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第四章 社畜と女子高生と青春ラブコメディ
8.女子高生と昔の彼女とバスタオル
しおりを挟む「なっ……?」
理瀬はとても恥ずかしそうだった。同居していた頃、風呂に入った後の理瀬は必ずパジャマをちゃんと着ていた。同性の篠田にすら、裸を見せるのは恥ずかしがっていた。
初めて会う照子と一緒に風呂へ入ったのも驚きだが、俺がいるとわかっていてバスタオル一枚で出てくるのも予想外だった。
原因は一つしかない。照子の悪ノリだ。
「服、着なよ。このアホになんか言われたんだろうけど、気にすんなって」
「むがー、アホとか言われん! お風呂のお湯が暑くてけっこう汗かいたけん、すぐ服着たら汗でびしょびしょになるんが嫌なだけじょ。そもそも着替えとか持ってないし」
顔と肩の半分だけ出している理瀬は、たしかにかなりの汗をかいていた。もう十二月に入る頃で、肌寒い季節なのに。十代の理瀬は俺や照子なんかより代謝がいい、ということもある。
「そう、なのか……?」
「はい……いま下着つけたら、多分べたべたになりますよ」
「……わかったよ、出てきな」
俺が言うと、理瀬はおそるおそる出てきた。かなり長いバスタオルで、理瀬が身につけると膝の上くらいまで隠れていた。厚さもあり、体のラインもわからない。肩が出ているワンピースと同じくらいの露出度だ。
でも、あえて言おう。エロいものはエロい。肌がどこまで見えているとか、そういう問題ではない。女の子が風呂に入り、ほぼそのままの姿で出てきたことが問題なのだ。
風呂場から出てくると、理瀬は部屋を見回した。
この部屋は風呂場こそ広かったが、あとはベッドと二人がけのソファ、小さいテーブルというこぢんまりとしたレイアウトだった。
照子がベッド、俺がソファに座っている。
「……おとなり、失礼しますよ」
どう考えても照子とベッドに座る流れだったが、理瀬は俺の隣に座った。
「ああっ……?」
さすがに直視できず、俺は顔をそらす。左に理瀬、右にベッド上の照子。どっちを向いてもバスタオル一枚の女の子がいる。なんだこれ。俺が十代から二十代の頃に流行った学園ハーレムラノベのエロシーンか。
「なんでこっち向くん?」
「……女子高生がバスタオル一枚になってるところ、見るわけにはいかないだろ」
「うちがバスタオル一枚なんは見てもええん?」
「別にいいだろ。減るもんじゃないし」
「ひーどーいー」
「理瀬、ベッドの方に行かないか? そうしたら全て解決なんだが」
「あかん! 今日はベッド独り占めする気分なんじゃ」
照子は大の字になって寝ている。超じゃまだ。
「だいたいバスタオル巻きくらいでいちいち恥ずかしがられん。最近Switchで新作出たどうぶつの森にもバスタオル一枚の服あったじょ」
「ゲームの話だろそれは。ってかどうぶつの森今どうなってんだ、それ」
小学生の頃、ニンテンドー64の初代どうぶつの森をプレイしていたが、服はそんなにバリエーションがなかったはずだ。
「最近のどうぶつの森の服はトップスとボトムス分けてコーデできるんじょ。バスタオルはワンピースやけど。他にもいろいろ進化しとるけん。剛も一緒にしよ?」
「ゲームする時間なんてないから、Switch持ってないんだよなあ」
「ほな理瀬ちゃん一緒にしよ」
「私、ゲームってしたことないんですよ。特にしたいとも思えなくて」
理瀬の場合、子供の頃からパソコンに適応できるほど頭がいいので、よりシンプルな娯楽である家庭用ゲーム機は必要ない、と思われる。
「えー、めっちゃ楽しいけん一回やってみ? お姉さんがSwitch買ってあげよっか?」
「楽しい、ですか……?」
ずっと照子の方を向いている俺の服の袖を、理瀬がひっぱった。
「あの、宮本さん、別にこっち向いてもいいですよ……?」
「そ、そうか……?」
よそを向きながら会話するのも失礼だという気持ちがあり、俺は隣にいる理瀬を見た。
髪をあげた理瀬は、いつもと変わらない様子に落ち着いていて、俺を見ていた。バスタオルから出ている小さな肩が、眩しいほどに白い。これが、若さか。
「なに見とれとるんじゃ剛のヘンタイ!」
照子が空いたペットボトルを投げつけてきた。頭に当たり、俺は「いてっ」とバランスを崩した。
「うちの体見た時はぜんぜん反応せんかったのに!」
「……まあ、理瀬のほうがスリムで綺麗だからなあ?」
「えっ……?」
理瀬は驚いていた。綺麗、と言うくらいなら大丈夫だろう、と思いながらも内心ヒヤヒヤしながら反応を見ていたのだが、どうやら不快感は持たれなかったらしい。
