

「へっ?」


 伏見の顔が凍りついた。


「あれ、ニートって知りませんか? 常温のストレートで飲むってことですよ」

「あっ、いや、知ってます。いきなりそんなもの飲んで大丈夫ですか?」

「ウイスキー飲む時はいつもこうですよ。ギムレットを飲むには早すぎますし」


 俺はレイモンド・チャンドラーの名作「ロング・グッドバイ」のセリフを引用してカッコつけたが、伏見には通じなかったらしく、首をかしげていた。

 多分、伏見は俺の酒量を見誤っていたのだろう。九十八度のスピリタスでなければ酔っ払わないことは、伏見には隠しておく。

古川の金で酒を飲むのは、相手の策略にはまっているようで正直、気が引ける。しかし、理瀬を取り戻すにあたって突破口となり得るのは、口の硬そうな古川よりも、同年代でまだ気を許してくれそうな伏見の方が、可能性が高い。

だから伏見とほどほどに酒を飲んで、古川が何を考えているのか、理瀬をこの先どうしようとしているのか、あるいは俺をどう処理しようとしているのか、聞き出そうと考えている。

もちろん、出会ってすぐに何でも話せる訳ではない。今日は前哨戦というところだ。最近色々なことを考えているせいか疲れているし、たまには濃い酒でリラックスするのもいい。


「宮本さん、音楽はどんなのを聞くんですか?」

「ああ、俺、音楽はあまり聞かないんですよ。最近の歌手とかほとんどわかりません。伏見さんはどうですか?」

「意外と思われるかもしれませんけど、私、YAKUOHJIの曲が好きで」


 俺は飲みかけたウイスキーを吹き出しそうになった。驚いたのを悟られないように、一呼吸置いてウイスキーを全部飲んだ。ちょうど通りかかった店員に、新しいものを注文する。


「同じやつください。ダブルで」

「あっ、私も同じシャンパン、もう一杯」

「まだ半分残ってますよ。俺と合わせなくていいですから」

「いや、でも」

「シャンパンは炭酸が効いてるから、そんなすぐ飲めないでしょう」


 この女、負けず嫌いなのだろうか。男と酒量を合わせる必要なんか全くないのに。


「YAKUOHJIのどんな曲が好きなんですか?」

「えーと、基本全部好きなんですけど、半年前くらいに新井賢が歌ってた曲とか、知ってますか?」


 知ってるぞ、作るの手伝ったからな。

 とは言えず、俺は伏見の話を聞くことにした。伏見はかなりのYAKUOHJIファンで、ほぼすべての曲のCDを持っている、という。照子の曲は中毒性があるからなあ、という話をしたらものすごい勢いで同意していた。これまで俺の話を聞き出そうとしていた伏見だったが、YAKUOHJIの話をしている時だけは、特に何も考えず、好きなことを話しているようだった。

 その間に、酒がどんどん進んだ。伏見は明らかに俺とペースを合わせていたので、心配になった俺はペースをかなり落とした。おかげで伏見のYAKUOHJIに対する持論を延々と、酒もなしに聞く羽目になった。伏見の曲に対する考察はエリートらしく理知的で的を得ていたが、照子の曲に関しては、俺が一番よく知っている。どんなに伏見の話を聞いても、その内容に感銘することはなかった。照子の曲が色々な人に愛されているとわかって、やはりあいつは天才なんだな、と再確認する機会になった。

 話しながら伏見を見ていると、理瀬と似ているが、やはり細かいところは違っていた。伏見は年相応の雰囲気を身につけていた。伏見が理瀬に比べて老けている、ということではない。伏見は年相応に大人なのだ。大人というのはつまり、直感よりもこれまでの経験を大事にして、誰に対しても棘がなく、腹を探りながら近づく能力を持っている、ということだ。理瀬には、初対面の時からそういう打算的な動きがなかった。いきなり伏見と一緒にデートしろ、と言われて最初は困ったが、同年代の大人と話すだけなので、古川と話す時ほど苦労はしなかった。

 あと、外見上理瀬とぜんぜん違うところがあった。胸の大きさだ。理瀬はシャツを着るとふくらみがほとんどないような胸だが、伏見の胸はかなり主張するタイプの大きさだった。途中でスーツの上着を脱ぎ、カッターシャツになった時あらためて感じた。俺はバカなので、YAKUOHJI談義に飽きると、そのきれいな胸をちらちら見ることに喜びを覚えていた。それを近くで見られるだけでも今日のデートはプラスだった。


「ちょっとお手洗い行ってきますね」


 伏見がいちど席を外した。かなり飲んでいるから大丈夫かな、と俺は心配したが、一応まっすぐ歩いていた。酒を飲むとすぐダメダメになる俺の周りの女性陣とはえらい違いだ。

 俺はゆっくり高級なギムレットを楽しんでいたが、伏見はなかなか帰ってこなかった。トイレまで見に行こうかと思ったが、こんな高級店で女子トイレには入れない。大学生の酔っぱらい処理ではないのだ。

 伏見は一人で戻ってきた。足取りも普通だった。しかし、自分の椅子ではなく、俺の椅子に無理やり座ってきた。

 急に伏見の体が迫ってきて、俺はのけぞる。伏見のカッターシャツの第一ボタンが開いていて、きれいな鎖骨が見えていた。

 もう九時を回っていたので、そろそろ古川の刺客らしく、色仕掛けを始めたのだろうか?


「宮本、さん……」

「お、おう」

「……」


 伏見は、寝ていた。

 こいつ、酔ったら寝落ちするタイプか。


「お、おい、起きろよ」

「うーん……?」

「俺、この店の支払い、できる気がしないんだけど」

「あっ、はい」


 伏見は鞄から財布を取り出し、俺に渡して、また寝始めた。

 俺は悩んだ。ここに放っていく訳にはいかない。かと言ってホテルに連れ込んだら、仮に俺が何もしなくても、何かあったと思われるに違いない。酔って意識のない伏見に手を出した、なんてことが古川にバレたら最高にまずい。まさかの伏見と結婚エンドで、理瀬は取り戻せなくなってしまう。

 ここから一番近いのは豊洲のタワーマンションだが、そこでも俺と伏見の二人きりなので、嫌疑はかけられる。千葉の俺のアパートは遠いし、やはり二人きり。伏見の家は、どこにあるのかわからない。

 ふと俺は、肉体的な関係を疑われることなく伏見に恩を売るため、最適な方法を思いついた。悪魔的発想だったが、酒で気分が変化していることもあってか、俺はそのアイデアを実行することにした。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ
ライト文芸
 俺、室井和也。高校二年生。ぼっちで陰キャだけど、自由な一人暮らしで高校生活を穏やかに過ごしていた。  そんなある日、何気なく訪れた深夜のコンビニでクラスの美少女二人に目をつけられてしまう。  渡会アスカ。金髪にピアスというギャル系美少女。そして巨乳。  桐生紗良。黒髪に色白の清楚系美少女。こちらも巨乳。  俺が一人暮らしをしていると知った二人は、ちょっと甘えれば家を自由に使えるとでも考えたのだろう。過激なアプローチをしてくるが、紳士な俺は美少女の誘惑に屈しなかった。  ……でも、アスカさんも紗良さんも、ただ遊び場所が欲しいだけで俺を頼ってくるわけではなかった。  これは問題を抱えた俺達三人が、互いを支えたくてしょうがなくなった関係の話。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...