「まあ確かに理瀬ちゃんめっちゃスレンダーで綺麗やな。さっきお風呂入った時、腰のところにくびれがあってびっくりしたわ。一緒にテレビでとるモデルさんでしか見たことなかったわ」
「まあ、お前は昔から寸胴で短足で子供っぽい丸顔だもんな」
「あー! 言ったな! 幼児体型って言ったな!」
「そこまでは言ってねえよ」
俺と照子が喧嘩していたら、くすり、と理瀬が悪かった。
「お二人とも、本当に仲いいんですね」
「まあ、高校時代からずっと一緒にいたからな」
「こんなに仲よかったら、付き合ってるようなものですよ」
一瞬、俺と照子が固まった。
正式に別れて久しい二人だが、今回のように仲良くしていると、今どういう関係だったかわからなくなる時がある。理瀬はその瞬間を突いてきたのだ。
「いろいろあるんだよ。友情と恋愛は違うからなあ」
俺が適当に言った。照子を見ると、大きなため息をついてベッド上を転がっていた。
「まあ、そういうことにしとくわ」
「そういう、もの、なんですか……」
「あー、眠たい。うちちょっと寝るわ」
「風邪ひくぞ」
俺が言ったのを聞くより先に、照子はぐうぐう眠り始めた。
「理瀬」
「なんですか?」
「話を元に戻して悪いが、大丈夫だったのか? 山崎とかいう奴に腕捕まれて、だいぶびっくりしてただろ」
「いきなり触られると思わなかったので、びっくりしただけですよ」
理瀬は落ち着いている。
いじめられた時の経験で、腕を捕まれること自体がトラウマだという話だが、案外あっさりしている。俺がいじめのことを知っている、ということを理瀬は知らないので、強がっているだけかもしれない。
ただ、この時の理瀬からは心のショックが感じられなかった。むしろほっとしている感じすらあった。最初は緊張していたが、今はぶらりと足を伸ばしている。
「……あの、宮本さん。私、彼氏作るの、やめようと思うんですよ。山崎さんからの告白は、明日にでもちゃんと断りますよ」
「いいのか? 目標を達成できなくて」
「ちょっと残念ではありますけど……いろいろやってみて、私にはまだ早いのかな、っていうのが結論です」
「そっか。まあ、お前の歳ならまだ急ぐような事じゃないよ。俺はそろそろやばいが」
「だから篠田さんと付き合ってたんですよね」
「ああ。俺が篠田と付き合い始めた時、最初にそんな話してたもんな」
「あの時はちょっと言い過ぎました。『なんとなく付き合う相手が欲しい』っていう気持ち、最近までわからなかったんです。ごめんなさい」
「別にいいさ。それより、今はわかるのか?『なんとなく付き合う相手が欲しい』って気持ち」
「わかりそうで、わからないんですよ」
「そっか。まあ、ゆっくりやりなよ。俺も、相談くらいは乗ってやるから」
「宮本さん、もう私の家には住みたくないんですか……?」
「あー、そりゃ住みたいよ。広いし、何より会社から近い。お前との同居は、慣れたからもう気にならないし」
「別に住んでくれてもいいんですよ……? 私、この通りまだまだ一人では生きていけないし、色々相談してくれる人がいてくれると安心できるんですよ。前みたいに、対価としてシェアハウスする形でいいんですよ」
「お前が良くても、女子高生と同居なんて社会的には認められないよ。それに今は、お母さんだっているだろ」
「お母さんに恋愛相談なんかしても、男の落とし方を力説するだけで何の参考にもならないんですよ……」
「ピュアな理瀬には早すぎる話だな、それは……」
この後、数ヶ月間あまり話をしていなかった俺と理瀬は、いろいろなことを話した。和枝さんの病状、篠田の最近の様子、理瀬がバイトで学んだことなど。
いつものように話している理瀬が相手だと、不思議とバスタオル一枚でも恥ずかしいと思わなくなった。しばらくの間、ここ数日でいちばん安らかな気持ちで、無駄話に興じた。
「んー」
三十分くらい話していると、照子がおもむろに身体を起こした。
「そろそろ帰るぞ」
「あー、うーん、別にええけど……ラブホ来たらいつもしよった事あったよな……なんか忘れとるような……思い出した! タダでAV見よう!」
ベッドの枕元にあったリモコンを使い、照子はテレビの電源をつけた。大画面に裸の男女が絡み合っているところが写る。
「やっ!」
理瀬が顔を覆った。
照子はけらけらと笑い、「こんな体位したら足折れてまうわ」とバカな事を言っていた。
よく見たら、理瀬は指と指の間からテレビの画面を見ていたようだが。
「あー! いい加減にしろ! 帰るぞ、ほら!」
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